始まりは形から   作:しおバタぱん

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北宇治高校1年編
初めまして北宇治


四月になり俺は北宇治高校へ新学した。本来大吉山北中の生徒の多くは南宇治に進むのだが、そうはしなかった。蛮勇ともいえる理想を掲げたことによる気恥ずかしさ故か、はたまた他の人とは違う道を歩みたかったのかはわからないが、兎にも角にも高校生となった佐々木侑は今日から新しい生活を始めるのだ。

 

学校に着きクラス表から自分の名前を探す。クラスが七組もあって苦労したがなんとか見つけることができた。一年六組、そう名前の上に書かれた文字に心躍らせた。教室に入るとすでに喧噪に包まれていた。北宇治高校は東中五割、南中三割の新入生で構成される。きっと喋っている彼らは中学からの仲なのだろう、そんな疎外感を感じながら自分の席に着いた。すると右隣の方から肩が叩かれた。席でも間違ったかな、緊張しつつ右を向く。

「なあ、君どこ中?俺、滝野純一!東中出身、よろしく!」

突然話しかけられ面食らったが気さくな彼の態度に警戒心を解いた。

「佐々木侑。北中から来たんだ。知り合いとかいなかったから話しかけてくれてほっとしたよ」

そんな言葉に滝野は首を傾げた。

「北中?珍しいな。南宇治の方が近いだろ?」

「特に理由があるわけじゃないけど...知り合いがいないとこで学校生活を送りたかったんだよ 」

「そんなもんか。なあ侑は部活とか入んのか?」

部活か、中学の頃は今まで全国を目指すという目標を受け継いできたからなんとなく続けてきた。

今年も特にやりたいこともないしまた吹部に入るのだろうか。悩む俺に気付かないように滝野は一人で話し続けた。

「俺、中学は吹部でさ。トランペットやってたらモテると思ってたんだけど全然そんなことなくて…高校では今度こそモテたいから吹部に入ろうと思ってるんだ」

彼はこぶしを握り締めて力説した。楽器をやってる人がモテるのではなくてイケてる人が演奏するから効果があるのではないか。今日あったひとにそんな失礼なことを言うのはさすがに憚られたので話題を吹部の方に移した。

「滝野も吹部だったの?俺もクラリネット吹いてた」

「マジ?北中っていったら関西金の代だよな!スゲーじゃん」

滝野の言葉に素直に誇る気持ちにはなれなかった。背伸びした目標を思い出して間抜けに感じるのが嫌でわざわざ北宇治まできたというのに。嫌な過去に苦笑しつつも彼と同じ部活をやれたら楽しいだろうなと思った。

「滝野が吹部に入るっていうなら俺も入ろうかな、特にやりたいこともないし」

純一でいいってとい言う滝野を横目に、教師がやってきたので正面を見た。

「はい、静かにしろー。それじゃ、やることいっぱいあるからサクサク行くぞ」

教師は後ろを向き、何か黒板に字を書いていく。中西健司。彼の名前だと思われる字は筆圧が濃く、少し読みにくい字をしていた。

「俺は中西健司。この一年六組の担任を勤める。担当教科は社会。今年一年よろしく」

少し大柄な彼は自己紹介を終えると薄く微笑んだがぎこちないように見える。若く見えることから緊張しているのが伺えた。

「次は…出席だな。名前の順に呼ばれたものは返事と挙手をするように。いいか?」

飯塚!井上!次々と名前が呼ばれる。返事をしている人を見ながら自分の番来るのを待つ、この何か待っているカウントダウンのような時間が俺はあまり好きではなかった。

「傘木希美!」

「はい!」

その名前が呼ばれると少し食い気味に快活そうな女の子の声が響く。そちらを一瞥すると黒髪のポニーテールの子。どこかで見覚えがあるような...過去を追憶する俺は自分の名前が呼ばれる直前まで気づかなかった。

「佐々木侑!」

「は、はい!」

焦って返事をしたせいで声が裏返ってしまった。一気に体温が上がるのを感じ縮こまりながら席に着く、隣の滝野は口に手をあてニヤついていた。先ほど背中を叩かれていたこともあるし後で一発はたいておこうと決意した。

年間行事、時間割、部活動、果ては学校生活における諸注意まで。長いホームルームが終わり、滝野と雑談をしていると目の前に影が現れた。

「ねぇ、さっき吹部の話してたけど入部するの?」

突然のことに思わず顔を向ける、声の主は出席の時に既視感を抱いた黒髪の子だった。

「えっと…」

名前を思い出そうと四苦八苦していると、それを察したのか彼女は元気よく名乗った。

「私、傘木希美!南中でフルートやってたの。佐々木君も滝野君も吹部入るの?」

すでに名前を覚えられていることに驚き戸惑っている俺に代わって滝野が答えた。

「そうだぜ。俺と侑は吹部に入るんだ。傘木さんもか?」

彼の質問に傘木はもちろんと返した。思い出した、南中は俺の代のコンクールでは府大会銀賞であったが演奏した『韃靼人の踊り』で特にフルートとオーボエが掛け合いが見事だった。

あの時のフルートの子かとようやく合点がついたが、つい彼女の顔を見すぎてしまったようで不思議そうにこちらを見る。

「私の顔になんかついてる?」

「い、いや。中学の時コンクールで見たことあるかなって思って」

無遠慮な視線を気にも留めず、傘木は朗らかに笑って言った。

「同じ地区だし見たことあるのかもね。同じクラスだしこれからよろしくね!滝野君!佐々木君!」

友人が扉の前に来ていたことに傘木さんは気付くと、彼女はまた明日と手を振り去っていく。俺たちも手を振り返し見送ると、滝野が肘で脇腹を突く。

「いくら傘木さんがタイプだといえ、初対面であんなに見つめるなんてやるなぁ」

「本当に中学の頃見たことあるんだって。ほら、南中の先生はフルートの指導が上手くて有名だって」

聞いたことない?と滝野に言うとそんなことあったなと覚えているんだか、覚えていないのか曖昧な返答だった。なんにせよ、上手い人が入ってくれば合奏のレベルも上がる、これからの部活動に期待を寄せたが、北宇治が府大会銅賞常連であることをすっかり失念していたのだった。

 

吹奏楽部に入部しそろそろ四月も終わるという時期、部内の話題はサンフェスで持ち切りとなった。今年の衣装は可愛いだの、日焼けがどうだとか一向に練習する気配のない先輩たちに嫌気がさす中、教室で愚痴を言いながら昼飯を食べる俺と滝野に傘木が苛立ったように机を叩く。

「もうすぐサンフェスも近いのに練習量が少なすぎるよ!!行進の練習も一回もやってないしこんなんじゃ本番上手くいかないよ…」

「北宇治は本気でやってるってわけじゃないみたいだし、仕方ないんじゃないか?ここまで何もしないとは思わなかったけど」

滝野の言葉に俺も賛同した。サンフェスに向けやったことと言えば数回の合奏練習くらいで行進に至っては傘木の言ったように一度だってやっていない。日焼けがいやという理由で避けているのだ。そんなに日焼けがいやなら本番でなければいいのに、そうさせないのはお祭りに参加はしたいという気持ちの表れなのだろうか。今のまま本番を迎えれば観客の嘲笑を受けるのは目に見えている。先輩たちは自分たちの演奏が侮蔑されているのにはもう慣れてしまっているのか。

「どうせ参加するなら納得するまで練習したい!その結果がダメなら現状として受け入れるのに…

このままじゃコンクールだって…」

彼女の意識の高さは相当なものだが、ここは北宇治高校であって南中ではない。まともに練習がしたいのならほかの強豪へ行くか自分たちの代が来るまで待つしか解決策はない。ここまで熱があるというのになぜ北宇治へ来たのだろう。

「純一が言うように今の先輩がいる限りしょうがないんじゃないか。先輩と音は合わせられないけど基礎練も一年だけで合わせることだって一応できるんだ。やれることをやってくしかないよ」

俺が宥めても憤りは収まらないようで、彼女は止まらず続けた。

「私、先輩に言おうと思ってるの、もう少し真面目に練習してくださいって」

「それはまずいよ。あの人たちが一年の言うことを聞くとは思えない」

その無茶な提案に俺と滝野は必死で止める。松本先生が言うのなら多少は効果があるのだろうが、入って間もない一年にそんな権力はない。だらけたい大義名分が欲しいがために梨花子先生を味方につけ、みんな仲良くという名目を掲げている。そんな腐った奴らにはどんな言葉も糠に釘であることは明らかだった。しかし、傘木は俺たちの忠告を否定した。

「ちゃんと話していけばきっとわかってくれるはずだから」

そういって彼女は歯を見せて笑った。その笑顔は妙に硬く、日々の環境に疲弊しているのだとすぐに分かったが、虚勢を張る傘木を俺と滝野は何も言えずに見守るしかなかった。

 

案の定サンフェスは散々な出来だった。歩幅はまともに揃うことはなく、不安定な状態で吹く音色はいつもの数割増しでひどく聞こえた。不愉快な雑音と観客の苦笑い、挙句にはトロンボーンのスライドがぶつかったのかスコンという音とあだっ!という間抜けな声が耳に入ってきた。隊列のセオリーも青春特有のキラキラとした必死さすらない行進は、他人から罵詈雑言を浴びせられるよりも堪えた。

 

傘木から先輩に話してみるといった相談のようなものをされてから二週間たった。彼女の入学当初に持っていた覇気はみるみる失われていった。傘木の主張は聞き入れてもらえなかったのは見て取れるのだが、あまりの鬱々とした顔に意を決して聞くことにした。

放課後、フルートパートへ彼女を探しに行くと一人窓の近くで佇んでいた。他の先輩はどうしたのかと思ったが、いないなら好都合。これ幸いと彼女に直近の状況を聞き出すことにした。

「傘木、最近何かあった?その…部活の先輩たちの事とか…話すことで楽になれたりするかもしれないから、もしよかったら話してくれないか?」

「佐々木君?何でここに?パート練習はどうしたの?」

「もうみんな帰ったよ。カラオケ行くからってさ」

傘木は制服の袖で目元をゴシゴシとこするとこちらを向いた。目元がうっすらと赤くなっている。泣いたせいで腫れているのだろう。一体なにが彼女をここまで追い詰めたのか。パートの場所に彼女以外誰もいないことから察することはできた。

「…ハブられてるのか?」

俺の言葉を彼女はやんわり否定した。

「…違うよ、みんな予定があるみたいで先に帰っただけ」

たははと力なく笑って見せる姿は酷く痛々しかった。彼女の持つフルートには力がこもり、華奢な手首には血管が浮き出ていた。

「…もうすぐコンクールだ。そしたら三年はすぐ引退する。たった三か月我慢できないか?そしたら…」

俺の言葉を遮り傘木は叫喚した。

「待てないよ!!他の学校はその間ずっと練習してる。差が開くばっかりだよ...真面目に練習してくれればどんな結果でも受け入れるっていったのに…」

彼女はふらふらと此方へと歩いてきた。彼女のあまりの思いつめる様に呆然と立ち尽くしていると、突然俺の両腕を掴み縋るように言った。

「私…間違ってたのかな…ずっと私たちが正しいんだって思ってた。中学の時も間違ってる方向に進んでいても最後は必ず正しいほうに進んだのに…」

震える唇で言葉を紡いだ。きっと彼女は正しすぎるのだ。ただ真っ直ぐで、ほかの手段を知らないだけ。正しさだけじゃ集団はまとまらない。扇動も甘言もあらゆる手を尽くしてようやく動かせるものだと部長を務めるにあたって読み漁った自己啓発本に書いてあった。

「いや、傘木は間違ってなかった。あいつらがおかしいんだ」

その言葉に彼女は顔を上げた。その目には涙が溢れていた。

「俺だってできることなら必死に練習していい結果を取りたい。今みたいなゴミのような演奏で満足したくないんだ。大丈夫、君は間違ってない」

震える彼女の手を取り優しく語り掛けた。

「今から一曲吹かない?嫌なことがあったときには、好きに吹くのが気分転換になる」

にこりと笑う俺に彼女は目をぱちぱちとさせたが、やがて破顔した。

「いいけど、一緒に吹ける曲なんてあるの?」

「A whole New Worldはわかる?『アラジン』のやつ」

「うん。好きな曲だから昔練習してたんだ」

彼女が曲を知っていてくれて助かった。俺はカバンから楽譜ファイルを取り、楽譜を開いて渡した。

「俺は暗譜してるから貸すよ。気休め程度かもしれないけど…」

「ありがと!前吹いてからちょっと時間経ってるから不安なんだよね」

「俺が男性の方、傘木が女性、それでいい?」

彼女はOKと元気よく言い、フルートを構えた。いい?彼女に聞くと浅く頷いた。

二重奏が始まる。

クラリネットとフルートの暖かな音色が廊下まで響く。いつもより乱れてはいるが、柔らかな音でキラキラとした彼女の演奏はいつだって聞き入ってしまいそうだった。

曲も終盤になると、立ち直ったのか先ほどよりも感情豊かに、気品のある音色を奏でていた。

 

「ありがとね、話聞いてくれたりして。」

昇降口で上履きを履き替えながら彼女は言った。

「気分転換になったならよかったよ。傘木のフルートはやっぱり感情的じゃなきゃ」

そんな言葉に彼女は照れを紛らわすように笑った。

「そんなこと言ってー、佐々木君もすっごい上手だったじゃん。これで元気出たから明日から頑張れそう!」伸びをしながら答えた。

いつもは長いだけで憂鬱な駅までの距離が今日はやけに短く感じた。傘木とはここで別れ、それぞれの帰路に着くことになる。

少し前を歩く彼女が振り向いて言った。

「今日はほんとありがとね。これから頑張ろうね!」

「大したことじゃないって。じゃあ俺こっちだから」

またねと手を振る俺に彼女が言う。

「また明日!…侑!」

突然の名前呼びに驚き振り向いた。彼女はいたずらが成功したかのように無邪気に笑っていた。

「また明日!希美」

駅の改札をくぐりホームにて電車を待つ。夕暮れだというのにやけに暑く、誰に聞かれてもいないというのに手で顔を扇ぎ、暑いなと一人つぶやいた。

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