トレセン学園新聞部「蹄鉄の裏側 第138号」ライバル決戦!宿命の天皇賞(秋)   作:ゴケット

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「第138号」『大接戦ドゴーン?』

「ウオッカ! ウオッカ! ウオッカ!ディープスカイ! ディープスカイ! ウオッカ! 内からもう一度ダイワスカーレットも差し返す!ダイワスカーレットも差し返す! これは大接戦、大接戦でゴール!」

このレースは見つめた場所、見る者の心情によって、勝ちウマ娘は違って感じられたはずだ。スタンドで見ていた筆者には、今年のダービーウマ娘は3着、ウオッカ、ダイワスカーレットの二人は、ウオッカのほうが有利に思えたのだが、駆け下りてきた地下フロアの様子は違っていた。

 検量室の前には報道陣がずらりと並び、審判がくだるのを今か今かと待っている。ソワソワと落ち着かないもの、緊張して身を固くしているものもいたが、プレゼントの箱を開ける直前のような顔にも見える。

 緊張をほぐそうとしたのだろう、誰かが言った。

「明日の見出しは、大接戦ドゴーンかな」

 ドッと笑いが上がった。ウマ娘である筆者にはわからなかったが、人の耳には実況が「大接戦ドゴーン」と、叫んでいたように聞こえたらしい。

 偶然の代物だが、なるほど、確かにレースの興奮も接戦のきわどさも同時に伝わるいいオノマトペになっている。

「TTGの有マを思い出したな」

 最古参に数えられる記者が懐かしそうに言っているのが聞こえる。

 「また一つ、レースに伝説が生まれた」という興奮と、「どっちが勝った?」という疑問が行き場をなくして漂っている。

 上位のウマ娘は1から5までの着順が表示された枠場で身なりを整える。しかし、1と書かれたスペースには、チーム:カストルのメンバーもチーム:ポルックスのメンバーも控えてはいなかった。

(トレーナー達にも確信がないんだ!!)

 筆者が考えていたよりも、1着の判定が微妙であったらしい。

 「「_ッ!」」

 息を飲む声とそこにいる者たちの視線が同時に動く。

 先に戻ってきたのは、ダイワスカーレット。連帯率100%の彼女は胸を張ったきれいな姿勢で歩いてきたが、優勝ウマ娘の枠を見ると、一瞬、ためらいを見せた。

「大丈夫、差し返しているよ!」

 カストルトレーナーがすかさず一言。ダイワスカーレットは、ハッとしたようにカストルトレーナーに顔を向けると、一度ホッとしたような表情を見せてから、キッと目を吊り上げ、カストルトレーナーを睨んだ。

「当たり前でしょ。アタシを誰だと思ってんの!」

 言い返しながら、ようやく1着のスペースに入ってタオルを受け取る。

「スカーレットさんの心境でいえば、どっちが勝ったのかわからなくて躊躇。カストルさんが背中を押してくれて安堵。カストルさんが信じてくれてうれしい。からの~、でも、自分が自信を失っているところ見られて恥ずかし~。と、カストルさんの言葉で喜んじゃってるところを見られちゃって恥ずかし~。の、ダブルパンチってところですかねぇ」

「ひぁっ!」

 軽い悲鳴を上げて振り向けば、大きなリボンを付けた小柄なウマ娘が拝み手をダイワスカーレットに向けていた。

「いや~、ありがたや。ありがたや~」

 拝み手をこすり合わせながら、アグネスデジタルがダイワスカーレット陣営に頭を下げていた。突然のG1:6勝のウマ娘の言動に何と言ったらわからずに、筆者がアグネスデジタルを見ていると、ちょっとだけ残念そうな顔をすると…。

「あ、すみません。あまりに熱心に見られていたので、てっきり同志(ウマ娘ちゃん好き)の方とばかり…」

 アグネスデジタルが申し訳なさそうに言うと、視線を地下バ道に視線を戻す。

(しまった。インタビューのタイミングを見逃した)

 G1ウマ娘から見たらレース結果はどうだったのだろうか?

 気を取り直して、質問を投げようとしたとき、タイミングよく…、あるいは悪く、ウオッカが現れた。

 空いているのは2着のウマ娘のスペースだけ、ウオッカは疲れ切って青くなった表情だった。無言のまま2着のスペースに入ったウオッカに、ダイワスカーレットが胸を張ったまま一瞥をくれると、ウオッカは薄い笑みを浮かべた。

(その笑みはどういう意味?勝利を確信して、スカーレットさんを皮肉った?それともスカーレットが差し返したことへの賛辞?)

 迎え入れるポルックストレーナーと目を合わせた時もウオッカは首を傾げるばかりだった。

 仮の到達順位が記入されている。ホワイトボードには1着・2着に写真判定を表す写の文字。しかし、書かれている枠番はダイワスカーレット「7」、ウオッカ「14」の順番になっている。ほとんどジンクスと言われているが、優勢と思われているウマ娘のほうが先に書かれるのが一般的と言われている。

 ここで目にする状況はダイワスカーレットの優勢を伝えている。が、着順はなかなか確定しれくれない。

 

 

 

 

誰も言い出さなかったが…。

 

『同着でいいんじゃない?』

 

 そんな声が筆者の喉元にも言葉がせり上がり、舌の根をチクチクと刺激し始めた。緊張感が少しずつ空気を重くし、みな息苦しさを感じていた。

「ぷは~、生き返るぜぇ~」

 スキットル(麦茶)を片手にウオッカが口元を拭う。彼女はもう一度スキットルを口に当て傾けたが、望みのものが喉を潤してくれることはなかったらしい。スキットルを逆さにして振り回しても、開いた口の受け皿には雫一つ落ちてこないことを確認すると、ウオッカはそれをポルックストレーナーに手渡した。

「足りないか?」

「いや、もういいや。そんなことより、こんなところにボケッとつっ立っていてもしかたがねぇ」

「トレーナーさん、時間がかかりそうです」

 アグネスデジタルもポルックストレーナーに近寄り耳打ちをした。

「そうだな。待っているのは私だけでいい。クールダウンに付き合ってやってくれ」

「了解しました。さあ、ウオッカさん」

「ああ」

 静かに答えてウオッカが歩き出す。

 その背中を見ながらポルックストレーナーは思ったそうだ。

「燃え尽きたいウマ娘なのだ。ウオッカは」

 たとえば前年の宝塚記念、有マ記念。惨敗したレースの後、ウオッカははっきりと昂奮していた。不甲斐ない結果に腹を立てていたような欲求不満を抱え、他のレースでは見られない興奮状態だった。

 比べると今は高揚していることには変わりないが、波紋一つない湖のように落ち着いている。

「勝敗はどうであれ。自分の走りに満足できたのだろう」と、後にポルックストレーナーは語っている。

 ウオッカの背中を優しいまなざしで見つめ、満足げに微笑むポルックストレーナーに対して、カストルトレーナーは淡々とした面持ちを崩さなかった。

 ダイワスカーレットが見せた最後の粘りに自信を持っているのか、それともベテラントレーナーゆえに、不安をウマ娘達に見せない術に長けているのか、筆者には読み解くことはできなかった。彼はただ隣に控えていた『大王』に一言、指示を出した。

 カストルトレーナーから離れた『大王』がダイワスカーレットに寄り添って歩き出す。

 エッと声を出さずに入れたのは幸運だった。

 ウオッカとダイワスカーレットが一緒に歩いていた。ほんの数分前死闘を演じたばかりなのに、二人のウマ娘が並んでクールダウンを始めている。しかも、互いの介添えは共にG1ウマ娘だ。

 これ以上ない豪華な曳きウマに目を奪われながら、心底この場にいれてよかったと思った。

 筆者は信心深いほうではないが、レースの神様の存在を感じる瞬間が存在する。目の前の光景もその一つである。この贅沢な時間にドキドキしていると、勝負の行方など、どうでもよく思えてきた。が、二人のウマ娘が、そのトレーナー達が死力を尽くしたのだから、決着を着けないのも失礼なのかもしれない。

「もう10分以上たったぜ…」

 待つ時間に疲れたのか、誰かが呟いた。

「あんまり待たせるのも、ウマ娘たちがかわいそうだろ」

「ライブもあるしな…」

 「同着でいい」そんな声が多くなってきたころ、判定が下された。URA担当職員がやってきて、ポルックストレーナーに言った。

「おめでとうございます」

「俺たちか!?」

「そうです。チーム:ポルックスです」

 聞き返したポルックストレーナーの横合いから、すっと手が伸びてきた。

「おめでとう」

 カストルトレーナーだった。

「ありがとうございます」

 レース確定後、最初に握手をかわしたのは師弟同士だった。そして、クールダウンをしている担当ウマ娘に声をかける。

「ウオッカ!!」

 振り返るウオッカに『雷神』達他のチームメイトが駆け寄っていく、

「ああ、オレだったのか…」

 自身を呼ぶ声のトーンで結果を知ったウオッカだったが、チームメイトに抱き疲れた後のことは覚えていないそうだ。 

 ウイナーズサークルに向かうウオッカを横目に、ダイワスカーレットは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。強く握られていた拳が解かれたところで、カストルトレーナーが声をかけた。

「よく頑張ったな」

「…」

「脚は大丈夫か?」

「…」

「お前はすごいなぁ」

「…」

 ダイワスカーレットは頷くだけで返事をしなかったが、長い地下バ道を控室に向かう間、カストルトレーナーは独りごちるように、ダイワスカーレットに声をかけ続けていた。

 

 

 

『運命の2cm』

 

 東京競バ場を揺るがした、至高のライバルウマ娘対決。両チームに刻まれたものは何だったのか、インタビューの最後に改めてあの名勝負の感想を聞いた。

「今でもあのレースの動画だけは、見れんのです。悔しいのと、ウマ娘がかわいそうだったという思いが先にたってね」

 カストルトレーナーはそう切り出した。

「絡まれて、息を入れるタイミングを失ってしまったのに、最後にすごい脚を使ってくれた。勝ち負けよりも、脚が壊れていないかどうかの心配をしていました。今でもスカーレットの方が強いと思っていますが、あの天皇賞はチームとしても名勝負でしたし、勝ったウオッカも本当に強いウマ娘だと思っています」

 しかし、ダイワスカーレット本人にとっては「名勝負」と言えるレースではなかったようだ。

「アタシのレースの中では、一番ひどいレースをしてしまったと思っています。久しぶりのレースでテンションを上げ過ぎてしまって。動画で見直すとスタートからいつものアタシのレース運びではありませんでした。アタシにとっては、一番思い出したくないレースですね。ただ、一番最後、後ろに迫られたとき、あそこまで頑張れたのだけは良かったとも思います」

 ここでダイワスカーレットは一度言葉を切った。

「…まあ、ライバルのおかげ…、と、言ってあげてもいいと思います」

 

 ポルックストレーナーは映像を見るたびに「名勝負」だったなと思うそうです。

 ウオッカにとっても、大きな2cm差だった。

「知ってます?これって2cmらしいんすよ」

 一円硬貨を摘まみ上げてウオッカが言った。

「オレとあいつとの差はこんだけ。次は写真判定がいらねぇ差で勝ってやります」

 ポルックストレーナーが言葉を引き継いだ。

「もし負けていたら、一生追いかけなければ行けない敗北になったと思います。あのウマ娘を差し切れるウマ娘を育成することが、トレーナーとしての目標になるぐらいの…。それくらい大きな勝ち負けでした」

 ポルックストレーナーが思い出したように続けた。

「レース後、16番のウマ娘を担当している先輩トレーナーに、『今日みたいなレースをやっていかなきゃな』と、言ってもらえたことは嬉しかったですね」

 宿命のライバル決戦。その興奮と感動は、永久に語り継がれて行くことだろう。

 

 




ウオッカ、ダイワスカーレットの2008年天皇賞秋編 終了です。

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