「もー何で!? 何で若いってだけで遠征に選ばれないのよ!!」
遥か遠い異世界・ファルラン。
その中に栄えるビュリティネス王国の騎士団本部から、赤い髪の少女が乱暴な足取りで出てきた。
名をミアザ・サイレンスタイガー。弱冠十八歳ながら剣の大家サイレンスタイガー一門において「開祖をも超える器」と称され、その期待通り騎士団内でも瞬く間に頭角を現した天才である。
彼女は王国南部に出現した魔物を掃討する作戦に応援部隊として志願したものの、団長からは経験不足を理由に留守番を命じられてしまった。
「何が公平な選考よ。私より弱い連中ばっかのくせに……」
小さな体躯に似つかわしくない黒基調の甲冑が、不平と同調するように音を立てる。
「そういうところじゃないっスか、先輩。騎士たる者、いついかなる時も気品ある態度を心掛けねばならないっスよ」
忌憚のない意見を飛ばしてきたのは、入り口で待っていた後輩のオルカ・シャチャーマ。ミアザは切れ長の目を一層鋭くして見上げた。
「気品? 冗談でしょ。っスっスうるさい奴でも務まる騎士に気品なんて要るわけないでしょ」
「いきなり人格否定は規則で禁止っスよね」
切れ味鋭く言い返し、ミアザは石畳を蹴りつけるように修練場へと歩いていく。選ばれなかったものは仕方ない。本部に人がいなくなる分、鍛錬に励むだけ。
雑念を切り裂くように、ミアザは木剣を唐竹割に振り下ろす。幾度となく繰り返してきた所作は、それだけで大勢で行う演武のように見る者を圧倒する迫力があった。
「部屋でも毎日トレーニングして、今度は素振り……よく飽きないっスね」
「飽きる飽きないじゃないの。この鎧を見なさい」
そう言った彼女の鎧は、一般の兵士が身に着ける薄い胸当と腰当だけの装備とは雲泥の差があった。
トダー鉱と呼ばれる希少な金属を何度も折り重ねて鍛えた強靭な板金が胸だけでなく首元や腕までもガッチリと覆い、末端は荒々しい白虎の皮手袋。スカート状に広がる
トドメとばかり背中に翻したマントには国獣でもある虎が豪奢な金色で刺繍されており、美術品さながらの見栄えを誇っている。
「この鎧は『
素振りを再開するミアザに、オルカは感心したように眠そうだった目を開いた。
「自分、先輩のそういうところは尊敬してるっスよ」
「何よ。まるで尊敬してない部分があるみたいじゃない」
「遠征から外されたのを、わざわざ団長まで文句言いに行くのは普通に迷惑行為っスよね?」
「うっ……」
振りかぶったところで木剣を止め、ミアザは唇を尖らせる。確かに、出撃準備中の人間を邪魔したのはいただけない。
「先輩みたいな実力者を本部に残すのは、団長も何か考えあってのことだと思うっス。経験不足ってのも、騎士としてはまだ三年目なんだから当然っスよね」
ちなみにオルカはミアザの一つ下。鋭すぎる才覚と奔放な言動から遠巻きにされがちなミアザにとり、全く物怖じしない彼女はただの後輩ではなく、数少ない友人と呼べる存在である。
「むー……。何か私が悪いような気がしてくるわね」
「ここまで言われて気がするだけとかそんなんアリっスか? って、そうだ」
オルカは騎士団服のポケットから一枚の紙を取り出した。
「先輩。暇ならこれ、手伝ってほしいっス」
「何これ? 『ナーデシン
「入団して歴の浅い
ナーデシンは騎士団本部のある王都の北、外敵の侵攻を妨げるように広がる山岳地帯の総称。指令書には、地域を上げて山麓で秋の恵みを採集する祭りの警護が目的と書かれていた。
「あの、私もまだ三年目なのよ。何でこの知らせ来ないわけ? 差別?」
「何でって、先輩は
二年目にして騎士団本部に配属されるオルカも十分に秀才だが、あくまで名目は有望な若手に本部の仕事ぶりを知ってもらうこと。所謂お客様待遇であり、ミアザのように戦力として配属されるのとはわけが違う。
だからこそ遠征に選ばれなかったことに、ミアザは不満タラタラだったわけだが。
「まあ、オッケーよ。どうせ暇だし、王都の外に出られるのも悪くないわ」
「流石先輩、ありがたいっス!」
オルカがパッと破顔し、抱き着いてくる。可愛げのある後輩仕草だが、一八〇センチ近い彼女に突然そうされるとミアザは自然顔を胸で押し潰されるわけで。
「にょわーっ!?」
「あ、すんません。自分、嬉しかったもんっスから」
「自分の
それからおおよそ十日後。ミアザとオルカら本部所属の騎士数名は、馬車による移動を終えナーデシンの中心都市シニョーラへと到着した。他にも各地から多くの騎士が応援に駆け付けており、今は一通り挨拶や説明を終えた後の自由時間だ。
華やかなレンガ造りの多い王都と比べると、木造の質素な建物が目立つシニョーラ。しかし祭りを間近に控えた人々の活気は大したもので、採集道具や調理器具の準備で往来は夕方になっても大いに賑わっていた。
物見台も兼ねた騎士団宿所の屋上から周囲を一望し、ミアザは爽やかな秋の空気を胸一杯に吸い込む。
「やー、来たわねシニョーラ」
「そっスね。良いとこっス」
この時期、ナーデシンは紅葉真っ盛り。街中の街路樹や外に広がる山林、至る所で鮮やかな紅色と山吹色が乱舞している。王都では決して見られないこの風景も、二人にとっては立派な秋の恵みである。
「祭りは明後日の朝からだっけ? 今から楽しみだわ」
「まっ自分達は護衛なので祭りには参加できないんスけどね」
「そういうこと言わないの。雰囲気だけでも、楽しませてもらいましょ」
ミアザはこの時、はっきりと浮かれていた。