夢物語   作:危橋たけ

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 短めで申し訳ありませんが、
 ちゃんとこの話で終わります。


三日目 黒髪編・その四

 

「愛ちゃんは優しい人だったなー」

 小一時間前、カウンセラー室。

 夢浮橋愛について尋ねると、お母さんはまずそう言った。

「優しい……まあ、そうだったな。逆に僕はそういう印象しかないかな。あの人が怒ったり泣いたりしてるところなんて見たことないし、想像すら出来ない」

「そんなのあたしだってそうだよ。そりゃあたしら三姉妹は三姉妹なわけで、末っ子のあたしなんかおぎゃあと産まれた時から長いこと愛ちゃんに優しくされたよ」

 末っ子だったんだ……。

 意外と知り損ねていた新事実だった。

「それでも愛ちゃんの笑顔以外の表情見たのなんか数えるほどしかない。何なら数えれるかも。とにかくね、うん。優しい人だった。母親よりよっぽど母親らしかったよ。そういう意味じゃ、愛ちゃんが母親だったお前が羨ましくはあるかな」

「ふうん――でも実際、僕を育ててくれたのはお母さんだろ。いわゆる係分担だったとは言え、僕はお母さんがお母さんで良かったと思うけどな」

「…………」

 不意に、お母さんはソファから立ち上がり、窓際に移動した。景色を眺めながら、どういうわけか深い溜め息を吐いた。

「……そうやって媚を売るのやめてよね。お前もあと二年で三十路なんだから、今更点数稼ごうとするな」

「いや、別にそういう……」

「そんなことを言われてもあたしはちっとも嬉しくない。全然嬉しくない。小指の甘皮ほども嬉しくないし、完膚なきまでに嬉しくない。嬉しくないこと山の如し」

「山の如し!?」

 どうやら怒らせてしまったようだ。

 親心子不知とは言うけども、女心より難しいぞ、親心。

「まあでも、そうだね。お前の意見は正しいと言っておくよ。あたしがお前の教育係に当てられたのは、あたしが一番、お前を壊す心配が無かったからだ」

「こ――『壊す』?」

 思わず身を乗り出した。それじゃまるで、逢さんならともかく愛母さんならば、下手をすれば僕を『壊し』かねないと、そう言っているみたいじゃないか。

「そっか、お前は知らないんだね」

 やれやれ、と嘆息した後、哀れむような視線を向けて、お母さんは振り返った。

「兄貴と私達姉妹はずっと一緒だった――けれども、愛ちゃんのみに限って、十八歳から二十一歳までの三年間を一人だけ、別のところで過ごしたんだ」

 それはあたかも、似通った性質の三姉妹の中から、愛母さんのみが異端であることを主張するような口振りであった。

「たった三年間で愛ちゃんは『人間の心』についての一切を極め、南極にアンダーハート機構という化物の教育機関を設立した。忘れたとは言わせない。アンダーハート機構。七年前お前が『潰した』教育機構だ。毎年百名以上の犠牲者を出し、毎年五名を下回る卒業生を排出する、修了過程三百六十五日のモンスター工場。それを創設したのは、他でもない愛ちゃんだったんだよ」

 冗談だ、と笑ってほしかった。

「温厚であり残酷であり、情け深く容赦が無く、悪魔であり天使である。人は愛ちゃんの人としての完成度を、『最善』と呼んだ」

 

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「ところでちょっと前にボクが冗談で創ったアンダーハート機構、芥ちゃん卒業出来たって本当?」

「したよ。酷いところだった。ああいうのを地獄というのかな」

「あはは、そうかい? まあそうかもね。創設して最初の一期は四年過程だったんだけど、結局四年のプログラムを生き抜けた奴は一人しかいなくてさ。これじゃ学校になんないから、二期目から一年過程にしたね。まあ、その辺りからボクはもう飽きちまって、ほっぽっちったぜ」

 何でもないように、愛母さんは言うのだった。

「でも後始末は芥ちゃんがつけてくれたんだろう? 卒業に合わせてさ。ボクもいつかぶっ壊さなきゃいけない学校だと常々より考えてたもんだぜ。つまり芥ちゃんには計らずしもボクの遺志を継いでもらっちゃったってわけだね。さすがは息子。自慢の息子だぜ」

 愛してるよ。愛母さんは僕の頭を撫でた。

「……ルールは」

「うん?」

「閻魔三銃士戦第三戦目のルールは?」

 ふうん、と嬉しそうに優しく笑い、愛母さんは僕の頭から手を離した。温もりが名残惜しく残る。

「せっかく久し振りにあったのに、もうオシゴトのことか。まあ、やる気満々なのは善いことだけどね。善き哉、善き哉。そういうの大好きだぜ」

「どうも」

 実際、それは逃避だ。つまるところ僕は愛母さんのことなんて少しだって理解していなかったのだ。優しいだけの人間なんかちーちゃんだけで十分だ。考えてみれば夢浮橋塵と共にいた人間。優しいだけで済む筈が無い。

 いいさ。

 落ち込むな。人は誰しも表裏一体。そして子供だった僕に、人の中身まで判別できる能力は無かったということだ。

「芥ちゃんの勝利条件は一つ。ボクを成仏させること」

 

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 陽だまりのような人だと思った。

 本当に優しくて、本当に暖かい。

 逢さんは僕に関心が無かった。僕を産んだのに。

 お母さんは僕が嫌いだった。僕を育てたのに。

 愛母さんは僕を愛してくれた。僕を、愛してくれた。

 コミュニケーションの時間が与えられるのは二日に一回だったけど、それ以外でも愛母さんは擦れ違えば声をかけてくれたし、遠くからでも見かければ手を振ってくれた。僕にはそれが嬉しかった。仕事だとか義務だとか疑う由もなく、ただただ愛母さんの愛情が酷く嬉しかったのだ。

 そうやって。

 夢浮橋愛は、僕の心を優しく、ゆっくりと腐らせたのだろう。しっかりと抱き締めて、どこにも逃げないように束縛しようとしたのだろう。

 しかし結果として、僕は愛母さんを殺してしまった。

 十五の時だ。

 最初は夢浮橋塵を殺そうと思った。逢さんも一緒だったけど、自分に関心の無い人なんだから巻き込んでも大丈夫だと思った。

 愛母さんも一緒だった。

 愛してくれた、優しい愛母さんも一緒だった。

 その時はお母さんは夢浮橋塵と決別していて日本に帰国しており、つまり僕を見張っておく人はいなかったのだ。

 僕はさして迷うことなく、研究所を破壊した。重要な研究素材が眠る施設。自爆システムは二重三重に存在しており、その時の僕は二重三重の自爆システムを全て同時に作動させた。

『最高』の夢浮橋塵は死んだ。

『最強』の夢浮橋逢でさえ。

『最善』の夢浮橋愛もだ。

 全てを破壊した僕は、喪失感の中で決意した。

 愛する者を殺した僕は、これから幸せになることは許されない。誰も愛してはならない。一生を孤独で生きなくてはならない。

 それより三年後に帚木鵆との出会いでその決意はあえなく崩壊することになるけれども、少なくとも十五歳の僕は、三人の父と母の眠る残骸にそう誓ったのであった。

 

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《神具・分廻》により隔絶された空間に移動した一時間が過ぎようとしていた。

「もしも勝利条件が幽霊の昇華だったら簡単だよね。幽霊をこの世から消滅させる手立ては三つある。その中で最も手っ取り早く済むのが、まあせっかくこういう空間なんだから半年待つのもありだけれど、一番はやっぱり二重殺害だよね。だって芥ちゃんが手を伸ばして、ボクの首でも絞めてくれりゃあそれで終わるんだぜ? 帚木鵆にそうしたみたいにさ」

 分かり易く、愛母さんは僕を挑発する。僕は口を開かない。意見を衝突させたところで結果は目に見えているし、何より時間の無駄だ。言い負かして成仏してくれるとは思わない。

 人間の心を極めた人間。

 一戦目の脅迫・二戦目のマインドコントロールのように、小細工が通じる相手ではない。

「時間と言えばさ、須磨洟子はそろそろ時間だろう? どうする? どうするってのも変な質問だね。どう思ってる? 監視カメラとか嘯いて仲良くしてやってるみたいだけど、実際のところ芥ちゃん、同情してるだけだろう? ボクからすれば見え見えだぜ。そういうの最近じゃツンデレって言うんだ」

 僕は口を開かない。心が動かないわけではなかったけど、それよりも愛母さんを成仏させる方法を優先させて考える。

 成仏させる方法は当人の『望み』を叶えることだ。それもだいぶ簡潔に言ったものだけれど、つまりはそういうことなのだ。

 だけど、愛母さんは何を望んでいたのだろう。

 愛母さんを理解していなかった僕にはそれが分からない。

(――いや、それじゃ違うな)

 望み。心残り。何を求めているのか。もうここは嘘とかどうとか深く考えず、とりあえず『僕が』愛母さんをどう思っているか。そこから検討してみよう。

 ……僕が。僕が、どう思っているのか。そう言えば今まで印象ばかりだったが、つまり僕は愛母さんのことを一体どう思って――

 

 

 

 

 

 あ。

 

 僕、愛母さんに恋してたんだ。

 

 

 

 

 

「ん? どうしたんだい芥ちゃん。鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるぜ」

「……ははは」

 なんだそりゃ。傑作じゃねえか。

「――なあ、愛母さん。男の初恋って、誰に向けられると思う?」

 一拍置いて、また優しく愛母さんは微笑んだ。

「母親だろうね。自分を産んでからずっと甲斐甲斐しく面倒見てくれてるんだ。そりゃ特殊な家庭をあろうけど、大体の男は母親が初恋になるだろうぜ」

「だよな」

 須磨洟子が初恋だと思っていた。

 優しい、自分の話を信じてくれたお姉さん。

 帚木鵆だって、或いは初恋だと思っていた。

 自分を好きになってくれた、徹底して善良な少女。

 それらはきっと『恋』には違いなかったのだろうが、だけど『初恋』じゃあなかった。

「愛母さん」

「何だい」

「僕、愛母さんが好きです」

「そっか」

「恋してる方の、好きです」

「そっか」

 愛母さんは歩み寄る。長くて綺麗な髪を揺らして、僕の頬に触れる。

「大きくなったね」

「二十八歳になった」

「男前だし」

「愛母さんに釣り合うかな」

「カッコ善いね。本当、男の顔になっちゃって」

「色々あったんだ。色々」

 愛母さんの瞳から、涙が流れていた。

 嬉しそうに、優しく微笑んだまま、それでいて酷く哀しそうに泣いていた。

「ボクも、芥ちゃんが大好き」

 最後に、僕達はキスをした。

 親子のようなキスではなく、恋人のようなキスだった。

 結局。

 夢浮橋愛は優しい人間だったのだ。

 夢物語のようにどうしようもなく甘く、優しい人間だったのだ。

 

 ----------

 

 お化け屋敷から出ると大勢の人に囲まれた。どうやらつむじが神具でいじくったのは場所のみらしく、時間軸は変動していなかったため僕は一時間以上、お化け屋敷から出てこなかったことになっていた。

「神隠しだって大騒ぎになってましたよ! 野次馬で行ってみたら夢浮橋先生だったので大爆笑しちゃいましたよ!」

 後に若紫から聞いた。初恋に決着を付けて来た矢先なのだが、恥ずかしいことに変わりは無かった。

 そんなこんなで玄舟学院文化祭、通称玄舟祭三日目は一応の終了を迎えるのだが、この後二十一時まで後夜祭が行われる。グラウンドでデカい炎を焚いてゴミを処理するという何だかカオスで、にもかかわらず一番盛り上がるイベントらしい。

 火には危ない魅力があるそうな。

 

 何はともあれ、閻魔三銃士・夢浮橋愛戦。

 勝利。決まり手・愛の告白。

 入手ヒントは、『HAIR』。

 




 ちなみにこの時点でパスワード解けた人っているんですかね?
 たぶん犯人は分かっているでしょうから、よく読めば分かるかも。稚拙だし。

 分かった人は、褒めます。
 下手から褒めます。
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