狂った二人のお話。残酷めな描写あるのでご注意ください。
『自分の力で誰かが明日も頑張ろうって思って貰える様な、そんな人になりたい』などとどこかの記事だったかに書かれていたのを思い出す。なんて素晴らしい信念だろう。拍手すら送りたいくらいだ。最初から自分以外の誰かことを尊重し、献身しようと考えられる時点で、彼は大人だ。
子供というのは僕達のような人間を指している。全ては自分の思うがまま、したいがまま生きている。他人がそれでどうなろうが関係はないのだ。
テレビを切って、僕は溜息をつく。途中にしていた掃除をしなければいけなかった。僕は強く決意して腰を上げ、浴室へと向かいドアを開けた。
ひん剥くくらい両目を開いた男の死体が苦しそうに横たわっている。昨日の夜に攫ってきたホームレスだ。口にガムテープを貼ったままだから余計に苦しそうだ。滅多刺しにした体から流れていた血はようやく止まってくれた。もう一度シャワーで流して、袋に詰めたら後は埋めるだけだ。
命の抜けた男を見て心が満たされていくのを感じる。孤児院にいた時から僕達は狂っていた。他の死によって、生きていることを実感していた。蟻を踏みつけるのと同じだ。それがただ人間になっただけ。僕も、彼女も。
すると、ポケットに入れたスマホが鳴った。彼女か、それとも生活の上で仕方なくやっているバイト先か。画面には『
「もしもし、どうしたの?」
浴室を出て歩きながら電話に出た。
「陽? 今から地図送るから、車で迎えに来てもらっていい?」
感情の薄い透き通るような声が返ってくる。今日は彼女もバイトの日ではない。それで車で来いという時は大体理由は決まっている。
「何人殺したの?」
「二人。一人だと思ったら仲間がいた」
一度、ふぅ、と疲れたような彼女の吐息が聞こえた。
「とりあえず隠せた?」
「路地裏だから大丈夫。夜から雨も降るから」
「分かってるよ。君が外でする時は大体雨の日だ。すぐ行くね。僕も一人いるから、夜になったら埋めにいこうか」
僕は大きなビニール袋の口を広げる。ガサガサッという大きな音が響いたが、春の「分かった、待ってるね」という返事はしっかり聞こえた。
三体のホームレスを埋め終えて山道を下りていく。街灯の無い真っ暗な道もすっかり慣れた。スピードを落として走る分、直線になった時は春の方をちらりと見る余裕もできた。一瞬木々の間から月の光が差し込んだ。彼女の染めたことの無い漆黒のショートヘアが煌めいた。反対に雪のような白い頬は少し土で汚れていた。
僕は顔を戻して春に声を掛けた。
「春」
「何?」
「夜は何食べる?」
「うーん、カレーがいいな」
「カレーか、了解」
「甘口でもいい?」
「もちろん」
ふふっ、と彼女が微笑む声が聞こえた。釣られて僕も微笑む。幼い頃に孤児院で出会って、学校にいた時も孤児院を出る時も、今日に至るまで僕達はこんな感じのまま一緒だった。もう今年でお互いに19歳になる。
「……ねぇ、陽」
「何?」
春が僕に声を掛けてきた。顔は向けず言葉だけを返す。
「最近殺してる時にね」
「うん」
顔の横に春の視線を感じた。じっとこちらを見ているようだ。
「陽はどんな顔で死ぬんだろうって、ふと思う時がある」
心臓が跳ねる。運良く山道によくある一時停止用に膨らんだ場所が見えたので、そこに車を滑らせるように入れてハザードを付けた。
微笑んだまま隣の春を見る。これまた運が良い事に、そこは月明かりがよく差す場所だった。彼女の大変整った顔が照らされ、より一層綺麗に映えた。じっと僕を見つめる目はまるで混じり気のない宝玉の様に澄んでいる。
「体にどうナイフが入るのか、心臓の感触はどうか、そして物になった僕を見てどう思うか、気になる?」
春は少しだけ目を見開いた。
「すごい。よく分かったね」
「だって――」
頭の中で、今日見た浴室のあの死体が、春の姿へと変わった。
「僕も春に同じ事を思ってるから」
またさらに少しだけ春は目を見開く。それから吹き出すようにまた微笑んでくれた。
「本当に気が合うね。でもまだ気になってるだけ」
「うん、僕も」
会話が切れる。僕はハザードを消してウインカーを出し、後方を確認する。その時にまた一瞬だけ春の方に体が向いたので、反射というか、何の気なしに口を開いた。
「カレーの具は何入れようか?」
「人参と豚肉は入れたいな。ナスはダメ」
「分かった」
そう言って僕はアクセルを踏む。エンジンの強い馬力音がして、車は再び走り出した。
ジュブッ。ジュブッ。
粘っこい水が溢れるような音がする。実際のところ血液なので間違っていないが。
眼窩で初老の男が断末魔を上げる。ガムテープで口を塞いでいるからうるさくはない。
数日後、今日は僕と春二人でホームレスを一人ずつ攫ってきた。手足を縛り口を塞いで、夜に山奥まで連れてきて今に至る。脇腹を二箇所刺された男は、動かない体を必死にくねらせていた。その姿に笑みを零しながら、僕はレインコートの袖で顔に飛んだ返り血を拭った。
ジュブ、ジュブ、ジュブ、ジュブ。
背後からすごい勢いで水音がして振り返った。春がすごい早さで自身の攫ってきたホームレスを滅多刺しにしていた。あれだけされれば男はもう事切れているだろう。「これ可愛い」と言って買った薄い桃色のレインコートはすっかり真っ赤だ。それでも構わず春はナイフを抜いては刺し続けていた。まるで何かに取り憑かれたように。
足元の呻き声で僕は我に返る。視線を前に戻すと僕の分の男が苦しそうにしていた。しまった。つい忘れていた。
僕は男の胸にナイフを構え、全体重を掛けて突き刺した。
死体になった男二人をそのままに、僕と春はレインコートを脱いで大きな一本の木に寄りかかっていた。沈黙の中、僕は春を盗み見る。すると春と一瞬目が合って、彼女は目を逸らした。
自然と口が動いていた。
「今日は随分と君らしくない殺し方だったね」
「そうかな?」
春はそう言ってとぼけてみせた。今日までずっと気が合う関係なのだ。嘘も真意も全て見抜けてしまう。
「この前の帰り道でした話、でしょ?」
彼女は目を逸らしたまま何も答えなかった。否定しないということはそういう事だ。
「気になるだけじゃなくて、やりたくなった?」
僕がそこまで言うと、春は観念したように返した。
「我慢、できないかも」
「いいよ。この前話してから僕もそうだった」
ようやく彼女と目が合った。
僕達は立ち膝で向かい合い、体を寄せあった。僕の背が少し低くて春が少し高いおかげか、僕達は自然とおでこをくっつけた。狙いがズレないように、互いの左手は相手の背中に回して服を掴む。それからナイフを持った右手は、お互いの心臓に狙いを定めた。
ふと春の細く小さな手に視線が泳ぐ。すると春の狙いが少しズレていることに気がついた。彼女にしては珍しいミスだなと思いながら、僕は一度ナイフを置いて、彼女の右手を取って僕の心臓の前へと誘導した。
「ありがとう」
「うん」
僕は再びナイフを取り彼女の心臓を狙う。後はお互いに左手で相手を引き寄せれば、互いの心臓が貫かれる格好になった。
そこで、意を決したように春は口を開いた。
「私が、せーのって言うから。それでお願い」
「分かった」
僕はナイフを強く握り締めた。準備完了だ。春の合図を待つだけでいい。そして合図が来たら思い切り彼女を抱き寄せる。そしてナイフが彼女の体に入っていく感覚を、心臓に突き刺さる感触を、僕の体の細胞の一片残さず堪能する。そして、僕と春は死ぬのだ。
…………。
…………。
……春が死ぬ?
ドクンと心臓が今まで感じたことのないほどに跳ねる。気が付くと、ナイフを持つ右手と彼女の服を掴む左手からダラダラと汗が吹き出ている。今まで何人も殺してきてこんな事は初めてだった。
一体何が起きた? 僕に何が起きたんだ? 困惑しながらも、僕の頭は恐ろしいスピードで回転した。
春が死ぬ。春が死ぬ? ずっと一緒にいた春が。隣にいた春が。この世からいなくなる? 僕もいなくなって、春もいなくなる? どうして? 僕が殺すから。春を殺すから。春が殺される。嫌だ。嫌だ? 僕は春を殺されるのが嫌だ? 何で? 春がいなくなるのが嫌だから。春が死ぬのは嫌だから。春を失うのが嫌だから。僕は春に生きていて欲しいから。あの綺麗な笑顔をまた見たい。あの澄んだ声がまた聞きたい。カレーを頬張る春の向かいに、疲れて助手席で寝てしまう春の隣にまた僕はいたい。物になった春を見てどう思うか? 決まってるじゃないか。そんなの決まっているじゃないか。悲しくてたまらないに決まっているじゃないか。
……僕が殺してきた人達にも、僕みたいな人がいたの?
また心臓が飛び跳ねた。今まで殺してきた人達の顔が走馬灯のように浮かんでは消える。そして見たこともない誰かが、殺してきた人達を見て泣いている姿が浮かんだ。
今度は心臓が掴まれたみたいに苦しくなる。寒くもないのにぞわりと寒気を感じる。上手く酸素が吸えない。自分の体が自分のものじゃなくなってしまったみたいだった。
呼吸に意識が向いたからか、そこで僕は気がついた。荒い呼吸がもう一つ聞こえる。おでこをくっ付けた春も僕と同じように苦しそうだった。熱の篭った吐息が僕をくすぐり、潤んだ瞳からは涙すら零している。
春の視線が下に伸びている。追うとお互いのナイフがあった。滝のような汗に濡れた僕の握るナイフの隣に、痙攣するかのようにガクガクと震える彼女の握るナイフがあった。
その時、春は荒い呼吸を強引に押さえつけるように口を閉じた。痙攣する手を止めようとしているのか、ナイフに力が篭もる。来る、と直感した。
僕の背中に回した春の手がギュッと僕の服に力を込める。わなわなと唇を震わせ、上擦りかけの透き通る声が響いた。
「せー、の!」
その日、コドモフタリは大人になった。