夢物語   作:危橋たけ

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 今月丸々使って終わらせます。

 出し惜しみしてごめんね。


3月3日 修了編・その二

 

 -----二月十四日-----

 

 本日は、全国的にバレンタインデーと呼ばれる日である。

 

「芥先輩、今日は何の日かご存知ですか?」

「聖バレンタインが処刑された日」

「そう! 今日はチョコレートを体に塗りたくって、『ハッピーバレンタイン』とあなたに捧げる日です!」

「僕のギャグをスルーして自分のギャグを推すのをやめてくれ」

 今年のバレンタインは日曜日なので、安息日に従って学校は休みである。僕と紅葉賀弦弧(もみじのが げんこ)は車を走らせ、隣町の墓地を訪れていた。

「しっかし――寒いな」

 辺りには微かに雪が積もっていた。まあ季節を考えればそりゃ雪も降るだろうが――何だろう。雪と墓石って、似合い過ぎて不気味だ。何にせよ、抱いた花束が萎れてしまいそうで心配だ。

「え、寒い? さっき私のバレンタインプランがですか? いや、芥先輩。別にさっきのはギャグとかじゃなくて本気で、でも本気で寒いと仰るのであれば、それは私だって芥先輩のお気に召すであろうプランをいくつか用意してあるのですが」

「お前は何に焦っているんだ。あー、ほら。あいつ来てるじゃねえか。早く行こう」

「はーい」

 墓石に包囲された通路を歩み、僕達はある墓の前に辿り着いた。その墓には既に先客が来ており、二メートル近い身長のかなりがっしりとした体格を持つコートの男が、この寒い中に濡れた雑巾で墓石を磨いていた。

「空蝉(うつせみ)」

 僕が呼ぶと、ようやく大男――空蝉是空(ぜくう)はこちらに気付いた。

「お早うございます。お久し振りです、夢浮橋先輩」

 無表情で、空蝉は直角に近い角度で僕に頭を下げた。相も変わらず、凄まじく礼儀正しい奴だ。

「うわー、空蝉くんだ。懐かしいー。お久し振りですね。卒業旅行以来ですよね。大きくなられたー」

「……はあ。どうも、紅葉賀先輩」

 そして感性は正しく機能しているので、無表情なりにも弦弧ちゃんをバッチリ警戒している。

「ま、とりあえず集合完了だな。まずはお参りすっか」

 それから僕らは墓に花を供え、線香を捧げた。そして誰からともなく手を合わせ、十秒ほど沈黙する。

「………………」

 この墓には、帚木鵆が眠っている。

 十年前、何がきっかけだったかはよく覚えていないが、僕たち四人は引き合うように集まった。集まって、馬鹿みたいにあちこちで騒いで、悪魔のように学校を掻き回して、そして子供のようにただ遊んだ。百葉箱(ひゃくようばこ)高校の『めぐりクラブ』といえばあの時期、ちょっと有名だった。

 しかし十年前の今日、つまり二月十四日。『地獄未身(じごくみみ)』なる閻魔の能力で憑りつかれていた帚木鵆は、桐壷に殺された。

 胸に風穴を空けられ、今日より遥かに雪の積もった銀世界の路の上で、鮮血を撒き散らして死んでいた。

 その死がきっかけとなり、『めぐりクラブ』は自然と崩壊してしまったのだ。

 それから、十年。

 ようやく僕達は、再び『四人』で集まることが出来たのだ。

「そういえば空蝉くん、刑事さんをやっていると聞いたのですが」

「え」

 弦弧ちゃんの質問に、思わず空蝉は僕を見た。ごめんと、視線で謝った。

「……そうです」

「ほう、どこ署?」

「……わ、湾岸署」

「ほう、『おどる大捜査線』と同じですね。かっこいー」

 まあどこが嘘なのかというと、最初から嘘である。

 四翅傾名(ししけいめい)の一つ、『空蝉捜査部』。それが空蝉是空の実家だ。基本的にあの団体は一子相伝なので、空蝉の家に生まれたらもう捜査官として生きていくほか無いのだ。

「やっぱり容疑者にカツ丼とかご馳走するのですか?」

「え、ええ。でも最近はカツカレーが人気ですね……」

「ほーほー」

 敢えて刑事と称するのは、空蝉捜査部の仕事のほとんどが警察に寄るところがあるからだ。

 捜査するだけならば、胡蝶研究室の方が上手いだろうし。

 空蝉捜査部の信条は『正義』である。正義に反する『違反者』を駆逐し、執行し、断罪する。『悪』と見做されしものを地獄の果てまで追い詰める正義の断頭台が、空蝉調査室の正体である。

 きっと、閻魔大王松風界隈のことも執行対象に入っているのであろう。問題は、その刃が届かないことだ。

「俺の話はいいんですよ。ぜひ、先輩方の話を聞かせて頂きたいのですが」

「いや、デカの話とか超気になるじゃないですか。女性の容疑者の取り調べとか、何やかんやでイヤラシイことするんでしょう?」

「………………」

 無表情が不快な表情に変わった。瞳孔まで開いている。やばい、このままじゃ弦弧ちゃんが殺されてしまう。

「ほらほら、弦弧ちゃん。あんまり刑事さんに色々聞いちゃ駄目だよ。そういうのはあくまでも、極秘事項なんだから」

「む。それもそうですね。失礼しました。それでは今回ばかりは、私も我慢するとしましょう」

 いや、お前はもっと我慢した方がいいんだけどね。

 モラルとか、色々と緩いよね。

「……先輩方は教師をされていると聞きました」

「まあね。なし崩しだけど、今や玄舟学院心理学教師及びスクールカウンセラーとして、適当に頑張ってるよ」

「私も、玄舟学院二年三組担任教師及び数学教師としてエロく頑張っています」

 空蝉は無表情だったけれども、弦弧ちゃんを見る目は「あんたには聞いてない」とはっきりと語っていた。

「……お気を害す質問かもしれませんが」

 無感情な目は、ちらりと帚木家の墓石を見据えた。

「鵆先輩の、遺志を継がれたのですか?」

「……ん、まあ」

 どうなのだろう。

 そうなのだろうか。

「少なくとも、弦弧ちゃんの方はそうだよな」

「ですね。まあ私なんて数学とエロス方面しか能はありませんし、だったら数学を他人に教えてあげてもいいかな、と」

 他人って誰だよ。

 生徒な。

「……紅葉賀先輩。数学だけでよく大学を出れましたね」

「友情・努力・勝利です」

「嘘くせえ」

「欲情・色欲・行為です」

「やめて下さい」

 まあ十年経とうと、人間関係なんてさして変化しないのだ。後輩二人は相も変わらず仲好しだし、弦弧ちゃんはエロいし、空蝉はクールだ。自己診断なんて柄じゃないけど、少なくとも今の僕だって十年前とあんまり変わらないだろう。

 今は。

 十年間、紆余曲折あったけれどさ。

「この変態は別として、夢浮橋先輩は微妙なところなのですか?」

「あれ? 空蝉くん今、私を褒めた? ねえ褒めた?」

「んー、そうだな。微妙っちゃ微妙だ。僕はなし崩しで教師になったし、ちーちゃんが学校の先生になりたかったんだって気付いたのは、赴任が決まってからだったよ。これも何らかの運命だろう、って頑張ってる次第さ」

 だからって、遺志の全てを継げやしないけどね。

 僕は溜息混じりにそう吐いてみた。

「あの人は、綺麗でした」

 合わせるように、ふと空蝉は言った。

「俺達がどう試行錯誤しても辿り着かないような綺麗な言葉を、当たり前のように口に出来る。それだけに俺は、あの人が夢を叶えるのが怖かったんです」

 墓地の人影は、僕達三人だけだった。線香の煙は、この墓からしか立ち上っていない。

「あの人が大人になって、この世界に幻滅してしまうんじゃないかって。先輩に向かって失礼でしょうが、心配していたんです」

「ですね」

 意外にも弦弧ちゃんがそれに同意した。

「だって教師なんて、実際地獄もいいところですよ? 他先生方に生徒諸君。会社と違ってコミュニケーションが多い職場だから、すっごい面倒です」

 芥先輩がいるからいいんですけどね、と要らないことを付け加える。

「面倒な時、思うんですよ。鵆先輩がこの中にいたら、それでも高校生の時みたいに綺麗な綺麗言を言い続けていられるのかって」

「………………」

「………………」

 そこで、僕らは気付いた。僕らは今、してはいけない会話をしている。言っちゃいけない言葉を述べている。だってこんなの、まるで――

 ちーちゃんの死を、肯定してるみたいじゃないか。

「……はん」

 まったく、夢物語だ。

「夢物語だな」

「え、何ですそれ? どんなエロ作品ですか?」

 もうこいつ、帰ってくれないかなあ……。

「そういう意味じゃ、ちーちゃんは幸せだっただろうな。汚いことを知らないまま、ずっと遠いところに行けてさ。心理学を学んだ手前、死ぬってことがどれだけ楽かよーくわかるよ」

 二人の後輩は、驚愕の表情を浮かべていた。絶句、していた。僕に気を遣っていたのだろう。好きだったって、知ってるから。

 

「でも、生きたかっただろうなあ」

 

 いっぱい、いっぱい。

 生きたかっただろうなあ。

 

 半年ほど前、ちーちゃんは松風の策略により例外の幽霊としてこの世界に現れた。その時の彼女は、目を輝かせてこの世界を見渡していたのだ。

 それがちーちゃんが生きたかった、という何よりの証。

「……飯、行こうか。いい時間だし」

「え、芥先輩もういいんですか?」

「いいんだよ。こうやってせっかく集まったんだ。辛気臭え会話しちゃ、ちーちゃんに失礼ってもんだろ」

 それに僕らは、前に進まなくてはならない。そう、彼女と約束したから。

「何食べる? 久し振りに先輩面したいから奢っちゃるぜ」

「いいんですか? じゃあ私、芥先輩が食べたい!」

「黙れ。空蝉は? 割かし何でもいいぜ」

「……では、回転寿司に行きたいです。一皿百円くらいの。ここ五年ほど日本の回転寿司には行ってないので」

「妥当だな……お前はボケないんだね」

「じゃあ私、芥先輩と空蝉くんに食べられたい!」

「黙れ」「黙れ」

 

 そして、僕らは歩き出す。

 ――僕は今日、初めてちーちゃんの墓を訪れた。ずっと行けていなかったが、やっとこうやって出会うことが出来た。僕が殺したようなものだ、と勝手に責任を背負って、ちーちゃんの墓前に向かって手を合わせたのは、今日で初めてだったのだ。

 

 来て、良かった。

 

 みんなで来て、良かった。

 

 これで僕は、本当にきみにさよならを言えたような気がする。

 

 ありがとう。おやすみ。好きだよ。

 

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