トレセン学園新聞部「蹄鉄の裏側 第138号」ライバル決戦!宿命の天皇賞(秋) 作:ゴケット
(案)『校内新聞への生徒会からの報告』
『見出し』
大志ある者を支えようとする君へ。遠征支援委員会は、あなたを必要としています。
『記事本文』
これまで、旧卒業生からなる遠征後援会ならびに保護者の皆様には、本校生徒の海外遠征活動に対し多大なるご支援を賜り、厚く御礼申し上げます。おかげさまで、多くの生徒が異文化に触れ、国際感覚を養う貴重な経験を積んでまいりました。
しかしながら、より一層多くの生徒が、グローバルなレースで活躍できる人材へと成長できるよう、生徒の皆様の生の声を反映させ、より効果的な支援体制を構築すべく、この度「遠征支援委員会」を発足することといたしました・・・(以下略)・・・
「あ、あの会長・・・。心苦しいのですが…。こちらは私どもの新聞の紙面に乗せるのには、文体が硬すぎるかと…」
額に冷や汗を掻いた「蹄鉄の裏側」デスクが遠慮がちに口を開くと、シンボリルドルフは整った眉を少しばかり上げる。
「うん、そう思うか。どうにも我々生徒会は、くだけた表現というものが苦手でね」
デスクの意見に感心したように微笑むシンボリルドルフ。
しかし、デスクの冷や汗の量は増えるばかりである。何しろ相手は出類拔萃の『皇帝』様に対して、こちらは大した競争成績をあげてないウマ娘が集まる弱小部活の新聞部。皇帝の一息で、それこそ紙切れの様に吹き飛んでしまう。
「しかし、先頃のエルコンドルパサーでの惜敗以降、委員会の設置を求める声が大きくなっていてね。どうにか推敲し、貴紙を借りた遠征支援委員会の委員を公募させてもらえないだろうか?」
シンボリルドルフが慇懃に頭を下げると、デスクは慌てて頭を下げると台詞をカミながら答えた。
「そ、それはもちろんです。ええっと、それでは・・・」
デスクがこの案件の担当を押し付けようと左右を見渡す。するとそれまで興味本位でデスクと会長のやり取りをしていた。記者たちがアイビスサマーダッシュのスタートよりも素早く視線をそらしたが、三冠にして顕彰ウマ娘に見とれていた特派記者は出遅れた。
「よし、君。君が会長の案文をリライトしなさい」
「君は確か・・・、111回のとき、チームシリウスの記事を書いていたね・・・。よろしく頼むよ」
シンボリルドルフは軽く微笑んだつもりなのだろう。しかし、笑っていようがあくびをしていようが、ライオンに頼みごとをされた草食獣の返事は一つだけである。
「は、はい・・・っ!」
記事本文:
「海外レースで学びたいけど、何から始めればいいの?」「遠征って難しそう…」そんな悩みを抱えている君へ。この度、本校に「遠征支援委員会」が誕生しました!
遠征支援委員会は、生徒一人ひとりの遠征の夢を応援するため、様々な活動を行います。
遠征説明会: 遠征先や手続きについて詳しく説明します。
先輩との交流会: 実際に遠征を経験した先輩から、生の声を聞くことができます。
遠征準備のサポート: ビザ申請や航空券の手配など、遠征の準備をサポートします。
遠征に興味がある人も、まだ漠然としている人も、まずはお気軽に委員会に参加してみませんか?
【参加方法】
[委員会の連絡先]
「・・・とりあえず、こんなところでしょうか・・・」
「ずいぶんフランクになったように思える。しかし、これだけでは、委員会の設置の経緯が分からないのではないかな?」
こちらの文案は概ね良好だったようだが、シンボリルドルフは一つの指摘をした。
「それには考えが・・・」
「ん?」
「この下に、Q&Aか、遠征経験者のインタビューを入れて、その中で説明しようかと・・・」
最近の新聞はほとんどがスマートホンで読まれるので、長い文章は好まれない。会話をしているような口語のほうが、読者の目を引くだろうと説明すると、シンボリルドルフは納得したように大きくうなずく。
「なるほど、それはすばらしい。まさに茅塞頓開と言ったところだ」
「それで、Q&Aか、インタビューなのですが、出そうな質問を幾つか用意しましょうか?」
「インタビューにしよう」
「遠征経験者のインタビューですね。やはり、会長が?」
「いや、それよりも、遠征支援委員会の顧問にお願いしよう」
「顧問?」
特派記者が聞き返す。すると、普段、一般の生徒の前では落ち着いた表情しか見せたことのないシンボリルドルフの口元から笑みがこぼれていた。
「遠征後援会の『会長』、トレセン学院に多大なる貢献をしてくださっている方だ」
弾むような声色と見たことのないシンボリルドルフの様子に、多少の混乱を覚えながらも特派記者が聞いた。
「?、えっと、その方のお名前は?」
「清本ミキ。今はそう名乗っている」
先日、スペシャルウィークが特別賞を受賞した、URA年度代表ウマ娘表彰式が行われた高級ホテルのラウンジ。特派記者は落ち着かない様子で席についていた。シンボリ家やメジロ家のような名門や、重賞を制したウマ娘なら縁があったかもしれないが、あいにく特派記者は普通の家のウマ娘である。場違い感がハンパない。
何とか気を鎮めるように、注文したココアを舐める(ラウンジ料金にビビッて普通のペースで飲めない)。ちろり、ちろりと、ココアを舐めていると温かさと甘さに少しだけ緊張がほぐれた。
(大丈夫、大丈夫。URAが会場として使ってるしぃ。わ、私だって一応トレセン学園生なんだし・・・。案内してくれた、ボーイさんだってトレセン学園の生徒は見慣れている感じだったし)
そっと、周りを見ると他の客たちも学生が一人でいることなど気にしていない。おそらく、この制服のおかげなのだろう。カーテンウォールに映る自信の制服に少しばかり感謝する。
(しかし、待ち合わせにしても学園の面会室とかがよかったなー)
この待ち合わせの場所は、先方にアポを取ったシンボリルドルフの指定なのである。
(忙しい人らしいからしょうがないか・・・)
言葉に出さずに愚痴を言っていると、ラウンジの静かなざわめきが消えていく、
「・・・え?」
特派記者が静けさの元を辿っていくと…。窓から入る日の光を弾き、栗色の髪が燃えていた。
彼女は、まるで美術館に飾られた彫刻のように、静かにそして力強く歩んでいた。落ち着いた色合いのセレモニースーツ(パンツスタイル)とキャスケット帽というシンプルな装いの中に、彼女の気品が際立っている。ステッキをついて大股に歩くその姿は、静かな湖面に投げ込まれた石のように、周囲に穏やかな波紋を広げていく。
その彼女に視線を奪われた特派記者が、自分がなぜこのホテルにいるのかを思い出したのは、彼女が目の前に立って声をかけてきた時だった。
「こんにちは。あなたがトレセン学園の記者さん?」
「へ、あ、ひゃい・・・」
気品という言葉がよく似合う女性に声を掛けられ、慌てて立ち上がった特派記者の口から情けない声が出た。
女性は優しく微笑むと、
「うちが清本ミキや。どうしたん?なんか緊張してるみたいやけど、かたくならんと、なんでも気楽に聞いてや」
関西訛りの言葉遣いで気さくに話しかけてきたミキのおかげで、特派記者の口がようやく回り始めた。
「こんにちは、ミキさん。お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます。お話しできるのを楽しみにしていました。どうぞよろしくお願いします」
何とか挨拶の言葉を吐き出し、対面の席を勧める。
裾の長いテーラードジャケットを身に着けていたミキは、若干座りにくそうに特派記者の正面に腰を下した。特派記者も尻尾を抑えながら座りなおす。このホテルの椅子はデザインはいいのだが尻尾穴がない。
「この椅子、デザインは斬新やけど、まさかウマ娘の訓練器具やないやろか」
ミキが高級ホテル相手に皮肉混じりのユーモアを一つ。
「はは…」
特派記者は、ホテルの従業員の様子をうかがいなら、正面から相手の顔を見る。ミキは前髪を帽子の下に収めており、顔全体から自信が見て取れた。
(・・・なるほど、さすが会長が紹介する人だけあるは…)
一つ一つの所作が洗練されており、指先にまで品格が詰まっていそうだ。左薬指に収まった指輪だけが茶目っ気を出して笑っている。
「・・・それでは、インタビューを始めさせてもらいます」
清本ミキさんに聞く!生徒主体委員会設立の意義
先日、海外レース遠征に長年携わり、チームシリウス所属のサイレンススズカ選手の遠征コーディネーターとしても活躍される清本ミキ氏にインタビューを行いました。春からは遠征支援委員会の顧問も務めることとなる清本氏ですが、今回、生徒主体で運営する委員会が設立されることの意義について話を伺いました。
特派記者: 本日はお忙しいところありがとうございます。まず、生徒主体で運営する委員会を設立された経緯についてお聞かせいただけますでしょうか?
清本ミキ: この委員会の設立は、私が長年、海外レース遠征の後援会の活動をしてきた中で、生徒の皆さんの主体性を引き出し、大きく育ってほしいと思ったからです。生徒の皆さん自身が考え、行動することで、ただ応援するだけではなく、自ら学び、成長するチャンスを掴んでほしいと願っています。
特派記者: 生徒たちが主体的に活動することで、遠征支援委員会はどのような委員会になるとお考えですか?
清本ミキ: 生徒の皆さんが主体的に活動されることで、まず、お一人おひとりの責任感が高まり、サポートしてくださるスタッフの方々とのチームワークがより一層深まるでしょう。そして、選手ご自身がレースについて深く考えられるようになり、より良いチーム作りへとつながると確信しております。
特派記者: 具体的に、生徒たちはどのようなことに取り組むことになるのでしょうか?
清本ミキ: まだ詳細については検討中ですが、例えば、レース戦略を立てたり、宿泊や移動の計画を立てたり、さらには、チームの広報活動を行ったりと、様々なことに携わっていただく予定です。もちろん、最初は私たちがサポートいたしますが、最終的には、生徒の皆さまで運営できることを目指しております。
特派記者: 生徒たちの意見を積極的に取り入れることで、遠征支援委員会はより一層発展していくことでしょう。最後に、生徒の皆さんへメッセージをお願いします。
清本ミキ: 遠征支援委員会は、単にレースで勝つことだけが目的ではありません。レースを通して、様々なことを学び、大きく成長する場なのです。この委員会を通じて、皆さんの力で遠征支援委員会を創り上げていってください。そして、将来、世界で活躍できるウマ娘を輩出できるよう、一緒に頑張ってまいりましょう!
清本ミキ氏の熱い想いが伝わってくるインタビューとなりました。生徒主体で運営される委員会の活躍に、大きな期待が寄せられています。
「……うむ、なるほど。簡明扼要。そつなくまとめてきたか・・・」
「…ええ、インタビューは滞りなく」
ミキへのインタビューを終え。トレセン学園に戻った特派記者が提出した原稿案に目を通したシンボリルドルフが言った。
「キミは少し戸惑ったのではないか?」
「ええ、ミキさんは思った以上にフランクなかたでした」
インタビューになった途端、くだけた関西訛りを消しインタビューに応じたミキを思い出し、特派記者が答えた。
「精神的な切り替えも素早い方だったからな」
シンボリルドルフは言いながら、口角を片方だけを持ち上げる。
特派記者の目には、何かを噛み締めるような表情にも見える。
(ノスタルジー?前だけを見ているように見える会長が?)
その時、ふと閃いた!このアイディアは、次の機関誌に活かせるかもしれない!
「あ、会長!過去の校内新聞の記事の再掲載というのはどうでしょう!」
突然、大声を出した特派記者に、シンボリルドルフは一瞬だけ目を丸くしたが、、興味をひかれたようだ。
「過去の記事?どうしてだい?」
「清本ミキさんの紹介をかねてです。よ~し、これは伸びるぞ~!」
すでに記事の閲覧数を想像し、雀躍し始めた特派記者の様子に、シンボリルドルフは苦笑を浮かべた。
「記事の方針に口を出すつもりはないが、自分の言葉で語らなくていいのかい?」
「それも道理だと思います。今なら過去の映像もいくらでも見ることができるので、私が記事を書くこともできると思います」
「それなら…」
「でも、当時はウマッターみたいなSNSのサービス開始前なので、見ていた人たちの熱量みたいなものは拾いにくいんです」
「ほう…」
シンボリルドルフは少し興味を引かれたように声を出した。
「我が『蹄鉄の裏側』の記事は、先輩方がその熱さを残してくれていましたので…」
「なるほど、それもまた継承なのかもしれないな…」
カツン!カツン!と、早朝の中山競バ場の地下バ道に子気味のいい足音が響く。
清本ミキが視線を壁に投げると、有馬記念の歴代ウマ娘のパネルがまだ飾られていた。これらが取り外され、別のG1優勝ウマ娘のパネルが飾られると、いよいよ春レースがはじまる。
ミキの歩が進み、並んだパネルのある一角を通り過ぎるとき、ミキは杖をくるりと回して鼻を鳴らした。口には満足げな笑みが浮かんでいる。
進むミキが目を細めた。地下馬道の出口が近づき光が差し込んでいた。
目を細めて光をくぐると、冬の寒風がミキの体を打った。風に揺れるターフのさざめきが、観客の声援のかわりにミキを出迎える。ミキは思わずスタンドを見たが、平日、早朝の中山競バ場のスタンドには人影はない。
「・・・・・ッ!」
ミキはゆっくりと伸びをして、息を吸い込むと倍の時間をかけて息をはいた。
空気の冷たさを楽しみスッキリとした気分になったミキが踵を返そうとすると・・・。
「あーー、いっけっないんだーー」
と、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ここは、立ち入り禁止なんだぞっ!♡♡♡」
振り返るミキに対して、声の主は言葉とウインクを送ってきた。
ミキの脳内でバチコーン!!というアナログの擬音が聞こえる。
(最近、流行っていたわね、昭和レトロ)
どこか古臭さを感じさせる現役学生に軽いめまいを感じながら、ミキは答えた。
「うちは許可を取ってるわ…。あんたこそどうなん?」
「管理人さんにお願いしたらオッケーしてくれたわ。おねーさんの魅力にかかればいちころよ」
「ああ、そう。あんたは一応…。いや、なんでまだ現役なのかわからへんけど、学生なんやさかいほどほどにしときぃ」
「いやだぁ、先輩。一応じゃなくて現役バリバリの学生なんだぞ。ぷんぷん」
腰に手の甲をあて怒るポーズをとるマルゼンスキー。着ているものはトレセン学園指定、最新のトレーニングウエアのはずなのだが、何故かバブル世代のジャージに見えてきた。
「ああ、うん。そやな…」
ミキはマルゼンスキーに現代の学生らしい若々しさを求めるのをあきらめた。
「で、怪物マルゼンスキーはんが、何の用やろか?」
ミキが投げやりに聞くと、マルゼンスキーの口元に浮かんでいた笑みが消える。
「怪物ねぇ、その二つ名。最近じゃ、私じゃなくて違う子のことをいうみたいよ」
「…納得していなさそなええようなぁ」
「もちろん、今度『2代目』ちゃんと遊んであげようかと思ってね」
「ふふん」
ミキはマルゼンスキーの足先から耳の先までを眺める。普段は目標レースも定めずに、無邪気にターフを彷徨っているマルゼンスキーとは違う、見事な仕上がりをしている。レースに出て勝つたびに虚無感のようなものを漂わせるマルゼンスキーの姿を知っているミキは、マルゼンスキーが自分より上の世代以外に興味を持ったことを意外に思い。それを揶揄するように言った。
「あんたの遊び相手になるような後輩を見つけて、寝正月を取りやめたってわけね」
それを聞いてマルゼンスキーは拗ねるようにほほを膨らませた。
「それは先輩達が、自分たちだけでイチャイチャして、相手をしてくれなかったからでーす」
言いつつ、マルゼンスキーはミキの左足と杖を見た。
「ま、相手をしてくれないのは、しかたないっかぁー。でも、先輩がレース場に入っていくところを見たら、もしかしてって思ったんだけど…」
マルゼンスキーがかすかに笑みを浮かべて肩を落とす。
「マルゼン…」
諦めとわずかばかりの未練がこもったマルゼンスキーの様子に、ミキが気を使うように声をかけようとすると、マルゼンスキーはあわてて明るい声で遮る。
「な~んて、うそぴょん♪後輩達のことはナウなヤングの私に任せて、安心して第二の人生を…」
続けようとすると、今度はミキが遮る。
「へぇ、えらいうちと現代医学を軽う見てるようなぁ」
言いながらミキは手にしていた杖を放り出した。
「へっ…?」
マルゼンスキーが間抜けな声を出している間にも、ミキはキャスケット帽をとるとさらりとした前髪が落ちてきた。冬空の日でも輝くそれの中心の一房だけが、流星の軌跡のように純白である。続いてロングジャケットを脱ぐと裾に隠れていたシニヨンネットでまとめられていた尻尾を解く。束縛から解放された黄金色の絹糸が翼を広げるように広がる。
帽子に隠れていたウマ耳がストレッチをするようにピンと伸びると同時に、ミキの体が一回り以上大きくなったように、マルゼンスキーには思えた。ビリビリと伝わってくる闘争心にマルゼンスキーの口元に歓喜の笑みが浮かぶ。
「わ~お~、おったまげ~。先輩、足は問題ナッシ~ング?」
「当然よ、杖はしばらく使うとったらトレードマークになってもうてな。ステッキ捌きって、貴公子には似合いの言葉らしゅうてね。愛用することにしたんやで」
言いながら、ミキも笑みを浮かべる。
「大体、私達の戯れに足の不調で不参加やったのはあんたのほうやん」
「めんごめんご~、でも、今日は気分も足もチョベリグよ!」
「そらたいへんええわな。相手したるわ。スーパーカー。ターフに出ぇえ!」
「もちのロン!私だって先輩方とブイブイいわせたかったんだから…!」