これはおまけです。短いです。
エンドロール後のおまけ映像のようなものだと思ってください。
これから緩やかではあるがアビドス自治区にも人が増えてくる。そんな予感をさせる街の賑やかさ。まだ夕方だというのに、人の往来をよく見る。他の学園自治区には遠く及ばないが、嬉しいことだ。
ゲヘナや皆おなじみのブラックマーケットのような治安が終わっていたり、理解不能な理屈を掲げて毎日クーデターの起こるレッドウィンターとは違い、アビドスはキヴォトスの中で比較的平和な区域だ。
この市街地は比較的アビドス高校から近い位置のため、ホシノたちがよくお出かけや買い出しに足を運ぶ場所である。
あともうしばらくほど歩けばいつもお世話になっている柴関ラーメン跡地がある。現在は移動式屋台となったため、大将の位置を知るためには運営しているSNSで発信される情報をキャッチしなければならない。
今朝の発信ではこの近辺ではなく、中央線沿いの駅付近に現れるそうだ。
「そういえばホシノ先輩、知ってますか? 最近珍しい味のアイスが出たそうですよ?」
ノノミが自慢げに人差し指を立てながら言った。
基本的に毎回異なるアイスを買っている。ホシノは固定派。
「ほぇ〜? どんな味なのさ?」
「しらすです」
「しらす」
すん、とした顔になったホシノはどうやら真面目に反応に困ったようだ。だがそんなことはお構いなしにノノミがぐいぐいと迫る。
「どうですかホシノ先輩。一緒に食べてみませんか?」
「い、いやぁ〜。ちょっとおじさんはいつものバニラ味でいいかなー」
なんだかんだ王道のバニラこそが至高だと信じて疑わないホシノは、基本的に他の味を試すつもりはない。
「そうですかぁ。残念です〜」
と本当に残念に思っているのかよくわからない顔で言った。
「悪いねノノミちゃん。おじさんの舌は肥えきってるから、味変させるのは難しいよ〜?」
「あ、それでしたら家にフォアグラ味があるので今度学校に持ってきますね★」
「え」
「ん、なら先輩の持ってるアイス全部部室に持ち寄ってアイスパーティーをしよう」
「ええぇ〜?」
「それはありですね。たまにはパ〜っとやりたいです」
思いもしない方向に話が進み始めてしまい、果たしてどうしたものかと悩みはしたが、まあいいやとやや適当に判断を下すホシノ。
コンビニに入店した五人は流れるようにそのままアイスコーナーに足を運ぶ。
冷凍ケースの箱を開けて、皆それぞれが目星をつけていたアイスに手を伸ばす。
セリカはスイカバー。アヤネはクレープアイス。シロコはチョコアイス。ノノミはしらす味のカップアイス。そしてホシノは王道のバニラカップアイスだ。
自然すぎる動きでノノミがアイスを入れたカゴを受け取ってレジに持っていこうとしたが、そこはホシノが止めた。
「ここはおじさんが払うよ」
後輩に奢ってもらう先輩の図はさすがに気が引けるので、ノノミからカゴを回収する。
ビリビリの三つ折り財布を鞄から取り出す。そのままレジへ向かおうとして、視界の端でコンビニに入店してくる人影があった。
黒スーツに身を包んだ女性。「ひぃ〜ん」と火照った顔で『><』の目をしている。
「──あ、ユメ先輩じゃん」
セリカの声に、ホシノは財布からお札を取り出す手が止まった。
「……、え?」
後輩たちの向く方向に、同じように顔を向けた。
と同時に世界の時が止まる。
──ありえ、ない。
視界に映る人物。間違いなく、ホシノのよく知るあの人とあまりに合致していた。見間違いではない。
カゴを落とし、財布を落とす。小銭がバラバラになって床に転がるが、その音は遠い世界の出来事だった。
よろよろと拙い足取りでホシノの足は勝手に動く。
「ホシノちゃん?」
彼女は動かない。よくわからないという顔をしている。
「ユ、ユメ先輩……? どうして……」
「今日は近くに来たからついでにアイスを食べようと思って。ホシノちゃんたちがいたのはすごい偶然だね!」
ユメ先輩の前に立ち、ユメ先輩に触れる。
身長は当時よりもう少し伸びているようだ。黒スーツという今まで見たことのない姿だが、中身は何も変わっていないようだ。そして胸ボタンは悲鳴を上げている。
手、腕、首、頬へ順に触れる。割れ物を扱うように丁寧に。優しく。
人肌の暖かさを感じる。少し汗をかいているが。でもそれがユメ先輩がここにいて、生きている何よりの証拠だった。
「これは……夢……?」
「ホシノちゃんが私みたいなことを言うなんて珍しいね。明日はスイーツの雨が降ってきそう!」
「なんですかそれ。そんな訳ないじゃないですか……」
「あ、いつものホシノちゃんに戻った」
つい昔の口調に戻ってしまった。ユメ先輩のへにゃっとした笑みに、ホシノは現実感が薄れそうになってしまう。否、実際に薄れている。
そもこもこの状況はいったいどういうことだ。ユメ先輩は死んだ。それが事実だ。
そしてここは間違いなく現実世界である。先生によって導かれた妄想世界でもなく、先程の夢世界でもない。絶対に現実である。頬を抓っても痛みはちゃんとある。
「ん、ユメ先輩に奢ってもらおう。インターンでお金いっぱい持ってるはず」
「ひぃん……シロコちゃんにカツアゲされたよ〜」
そう言いながらもユメ先輩は「まあいいよ」と言いながら、ホシノが落としたカゴと財布と小銭を回収する。その内の財布と小銭だけを本人に返した。
ユメ先輩は意気揚々と冷凍ケースを開けて迷わずにバニラカップアイスを手に取り、カゴに入れる。
そしてレジを通し、カードで払い、「じゃあ皆、行こうか」とホシノのよく知る優しい笑顔で言った。
コンビニを出ると、すぐ横に設けられた簡易休憩スペースに向かい、ベンチに座った。ユメ先輩は誰のものかまるで知っていたかのようにアイスを全員に配る。
「はい、ホシノちゃんはこれでしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます。よく皆のがわかりましたね」
「なんとなくわかるよ。すこ〜しだけカンもあるけどね」
それぞれがアイスの封を開けて、待ってましたと言わんばかりに食べ始める。
「ところでユメ先輩は今日はどうしてこちらに? 先生とアビドス自治区に来るのは確か明後日ではありませんでしたか?」
クレープアイスに齧りつこうとして、思った以上のカチコチ具合に歯を痛めたアヤネが少し涙目になりながら問うた。
「私が在籍中の頃は砂に埋れたままだった路線が復旧するから、どんな感じになったのか早く知りたくて来たんだ。この後は普通に帰るつもりだったけど……暑かったからアイスだけ買おうと思って」
「そうだったんですね! 私達も視察に近々行こうとしていたんです。どんな感じでしたか?」
「うん、すごかった! 線路がちゃんと通ってて、電車が上に乗ってた! これで人がもっと流入してくれるといいなぁ」
そう言ってユメ先輩はスマホで撮ったらしい写真を見せてくれた。
確かに以前とは比べ物にならないほど綺麗になっていて、かつて砂に埋れた廃地だとはとても思えないほどだ。慌ただしく開通式の準備をしているハイランダー鉄道学園の生徒たちも多く写っている。
あの緑髪の双子も今回の事業に協力をしているらしいから頼もしい限りだ。変にブースターを積んだり、複線ドリフトなどというワイルドな走法さえしなければいいのだが。
「シャーレの方はいかがですか? 先生とはよくやっていけてますか?」
「先生ねぇ……。あの人をなんて呼べばいいのかまだ決まってないんだよね〜。皆が先生って呼ぶから私もそう呼んでるんだけど、私はインターンで来てるだけだし、生徒でもないからね。苗字で呼んだほうがいいのかな? 先生は『梔子さん』って呼ぶし」
「ユメ先輩も名前で呼んでほしいのですか?」
「い、いや〜……どうだろうね〜。大学生ではあるから、生徒の区分には入るんじゃないかな〜って」
心なしかアイスを食べる速度が上がり、あっという間に食べてしまった。
「先生とはよくやれていると思うよ。何度も迷惑をかけているけど、その分たっぷり恩返ししないと! さ、皆帰ろっか!」
ゴミをゴミ箱に入れ、六人は立ち上がった。
が、後輩たちは神妙な表情だ。
「どうしたの?」
ユメ先輩がアヤネに声を掛けると、
「私達、この後寄るところがあるのでここでお別れにしようと思います」
「そうなの? うん、わかった。じゃあまた明後日! 先生と来るから楽しみにしててね〜!」
道に出て、何度かチラチラとこちらを見ながらもついに曲がり角を曲がってその姿が見えなくなるまでユメ先輩は手を振り続けた。
さすがに腕が疲れたらしく「ひぃん」と鳴いた後、後ろを振り返った。
「──少し歩こっか。ホシノちゃん」
「……はい」
◇
これが現実であることは認知しているが、ユメ先輩がこうして存在していて、何事もなかったかのようにコミュニケーションをとっているという状況をホシノはまだうまく呑み込めずにいた。
ユメ先輩はあの時から全く変わっていない。何もかも。だが、言動や所作に時折大人らしい雰囲気が垣間見える。
それを見て、この人は無事に高校を卒業して成長したユメ先輩であると認識することができた。
彼女の横顔をずっと眺めていたから、アイスを食べるのもままならなかった。
「──どうしたの? なんだか今日はいつものホシノちゃんと違うよ?」
住宅街。市街地を抜けて人の通りが疎らになった道に出ると、ユメ先輩は突然本題に入ってきた。
「よく、わからないです……。ただ、ユメ先輩に会えたことが……嬉しくて」
ついぽろっと出てしまった正直な気持ち。
涙は流れない。それは数時間前にたくさん流した。だから十分だ。だから胸中にあるのは強い疑問のみだ。
「うんうん、ホシノちゃんもようやく素直になることができたんだね〜。私も嬉しいよ〜!」
そう言って抱きついてこようとする。避けることは造作もないが、ホシノはその場から動かず、抱擁を大人しく受け入れた。
「あの日のことは……夢だったんじゃ……」
「あの日っていうのは私をホシノちゃんが探しにきてくれた日のこと? あれは夢なんかじゃないよ」
「そう……ですか……?」
「まだ疑う? あー! もしかして私のこと幽霊か何かだと思ってるー?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!?」
抱擁から抜け出して、逃げるようにユメ先輩の前を歩く。
どこからどう見ても生きている。体温は落ち着くように温かかったし、脚が半透明だったりもないし、身体が青白かったり、表情が死んでいたりなんてこともない。
しばらく歩く。ふたりとも無言のままアスファルトの道を歩く。
「……私はね、ホシノちゃん」
突然、いつもとは違う声色で話しかけられた。急激な変わりようにドキリとして振り向いた。
ユメ先輩はアンバー色の瞳に力強い光を宿していた。ホシノはつい身体に力が入るのを感じつつ言葉を待った。
「私は本気でアビドス高校を……アビドスを再興したい。そのためにシャーレの人になる。そうすれば、先生には遠く及ばないけどちょっとした権限を持つことができる。それでアビドス対策室を作って、本格的に支援できる体制を構築するんだ」
「……」
「……ホシノちゃん。ホシノちゃんは将来、何がしたい?」
「私は……」
あまりに突然だったこともあるが、今を楽しく生きることで精一杯だったホシノには衝撃的な言葉だった。
確かに将来のことは考えないといけない。いつまでも子供ではいられない。必ず大人になり、社会に出ることになる。
何がしたくて、そのためにどう生きるか。
大人になりつつあるユメ先輩はホシノに示してみせた。だがホシノは直近の未来しか考えていない。
「あくまで生徒だったからアビドス高校のために頑張っていた。卒業したから、大人になったからアビドス高校を忘れて自分のために生きる。それは何も悪いことじゃない。何をするかはその人の自由だから、私も何も言わないよ。でも……もし。ホシノちゃんが進学するかはわからないけど、もし高校を卒業して、それでも故郷を救いたいって考えてくれているのなら──」
自分の知るふわふわした感じは一切なく、初めて見たユメ先輩の真剣な眼差しをそれを受けるホシノは魅入られている。
澄んだ夕暮れ。
紅色の光に照らされるユメ先輩はしかし、月光のような穏やかでありつつも圧倒的な存在感を放っていた。
「私のつくるアビドス対策室に来てほしい。私は先生に認めてもらって、必ずシャーレに入ってみせる。ホシノちゃんも来てくれるのなら、もっと頑張れる気がするの」
透き通った瞳は、どこまでも純粋だった。大人になってもその心はずっと真っすぐで。
この人は絶対に穢れない。どのような理不尽に遭っても。ホシノよりもずっとずっと強い人だった。
そしてホシノはユメ先輩の言葉を──。
「……ごめんなさい。わからないです」
その瞬間、一瞬だけ。一瞬だけとても残念そうに表情が曇ったのを見て、ホシノは胸を強く締め付けられた。
「うん、そうだよね。ごめんね急に。突然真面目な話をしちゃって。別にシャーレに来なくても、教師としてアビドス高校に赴任する道や、もっと他の視点から再興する方法だってあるはずだよね」
声の調子の落ちたユメ先輩はきっと、ホシノに期待しているのだろう。本気で。
またふたりでバカなことをやりながら楽しくやっていきたい。喧嘩もするかもしれないけど、あの懐かしい日々ももう一度送りたい、と。
これはホシノの勝手な想像ではないと思う。ユメ先輩もまったく同じことを考えているはずだ。でないとここまで真剣な誘いなんてするはずがない。
でもそれに応えたい。気持ちは同じだということはどうしても伝えたかった。
「でも、私もユメ先輩と同じでアビドスをなんとかしたいという気持ちは卒業してからも変わりません。なので、しばらく時間をください」
「ありがとうホシノちゃん〜! シャーレにはリファラル採用があるらしいから、もしホシノちゃんが入りたければ、私の紹介を介せばハードルが下がると思うよ! ……ふう、話したいこと話せてよかった! どのタイミングで話そうかちょっと迷ってたんだけど、これでスッキリした!」
嬉しそうにまた抱きついてくるユメ先輩。避けるのも面倒になってしまう、二度目の抱擁を許す。
「ちょっ! まだそうするって決まったわけじゃないですからね!」
「わかってるよ! ……ああ! でもすごく嬉しい! ホシノちゃんがシャーレに入ってくれたら、本当に奇跡だよ!」
そうしてふたりは歩き始める。
未来を。ユメ先輩のいる、未来を。
──非有の真実は真実であるか。
その問いはこの青春物語には不適格である。
なぜならば、これは非有の真実ではなく。
ホシノがチャンスを勝ち取った、紛れもない真実なのだから。
◆
「あ、何も考えずに歩いてたからホシノちゃんの家の前まで来ちゃった」
「何も考えてなかったんですか……」
「電車も反対方向だ〜!」
「何やってるんですか……はあ、今日は私の家で泊めてあげますから」
「ありがとうホシノちゃん〜!」
「はいはい」
ホシノはやれやれと肩を竦めながらも、隠せない笑みを浮かべていた。
私はこれが書きたかった。
一生懸命頑張っていたホシノちゃんをちゃんと救ってあげたかった。純粋で美しいユメホシがこの世にひとつでも増えてほしかった。
以上、完結です。
ありがとうございました。