「ぺっぺっ。うへぇ……砂が口に入っちゃったよぉ〜」
砂を掬う。
腰を落とし、両手に握ったシャベルを砂の山に突きさす。乗っかった砂を校門から隅に移動させる。
そんな作業を何度も。何度も。
カラカラとした暑さは容赦なく降り注ぎ、額に大きな汗が滲む。
「ふィ〜っ。どっこいしょっとっ。いやぁ〜、おじさんも歳だから腰をやっちゃいそうだよ〜」
体操服姿のホシノは、首にかけたタオルで汗を拭き取ると爽やかなのか疲れたのかよくわからないへにゃっとした笑みを浮かべる。
『アビドス高等学校』の校門の文字がはっきり見えるほど砂は取り払われた。数時間前は『アビ』の下からは覆い隠されている状態だった。
門扉は滑らかに動くようにレールの隙間に溜まった砂を箒でキレイにし、地面に積もったものだけでなく上に積もった砂も同様になくなった。
これで学校の顔をやっとキレイにすることができた。
「すごくスッキリしましたね、ホシノ先輩♪」
同じく体操服で砂の除去作業に従事するアビドス対策委員会メンバーたち、その中のノノミが嬉しそうに視線を向けた。
「そうだね〜。ゴタゴタがあってようやく再稼働と思ったら、始めは掃除からか……とほほ……」
カイザーによって借金が債権に突如として変換され、それを追っていると鉄道を走る超重量兵器の問題が明るみになり、さらにゲマトリア、神秘の反転などなど。
あっという間にアビドスの問題の域を超えて、キヴォトス全域の存亡にかかる危機へと肥大化した。なんとか回避はできたものの、あまりのカロリー消費にアビドス対策委員会は数日まともな活動ができなかった。
しかしその裏ですぐさま先生は別の学園の生徒からの支援要請に呼び出され、馬車馬のように働いていたという。
肉体的体力的に生徒より劣る先生がどうしてそこまで動くことができるのか全くの不思議であるが、『生徒のためだからね』と答えるのはわかりきっている。果たして先生にプライベートな休み時間はあるのだろうか。モモトークに毎日届くであろう生徒たちからのメッセージ数を想像するとゾッとする。とはいえホシノもカジュアルにしょっちゅう送っているが。
「ん、業務用の巨大扇風機を使えば簡単」
「いや〜それはさすがに……いや……いや? ありかもしれないね? ちょっと先生に相談してみるのもありかも?」
シロコの提案に一瞬だけ否定する素振りを見せたが、顎に手を当てて考える。
なんとしてでもサボりたいホシノは、その扇風機を導入することによる自分の作業のカット、その空き時間でのんびりできると踏んだところで天秤の傾きは確定した。
「皆お疲れさま〜。中に戻って着替えて、後はいつも通り会議をして今日は解散にしよっか」
ボロい買い物カゴにあるそれぞれの持参したボトル。それに一斉に皆の手が伸び、ゴクゴクと水分補給をする。
長時間放置したせいか中の氷は溶けていて、お茶が少しだけ温い。涼を求め、5人は逃げるように校内へと入っていった。
「それにしても今日は疲れたわ! 帰りは皆でアイス買って帰ろうよ!」
靴箱で靴と上履きを交換し、セリカは暑そうに手で首元をパタパタさせながら言った。
文句無しで全員が首肯。ホシノの中ではいつもの柴関ラーメンという選択肢もあったが、さすがに今日は冷たいものが食べたい気分だった。
更衣室で体操服からいつもの制服に着替え、部室に戻る。身体を酷使しすぎたせいで、アヤネを除く全員がほんの数分後には溶けたチョコのように机に突っ伏すこととなった。
これは明日筋肉痛になりそうだなと他人事のようにホシノが考えていると、アヤネが手を叩いて注目を集めさせた。
「はい皆さん。会議を始めますよ! 今日の議題は、ハイランダー鉄道学園、ネフティスとの関係性強化のための詳細な連携内容と、近々復旧される路線の視察の日程決めです」
カイザーによる悪意ある嫌がらせが一時的かはまだわからないが完全に途絶えたため、停滞していたアビドス全体の復旧が少しずつだが表に見えるほど着工している。
借金はまだ抱えているものの、都市復旧が順調に進めば、時間はかかるだろうが返済の目処が立つかもしれない。これは追い風だ。しばらくは先生を必要とせずとも対策委員会だけでアビドス高校を維持できるだろう。
ホシノは完全に寝る体勢に入りながら後輩たちの議論の様子を眺める。
早速よくわからない方向に脱線し始める会議。視察と同時にアビドスを知ってもらうためにアイドルとしてゲリラライブをしようと言い出すノノミ。小学生が買いそうな、運気上昇と銘打ったよくわからないアクセサリー(数百円)を見せびらかしてハイランダー、ネフティスときっとうまくやっていけると豪語するセリカ。そして路線のさらなる復旧のため、さらなる資金調達のために銀行強盗をするべきだと主張してアヤネの静止を振り切って勝手に事前に練っていたであろう強盗計画について説明を始めるシロコ。一瞬でカオスになった会議にげっそりするアヤネ。ちらちらとこちらを見て助けを求めるような仕草を見せる。
でも眠いものは仕方ない。
若い子たちはまだまだ元気が有り余っているのは良いことだ。しかしおじさんはそこまでの元気を維持することはできない。はやくとこの会議が終わって、だらだらアイスを食べながら帰りたいなーなどと考えているくらいだ。
……楽しい。
そう、思う。
最近が激動の日々だったから、本当にそう思う。とても可愛くて、強くて、頼もしい後輩を持ったな、と。
昔の自分に今の状況を話したら何と返事をするだろう。「そんなわけないじゃないですか。頭ユメ先輩ですか?」ときっと言う。それくらい違いがある。
対照的にユメ先輩はすごく喜んでくれると思う。だって、そうなってくれることをずっと願ってくれていたから。サボり魔になって後輩によく怒られるところは注意されるかもしれないが。
そんな感傷に浸る。
──非有の真実に真実を見た。
あれはあくまで非現実空間であり、精神世界のようなものだと理解している。だからあれは本物ではない。残念ながら、ユメ先輩の死亡以降、二度と本物を知ることは叶わないのだ。
だからこそ得られた真実。もう存在しない事実を……存在しないからこそ信じるのだ。その人物を最もよく知る他人が『こうだろう。こうであってほしい』と、願いとともに真実を。
事実は違うかもしれない。所詮は他者による一方的な妄想に過ぎないのだから。でも、それをユメ先輩は否定しない。『そうだよ』と肯定してくれることをホシノは知っている。
それが第六への回答。
すでに瞼は降りていた。眠気はホシノを夢へと誘う。後輩たちの修羅場な会議の声がだんだんと遠ざかり、ゆっくり、ゆっくりと意識を沈めていった。
◆
「……ぅ、むぅ……」
いつもならセリカかアヤネに叩き起こされるはずなのだが、そういったことがなぜかなかった。
そのおかげで長い時間寝ることができた。大きく伸びをして、目を擦る。
そして視界に飛び込んできたものを見て愕然とする。
「え?」
いつもの部室ではなく、生徒会室だった。ホシノはその机に突っ伏して寝ていた。
誰かがここに運んできた? どうして? それに誰もいない。さすがに会議が終わったら起こしてくれるだろうと思っていたが、熟睡しすぎて呆れられて放置された?
「いや、そんな……いったい何が……?」
それにここは見覚えのある生徒会室ではない。定期的にホコリが積もらないように掃除をしているから物の配置場所などはあらかた頭に入っている。しかし今の配置場所は明らかにそれとは違っている。
咄嗟に立ち上がろうとして、ガクンと膝から力が抜けて椅子に座り込んでしまう。
「!?」
おかしい。砂の撤去作業で身体の節々が疲れはしたが、ここまで酷くはなかった。寝ている間に悪化しないと今の出来事に説明ができなかった。明らかに疲労感の蓄積が違う。
普段からおじさんおじさんと自称していたから、本当におじさんになってしまったのか。そんなおふざけで済ます事が出来ればいいのだが、そのような雰囲気ではなかった。
すでに夕方も過ぎ、夜になろうとしている。
とりあえず皆に連絡を、と思ってスマホを手に取りスリープモードを解除しようと画面を見たとき、絶対にありえないものが表示された。
「ぇ、────は?」
今度こそ立ち上がったホシノは起きたばかりとは思えない俊敏さで生徒会室を飛び出した。
全速力で廊下を駆け、ある場所へ向かう。
そこは後輩たちと先程まで会議をしていたアビドス廃校対策委員会の部室。
「────」
そこには何も無い。
教室プレートにセロハンテープで貼り付けられているはずの『アビドス廃校対策委員会』の紙はなく、本来の『学園祭事務局』が見えている。
まさか、が明確な現実として否定できないところまで揃いすぎている。それに今気づけば、腰よりも長く伸びていた髪はショートヘアになっている。
「ハ、ハハ……」
引き攣った顔は、普段のように笑うことができない。
……原因は何もわからないが、どうやら認めざるを得ないようだ。
ホシノは二年前に逆行している。
今日は梔子ユメが行方不明になってちょうど19日が経過した日。
このままだと、14日後に遺体となった状態でホシノによってアビドス砂漠のど真ん中で発見される。
◇
天啓だと思った。
これがあの時のような非現実空間だろうが、本当に現実だろうがどうでもよかった。
今ならば。
「ユメ先輩を救える……?」
その可能性に気づいたとき、気が狂ったかのように全身が説明のできない勇気……いや、それとは違う。今までの人生でこれ以上ない非常に極めて強固な意志力に支配された。
まずはいったん家に帰る、なんてことはしない。今すぐ準備し、救出に向かう。その目はすでに自堕落な少女のものではなく、本気になった戦士のそれになっていた。
自分の装備が収納された引き出しを開け、フル装備を取り出す。
この時代ではホシノは誰に頼ることもできない。すべてをユメ先輩と二人三脚でやってきたから、他学園はもちろん連邦生徒会も他人でしかない希薄な関係性だ。親身になって協力してはくれない。できるのは精々行方不明者の捜索協力要請を出すことくらい。正直動いてくれるとは思っていない。ヘリでの捜索も期待できない。不定期に発生する砂嵐の中、出動できるとは思えない。
そして当然、先生もここにはいない。
だからひとりで救いに行く。
過去とは違い、今のホシノには大きなアドバンテージがある。それはユメ先輩の遺体発見場所を知っていることだ。彼女はその近辺で死亡する予定になっている。であれば簡単だ。ユメ先輩よりはやくその場へ向かい、力尽きる前に何としてでも探し出せば良い。
だが問題点は、すでに行方不明になってから長い時間が経過している点だ。最悪、すでに死亡している可能性を考慮しなければならない。すべてが何もかもうまくいくとはホシノも思っていない。もしそうだったとしても、長期間砂漠に遺体が放置されるのは絶対に許せないから一刻も早く回収する。そういう方針に即座に切り替えられる心持ちは意識する。
今回は戦闘をメインとしない。だから防弾アーマーはいらない。念のためとして愛用のショットガンと補充用の弾だけでいい。それ以外の荷物はすべて、生存に必要なものにのみ限定する。
まずは手鏡。遠くまで反射させた光を見ることでこちらに気づいてもらえるかもしれない。 そしてコート。太陽光を長時間浴びないようにするため、また夜の寒さ対策にもなる。
水9リットル。ユメ先輩を見つけるまで帰還するつもりはないから、なるべく大量の水分が不可欠。同様に暑さによって腐敗しないような食料を。
懐中電灯と替えの電池。夜でも必要があれば救助活動ができるようにするため。 コンパス。地図。そしてスマホ。 水と食料は学校の中に必要量があるわけではないから買い出しに行く必要がある。
生徒会室に戻って、この場で準備できるもののみテキパキ用意する。ふと顔を机の上の地図に向けると、これまでホシノが捜索した範囲と、ユメ先輩が辿るかもしれない何パターンものルートとそこから導き出されるの捜索候補エリア、そしてそれらの捜索スケジュールがびっちり書き込まれている。
「……懐かしいな」
死に物狂いで約一か月もの間捜索していた過去を振り返る。 その自分に今から報いるから。ここが現実でなくても、必ず救い出してみせる。今も完全に克服できていないユメ先輩の死に対して、それがホシノにとってケジメのひとつになる。
「行ってきます」
誰もいないアビドス高校にそう告げる。 時刻は19:23。今から捜索に向かったところでアビドス砂漠に突入することは難しいから、途中で野宿することになりそうだ。
今日はいったん旧都市区域の完全に砂に埋もれていない適当なビルで夜を明かすことにしよう。 買い出しを終えて巨大リュックサックを背負うと、さすがに重さを感じた。特に水。重心がやや後ろになっているため、気を抜くと仰向けに倒れてしまいそうだ。日が経つにつれて軽くなっていくからそこまで大きな問題ではない。
バスで砂漠になるべく近い場所まで移動中に、多くの乗客に二度見された。ホシノのような小さな体躯の少女が自分と同じくらいの大きさの荷目を抱えているとなるとそうなるのも仕方ないだろう。しかもこんな時間に。だがホシノの真剣なまなざしを見て、誰も声をかけることができなかった。
誰もいないバス停に到着したのが20:02。 じゃり、とバスから降りた足は砂を踏んだ。道路を砂漠方面から風で流されてきた砂が一部を覆っている。ここは二年後には完全に覆われてしまい、このバス停もなくなってしまう場所だ。
「必ず見つけ出しますからね、ユメ先輩」
──二日目。
スマホのアラームでホシノは目を覚ました。 場所は廃墟ビル。何もないコンクリートのみの建造物。その柱に寄りかかるようにコートをかけて眠っていた。いつもの自分のベッドではない。
誰もそばにいない。 ゴーストタウン。人一人いない虚無の領域。それがホシノの視界いっぱいに広がっている。広さは活動可能区域の四倍以上である。ユメ先輩はこの広大な砂の大地のどこかにいる。途方もない広さ。 過去のホシノはそれでもと探し、探してついに見つけた。当の昔に死亡し、何日も放置されていた遺体を。
今回はそうはならない。絶対にそうさせない。
「……ッ」
自然と奥歯に力が入る。 まずは水分補給と食事だ。ただし生命活動に支障をきたさない最小限でいい。余れば余る分だけ、ユメ先輩の分として貯蓄することができる。
陽光を防ぐためにコートを羽織り、荷物を背負う。移動距離を考えると、今日は目的地に到着するだけで終わりそうだ。 じりじりと照りつける太陽。夏でないというのに、この暑さはホシノであっても看過できないものである。はやる気持ちを抑え、一歩一歩足を踏み出す。
やはりこの頃は非常に活発(攻撃)的に動いていたため、身体は三年生の時より動かしやすい。それはつまり二年の間に身体が鈍ってしまったことになるが、まあ仕方ないことだろうとホシノは嘆息した。
目を離せばあっという間にトラブルに巻き込まれるユメ先輩を助けるために奔走していた日々。正直苛立ちが抑えられなかったが、あれのおかげでなんだかんだ学生生活が暇になることはなかった。
荒唐無稽なことを提案してきてはそのほぼ全てを馬鹿らしいと否定し続けたホシノ。
……もっと寄り添ってあげればよかったかもしれない。あんなことをしなければ、ユメ先輩はひとりで砂漠に向かうなんてことは無かったのだから。この後悔だけは永遠に残る。
受け止められるようにはなった。だが乗り越えられることはまだできていない。だいぶ先の話になりそうだ。
靴底の厚みと同じくらいの高さで一歩が砂に沈む。持ち上げるのにも力を使う。それを延々と繰り返すのはいかにホシノといえども容赦なく体力を削っていく。
歩きながらも常に全方向に対して注意を払う。もしかしたらユメ先輩が見つかるかもしれないのだから。首からネックレスのようにして手鏡をぶら下げることでチラチラと光を反射してくれる。これで気づいてもらえると良いのだが。
不調が出ないように適度に休息と補給を繰り返しながら、夕方になる頃には目的地に着いた。
ここに来るまでに大量に流した汗とはまた別の汗が流れる。全身が冷え、『もしも』の可能性に恐怖しつつ、その備えに対する硬直。
「……落ち着いて、しっかりするんだ」
そう自分に言い聞かせる。この丘を越えると見えるはずだ。無意識に足は駆けていた。疲労が溜まり、すぐにでも休みたい気持ちなんて一瞬で消え去っていた。
──そこには何もなかった。砂が無限に広がっているだけ。
念の為、あの時の記憶と照らし合わせる。頭だけ露出しているビル群。電柱のケーブルらしい配線がこんがらがっている位置。間違いない。ここだ。
何も無い。
「良かっ……たぁ……っ、……!」
これまで感じたことのない安堵。肩の力が抜け、荷物が地面にずり落ちる。拾い上げて、一心不乱に走る。 何度も何度も確認して、絶対にいないことを確認する。
「まだユメ先輩は生きてる……よし……よし……」
声は小刻みに震えていた。 ユメ先輩を救出できる可能性、その前提をクリアしたことで希望が見えたのだ。最悪のパターンはない。それがわかっただけでもホシノは救われた気がした。
とはいえ今日はここまでだ。疲労もあるし、今の高揚した気分のまま捜索を続行するとミスをしそうな気がしたから、大事を取ることにする。
ここに来るまでに拾い集めたガラクタを地面に広げ、寝ている間に身体が砂に埋れないようにする。
明日からは直径約10km圏内を捜索することに残り時間の全てを割く。最終的にユメ先輩は必ずここにやって来る。だがそれがホシノがただ待っていればいい理由にはならない。
こちらから見つけに行く。すでにユメ先輩は限界の状態なのだ。あの時、ユメ先輩が持参していたのは本当に最低限のものしかなかった。予備として備えていたのだろう食糧などもほんの数日分しかなかった。
彼女の感じた飢えと疲労をホシノは知らない。今のホシノの体調も万全とは言えないが、それより遥かに厳しい状態であったことは間違いない。
昼間からは考えられないほど冷えきった砂漠。コートを抱きしめながら、ホシノは目を閉じた。
勢いで執筆していたから誤字があったらごめんね
後編 8/2 00:00投稿予定