時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第十七話

 ミアザが虎咬(タイガートゥース)を構え直す。

 

「命乞い……は、聞かないけど。言いたいことがあるなら今の内よ」

 

 縁魔(サ・ルヤーマ)をねじ伏せた心臓は痛いほど脈打ち、呼吸の度に肩が上下する。消耗著しいミアザを励ますように清澄な黄金色が虎咬(タイガートゥース)から溢れ、ドラグオークの目を眩ませた。

 

「何故だ……何故貴様は虎咬に選ばれ、俺は拒まれた」

 

 左手で龍咬を拾い上げたドラグオークの肉体は、先ほどよりやや萎んで見えた。

 

「貴様もその才で、他者を踏みにじってきたはずだ……俺のように」

「……うぅん、どういうことよ」

 

 まさか本気で言ってるわけじゃないでしょ? そう言いたげなミアザだがドラグオークの目は至って真剣だった。

 

「見ただろう。あの弱き男の恨みようを」

「シビャーのこと?」

「奴は貴様に負けてからああなったんだ。満足か? 他者を叩き潰して快感を覚えるのは俺と同じではないのか」

「……あぁ、そういうこと」

 

 ミアザとて剣に打ち込む中で、他者の芽を摘んでいる。

 だというのに、何故ミアザは宝剣の寵愛を受け続けているのか。ドラグオークはそう聞きたいらしかった。

 

「分かったわ、あんたが虎咬に嫌われた理由。剣を極めたかったわけじゃない、人を見下す手段に剣を選んだんじゃ話になんない」

「……なに?」

「これでも私は剣術馬鹿でね。今まで負かしてきた人達のことを今考えてみたの。その結果」

 

 ドラグオークの本質を察したミアザは、スッキリした笑顔で言い放つ。

 

「思うところが何もない、ということが分かったわ」

 

 対峙した結果として、相手や自分がどうなるか。そんなことテレザは考えたことすらなかった。

 

「何なら私、あんたとの勝負も楽しかったのよ。負けた一回目も含めてね」

 

 ミアザは勝てるから剣に没頭しているわけではない。自分の全てを後腐れなくぶつけられる真剣勝負、その緊張感と高揚感を味わいたかっただけだ。

 

「いくら狩りの才能があったって、ネズミしか捕り行こうとしないんじゃ猫と同じよ。まっあんたは猫ほど可愛くもないからバランスは取れてないんだけどね」

「……」

「あんたみたいな奴、虎だなんて誰も認めない」

 

 誰よりも宝剣に愛されたミアザの言葉は、それまで負った刀傷など比にならないほど深くドラグオークを抉った。その顔には、ミアザを圧倒していた頃の笑みなど微塵もない。

 強き者にこそ挑み、狩る。サイレンスタイガー流剣術を継ぐ者としての資質が、彼からはぽっかりと抜け落ちていた。

 

「虎咬に選ばれなかった理由、分かった? ……もう楽になって良いわよ」

 

 ミアザはそう言って、ドラグオークへと歩を進める。

 

「しょーもないことで悩んで、苦しかったでしょ」

 

 地を滑るような足運びは一見ゆったりと、その実あっという間に宝剣の間合いへと侵入する。

 やはり一拍遅れてそれに気が付いたドラグオークは、残る力を振り絞り龍咬を頭上に掲げる。周囲を取り巻く清澄な虎の剣気に対し、自らの存在を必死で主張するように。

 

「ならば、今ここで貴様を倒せば! 俺も虎として──」

「ふっ気付くのが遅いわ。私なんて、初めて剣を握ったその日にお父さんに斬りかかったのよ!!」

 

 今度は大上段に振りかぶり、ミアザは真正面からドラグオークの胸へと宝剣を振り下ろす。

 

「サイレンスタイガー流秘奥──『虎哮(ロア)』」

 

 命のやり取りの最中とは思えぬ、極限までリラックスした動きで繰り出された斬撃がドラグオークの肌に優しく触れる。寸止めされた宝剣の輝きが一層増し、その古傷に吸い込まれていく。

 

「ぬ、ぅぅううおおおお!!」

 

 ドラグオークが膝を屈し、その口から苦悶と共に光が溢れ出す。同時に、周囲でサイレンスタイガー一門と戦っていた亡霊も色を失い、青白い靄へと変わっていく。

 

「ぐぅっ。これ、は」

 

 ミアザに打ち込まれた虎哮、さらに一門の霊によって内側から体を破壊されたドラグオークは、皺だらけで震える自らの手を目の当たりにし絶句する。

 ユーゲンが、魔性を失いただの老人に成り果てたドラグオークを見た。最早余命幾ばくもなさそうな体で立ち上がろうと、細りきった手足を震わせている。

 

「……」

「無様すぎて哀れだわ。すぐ楽にして──」

「待っとくれ、ミアザ」

 

 鬼龍派の残党を打ち払い、戦場の中心へと駆けつけたユーゲンはドラグオークの前に屈みこむ。落ちくぼんだ眼窩から眼光だけは炯々と、ドラグオークが睨み据えた。

 

「……何のつもりだ」

「何てこたぁない。兄貴と最期に、ちっとばかし喋りたくなっただけじゃ」

「貴様は気分が良いだろうな。立派な後継者ができ、裏切り者が死ぬところを目の前で見られるのだから」

「ああ。一門を裏切ったクソ兄貴に鉄槌が下る時、どれほどスカッとするか。長らく思い描いておった。じゃが……」

 

 ユーゲンは目を瞑り、首を振った。

 

「どうしてもそう思えんのじゃっ」

 

 いざ死にかけの兄を目の当たりにし、ユーゲンの胸にこみ上げてきたのは喜びや爽快感とは無縁の感情だった。

 

「何故じゃ!? 何故あの時一門を、ワシを裏切ったッ」

 

 やおらドラグオークの髪をひっつかみ、顔を上に向けさせるユーゲン。

 

「魔性に溺れ、それなしでは立ち上がれぬほど弱く、醜い……兄貴のこんな姿、ワシは見とうなかった! 何故、何故ワシら一門と共に歩んでくれなんだ!」

「落ち着いてお爺ちゃん!」

「分かっておる。分かっておるんじゃ。こやつが、本当にどれほどしょうもない蛆虫か……」

 

 ミアザに制止され、ユーゲンは力なく手を離す。その目には涙が浮かんでいた。

 

「クッククク……そうだ」

 

 ドラグオークは弱々しく地に伏しつつも、しぶとくユーゲンを嘲った。

 

「そんな蛆虫を、貴様が斬れなかったせいで孫にまで迷惑をかけたんだ。満足か?」

「……」

 

 ユーゲンが無言になった。いよいよ、二人の間で通じる言葉はなくなったのだろう。そう察し、ミアザは虎咬を振りかぶった。

 

「喋り終わった? じゃあ斬るわよ」

「あーーっミアザ斬ったらアカンて! ワシまだ喋りたいことあるんやから」

「えっ」

 

 振り下ろした刃を無理矢理止めにかかるミアザ。ギリギリのところで首を刎ねずに済んだものの、ドラグオークの首筋から血が噴き出した。

 

「貴様、ラ。お、ふ……っうぅ、ぐ」

「あわわ」

 

 決して浅くはない切り傷にミアザは狼狽える。まだ息はあるが、ドラグオークの言葉はいよいよ不明瞭になっていた。

 それでもユーゲンには、最期にかけてやりたい言葉があった。

 

「兄貴の存在は、間違いなく歴史の闇に葬られる。実直な努力から逃げて紛い物に手を伸ばし、あまつさえそれで一門を超えようとした。傲慢な愚か者よ。じゃが……」

 

 ユーゲンにとって、ドラグオークはどこまで行っても血の繋がった兄弟であり、若い時間を共にした好敵手だった。

 

「間違いなく才能だけは本物じゃった。もし本気でワシらと稽古でぶつかり合っていたなら、宝剣に見初められたのはドラグオークじゃったと、ワシからのお墨付きを与えてやる」

「──」

 

 ドラグオークが初めて見せた嘲弄でも苦悶でもない、哀愁と悔恨の相。何か言おうと口を開くが、生憎と彼には懺悔する時間も場所も残されてはいなかった。

 僅かに口元を歪めて事切れたドラグオーク。開ききった瞳孔から伝い落ちる透き通った液体は、魔性に濁りきった血潮とは似ても似つかない。

 

「……ごめん。お祖父ちゃん」

「うーんお主にとっての奴は本当にただのクソゴミだから仕方ない。本当に仕方ない。それに言いたいことは伝えられたしなっ」

 

 ニッ。ユーゲンは曇りない笑顔を見せ、孫を気遣う。さらに剣を頭上に掲げ、一門に号令をかける。

 

「ドラグオーク、討ち取ったりぃっ!」

「よっしゃあっ!」

『おおおおおおっ』

 

 ミアザの快哉が、一門の雄たけびが戦場に木霊する。主を失った召喚陣からは、最早魔物も出てこない。

 

『見事だな……』

 

 裏切り者を誅した子孫を、リディナスは称賛する。心なしかその声は、遠く霞みがかっていた。残された時間が僅かであると悟ったミアザは急いで駆け寄る。

 

「曾お爺様!」

『ミアザ。君は立派なサイレンスタイガー流後継者となった。一門の闇を祓い、さらなる高みへと押し上げるに相応しい剣士となった……』

「……感謝します」

 

 リディナスの声に反応したのはミアザだけではない。

 

「親父殿……!!」

『ユーゲン。お前にも、随分と迷惑をかけたな。血を分けた兄弟で争わせてしまったこと、申し訳なく思う』

「いいえ。ワシが、ワシがあの場でドラグオーク斬ってさえいれば、皆苦しまずに済んだのです」

『いいや。お前の優しさのおかげで、曾孫の勇姿を拝めたということになっている』

 

 そう答えたリディナスは、着実にほつれ溶けていく自らの両手を見下ろして満足したように頷く。生前はユーゲンにも見せたことのない、穏やかな笑みを浮かべて。

 

『さらばだ、我が子孫よ。これで安心して逝ける』

 

 それが合図だったように、一陣の風が砂を巻き上げる。思わず顔を庇った二人が目を開けると、そこに彼の姿は跡形もなくなっていた。

 

「……いっちゃったのね」

「ウム。親父殿は役目を終えたということじゃな」

 

 しばし感傷に浸る二人の耳に、戦場の喧騒が戻ってくる。魔物のさらなる供給は断たれたが、元々の数に物を言わせ鬼龍派は激しい抵抗を続けていた。

 

「それじゃ、私も役目を果たすわ。鎧持ち(ガーディアン)として」

 

 虎咬を携え、ミアザは一人駆けだす。

 ドラグオークが死んだ今、最早ミアザに太刀打ちできる者など相手方には存在しない。文字通りの鎧袖一触で敵陣を切り裂き、瞬く間に戦況は騎士団へと傾いていった。

 

 

 

 

 

「九九九五……九九九六……九九九七……」

 

 それからしばらく後。ミアザは驕ることなく厳しい鍛錬を続けていた。

 南部での戦いをきっかけに鬼龍派の幹部を次々と撃破したミアザの武名は王国中に聞こえ始め、サイレンスタイガーの名声もますます高まっている。

 

「九九九八……九九九九……」

 

 一心不乱に素振りを続ける。汗を拭うこともせず没頭する姿を、正式に本部配属となったオルカが眠た……誇らしげに見つめていた。

 

「五百……億!」

「やっと終わったっスか、先輩」

「オルカ。どうしたの?」

「初夏のナーデシン山恵祭が開かれるっス。前回の活躍と信用できる騎士ってことで、先輩にも声がかかったっス」

「時が経つのは早いわね……。良いわ、ぜひ協力させて」

「あざーっす」

 

 抱きついてくるオルカにも、そろそろ慣れてきた。しっかり踏ん張り、抱きとめる。

 

「今度は、誰も危ない目に遭わせないから」

「そうっスね。リベンジってやつっス」

 

 伝統ある祭りを二回連続で失敗させるなどあってはならない。

 高みを目指す一歩を踏み出すべく、ミアザとオルカは二人して頷き合った。

 

 

 

──完──




しかしきつい更新だったな内海。はい、あと一話が中々書けなかった。

ストレージ破損、執筆中のデータ全損、復旧も叶わずPC自体も買い替えでモチベーションは荼毘に付し……それでも書いていた。
一年以上間隔が空いてしまったことを恥じている。その苦しみは今も心の奥底で澱のように溜まっている。
でもね俺本当は……ここまで読んでくれたあなたには謝罪より感謝した方が良いと思う人間なんだ。
ありがとうございましたっ。
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