夢物語   作:危橋たけ

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 夢物語、最終章。
 おわりはじめる物語です。


最悪平等
3月3日 修了編・その一


 

 桐壷つむじがこの世界から消滅して、半年が経とうとしている。

 半年間、僕はこれと言って何もしなかった。

 

 もちろん何もしなかった、というのは今や閻魔大王に成り代わった松風界隈に関する件についてのことで、仕事はちゃんとそれなりにやっている。

 十一月には心理士の特別研修にも参加したし、十二月の聖夜祭では講演もしたし、一月の生徒会選挙では暗躍したし、二月にはついにスマートフォンに機種を変えた(使いこなせる気がしない)。

 松風界隈はというと、そちらも変わらず校長先生だった。誰からも嫌われて、疎まれて、怖れられて、以前と少しだって変わらぬキャラクターを保ち続けている。

 クロス・プログラムからは連日刺客が来ているそうだが、丁重にお迎えして、丁重に迎え撃っている、と笑いながら話していた。

 そういう剣呑な話題を除きさえすれば、不気味なことに僕らの日常は、全くと言っていいほど変わっていなかったのだ。

 大きな変化を無理に挙げるとするならば、それはもちろん桐壷がいなくなってしまったことだろうが。

「ねえ、何もしないの?」

 ある日の夜、翅さんは僕にそう尋ねた。

 桐壷つむじを失っておいて、肉体的な修行も精神的な鍛練も行っていない僕を快く思っていないのだろう。然もありなん。つむじがいなくなって悲しいのは、翅さんだって同じだ。

「大丈夫だよ」

 僕は翅さんを抱き締めた。

「絶対に借りは返すから」

「……そう。ならいいわ」

「倍返しだ!」

「それ、古くない?」

 日常は何も変わらなくとも。

 つむじがいなくなろうとも。

 僕が閻魔大王――引いては松風界隈への憎悪やら敵意やらは、順調に燃え滾っていたのであった。

 そして、卒業式の日が訪れた。

 

 -----三月三日(1)-----

 

『青春』、という字がある。

 その字から棒を一本と人を除けば、『三月三日』になるそうな。我らが玄舟学院の卒業式がそういう理由で三月三日になったかどうかは知らないけれど、とにかく三月三日。例年になぞって、第九十九回卒業証書授与式が開幕された。

「罪悪感でいっぱいだけど、例年通り僕はサボらせてもらう」

 自嘲気味に呟いて、僕は屋上の扉を開けた。漫画やアニメのようにはいかず基本的に屋上は立入禁止なのだが、地味に知られていない事実、『立入禁止』のロープを越えさえすれば、その奥は鍵の掛かっていない屋上への鉄の扉が待ち構えている。

「変なところで迂闊なんだよな、この学校。それともわざとか、こういうの……」

 玄舟学院の行く末を危惧してみたが、校長があんなのな時点でどんな心配も手遅れだ。

 重い鉄の扉を、軽く開ける。

「あ」

 行幸亥来(みゆき いくる)がいた。

「あ」

 手には、煙を立てた煙草が握られている。

「……きみさ。自分の卒業式サボって、立入禁止の屋上で煙草とか勘弁してくれよ。どんなハイクオリティな中二病だ」

「ちっ――勘弁してくれよはこっちの台詞だぜ、夢浮橋先生よ。どうしたもんかねこりゃ……」

 罰が悪そうな表情を浮かべる行幸。紫煙を登らせる煙草は、火を付けたばかりかまだ長かった。

 僕は行幸の手から煙草を奪い、口に咥えた。

「ん、マイセン?」

「あんた煙草してたっけ」

「きみくらいの頃、ちょっと。彼女出来てからやめたっけ。あ、でもXP時代も付き合い程度には吸ってたな。別にハマってたわけじゃないから、いつの間にかやめたけど」

「はあん、未成年喫煙してたんだ。そこそこ不良(ワル)じゃん」

 言って、行幸は新しい煙草に火をつけた。渋いことに、ライターではなくマッチだった。

「――って、なに新しいの吸ってんだよ」

「あ? 共犯じゃねえの?」

「馬ー鹿、見逃してやってんだ。対等の共犯関係じゃなくて、きみの方が下だ。吸っていいでしょうか、って訊いてから吸うんだ」

「いやそれもどうかと……まあいいけど」

 吸っていいでしょうか、と隣の高校生はおざなりに尋ねた。

 よろしい、と応えると、ようやく行幸は落ち着いた風に煙を吐いた。

「しっかし、どうなんだよ。一生一度の高校生の卒業式を、こともあろうにサボっちまうなんてよ。勿体無いぜ? 絶対きみ、大人になって後悔するからな」

「大いに結構。後悔なんてものは、幸せ者の発想なんだよ。俺が将来後悔できる人間であるならば、それは非常に僥倖だ。――それに俺に見立てじゃ、夢浮橋先生。あんただってそういう行事ごとは率先してサボるタイプの人間じゃねえか?」

 この半神は僕の心を読むことは出来ない筈なのだけれど。

 この件に関しては実は図星で、僕は高校の卒業式の日には、学校にさえ行かなかった。

「まあ僕の話なんかいいんだよ――そういえばきみ、将来と言ったけど、将来どうするんだったっけ?」

「んー、まあ神社継ぐよ。だからまあ、家事手伝いってことで進学はしねえ」

「……進学っていうか、神学系の学校には行かないの?」

「神学? 何だそれ。そんなんあるのか?」

 きょとんとした顔で行幸は煙を吐いた。こいつの担任は何をしていたのだろう。

「幸せになると良いさ」

 そうとしか言えない。

 もう、何も言えない!

「ま、これでも一応半神なんでね。信仰さえ集まりゃ、喰いっぱぐれは無えだろうよ」

 全知全能のゼウスと人間女性ダナエの間に生まれたペルセウスよろしく、こいつは『行幸』と呼ばれる神と人間の間に生まれた、この世界じゃ比較的珍しい、神と人間のハーフである。興味が無いので深く知るつもりは無いが、彼にとってその境遇はどういう気分なのだろうか。

「あんたは?」

「え、何が?」

「将来だよ。『僕の話なんかいい』とは言ったものの、こういうのこそ不公平だろうが。どうせ今日で俺も卒業、同じ銘の煙草を吸う者同士、腹割っちまおうぜ」

 何だか急に馴れ馴れしくなってきやがった。

 こいつの方は僕に興味があるのだろう。――まあ、僕の特異の一言では片付けられない超常設定を鑑みれば、半分でも神である行幸にとっちゃ注意すべき点なのであろう。

「別に、何っちゃ無いさ。お給料も悪くないし、結婚もしてるし、悩みも無いし問題も無いし、一生このままでいいかな」

「嘘吐け」

 即座に、行幸は一蹴した。

「閻魔の――二代目の閻魔大王を襲名した松風界隈の件を差し置いて、『このままでいい』は無えだろ夢浮橋先生」

「………………」

「俺はあんたのそういうところが嫌いなんだよ」

 言って行幸は、ポケットから携帯灰皿を取り出して、まだ半分ほど残っている煙草を押し潰した。意外とマナーを心得ている奴だ。

「勝てねえもんなのかよ、閻魔には」

「あー、そりゃどうだろう。でも少なくとも今はまだ、勝てる気はしないかな」

「つってもあんた、もう自分の能力には気付いてるんだろ? 『幽霊が視覚化できる』体質の、その正体に」

「まあ、うん」

 この世に生まれて二十八年。それでようやく気付いた。

 僕は『神の能力を否定できる』人間らしい。

 考えてみれば、心を読まれたことがない。思い返してみれば、精神操作をされた覚えがない。そういえば、松風の件を除いて神に敗北したことがない。

 神や幽霊が視えるのは、『視えないようにしている』力を否定していたためだ。どうにもそちらにばっかり目が行ってしまって(視覚化だけに)、大元に気付かなかったのだ。

 何が釈然としないかって、僕の周りの賢い人間は大体、その結論に至っていたということだ。

 翅さんも。

「『神の否定』――はん、半神の俺でも末恐ろしい能力だぜ。ますますあんたが嫌いだ」

「そいつはどうも」

「んで、俺が疑問なのはそのすっばらしい能力を以てしても、まだ閻魔に勝てねえのかって話だ。原理的にはそれ、奴からの攻撃を全て『否定』しちまえば、攻撃も受けねえんじゃねえか?」

「まー、確かにそうかもしれないけどさ。けどやっぱりそれは原理上の話で、『左足が沈む前に右足を出せば水面を走れる』みたいなことなんだよ。実際は言うほど簡単じゃない」

 はあん、と唸りつつも行幸は納得出来ていない表情だった。たとえに理科要素が含まれていたのがいけなかったのだろうか。

「つまるところ、やり方が分からないんだよ。研究のしようも鍛錬のしようもない。どうにもこれは自在(マニュアル)じゃなくて自動(オート)なスキルみたいなんだ。こんなに使い勝手が悪いんだったら最初から要らないのに……」

「難儀なもんだな。まあでも『それ』のおかげで」

 行幸は新しい煙草に火を付けて。

「洟子(はなこ)は救われた」

「……そうかな」

 実際、須磨洟子が消滅して以来、彼女について行幸と話すのはこれが初めてだった。

「まあ俺も幽霊なんて好かねえけどよ。それでもあいつは――なんだ、良い感じ? 悪くはなかったぜ。松風に感謝するつもりじゃ、ねえけどな」

「きみがそう言うんならそうなんだろうな」

「はん、何を部外者面してんだか。俺はあんたのそういうところが嫌いなんだよ」

 僕の煙草が短くなるや、行幸は携帯灰皿を差し出してきた。不良のくせに変なところで気が利く奴だ。

「実際、あの子には感謝してるよ。何せ世界を救ったわけだし」

「……詳細は知らねえけどさ。噂じゃ、守れてなかったんじゃねえか?」

「うん?」

「カウンセラー室の要物も守ろうとしたらしいが、それも空しく松風に盗られたんだろう? こう言っちゃなんだが、駄目じゃん」

 パスワードを入力するためのノートパソコン。松風がそれを奪ったのは僕を校長室まで導くためだっただろうが、それにしたってどうにもあれが世界の命運を懸けるほどの大事なものとは思えない。

 真犯人が松風だなんて、パスワードなんか無くとも辿り着けていただろうし。

「きみも意外と分かってないね。もっと抽象的に考えてみな」

 

 ――私は

 ――夢浮橋先生が好きです。

 

「あの行動は、あの言葉は、紛れも無く僕の世界を救ったよ」

「……はん、臭っ」

 そう吐き棄てて、行幸は僕にマイルドセブンの箱を差し出した。

「もう一本吸う?」

「じゃああと一本だけ」

 今日、彼らは卒業する。

 全員が全員、前向きなつもりで未来に羽ばたいていくかは知らないし、青春を送れていたかは知らないけど。

 

「卒業おめでとう」

「どーも」

 

『仰げば尊し』が、講堂から屋上まで聞こえてきた。

 




 いよいよ奇妙なラストに向かって走り始める夢物語。

 ところで、『夢物語』が終わった後、僕はどうするべきでしょうか。

 このサイトで何か書き続けるのもアリかな、と思ってるんですけど、何を書こうものか。良案があったらどうか教えてください。
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