時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第十話

『もういいんだ』

 

 投げやりな響きと共に、その体が完全に魔へと飲まれていく。

 背中から大量の刃が翼のように飛び出す。瞠目するミアザ達をよそにけたたましい金属音が鳴り響き、シビャーの体は空へと舞い上がった。

 

「……空を飛ぶのは、ルール違反じゃないかしら」

「ミアザ殿、魔性はルール無用です」

 

 降り注ぐ鮮血を手で払いつつ、ミアザは恨めしく視線を上げる。いかに天才剣士といえど、天に昇る手段はない。

 

「リューゼインさん。あいつの翼、どうしましょう?」

「恐らく剣同士を高速で擦り合わせ、発生した衝撃波を地面に叩きつけて浮いていると思われますが……っ!」

「危ないっス!」

 

 中空で光が閃き、何かが高速で射出された。オルカの盾に弾かれたそれは、背中に生えていた剣山の一部。高速振動による負荷に耐え切れないのか、剣山は弾けるような音と共に周辺へと破片をまき散らし始めた。

 凶刃は三人だけでなくシビャーに召喚されたはずの魔物達をも襲う。手足を裂かれ、目を抉られ、続々と死骸に変わっていく。

 

「何か魔物も一緒くたにやられてるんスけど……いいんスかこれ」

「まあいいでしょ」

 

 地面に突き立てられたオルカの大盾で刃の雨をやり過ごしつつ、ミアザは思案する。

 とりあえず奴を空から引きずり降ろさねば話にならない。が、こうものべつまくなし撃たれ続けては取っ掛かりすら掴めない。

 背中の剣山は減るどころか成長を続け、今にもここから羽ばたいていきそうな空気を醸し始めていた。

 

「別の場所に行かれたら大惨事だわ。何とかしないと」

「せめて、飛び道具の一つでもあれば良いのですが……」

 

 周辺に使えそうな何かを探すミアザとリューゼイン。盾を打ちつける雨は一層激しく、さらにミアザ達の近辺を集中して叩くようになっていた。剣で出来た翼の扱いに慣れてきた何よりの証拠。

 

「はーっ騎士共よ死ねっ!!」

 

 そこへ、憎しみに満ちた声が響く。二人が振り向くと、先ほどミアザが失神KOさせた女が壮絶な形相で背後の茂みから飛び出してきていた。怒りと痛みから湧き出す復讐心に支配され、その目にはミアザ達しか映っていない。

 

「馬鹿! 今来たら──」

 

 ミアザの忠告虚しく、女は範囲内に踏み込んでしまった。魔物の強靭な皮膚すら容易く食い破る嵐の中に、軽装備の人間が立ち入ったらどうなるか。

 

「ウアアアー剣ダーッ!? 助ケッ……ボウェッ」

 

 そこまで喋れただけでも悪運があったと言えるだろう。女は不格好に舞いながら全身を引き裂かれ、絶命する。構えたクロスボウも、手首ごともぎ取られ地面に転がった。

 

「あるじゃない、飛び道具!」

 

 ミアザの脳裏に、一つの策が浮かび上がる。

 

「リューゼインさん。あのクロスボウ、どのくらいから狙えますか?」

「……狙った箇所に当てるなら、もう二メートルは近づきたいです」

「分かりました。私が時間を稼ぎます。あいつの左胸、見えますよね」

 

 ミアザが指したシビャーの左胸には、人体部分と癒着した魔臓(デーモン・ハート)が妖しく輝いていた。ナーデシンでデフィ・フティワンを召喚した際に融合し、魔物化した彼の核となっている。

 

「あれを撃ち抜けば……」

「ちょっと待つっスよ先輩!」

 

 その作戦には致命的な弱点がある、とオルカが話に割り込んできた。

 

「相手からこんなに弾が飛んでるのに、矢を通すことなんて不可能っス!」

「平気よ。あいつは、私を狙うわ」

 

 言うや否やミアザはオルカの盾を飛び出し、剣の雷雨の中を駆ける。

 神速の剣捌きで襲い来る刃を弾き、弾いた刃でまた別の刃の軌道を逸らす。それでも捌ききれないものは、鎧の曲面で受けることで力を流す。

 一発でも直撃しようものなら、重装甲が仇となり衝撃で体を打ち据えられる。必要なのは卓越した反射神経と集中力、何より度胸。

 

「しつこい男は嫌われるわよ、シビャー。まあ、しつこくなくても多分好きにはなれないけど」

 

 足を止めることなく左へ左へ走り続けるミアザに対し、シビャーは集中砲火を浴びせる。魔物と化したその体を動かしているのは、ミアザだけは絶対に地獄まで道連れにする、という思念の残滓だけだった。

 

「あっ……先輩の言う通りっスね」

「弾幕が薄くなりました。今なら!」

 

 凶刃の間隙を突き、リューゼインが血塗れのクロスボウを拾い上げて走る。ミアザとは逆に、右へ右へ。波打ち際で屈んだリューゼインは、オルカに二つの指示を出した。

 

「ここから狙います。オルカ殿、万が一の流れ弾に備えてください。できれば、瞬きもご遠慮を」

「瞬き? まあしない方が良さそうっスけど……?」

「彼は一度は騎士を志し、誰に認められずとも研鑽を積んだ者。せめて最期は、騎士として看取ってあげませんか」

「ふぅん……。そういうことなら、分かったっス」

 

 オルカが珍しく、神妙な顔で頷いた。リューゼインは改めて射撃姿勢を整える。

 

「三……二……一……発射っ!」

 

 

 

 

 

「あーあ。結局、ミアザに目立った損傷は無しか」

 

 戦場へ向かい、腕組みをした男が水上を滑走していた。彼の眼前ではまさにリューゼインがクロスボウを発砲し、シビャーの胸元に高速で向かっている。

 

「ミアザへの執着心を見てどうかと思ったが……やはり心意気などアテにはならんな」

 

 胸の魔臓(バースト・ハート)を弱点として狙われることなど、彼には最初から分かっていた。妨害することもできたが……彼は最早シビャーに一切の興味も、用事もない。

 

「所詮、騎士にも魔物にもなり損ねる無才だ。体も技も弱すぎて……もうそのまま死んでくれって思ったね」

 

 彼がそう言った直後、シビャーが鮮血を噴いて墜落していった。

 

 

 

 

 

「命中確認!」

 

 狙いあやまたず、リューゼインの放った矢はシビャーの左胸を直撃した。魔臓(デーモン・ハート)から夥しい量の鮮血が迸り、背中の剣山も機能を粗方失って高度を落としていく。

 

『ミア、ザ……ァァアア!!』

 

 それでも往生際悪く、最後っ屁を飛ばすシビャー。余命は幾何どころか、今日の夕日すら拝めまい。

 それでも人だった頃の鬱憤を晴らすように、力の限り暴れ続ける。

 

ストンハート(石の心)か……確かに意志の固さはあるわね、意志の固さだけはね」

 

 そう静かに呟いて、ミアザは虎咬(タイガートゥース)を三度閃かせた。飛来した三つの刃を見事に弾き返し、弱々しく痙攣していた魔臓(デーモン・ハート)を再び抉る。

 今度こそ完全に、魔臓はその機能を停止した。背中から地面に墜落し自らの剣山に貫かれたシビャーは、もうピクリとも動かない。

 

「その諦めの悪さで……どうして騎士にならずにこんな風になったの?」

 

 ポツリと零したミアザの問いに、答えられる者はもういない。辺りは静寂に支配され、戦いは一旦の終わりを告げた。

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