「あれェ?
「フンッ貴様には関係のないことだ」
「関係はなくとも関心はあるんだよ。あのまま戦ってれば簡単に殺せたのに、何故見逃したんだい? 親切に名前まで教えてサ」
まるで可愛い
「思ったより活きが良かったからな。ミアザには、サイレンスタイガーそのものを潰すための生餌になってもらうことにしたんだよ」
「ふぅん。でもね俺見たことないんだよね。生餌に指を噛まれるどころか、胸をバッサリいかれる奴」
「こんなもの斬られた内には入らない。ただの胸の擦り傷だ」
ドラグオークの言葉は負け惜しみや痩せ我慢ではない。ミアザに付けられた傷はとっくに出血も止まり、塞がり始めていた。
「一門の奴らはいずれ、俺の望み通り雁首揃えてやって来る。必ずな」
「必ずだと。そのエビデンスは?」
「ミアザに『
「……酷いことをするねェ。相手は若い女の子なんだろ?」
咎めるような言葉とは裏腹に、そいつの口調には楽しげですらあった。
「……うぅ」
「目覚めたか! ワシが分かるか?」
「お、お爺ちゃん……?」
「ウム、ユーゲンじゃ。意識はしっかりしとるようじゃな」
ミアザが寝ていたのは、サイレンスタイガーの道場に備え付けられた応急処置用のベッド。上体を起こそうとするが、全く力が利かない。鼻や喉に栓がされたように、息が通りづらい。
「まだ動いちゃダメだよ。お義父さんのおかげで目は覚めたけど、体は弱りきってる」
「お、お母さん……? 何で」
「お主が突然倒れたからに決まっておるじゃろ」
「私、どうなったの? 話の途中で、急に意識が」
「『縁魔』じゃ」
「さ……何て? 猿山?」
「サ・ルヤーマじゃ」
「ん……? うん」
頭が上手く回らず、とりあえず頷くミアザ。ユーゲンはそれには構わず縁魔について説明し始める。
「呪詛じゃな。怨念を乗せた気を相手に打ち込み、相手の身を蝕む。奴の剣に触れたりせんかったか?」
「心当たり、は」
ミアザは、ドラグオークの前に戦ったシビャーについて語った。彼のミアザに対する復讐心、そして背中から生えてきた無数の刃。
「ウム。そ奴がドラグオークの力の一部を与えられていた可能性はあるのぉ」
「それから……
「決め手は、そっちかもしれんのぉ」
「頭の中、ずっと声がしてるの……あいつが憎い、痛い、助けてって」
「ドラグオークと龍咬に斬られた者達の怨嗟の声じゃろう。お主はサイレンスタイガーの直系故に、奴の気をモロに受けておる」
ミアザはサイレンスタイガー流剣術の全てを受け継ぐ正統後継者。だからこそ、根を同じくしながら邪道に堕ちたドラグオークの毒が深く浸透してしまう。
そこまで説明して、ユーゲンは言葉を切る。苦しそうに喘ぐ孫娘から、これ以上何か聞き出す気にはなれなかった。
「治ら、ないの?」
「呪詛をかけたドラグオークを殺し、龍咬を折る。それだけじゃ」
「……」
治療法を聞き、ミアザは黙り込む。今の自分が出て行っても、むざむざドラグオークに虎咬を献上するだけ。
その様子を見かねたユーゲンと母親は、良い知らせで気を紛らわす。
「案ずるな。マシェットを筆頭に、一門総出でドラグオークの居場所を調べ上げておる。見つけ次第潰してやるわい」
「オルカちゃんも手伝ってくれてるんだよ。リューゼインさんも
「そっか……。おいで、虎咬」
自らの容体を理解したミアザは、震える手を伸ばし、宝剣を呼び出す。立ち上がることもままならぬ今、場所を超えて担い手の元へ馳せ参じてくれる宝剣の特性はありがたい。
「何じゃ。急に虎咬なんぞ」
「縁魔って、魔法なんでしょ。なら──っ!」
やおらミアザは、逆手に持った宝剣を自らの脇腹へと突き立てた。
「いやああああ!!」
「ボケーッ何をやっとるんじゃあ!!」
ユーゲンが羽織っていた上着を脱ぎ、刃が刺さった部分に当て止血を始める。
「おいっシオンちゃん! 包帯持ってきてくれっ」
「はい!」
半ば転がるように駆けていくミアザの母・シオンの足音を聞きながら、ユーゲンはミアザを問い詰める。
「ミアザっ! どういうつもりじゃ!?」
肝心のミアザは何かに憑かれた風でもない。血の混じった咳をしつつ、口角を上げる。
「……やっぱり。虎咬なら、体内の縁魔を祓える」
「縁魔を祓ったとて死んだら意味がないじゃろうが! せめて一言相談せんかいっ」
「言ったら、止めるでしょ。……あ、おかえり」
「おかえり、じゃないの。あなたのせいで私は大慌てで出て行く羽目になったの!」
シオンは慣れた手つきでミアザの腹に刺さった虎咬を引き抜き、止血を施していく。
「急所は外れてる。流石というか何というか……」
「こほっ。教育の賜物、ってね」
「怒らないでね。死ににくい切腹なんて教える方も教わる方も馬鹿じゃないの。……はい、おしまい」
「ありがと。……やっぱりね」
ひとまずの処置が終わると、ミアザは確かめるように一つ頷いた。
脇腹を刺したことで、灼けるような痛みが広がっている。しかし気管にへばりついていた閉塞感、手足にまとわりついた倦怠感は完全ではないものの軽くなった。
「お腹の傷が治ったら、動けそう」
「虎咬もびっくりしたと思うよ。自分の主を噛むことになったんだから」
シオンの言葉を聞いたミアザは、自らの血をも跡形もなく吸い込んだ宝剣の腹を指でつつく。
「とっても美味しかったのん、だって」
「減らず口が叩けるなら、大丈夫そうじゃの。……体が治ったら、また話そう」
呆れ半分安堵半分のユーゲンに笑顔で親指を立て、ミアザはすっきりした気分で目を閉じた。果報は寝て待て、である。
虎咬が祓ったのはドラグオークの邪悪な剣気まで。頭の中では相変わらず、ひっきりなしに声が響いていた。
しかし耳を澄ますとそれらはただの怨念ではなく、斬られた先祖達の会話として明瞭に聞こえてくる。
『許せなかった……自分の子供を俺は守れなかったなんて……!』
『そうか! あの子も若くしてドラグオークに目を付けられたんだね。かわいそ……』
『が、奴は致命的なミスをした』
眠っているはずなのに、頭が妙に冴えている感覚。ミアザが思い切って目を開けると、そこはベッドではなく見知った雰囲気の稽古場だった。
あちこち血で汚れており、部屋の間取りも少々違う。しかし漂っている鋭い空気は間違いなくサイレンスタイガーの剣士達のもの。
「……夢?」
『そう考えてくれて良い。ユーゲンの孫娘よ』
「!」
振り返ったミアザの目には、ただ稽古場の壁があるだけ。しかし姿は見えずともそこに誰かが立っている。恐らくドラグオークの犠牲者だ、と彼女は当たりを付けた。
『突然すまない。私達はずっと待っていたんだ。ドラグオークを倒すため、当代の
「待っていた……。ドラグオークの中で意識はあったってこと?」
『正確には
それがミアザの体内に
「私の切腹、正解だった?」
『結果を見れば、これ以上ない。その胆力、敬服するよ』
声は温かな口調でミアザを評し、すぐに元の威厳ある態度に戻った。
『だが、重要な課題が残っている。薄々分かっていると思うが』
「……私と、ドラグオークの力の差」
『そうだ。今の君では、どう足掻いてもドラグオークには勝てない。その差は才能ではない、年季だ』
ワカチャンオメ湖で戦った際の感触は、この先祖の霊にも伝わっている。
確かにミアザは天稟の持ち主。しかしドラグオークもまた、史上稀に見る鬼才。
何より数十年間、老いることもなく剣を振るい続けた剣士としてのキャリア。二十歳にも満たぬ少女に、この差は埋めようがない。
『そこでだ。我々から君に、一つ技を授けたいと思う』
「技? 一応私、免許皆伝なんだけど」
『サイレンスタイガーの中でも、虎咬の担い手にしか伝えられぬ秘中の秘だ。恐らくユーゲンは、意図して子孫に伝えておらんのだろう……
こちらってどちらよ。と思ったミアザだが、不思議と導かれるように足が向く。
その眼前に白い靄が集まり、徐々に人の形を取り始める。腰まで伸びた灰色の髪が印象的な、声の印象通り厳めしい初老の男性だった。
『我が名はリディナス・サイレンスタイガー。ユーゲン・サイレンスタイガーの父である』
「……現当主、マシェット・サイレンスタイガーが娘。ミアザ・サイレンスタイガー。お初にお目にかかります、曾お爺様」
『これより奥義【