つむじちゃんに免じて。
《神具・分廻》。
自らの周囲に円を描き、円の内側をこの世界から隔絶された空間に移動する神具だ。用途としては身を隠したり逃亡したり、主に防御用に使われるアイテムなのだが、今回の使い道はそれらと全く逆であった。
「《キリツボコンパス》」
つむじは松風に突進すると同時に、その言葉を発した。気が動転していたというのもあるが、それよりもつむじの動きがあまりにも速く、僕はその円に入れることが出来なかった。
否、入れてもらえなかったのだ。
一瞬。本当に一瞬だったが、驚くべき速さで松風に突進したつむじが《分廻》を発動させる寸前、微かにこちらを向いた。
それは悲しい眼だった。
謝るような、慈しむような、申し訳なさそうな、罰の悪そうな、別れを告げるかのような。
「……ふざけるな」
何が一人で戦うなだ。
何が独りじゃないだ。
何が信頼だ。
何が一緒だ。
最後の最後で、僕は。
僕はつむじに守られた。
「……つむじ」
名前を呼ぶ。
壊滅状態となった校長室ではただ僕の、弱々しい声が木霊するだけで、それであの神が登場することはなかった。
「つむじ。つむじ。つむじ」
どうしてだ。
「つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! つむじ! 」
約束が違うじゃないか。
「つむじって呼んでんだろうが! 呼んでんだから出て来いよ馬鹿が! そんくらい言うこと聞きやがれ!」
どんなに叫んでも、つむじは戻ってこなかった。喉が痛くなるくらい叫んでも、あの黒い幼女は現れなかった。
――幸せになりたかった。
つむじと一緒に、幸せになりたかった。
あいつが人間になって。すっかり人間になっちまって。空も飛ばないし時空も越えないし力も弱いし頭も弱い。神具なんて忘れちまうほど、普通の子供になってしまえばきっと幸せだと、馬鹿みたいに考えていた。
それがいけなかったのかもしれない。
あれだけ罪深い神を許そうとしたのが悪かったのかもしれない。
情が移ってしまったのだ。
愛が生まれてしまったのだ。
なあ、ちーちゃん。
きっときみも望んだだろう。
良い奴も悪い奴も、誰も彼もは平等に、一緒くたに、手を繋いで幸せになってしまう世界を。
僕はそれを望んだんだ。
だけど、ちーちゃん。
駄目なんだって。
何かを犠牲にしないと駄目なんだって。
悪い奴が犠牲にならないと駄目なんだって。
僕も。
僕も、死んだ方がいいのかな。
どれだけ後悔しても手遅れだった。文化祭だけに後の祭だ。
どんな困難でも乗り越えられると信じていたのに、どんな敵でも殲滅すると自負していたのに。
この日、僕は敗走を余儀なくされた。
桐壷つむじという、あまりにも大きな犠牲を出しながら。
そういう決着で、閻魔三銃士・松風界隈戦。
敗北。損害・桐壷つむじの消滅。