始まりは形から   作:しおバタぱん

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サックスイラタメンテ

梨花子先生に抗議してから一週間が経った。あれから、物を隠されたりするといった被害が出るようないじめは報告されなくなったが南中や俺への無視は一向に続いていた。果たして先生への抗議は意味があったのかと、悶々とした日々を過ごしていた。傘木達とも話をし、もう一度異議を唱えにいった方がいいのではないか、そんな提案が出され始めたその日の部活はいつもと同じように部内ミーティングから始まった。コンクールが近づき浮ついた雰囲気の音楽室は喧噪に包まれていたが所々歯が抜けたように沈黙していた。壇上に立つ部長がこちらを一瞥すると手を叩く。

「はい、静かにー。ミーティング始めます」

その言葉にざわざわとした部屋が徐々に静まった。いつもと違う空気感でミーティングは進められた。はたと違和感の正体に気付く。一、二年生の口数がいつもより少なく様子を伺うように南中の人らをチラチラと見ていた。なんとなくばつが悪く、身を捩った。

「最後に、この部でいじめのようなものがあったと梨花子先生から報告を受けていますが、私と先生で聞き取りをしたところ特にそのようなものは見受けられませんでした。根も葉もない噂を広めることは部の迷惑になるのでやめてほしいです」

「は?」

部長の言葉に思わず声が漏れた。こいつは何を言ってるんだ、俺たちをいないものとして扱ったりしたことをこの人達はいじめと見なさないのか。漏らした声が大きかったのか周りの視線を集めてしまった。

「何?あんたがいじめがあるって先生に言ったの?傘木達と仲いいからって口から出まかせ言うのはやめなさいよ」

「…先月からずっと傘木達を無視して、物を隠したりしてますよね?そういったことはいじめじゃないと?」

怒りがふつふつと沸いてきた。脳裏にあの日泣いていた傘木の姿がよぎる。このいじめが彼女たちを苦しめているのは明白で、他の一年にも被害が出るような現状にもう我慢ならなかった。

だが、怒りに我を忘れてしまっては今までの努力が無駄になる。誤魔化すために奥歯を噛んだ。

「そのいじめは証拠がないって言ってるでしょ!?いい加減部活荒らすのやめなさいよ!」

「何もないのなら、あいつらが他の人に相談を持ち掛けたりなんてしませんよ!コンクールが終わる一か月無視したりするの、辞めることはできませんか?」

「あんたらが練習しろってうるさいのが悪いのよ!!この部活は上を目指してるわけじゃないって最初に言ったでしょ?そんなに嫌なら部活辞めればいいでしょ!?」

先輩はヒステリックに叫んだ。もう限界だった。俺は勢いよく立ち上がる。その衝撃で椅子がガタリと大きな音を立てて倒れ、鳥塚先輩の引き留める声をかき消した。

「この部活が上を目指していないことと無視することになんの関係があるっていうんだ!!」

「あんた何その態度?無視なんかしてないでしょ!偶々みんな用事があって帰っただけじゃない。それの何が悪いの?」

「なら、黙って帰るんじゃなくて伝えてくださいよ!!あんたらのそういう態度で傷ついてるひとだっているんですよ!!」

「あっそう、それはお気の毒に。でもその子が勝手に辛いって言ってるだけでしょ?私たちには関係ないわ」

いい加減ミーティング終わらせましょ。苛立つように先輩は部長に進行を促した。

「じゃあ、ミーティングはこれで終わります。今からパート練にするので準備ができ次第それぞれの場所へ行ってください。パーカスの人は視聴覚室でやることあるんで指示に従ってください」

先輩に先生に抗議しても全て無駄だった、部の改革に協力するなんて口にしておきながらこの様であった。みんなが音楽室から出ていく中、俺はその場に立ち尽くした。

「侑…」

傘木が震える声で名前を呼んだ。自分の不甲斐なさに嫌気が差し、唇を噛んだ。

「…悪い。結局何もできなかった。もう何をしたらいいのか思いつかないんだ」

お互い押し黙る。二人以外いなくなった音楽室は雨音だけが響き、梅雨特有の湿気で肌に張り付く制服が不快感を増長させた。

「もう辞めよう。あいつらに何を言っても部は変わらないよ」

「そんなこと言わないでよ…みんなで話せばまだ何か…」

言葉を続けようとする彼女を目で制した。鋭い目で見たせいか彼女は身構え、俺の目を見つめた。

「来年以降もある。…もう俺は諦めた。これだけやってもダメなら、外部から講師を呼ぶとかしないと解決しない」

「…そっか。私はもう少しだけ頑張ってみるよ」

「…無理はすんなよ」

気丈に振る舞う彼女が音楽室から出ていくのを見守った。滝野と話した時に感じた成長の実感は幻に消え、残されたのは自分で選ぶことを恐れる惨めな俺だけだった。人はそう簡単に変わらない。過去の亡霊が足に絡み着き生気のない目でこちらを見据え、お前はこちら側だと主張していた。

カバンを背負い落ち着いた足取りで音楽室を出た。昼から降り出した雨は激しさを増し外の植木が大きく揺れていた。帰りまでには弱くなるといいな、そう思いパート練場所へ向かった。

 

定期テスト。それは学生には避けては通れない行事でテストの点に一喜一憂したり睡眠時間の短さを競う謎の文化があったりもする。幸い一年の三分の一でしかないのでさほど難しい問題は出題されなかったが、なおざりにしていた化学が見事に足を引っ張り平均よりやや上程度にまとまった。滝野に教えを請われていた日本史は見事学年十番以内に入ったが、彼は数学が酷い出来だったようで母親に叱られると頭を抱えていた。俺も人のことを言えた点数ではなかったのでそっと机にテスト用紙をしまった。

俺がミーティング中に反抗してからもうじき一月が経とうとしていた。俺や他のやつらへの嫌がらせは、減ることはなかったが南中の反抗も元気をなくしたからかよりは部内がピリピリとすることもなくなっていった。部内の問題児となった俺に構わず話しかけてくれる滝野や気を使ってくれる後藤の優しさが染み渡る。嫌われるのは部長をやっているころから慣れっこだと思っていたが、悪意には免疫がなかったという点は考慮していなかった。いないものとして扱われることに日々疲弊していく俺を余所に今日はコンクールメンバーの発表があるようで音楽室は非常に姦しかった。どうせ一年はコンクールには出れないことだろう。俺には関係がないとばかりに力任せにカバンから楽譜を取引き抜き、流し見ていた。

「どうして香織先輩がコンクールメンバーじゃないんですか!」

コンクールのA部門の出場メンバーが発表された直後、背中の方から誰かが叫んだ。サックスパートの若井だ。実際、中世古先輩や小笠原先輩、斎藤先輩らがA部門のメンバーから漏れていた。全員一年生を庇っていた人たちで、あまりに露骨な選抜に眉をひそめた。トランペットの三年が疎ましそうに眉間に皺を寄せると、ため息交じりに言った。

「最初から学年順だって言ってるでしょ」

「こんなのおかしいじゃないですか!」

「何がおかしいの?香織だって来年になればコンクールに出られる。みんな平等に出場の権利が回ってくる何もおかしくないでしょ」

先輩の言うことに穴はない。生まれ持った環境、資質が違うのだから実力順では三年間舞台で吹くことのできない者が出る。知っている、中学の頃からずっと見てきた。学年順が争いを生まない合理的な手段であることも。

いい?と三年生部員が一年生を見回す。その中には当然俺も含まれていたが目が合うとニコリと笑う俺に気味が悪くなったのか大きな声で切り出した。

「前にも言ったけど、うちは上を目指してるわけじゃないの。なのに練習しろとかって毎度毎度うるさく言って、部の秩序を乱してるのはどっちよ。みんな迷惑に思ってるっていい加減気づいたら?」

三年の主張に反論する人間はいなかった。庇われたはずの中世古先輩ですら俯き黙っているままだ。全員がマイ楽器を持っているわけでも自宅で練習できる環境があるわけでもない。自分のような恵まれた人間がコンクール出場を独占してしまうのは確かに不平等なのだ。中学のころ同じパートの子にずるいと言われたことが後ろ髪を引き、こないだのように啖呵を切ることはできなかった。合奏は一人が抜けているだけでは完成しない、反論もなく周りも同調しているという現状が俺たちに重くのしかかった。

 

メンバー発表から数日後、音楽室の席は前より少なくなった。若井達が来なくなったのだ。確証が持てず吉川に聞いた。

「なあ吉川、やっぱり若井達って辞めたのか?」

「みたいね。こないだ帰ってるときに辞めようて言ってたし。あんたは聞いてないの?」

ハッとした。そうだ、俺は南中の吹奏楽部ではない。同じ時間を共有してないから退部することも言う必要はない程度の仲だったのか。そう思うと無性に腹が立って仕方なかった。俺が教室を出る時傘木はクラスの奴と話していたはず、あれから十分まだ学校周辺にはいるはずだ。自分のかばんをひったくるように外へ駆け出す。

「ちょっと!あんたどこ行くのよ!」

「帰る!なんか聞かれたら休みって伝えておいてくれ!」

去る間際何か吉川が叫んでいた気がしたが脇目も振らず一目散に教室へ走った。放課後の廊下は普段見えない遥か先まで見通すことができた。階段を下り一階に下り、廊下の端の方にある自分たちの教室へ走った。勢いよくドアを開け、中を見ず聞いた。

「希美いる!?」

「希美ちゃん?さっき帰ったけど…」

「ありがとう!また明日!」

久しぶりに走ることで太ももが悲鳴を上げていたが無視して昇降口まで走った。ちょうど一人で帰る黒のポニーテール。見間違いじゃないことを祈り、慌てて靴を履き替え追いかけた。

「希美!」

幸い彼女は歩くペースが早くないのか校門を出るところだった。息も絶え絶えで彼女の名を呼ぶ俺を心配そうに眉をひそめ言った。

「侑?そんなに慌ててどうしたの?てか部活は?」

「…部活は、休んだ。希美と少し、話したいことがあって」

呼吸を整えようとゆっくり話す俺を彼女は訝しんだ。

「部活のこと?それならごめん。もう決めたの」

「それもそうなんだけど、他にもあって。外じゃ暑いしうち来ない?妹も会いたがってるんだ」

戸惑う彼女を余所に俺は手を取り無理やり連れだした。

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