トレセン学園新聞部「蹄鉄の裏側 第138号」ライバル決戦!宿命の天皇賞(秋)   作:ゴケット

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「第138号」ぜったいに勝たないといけない立場だった天皇賞・秋

 初めて見たのは選抜レースを控えた生徒たちが、教官の指導のもと同じメニューでトレーニングを行おうとしている姿を眺めていた時だった。

「んじゃ、俺は抜けさせてもらうんで…」

 そう言ってクラスのトレーニングから抜け出して行くウマ娘が一人。同期らしきウマ娘が引き留めようとしたようだったが、その鹿毛のウマ娘は一人離れて行ってしまう。

「群れを離れ一人厳しい道を行こうとするウオッカさん!引き留めようとするスカーレットさんでしたが、すぐに自身を磨くトレーニングに戻る!その目には少しの寂しさとウオッカさんが強くなって帰ってくるという確信!あわわ、やっぱり、同室同士の信頼がなせる業なんですかね~~!」

 好物を前にした子供のような顔をした小柄なウマ娘が、声を潜めながらも熱狂のこもった声を上げた。

「口元が緩んでいるぞ。デジタル」

「おおっと、失礼。じゅるりら」

 チーム:ポルックスのトレーナーが指摘すると、少々だらしなく緩んだ口元を拭う彼女は、アグネスデジタル。芝、ダート、マイル、中距離、国内、海外と戦場を選ばずにG16勝を挙げた異能の≪変態≫ウマ娘である。

(どうやら、デジタルのお気に入りのウマ娘らしいな)

 アグネスデジタルはデビューからチーム:ポルックスに所属していたわけではなく、アグネスデジタルが所属していたチームのベテラントレーナーが引退するため、チームを移籍してきた経歴を持っていたが、今ではそのウマ娘達への愛からくる知識量でチームを支える存在になっている。

「デジタルの知り合いか?」

「なに言ってるんですか。あの二人はウオッカさんとダイワスカーレットさんですよ」

 デジタルはさも当然のように言っているが、いまクラスのトレーニングを受けているウマ娘たちは、トレーナー達にお披露目となる選抜レースをまだ走っていないことは忘れないでほしい。

「これからのティアラ路線は間違いなく彼女たちがにぎわせるだろうって言われているんですよ。あとはアストンマーチャンさんでしょうか…?」

 言われてポルックストレーナーは二人をよく観察してみる。クラスから離れていった娘がウオッカ。引き留めようとしていた娘がダイワスカーレットのようだ。肉付きの良い体をしているダイワスカーレットにくらべ、ウオッカはほっそりとした体つきをしている。

「ひ弱で、まだまだこれからって感じだけどな」

「おや、そうですか?」

「あれで、トレーニングをサボるようじゃ、選抜レースでは活躍できない」

 ポルックストレーナーが言い切ると、アグネスデジタルは微笑みながら眉を少し上げる。

「何をおっしゃいますやらトレーナーさん、ウオッカさんがそんなカッコわるいことをするわけないじゃないですか。きっとトレーニングルームでオリジナルの特訓をするつもりなんですよぉ」

 手を縦に振りながらアグネスデジタルは言ってきたが、それはそれで心配でもあった。

「体ができていないのに無茶なトレーニングをしていなきゃいいけど…。ちょっと気になるから、見てくるよ。チームのトレーニングは…」

「はいぃ!あたしが最前列でウマ娘ちゃんを感じさせていただきます~」

「いや、記録して」

「もちろん記録も~。特に『雷神』さんは今年が大事な年ですしねぇ~」

「ああ、君ならダートでの併走も可能だろ。頼んだよ」

「はい、いってらっしゃいませぇ~」

 アグネスデジタルに送り出されポルックスのトレーナーは、ウオッカを追うようにトレーニングルームに向かった。

 

 

 

「それがウオッカさんを担当するきっかけだったんですねぇ」

「ええ、最初にアドバイスしたときに、ウオッカにも気に入ってもらえたようで…」

 本題に入る前に、ウオッカと初めてあった時のエピソードを聞いた特派記者に、チーム:ポルックスのトレーナーは懐かしむように答えた。

 これも記事に盛り込もうと特派記者は上機嫌になりながら、話題を本題に切り替える。

「今年に入って、ウオッカさんは先行策に切り替え、安田記念を制覇。そのあと毎日王冠をはさんでからの天皇賞となりましたね」

 ポルックストレーナーが少し顔を引き締めて答えた。

「こちらは前哨戦として毎日王冠でひと叩き。万全の体制でしたので、これで負けたのなら、もうダイワスカーレットには勝てないぞ。と、ウオッカには言っていました」

 ポルックストレーナーの言葉に特派記者は思わず聞き返す。

「試合前にそんなこといっていいんでしょうか?」

「ええ、ウオッカはそのくらいのほうが闘志を燃やすタイプですから。体も絞れており勝負服もジャストフィットしていましたし、他の子よりも堂々としていました。それに何より…」

ポルックストレーナーは、試合前のウオッカの様子を語る。

「あいつだけには、ぜってー負けねぇー」

 試合前そう語ったウオッカの目は奇麗だった。と、 ポルックストレーナーはいう。

「競バ場に入った時から、静かに集中できていました。安田で勝つことができましたが、その前の宝塚、有マ記念に惨敗したときは、不満そうに曇った目をしていました。ダービーウマ娘となったことで、プレッシャーもあったのでしょう」

 その後、中距離レースから離れてマイル戦に移ると調子が戻り、安田記念で勝利したあとの様子をポルックストレーナーは語った。

「彼女の中でも思うところがあったんでしょうね『いい競バはいらねぇや』、と」

「ええっと、ちょっと意外に感じます。ウオッカさんはその…。カッコイイレースがしたいと以前の取材で言っていたので…」

 そう質問をぶつけるとポルックストレーナーは頷いた。

「ええ、カッコいいはウオッカの口癖ですからね。隙のないレースプランを完璧にこなすレース運び…。そういうレースをいい競バというのかもしれませんが、『そういうのは優等生に譲ってやる。オレは、オレのカッコいいレースをする』だそうです」

 ウオッカのいう優等生は学業の成績や生活態度においても評価の高いダイワスカーレットのことであろう。活発なウオッカとおとなしいダイワスカーレットと性格は真逆であるが、二人は同期のライバルであり、寮では同室のパートナーなのだという。

「一見、かかってしまっているようなセリフにも聞こえますが?」

「そうですね。ですが、パドックでやり取りを見ていても落ち着いているように見えました。ですが、当然、ダイワスカーレットの仕上がりもわかるわけでしょ」

 トレーナーという人間は、パドックではどうしても相手のウマ娘を見てしまうものらしい。

「スカーレットさんは、どう見えましたか?」

「休み明けだとおもえない。しっかりとした仕上がりでした。さすがは師匠と思いましたね」

 ポルックストレーナーは新米トレーナー時代に、チームカストルでサブトレーナーをしていた経験を持ち、今回の対決は師弟対決でもあった。

「前回の直接対決になった有マ記念と比べたらどうでした?」

 そう聞くとポルックストレーナーは苦笑いをした。

「もちろん遜色なかったと思っています。結果は、むこうは2着、こっちは11着でしたからね。これで勝負付けは済んだ。と、師匠に言われてしまいました」

 弟子は師匠を追い越すために、トレーナーをやっているところがある。と、ポルックストレーナーは続けた。ウオッカこそがそれを体現してくれる存在だった。だからこそ「ダイワスカーレットうんぬんではなく、ウオッカに何が何でも勝たせてやりたい」という思いが強かった。

「そこで少し工夫して、返しウマの時にスタンドに近い内ラチぞいでアップしてもらいました」

「お客さんの歓声を聞かせたんですか?」

 レース前スタンドには10万人を越す人が集まる。その歓声は津波のようにウマ娘を飲み込み。中にはそれに呑まれてレースどころではなくなってしまうウマ娘もいるのだが…

「ウオッカは冷静でしたね。呑まれそうになったなら、どうせ最後は先頭に立つんだろうから、ワーワー騒がれても問題ないと、言ってやろうと思っていたのですが…」

 ここでポルックストレーナーは思い出し笑いをした。

「この歓声を全部オレへの称賛に変えてやる。と、先に言われてしまいました」

「(ウオッカさん、)らしいですね」

「ともかく、東京競バ場とウオッカは相性がよかったですから、万全の状態でレースに出してやれたと思います」

 

 こうして互いに負けられないレースとなった天皇賞(秋)、午後3時40分、ゲートが開いた。

 




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