『もういいんだ』
投げやりな響きと共に、その体が完全に魔へと飲まれていく。
背中から大量の刃が翼のように飛び出す。瞠目するミアザ達をよそにけたたましい金属音が鳴り響き、シビャーの体は空へと舞い上がった。
「……空を飛ぶのは、ルール違反じゃないかしら」
「ミアザ殿、魔性はルール無用です」
降り注ぐ鮮血を手で払いつつ、ミアザは恨めしく視線を上げる。いかに天才剣士といえど、天に昇る手段はない。
「リューゼインさん。あいつの翼、どうしましょう?」
「恐らく剣同士を高速で擦り合わせ、発生した衝撃波を地面に叩きつけて浮いていると思われますが……っ!」
「危ないっス!」
中空で光が閃き、何かが高速で射出された。オルカの盾に弾かれたそれは、背中に生えていた剣山の一部。高速振動による負荷に耐え切れないのか、剣山は弾けるような音と共に周辺へと破片をまき散らし始めた。
凶刃は三人だけでなくシビャーに召喚されたはずの魔物達をも襲う。手足を裂かれ、目を抉られ、続々と死骸に変わっていく。
「何か魔物も一緒くたにやられてるんスけど……いいんスかこれ」
「まあいいでしょ」
地面に突き立てられたオルカの大盾で刃の雨をやり過ごしつつ、ミアザは思案する。
とりあえず奴を空から引きずり降ろさねば話にならない。が、こうものべつまくなし撃たれ続けては取っ掛かりすら掴めない。
背中の剣山は減るどころか成長を続け、今にもここから羽ばたいていきそうな空気を醸し始めていた。
「別の場所に行かれたら大惨事だわ。何とかしないと」
「せめて、飛び道具の一つでもあれば良いのですが……」
周辺に使えそうな何かを探すミアザとリューゼイン。盾を打ちつける雨は一層激しく、さらにミアザ達の近辺を集中して叩くようになっていた。剣で出来た翼の扱いに慣れてきた何よりの証拠。
「はーっ騎士共よ死ねっ!!」
そこへ、憎しみに満ちた声が響く。二人が振り向くと、先ほどミアザが失神KOさせた女が壮絶な形相で背後の茂みから飛び出してきていた。怒りと痛みから湧き出す復讐心に支配され、その目にはミアザ達しか映っていない。
「馬鹿! 今来たら──」
ミアザの忠告虚しく、女は範囲内に踏み込んでしまった。魔物の強靭な皮膚すら容易く食い破る嵐の中に、軽装備の人間が立ち入ったらどうなるか。
「ウアアアー剣ダーッ!? 助ケッ……ボウェッ」
そこまで喋れただけでも悪運があったと言えるだろう。女は不格好に舞いながら全身を引き裂かれ、絶命する。構えたクロスボウも、手首ごともぎ取られ地面に転がった。
「あるじゃない、飛び道具!」
ミアザの脳裏に、一つの策が浮かび上がる。
「リューゼインさん。あのクロスボウ、どのくらいから狙えますか?」
「……狙った箇所に当てるなら、もう二メートルは近づきたいです」
「分かりました。私が時間を稼ぎます。あいつの左胸、見えますよね」
ミアザが指したシビャーの左胸には、人体部分と癒着した
「あれを撃ち抜けば……」
「ちょっと待つっスよ先輩!」
その作戦には致命的な弱点がある、とオルカが話に割り込んできた。
「相手からこんなに弾が飛んでるのに、矢を通すことなんて不可能っス!」
「平気よ。あいつは、私を狙うわ」
言うや否やミアザはオルカの盾を飛び出し、剣の雷雨の中を駆ける。
神速の剣捌きで襲い来る刃を弾き、弾いた刃でまた別の刃の軌道を逸らす。それでも捌ききれないものは、鎧の曲面で受けることで力を流す。
一発でも直撃しようものなら、重装甲が仇となり衝撃で体を打ち据えられる。必要なのは卓越した反射神経と集中力、何より度胸。
「しつこい男は嫌われるわよ、シビャー。まあ、しつこくなくても多分好きにはなれないけど」
足を止めることなく左へ左へ走り続けるミアザに対し、シビャーは集中砲火を浴びせる。魔物と化したその体を動かしているのは、ミアザだけは絶対に地獄まで道連れにする、という思念の残滓だけだった。
「あっ……先輩の言う通りっスね」
「弾幕が薄くなりました。今なら!」
凶刃の間隙を突き、リューゼインが血塗れのクロスボウを拾い上げて走る。ミアザとは逆に、右へ右へ。波打ち際で屈んだリューゼインは、オルカに二つの指示を出した。
「ここから狙います。オルカ殿、万が一の流れ弾に備えてください。できれば、瞬きもご遠慮を」
「瞬き? まあしない方が良さそうっスけど……?」
「彼は一度は騎士を志し、誰に認められずとも研鑽を積んだ者。せめて最期は、騎士として看取ってあげませんか」
「ふぅん……。そういうことなら、分かったっス」
オルカが珍しく、神妙な顔で頷いた。リューゼインは改めて射撃姿勢を整える。
「三……二……一……発射っ!」
「あーあ。結局、ミアザに目立った損傷は無しか」
戦場へ向かい、腕組みをした男が水上を滑走していた。彼の眼前ではまさにリューゼインがクロスボウを発砲し、シビャーの胸元に高速で向かっている。
「ミアザへの執着心を見てどうかと思ったが……やはり心意気などアテにはならんな」
胸の
「所詮、騎士にも魔物にもなり損ねる無才だ。体も技も弱すぎて……もうそのまま死んでくれって思ったね」
彼がそう言った直後、シビャーが鮮血を噴いて墜落していった。
「命中確認!」
狙いあやまたず、リューゼインの放った矢はシビャーの左胸を直撃した。
『ミア、ザ……ァァアア!!』
それでも往生際悪く、最後っ屁を飛ばすシビャー。余命は幾何どころか、今日の夕日すら拝めまい。
それでも人だった頃の鬱憤を晴らすように、力の限り暴れ続ける。
「
そう静かに呟いて、ミアザは
今度こそ完全に、魔臓はその機能を停止した。背中から地面に墜落し自らの剣山に貫かれたシビャーは、もうピクリとも動かない。
「その諦めの悪さで……どうして騎士にならずにこんな風になったの?」
ポツリと零したミアザの問いに、答えられる者はもういない。辺りは静寂に支配され、戦いは一旦の終わりを告げた。