ごめんなさい。
今回はパスワードの答え合わせをやります。
どういうわけか、校長室に人影は無かった。
「……ま、いいけど」
来客ソファに囲まれたテーブルの上に、ノートパソコンは開かれた状態で置かれていた。相変わらずパスワード入力画面。十文字の答えは、未だに分からない。
「しかしこりゃ、本当にどうしたもんかね……」
人情だろうか。こうやって向き合ってみれば、勢いで入力したヒントで解けてしまいそうな気がする。
まあ、解けなかった時が恐いので駄目だ。
「……ん?」
何となく画面から視線を外した時、テーブルの上に一冊の資料が置かれていることに気付く。校長室だからそういう資料の一つや二つ置かれていても不思議じゃないのだが――どうもまた別のベクトルのものだ。
『神喰らい』
まず一ページ目にそう書かれていた。
「………………」
手に取って見てみる。中身は見出しの通り『神喰らい』についての説明書きや諸情報であった。
人間が、神の力を取り込む――つまり神を喰ってしまうことを、『神喰らい』と呼ぶ。もちろんそれは簡潔に述べてみたもので、この資料のようにもっと難しい説明文が必要となる。XPでこういった事項には触れたことはあるものの、極めて珍しい現象である。
たとえば、当然ながら生半可な精神力では崩壊してしまうということ。
たとえば、喰ってしまえば人でなくなるということ。
神に代わって神になる。僕の中での認識は、そういう感じだ。
「ていうかどうしてこんなんが校長室に――」
思案を巡らせようとしたところに、携帯電話が鳴った。翅さんからだった。
『すぐに帰って来て』
まただ。用件がストレート過ぎる。
「ああ、すぐに帰るよ。パソコンも手に入ったしな。何ならお土産でも買って帰ろうか?」
『そんなのいいから! 困ったことにならない内に、急いで逃げろって言ってるの!』
思わず携帯電話から耳を離す。機嫌が悪い時だって翅さんは大声を出さない。
「ちょっと待て。どういうことだ? 簡単にでいいから、とにかくどういうことなのかを言え」
『……終わってないの』
終わってない?
『閻魔三銃士戦! あれはまだ終わってないのよ! もう一人いるの!』
「は? いや終わったって。ちゃんと僕は三人倒したよ。あんまりいい勝ちかたじゃなかったけどさ」
『だから「三銃士」だって言ってるじゃない! 不勉強ね、いい? 三銃士は四人いるの!』
途端に。
何かが、繋がった。
「それは……どういう……?」
『――デュマの小説。アトス・アラミス・ポルトスには仲間がいるのよ。主人公ダルタニャン。かなり高い確率で、向こうは四人目を用意してきてる』
考えてみれば。
真木柱。総角飽飢人。夢浮橋愛。誰一人として、自分たちが三人だとは言わなかった。
『捕まらない内にすぐに帰って来て。対策くらい立てましょう』
「ああ、分かった――ありがとう」
ここでポジティブに考えるのならば、ヒントがもう一つ手に入るのだと喜ぶことだろう。
しかし僕は、きっと四人目が誰かを知っている。
そして、そのヒントも。
恐る恐る、ノートパソコンのキーボードを打つ。
かたん、かたん、かたん、かたん、かたん、かたん、かたん、かたん、かたん、かたん。
そして恐らく――四人目が、主犯だ。
玄舟祭二日目で、奴は閻魔三銃士戦を知っているような節を見せた。
総角飽飢人に指示が出来る人間なんて、直属の上司であるあいつだけだ。
ノートパソコンを狙っていたのは、XPではなく、さっきカウンセラー室から出てきたあいつ自身だったとしたら?
――お前さ。パソコンのパスワードとかどういう風にしてる?
『H・I・R・A・K・E・G・O・M・A』
認証、と表示された時、僕は絶望に近いものを感じた。
『フリムケ』
四文字だけが、浮かび上がった。
ドアが開いた音はしていない。革靴の音もしていない。
なのに後ろに、いるというのか?
「――振り向かないのかい?」
声がする。『最悪』な、声がする。
「じゃあ僕が前に行こうかな」
とん。空間を飛び越えるようにして、松風界隈は僕の眼前に君臨した
ーーーーーーーーーー
「さてさて、じゃあまずは一丁、ゲームでもやっとく?」
「……馬鹿か。もうパスワードは解いた。――ていうかお前、勝負の前に答え言ってんじゃねえか」
「『ひらけごま』――ふん、簡単なパスワードだろう? 僕が考えたんだ。僕はどうにも暗号とか謎解きとか、萎えちゃう人でね。別にそういう性格なわけじゃないんだよ? ただ解けないから。解けないと面白くないから、嫌いなんだ」
「だからこんな簡単なパスワードに? こんなの、ちょっと粘れば解けたぜ。そうしたら自ずとお前が犯人の一人であるということも分かった。どうかしてるぜ――こんなギリギリの勝負しかけてくるなんて」
誇るように松風は笑う。狂っている。一体何がしたくてこいつはこんなことを――
「だけど実際、君は迷った。何せチャンスは一回きりだからね。そりゃ君じゃなくても揺らぐだろうさ――今の君なら、揺らぐだろうさ」
「今の僕?」
「そうさ。今の君は、前ほど壊れちゃいない。どうせ帚木ちゃんがきっかけだろう? まったく強くなっちまってまあ……。本当、難儀というか因果な話だ……」
不愉快そうに、松風は僕を検分する。爪先から頭まで、まるで弱いところを注意して探すかのように。
「まあでもいいや。今から俺が壊し直せば、いい感じになると思うしね」
「……何の話だよ。僕を何に使う気だ?」
「使う? まさかまさかとんでもない」
最悪は、歩み寄る。犯すように、壊すように、障るように、汚すように、歩み寄って僕の肩を掴んだ。
「俺の仲間になれよ」
「………………」
「雇わせろと言っているんだ。二年前はオッケーしてくれただろ。アレと同じさ。『やること無えからまあいいぜ』と、微かに首を縦に振ってくれりゃあそれでいいんだ」
それは。
――こいつは、その勧誘に僕が頷くと思っているのだろうか。二年前のように、『やること無えからまあいいぜ』と二つ返事でオーケーすると、本気で思っているのだろうか。
そこまでこの『最悪』は、僕のことを買っているのか?
「……はっ、頷くわけないだろ。まさか知らねえわけじゃないよな松風。閻魔の所為で、ちーちゃんは死んだ」
「へえ、知らなかったよ」
嘯く松風。本当ならばここで殴り掛かってやりたいところだが、どうにかぐっと堪える。
「それに、僕はお前のことももはや許せねえよ――なるほど、お前なら簡単だよな、『僕の弱点』を突くことぐらい」
三ヶ月ほど前、胡蝶研究棟が導き出した一つの真実として。
何者かが意図して、須磨洟子と帚木鵆を幽霊化させたと結論が出ている。
そして感覚が麻痺していたのだろう。僕は失念していた。
夢浮橋愛。
「へえ、やっぱ分かる? 分かんなきゃポンコツか」
「出来れば目を逸らしたい真実だがな――須磨洟子。帚木鵆。夢浮橋愛。死亡から時間が経ち過ぎている三人の幽霊化。あれは全部、僕を狙ったが故の策だったんだろう?」
松風界隈は、今年の四月の時点で閻魔大王と繋がっていたのだろう。そして計画に邪魔が入るならば、誰が一番厄介なのかも入れ知恵していた。
夢浮橋芥。最強の神、桐壷を携えた僕が最も強大な敵であると。
「帚木ちゃんが君のブースターになりやがったのは誤算だったね。いい感じに堕落させてくれると思ったのになー。まあそれも全て、桐壷が人間を理解したおかげか」
「……神妙にしろ、松風。閻魔に何を貰ったのか知らねえが、お前程度じゃ僕の相手にもならねえよ」
暴力に訴えようと拳を握ったその時だった。
「小僧おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
破壊音。
窓ガラス。壁。家具。校長室の物質と認識されるほとんどの物を破壊しつつ、黒髪の少女が今までで一番派手な登場をした。
「つ、つむじ――!」
桐壷つむじは、君臨する。焦ったように、追い詰められたように、眉間一杯に皺を寄せたただ事ではない表情を浮かべ、僕と松風の間に立ち塞がった。
「今すぐ逃げろ」
「は――?」
「閻魔がおる」
閻魔。
閻魔大王。
諸悪の権化――!
「一体どこだ? まずは態勢を整える。つむじ、やれるもんならもう今夜中に――」
「寝惚けたことを……!」
つむじは、その華奢な右手の人差し指を、目の前の男に突き付ける。
つむじの前方にいるのは――『最悪』だ。
「……え? 俺? ――ははっ、さすが桐壷。やっぱ千年前とは言え、失った自分の力は察知できるか」
松風は。
松風界隈は。
まるで肯定/するかのよう/に松/風は笑っ/たそれ/は僕にとっ/て絶望的ともい/える笑み/でこ/れが何かの冗/談なら/ばと夢/物/語ならばと半/ば本気でき/っと/本気で僕/は思った/んだ。
「……『神喰らい』」
自分の口が自動的に言葉を発した。
「正解。君たちが追っていた閻魔大王は、俺がおおおいしく、頂きました! そういうわけで今は僕が閻魔大王です」
そして松風は再び笑った。
悪そうに。
最悪そうに。
「じゃあ手始めに、世界でもぶっ壊そうかな」
次回で「アトノマツリ」終了になります。
最初からいてくれてる登場人物が一人、退場します。