このキャラはその極端な例ですね。
「ええ。確かに傷害事故が体育館女子トイレで起きているのは確かですが、それは夢浮橋先生に関係のないことではありませんか?」
素っ気なく、紅葉賀弦弧は応えた。
生徒や教師の前では、弦弧ちゃんは僕に冷たくする。それは僕を敬愛し過ぎている彼女なりの、僕への気遣いだ。
弦弧ちゃん――今は紅葉賀先生と呼ばせてもらおう。彼女は嘘を吐くことを苦手としている。故に自分が感じていることを隠しきれず、抑えきれず、仕方なしに性格ごと変えてしまっているのだ。
そういうところ、凄まじい。
その変化は主に人前で発動される。即ち職員室も例外ではなく、デスクワークや歓談に勤しむ諸先生方と同じ空間に居る以上、彼女の姿は『紅葉賀先生』でなくてはならなかった。
「いや、実はさ。その件について生徒から相談があったんだ」
「……それは誰ですか」
守秘義務です、と答えれば簡単だが、それではあまりにも狡く、卑怯な手だ。信用問題に関わる。
「若紫からだよ。君のクラスの」
信用問題とか言っておいて嘘を吐いた。まあ、バレなきゃいいってことで。
「……彼女は確か手芸部だった筈です。体育館トイレに出向く機会は、体育を除けば皆無の筈ですが」
体育の時に行ったんだよ――と、そういう言い逃れはきっと紅葉賀先生の予想内だ。
そして明らかに余談だが、若紫志吹が所属しているのは手芸部ではなく文芸部である。担任ならその辺を把握しておけ。
「あ、違う違う。被害に遭ったのは若紫の友達らしい。誰かは言いたくなさそうだったから訊かなかったけど、その子もショックだったらしくて。若紫って割と正義感が強いって言うか、友達を大事にする子なんだよ。だからまあ、軽くだけど相談されてね」
何気に若紫をよいしょしておく。紅葉賀先生には生徒への思いやりが皆無なので、地味なところで僕がアピールしてあげないとあの子の将来がどえらいことになる。
「そうでしたか」と冷たい口調を少し緩めて、紅葉賀先生は言う。どうやら騙されてくれたようだ。気を抜かなければちょろいのだ。
「大変ですね、カウンセラー先生は」
「ああ。数学教師と同じくらい大変だよ」
「数学教師など楽です。ただ自分がどうやってその結果に辿り着いたか、経過を黒板で説明すればいいだけなのですから。プレゼンテーションのようなものですよ」
玄舟学院は県内有数の進学校だと言われている。つまり理解出来なければ、理解出来ない自分が悪いのだと、生徒は考えているらしい。たとえ仮初でも教師の教育方針を疑ってみたりしないのだろうか。これだから頭の良い奴は嫌いなんだ。
「ところで紅葉賀先生。生徒の間で、『トイレの花子さん』なるものが噂されているのは知ってる?」
「唐突ですね。――いえ、存じ上げませんが……、そんなものが流行っているのですか? 私達の世代では、随分懐かしいもののような気もしますが」
本当に、生徒に関心のない教師だ。マジでこいつはどうして教師になったのだろう。
「流行ってるっつうかさ……、マジでこの学校にいるそうなんだよ、『トイレの花子さん』が」
「………………」
数秒置いて、紅葉賀先生の額から汗が吹き出した。
「……う……うん……ううん……?」
必死で何かと戦っていた。
本心では僕のことを心底信用している彼女のことだ。だからこそ僕のこの突拍子も無い、疑わしい発言を信用するべきかどうかかなり迷っているのだ。
「――へ……へえー、そうなんですかぁー」
信じやがった。凄え、こいつ。
いや、ほとんど真実だから別にいいのだが、それを信じるこいつはまず、人間としてどうなのだろう。
ああ、そういえば駄目だったっけ。
「えっとその、夢浮橋先生は昨日、何時に寝ましたか?」
「零時だよ」
「それで、起床時刻は?」
「六時だよ」
「はあ……私もそのくらいです」
どうやら信じては見たものの、一応は僕の疲労とか、精神状況を探ってみたらしい。何か、こいつにそこを疑われると何だか凄く屈辱的だ。
「まあ、僕だってもちろん半信半疑だよ。そもそも『花子さん』なんて……――非科学的だろ?」
非科学的な眼球を所持していながら、よくもここまで白々しく舌が回るものだ。自分で自分が恥ずかしくなってくる。
「え、ええ。そうですね。そうですよね。その通りです。妖怪変化怪異の類なんて所詮、エロゲーの中だけの話ですもんね」
急に安心した所為か、エロゲーとか口走りやがった。エロゲーに限定するのもおかしいし、エロゲーというワードが出て来る職員室もいかなるものかと。だが誰もエロゲーなど聞いていないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
「とにかく、そういう非科学的で根も葉もホモ無い噂話でも……」
「何故ホモと言ったのですか?」
「いや……」
生徒に影響を受けてしまった。くそう、若紫め。
「――馬鹿みたいな都市伝説でも、多感な年頃の高校生は信じちゃう――いや、信じないかな。信じなくとも、少しばかり不安を覚える。雑念にもなるしね。そうなると僕も、色々と忙しくなっちゃうわけよ、きっとね」
「はあ。……それで結局のところ、夢浮橋先生の御多忙は私に一体どんな関係があるのですか」
おお、冷たいキャラを持ち直した。何だかご苦労様と言った感じだ。
「情報をくれ」
ここでようやく、僕は本来の目的に乗り出すことにした。
「はい?」
「トイレの事故――事件に関して、職員朝会の時とか、その他耳に入った出来事とかを教えてほしい」
「………………」
紅葉賀先生は少し考えて、
「忙しいので」
断った。
予定通り、断られてしまった。
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その後、僕の携帯電話に紅葉賀先生からスクロール数回分ほどの長いメールが来たのは、彼女の人柄からして必然の出来事なのだ。
どいつもこいつも、素直じゃない。