時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第十一話

 自らの生やした剣山の上で事切れたシビャーに、もう人間だった時の面影は残っていなかった。それでもミアザは周辺で、遺品にできる物を探す。

 

「何か、持って帰れる物があると良いですけど」

(わたくし)と同じ意見ですね……」

「あっ。これなんかどうっスか?」

 

 オルカがいち早く拾い上げたのは、波に攫われかけていた一枚のレンズ。血でドロドロに汚れているが、シビャーの眼鏡だった。

 

「良いんじゃない?」

 

 頷いたミアザは湖水で丁寧にレンズを洗い、携帯していた小袋にしまう。

 

「では、制圧した信者達を連れて帰還しましょう」

 

 部隊長であるリューゼインがそれを見届け、帰還の指示を出した時。

 

『待てよ』

 

 三人全員、耳を疑った。

 

『物語は、ここから面白くなるんだぜ』

 

 男の声だ。しかも茂みではなく、何故か湖の方から聞こえている。遠くで鳴らされた鐘の音のようにぼんやりとしているが、ワカチャンオメ湖にそんな設備は存在しない。

 

「この声は……?」

 

 ミアザが振り返ると、湖畔に向かって急速に近づいてくる黒い点が僅かに見えた。

 

「誰か、こっちに来てる」

「えっ湖の上を? 絶対やばい奴じゃないスか……どうするっスか?」

「決まってるでしょ」

 

 黒い点は話すうちにも大きくなり、一般的な人間の視力でも見えるほどになる。

 

「私が()る」

『話が早くて助かるよ、ミアザ・サイレンスタイガー』

 

 点から人影になったそいつは如何なる原理か、腕を組んで直立したまま水上を滑走している。この距離でミアザ達の小声が聞こえているのか、ミアザの名を呼ぶその声は随分と嬉しそうだった。

 

「ミアザ殿。いくら鎧持ち(ガーディアン)でも、未知の相手に一人では危険です」

「理屈じゃなくて、申し訳ないんですけど……」

 

 確かに、何者かは全く知らない。だがサイレンスタイガー流剣術継承者として、ミアザの本能が告げていた。

 

『ん……? 邪魔だ、クソゴミ』

「コイツは私以外じゃ相手できない、って!」

 

 風を切り、何かが高速で飛んでくる。リューゼインの目を正確に狙ったそれを、ミアザが咄嗟に掴んだ。

 

「なっ……」

「リューゼインさん。申し訳ないですけど、加勢は気持ちだけで十分です」

 

 湿地の外縁部で採れるドングリを、指で弾いただけ。それがリューゼインにまるで反応を許さず、ミアザの皮手袋が摩擦で異臭を放つほどの威力を誇っていた。

 

「信者達を連れて、馬車で逃げてください。奴の狙いは私です」

「……確かに。私がいても、足手まといになりそうですね」

 

 実力差を悟ったリューゼインは唇を噛み、オルカと共に撤退していく。

 

「できる限り迅速に、王都から増援を連れて戻ります」

「負けても良いっスけど死んだらダメっスよ! 先輩!」

「オルカ? 覚えときなさいよ」

 

 不肖の後輩は後で〆るとして。腹を決めたミアザは波打ち際から少し離れる。そこへ謎の男はまるで水鳥の羽根のように、静かに漂着した。

 二メートル近い筋骨隆々の長身に、彫りの深い角ばった顔は肌艶も良く精悍。オール・バックにした黒髪が陽光を眩しく反射している。

 上半身は晩秋だというのにサラシを巻いただけ。下は斑模様の鱗が印象的な大型爬虫類の革ズボン、腰のベルトに十字剣を佩いていた。

 

「……ふぅん」

 

 シビャーの亡骸とミアザを交互に見た男は、溜め息と共に剣を引き抜くやシビャーの頭部を斬りつける。それだけに終わらず、原型がなくなるまで徹底的に破壊した。

 

「なっ……。何やってんの!?」

「見れば分かるだろう。使い終わった者を剣の糧にしただけだ」

 

 さも当然と言わんばかりの返答を聞いたミアザの眼差しが、一気に冷える。こいつは、殺すだけでは済まされない。

 

「……一応、名前だけ聞いてあげる」

『躾がなっていないな。サイレンスタイガーは決闘の際、まず自分から名乗れと教えるはずだが』

「決闘? 掃討と言ってちょうだい」

 

 鬼龍派(お前ら)に名乗ってやるほど、自分の名は安くない。ミアザは言外にそう返した。

 

「そもそも、女の名前を一方的に調べ上げる無礼者に躾どうこう言われる筋合いはなくってよ」

「ククク……さっきから随分な物言いだな。まあ全部事実だからしょうがないけど」

「それで、あんたは誰なのよ。何の用なの?」

「何、用件はすぐ終わるさ」

 

 ミアザの殺気を前にしても男は名乗らず、余裕のある笑みも崩さない。

 

「貴様の持っているその『虎咬』を、こちらに寄越してくれればな」

「は?」

 

 何を言ってるこの馬鹿は?

 ミアザはその思いを隠そうともしなかった。よりによって一門に伝わる宝剣を寄越せとは、頭がイカレているとしか思えない。

 

「あんまナメたこと言ってると噛み殺すわよ」

「ナメてなどいないさ。至高の宝剣は、最強の男にこそ相応しい。それだけだ」

 

 ミアザが構えた虎咬(タイガートゥース)を見て、男はうっとりと目を細める。極上の美術品を鑑賞するようなその眼差しは、彼女の神経を酷く逆撫でした。

 

「……私、戦いの最中に相手以外を見る奴は無条件に軽蔑するわ」

 

 相手を見る、という誰でもできることを怠るのは戦士として最低だ。ミアザはそんな思いごと地面を蹴る。常人の目には足音だけ残して姿がブレて見えるほどの加速。一瞬で肉薄し、胸を目掛けて宝剣を振り抜く。

 男はいつの間にか抜いていた十字剣でそれを受け……ようとして、何かを思い出したように後方へと身を躱した。

 一瞬前まで男がいた空間を、宝剣は一閃で二度切り裂く。

 

「ほう、その歳で(ファング)を使いこなすか……」

 

 全力の斬り下ろしを神速で切り返し、上下から相手を食いちぎる絶技「咢」。その剣の軌道と相手の得物をへし折る威力、骨をも容易く噛み砕く虎の如し。

 開祖ゴルドリミット・サイレンスタイガーが編み出し、虎咬(タイガートゥース)という銘の所以ともなった一門の代名詞である。習得には正確無比な剣捌きが不可欠。故に、長きに渡る修練が必要とされている。このミアザを除いて。

 

「妙に詳しいじゃない」

「そりゃ詳しいさ。何せ俺は、貴様の()()なのだから」

 

 そう言って男は、携えた十字剣を八相に構える。ツヤのない暗黒の刀身に、毒々しい赤が筋が脈打つ外観。虎咬が宝剣ならば、こちらは魔剣と呼ぶに相応しい禍々しさ。

 

「先達? その剣も、何か変な感じがするけど」

龍咬(ドラゴントゥース)。虎咬と対を成す一振りよ」

 

 自らの先達。虎咬と対を成す龍咬。ミアザがその意味を深く考える間もなく、男が仕掛けた。足場の悪さをものともしないフットワーク、無駄のない動作で繰り出された袈裟斬りには確かな鍛錬の跡が見える。

 

「言うだけありそう、ねっ!」

 

 ミアザは下がらず、宝剣を真横から鍔元へと叩きつける。敵の攻撃に対しても守るのではなく、それを砕くのが虎の流儀。

 下手な武器なら根元からへし折れ、使い手が下手ならその手から得物を弾き飛ばされる。

 

「ふんっ貧相なカウンターだな!」

「……っく!?」

 

 そんな一撃を受け、なおも男の剣は僅かに軌道をズラされただけ。むしろ、叩きつけた反作用によってミアザの体が大きく左へと流された。

 姿勢を崩した両者が飛び退く。一連の攻防を傍目に見れば、大男の一撃を少女が上手くいなしたように映ったかもしれない。

 

「筋は良い。が、所詮まだケツの青いガキんちょだ」

「ハッ。そのガキんちょを仕留め損なったのはどこのどいつよ。今のパワーだって、半分剣のおかげでしょ」

龍咬(ドラゴントゥース)を持つ俺の力は、人の枠を超える。貴様も女だてらに小力があるようだが……悪魔には勝てんよ」

 

 男の体からは、剣と同質の黒いオーラが滲み出していた。

 これが龍咬の効能。人の血肉を吸った分、人智を超えた膂力と魔法への適性を所有者に与える。

 

「魔性を斬り、人から遠ざける虎咬。人を斬り、魔性へと落とす龍咬。対を成すってのは、そういうことか」

「ああ。龍咬を持った俺の脅威となりうるのは、虎咬を持つ者だけだ」

「だから子供の内に潰して、自分の物にしようって? 敵ながら情けなさ過ぎて……もう死んでくれって思っちゃう」

 

 ミアザは力強く右足を踏み込み、地面すれすれを虎咬で擦り上げる。切っ先に込めた剣気を大気や土塊に乗せて打ち出す、サイレンスタイガー流唯一の遠隔攻撃。

 

「『霞斬り(ヘイズ・スラスト)』!」

 

 シビャーのような雨あられの連射には無力だったが、剣同士の戦いならば突破口になりうる。

 

「『()()()』」

 

 全く同じ技の名を、男が口にする。と同時に前へと駆け出した。

 二つの技が真っ向からぶつかり合い、湿った土が衝撃で霧のように飛び散る。それをブラインドに間合いへと飛び込もうとした男だったが、

 

「なにっ」

 

 それに先んじて、二の矢がその胸にぶち当たった。

 

「力に酔った奴の定石よね。格の違いを見せたくて、同じ技でねじ伏せようとする」

 

 してやったり、と言わんばかりにミアザは笑う。一発目の霞斬りは相殺を誘う撒き餌。本命は相手の慢心を突く二発目。

 土と水のブラインドを突き破った分、威力は多少落ちている。それでも分厚い胸板に裂傷を刻み、動きを止めさせた。

 

「へーっ。いまどき悪魔なんて名乗るくせに血は赤いんだ……」

「……小賢しい真似を。次会ったら殺す」

 

 忌々し気にミアザを睨んだ男は、自らの胸を押さえると踵を返した。

 

「散々大物ぶって、ちょっと斬られたら逃げるなんてそんなんアリ? 鬼龍派ってのも底が知れるわね」

「……。ドラグオーク・サイレンスタイガー」

 

 まさかミアザの煽りに反応したわけでもなかろうが、男は足を止めた。

 

「この名を、ユーゲンに問うと良い」

「ユーゲンって、おじいちゃんと知り合い? あんた一体いくつ──」

()()と言ったろう。虎の子(貴様)を奪うのが誰か、知らせてやるのも悪くない」

 

 そう言い残し、ドラグオークと名乗った男の輪郭は虚空へと溶けていった。

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