時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第十六話

 ドラグオークの振り下ろした昏い一撃を、黄金の宝剣が横から弾く。反撃に出た虎の突きを、即座に持ち直した龍が叩き落とす。

 

「驚いた。この前とは別人だな」

「っの……!」

 

 サイレンスタイガー流剣術は鍔迫り合わない。互いに互いの得物を弾き飛ばす、あるいは使い手ごと破壊する一撃を虎視眈々と狙い続ける。

 

「その歳、その矮躯でこの強さ。間違いなく貴様は歴史に名を刻む天才だ。俺さえいなければ」

「運命にでもなったつもり? 思い上がらないでよ、落伍者(ドロップ・アウト)のくせに」

 

 ドラグオークの逆袈裟を完璧に見切り、ミアザは左斜めに踏み込みつつ躱す。そのまま複雑な文様に覆われた脇腹に体ごと刃をねじ込もうとして──唐突に標的が視界から消えた。

 

「なっ……!?」

「愚か者めっ」

 

 変則の変速、人間ではあり得ない加速。背後で膨れ上がった殺気を頼りに、ミアザは全力で身を捻る。

 半身になった分、龍の咢は甲冑のバイザーを掠めるに留まる。しかし余波だけで虎の瞳を模した意匠が抉れる。鎧越しに一瞬視界が歪むほどの威力に、ミアザは総毛立った。

 

「よく避けた。真っ二つになると思ったが」

「っ……。振りが鈍いのよ」

 

 サイレンスタイガー流剣術の練度・純度ではミアザの方が上を行く。しかしドラグオークは一門の剣術に外法の膂力を纏い、歪なまま一つの完成形に至っていた。

 

「もう分かっただろう。綺麗に殺してもらえるうちに諦めることだ」

「ちょっとちょっと、やっと体が温まってきたところでしょうが」

 

 想定以上のフィジカルを、どう攻略するか。ミアザはリディナスの教えを改めて思い起こす。

 

 

 

 

 

『自らの命を以て敵を斬る。肉のみならず魂をも断つ【虎哮】の神髄、理解できたかね?』

「ご指導有り難うございます。でも……いきなり斬られて、かなり困惑しています」

 

 床に伏し、息も絶え絶えなミアザ。

 出血はないが、立ち上がることはおろか身じろぎすらできない。どれほど激しい稽古の後でも、ここまでの倦怠感を経験したことはなかった。

 

「何だか、体中の血流が滞ってるような……」

「大量の気を相手に流し込み、内側から破壊する。とはいえ私は死人だ、流せる気などたかが知れている」

「これを、生きてる人間が撃ったら……」

 

 自身の状態から真の威力を推し量り、ミアザの背中が震える。リディナスはゆっくりと頷いた。

 

「外法で身を固めたドラグオークでも、生物である限りこの技からは逃れられん。……そろそろ立てるだろう。構えなさい」

「っ……はい」

 

 手足を震わせつつミアザが立ち上がると、リディナスも構え直す。

 

「まずは、身体全てを掌握するところから始める。私と()()()()をしなさい。単純な形だけではないぞ。細かな呼吸、身じろぎに至るまで意識して真似るように」

 

 

 

 

 

「もっと、完璧に」

 

 そう呟いたミアザの構えが、無意識に変わっていく。

 左半身のスタンスはそのまま、腰の位置で構えていた剣を右肩に担ぐように寝かせる。

 前がかりだった重心も両足の中央まで戻したその構えは、幾分か落ち着いた印象を見る者に与えた。

 

「その構え……。リディナスめ、曾孫がよほど可愛かったと見える」

 

 ドラグオークに過った苦い記憶。ミアザの構えは、かつて彼に重傷を負わせたユーゲンのそれに瓜二つだった。

 

「ハッキリ言って私、お爺ちゃんみたいに優しくないから。あんた死ぬわよ」

 

 ミアザはスルリとドラグオークの懐に潜り込む。

 より洗練された踏み込みは一切の予備動作なく、ドラグオークの業眼(マイティ・ビジョン)でも捉えきれぬ滑らかな加速を生んだ。

 

「これが虎の足運び、ってね!」

 

 虎咬(タイガートゥース)をドラグオークの腰へと横薙ぎするミアザ。

 

「体捌きのセンスは認める。が……残念ながらユーゲンのような破壊力はないわっ!」

 

 ドラグオークは間合いで外すのを諦め、龍咬(ドラゴントゥース)を振りかぶる。自身の破壊力、タフさに物を言わせた相打ち狙い。

直撃すれば鎧持ち(ガーディアン)特注の高級甲冑だろうと容赦なく引き裂く一撃が、肩口へと吸い込まれていく。

 

 それでもミアザは止まらない。腕を畳みつつ腰を一気に回し、さらに体軸を傾ける。横薙ぎの勢いがそのまま、刺突のタメへと変わる。

 

「しゃあっ『幻爪(ミラージュ・ネイル)』!!」

 

 薙ぎと突きの軌道を自在に混ぜ、相手に気づかせぬまま斬る。硬い肉を斬り裂く感触と、捥げんばかりの衝撃がミアザの両手首を揺らす。

 

「……言ったでしょ。振りが鈍いのよ」

 

 狙い過たず、ミアザの突きが先んじてドラグオークを捉えていた。棍棒のような右腕に鍔元まで深々と刺さった宝剣が、鮮血で妖しく輝いている。

 

「フン、やはり非力だな。所詮は小娘の刃だ、俺には効かない」

「はぁっ!?」

 

 が、あろうことかドラグオークはさらに力を籠め、ミアザを頭から押し潰そうとする。

 

「こんっ、の……クソボケがーっ!!」

 

 タガの外れた悪足掻きを一喝し、ミアザも虎咬を満身で押し込む。骨を断ち割る不気味な音が響き、宝剣はついに肘の手前までを縦断した。

 

「はーっ滾る、滾るぞっ。貴様らを殺せると思うと腹の底から力が溢れるのだ!!」

 

 常人ならば剣を取り落とすどころか、二度と握れないほどの重傷。しかしドラグオークはタトゥーを禍々しく輝かせ、龍咬をミアザの兜に押し付ける。

 

「喰らえっ縁魔(サ・ルヤーマ)ッ」

「はっ、ぅ……!?」

 

 至近距離から積年の妄執を流し込まれ、ミアザの脳髄が揺さぶられる。意識が怨嗟の奔流に塗りつぶされ、平衡感覚さえ曖昧になる。

 膝をつきかけたミアザの脇腹に強烈な回し蹴りが叩き込まれ、派手に地面を転がる。立ち上がろうと藻掻く彼女に、ドラグオークがゆったりと歩み寄った。

 

「ミアザ!!」

「立つんじゃミアザ! せめて逃げよ──ええいっあと二十若ければ……!」

 

 咄嗟にマシェットとユーゲンが助けに入ろうとするが、同門の亡霊がそれを許さない。

 

「……ぐっ」

 

 必死の声が届いたか、ミアザは震える足に活を入れ立ち上がる。蹴り飛ばされた弾みで兜の脱げたその顔は苦痛に歪んでいたが、まだ闘志は萎えていない。

 

「大した根性だ。だが貴様の技は俺には効かない。『虎哮』も最早、その体では撃てまい」

「ふ、ふふ……ふふふっ」

「気でも狂れたか? 案ずるな、一門揃って同じ場所に送ってやる」

 

 ミアザの漏らした笑い声に一瞬眉を顰めたドラグオーク。しかしすぐに思い直して邪剣を振り上げ……そのまま固まる。

 

「あれっトドメは?」

「……貴様」

 

 憎々しげに呟いたドラグオークの手から、龍咬が滑り落ちる。虎咬の刺さった右腕のタトゥーがその色を失い、潮が引くように彼の体から退散していく。

 

『見事だな……』

「! この、声は」

 

 不意に虎咬から聞こえた声は少しぼやけていたが、ドラグオークにとっては誰何するまでもない。

 

「リディナス……ッ!」

『ドラグオークよ。二度までも一門に刃を向けた貴様を、私達は決して許さない。貴様は最早一方的に斬り伏せられるのだ。悔しいだろうが仕方ないんだ』

 

 声の響く間にも、ドラグオークから魔性が抜け落ちていく。単に宝剣の能力というだけでは説明できない、

 

「何故だ! 何故亡霊に過ぎぬ貴様らが……はうっ」

「何でって、体に聞けば分かるでしょ。っと、あんたは後継者じゃないから分かんないかも。ごめんね」

 

 肩で息をしつつもミアザは煽る。急激に力を失い、右腕を押さえて呻くドラグオークを嘲笑うように、彼女の気力は縁魔を克服しつつある。

 

「ま、まさか。既に『虎哮(ロア)』を……」

『当たらずとも遠からずだ。相変わらず察しは良いな、ドラグオーク』

 

 リディナスの声は何かを惜しむように、ともすれば深く溜め息でもつきそうな調子だった。

 

『ミアザは宝剣を通し、一門の霊を貴様に打ち込んだのだ。貴様の体内を今、虎咬の加護を受けた我々が斬り裂いておる』

「あんたにやられた縁魔(こと)、そっくりそのままお返しってわけ」

 

 得意気に鼻を鳴らしたミアザは、右の手の平を前へとかざす。

 

「で、今から撃つのが本物の虎哮。おいで、虎咬」

 

 ドラグオークの右腕に刺さっていた宝剣が再びミアザの手の中に戻る。




更新が滞っててごめんなあっ
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