時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第二話

 ミアザ達が到着した日の翌早朝。天気はすこぶる良好。

 

「はーっ今年の山恵祭(さんけいさい)はとびきり豊作になりそうだなぁ」

「獣に全然齧られてないからね」

 

 シニョーラに住む少年達が林の中で、ニシシと悪戯な笑みを浮かべている。彼らは大人達に内緒で、祭りの下見に来ているのだ。

 山恵祭(さんけいさい)は年に一度だけ、普段は入らない神聖な場所の恵みまで享受することが許される特別な日。どの木がよく実っているか、野草や山菜がどこに群生しているか。

 あらかじめ知っていれば、祭りでたくさん収穫できて注目の的というわけ。

 

「おおっビッグルミがあんなに沢山実っている!」

「いっつも鳥が穴を空けてるのに、今年は無傷なんだ!」

 

 彼らはひとしきり林の中を見回った後、大人達が心配しだす前に村へと急いで戻っていく。

 もちろん獣はおろか鳥の鳴き声すら()()()()()()()ことも、山の恵みに食べられた形跡が一切なかったことも。子供達だけの秘密にした。

 

 

 

 

 

 迎えた、山恵祭の当日。地域住民はいくつかのグループに分かれ、それぞれ担当の地区で採集に当たる手はずとなっている。

 ミアザはいつもの甲冑に加え、目出しの兜を被ってナーデシンの山岳帯を進んでいた。

 無論この兜も特注(オーダーメイド)で、虎の顔を模した耳や牙の意匠が可愛らしさと獰猛さを両立した逸品。ミアザのセミロングに合わせ、後ろ髪を流すスペースも作ってある。

 黒地に黄金の筋が映える頭部の奥で橙の瞳が炯々と光り、首の後ろには深紅の後ろ髪が鬣のようにたなびく様は……。

 

「すんません先輩。やっぱ怖いっス」

 

 ミアザが戦場で醸す物騒なオーラも相まって、魔獣顔負けの異様な存在感を放っていた。

 

「ほら、あの子。先輩見て泣いちゃったじゃないスか。他の大人もドン引きなんスけど……良いんスかこれで」

「こ……こんなの納得できない」

 

 ミアザは兜の下で口をへの字にする。血で血を洗う戦場ならば強者に相応しい威圧感を与えただろうが……悲しいかな、お祭りに相応しい格好とは口が裂けても言えなかった。

 

「というか、何でフル装備なんスか。自分言ったっスよね? 新芽級(スプラウト)向けだって」

 

 呆れたようにそう言うオルカは、膝丈の帷子スカートと革のロングブーツで足元をまとめ、上半身は騎士団服の白シャツに分厚い革のジャケット、得物は大盾という出で立ち。騎士らしいフォーマルさに、ジャケットのファーが程よい野性味を加えている。

 加えて抜群のスタイルに(つや)やかな黒のボブヘアー、ミステリアスな半目に長い睫毛、厚ぼったい唇……喋りさえしなければオルカは年齢不相応の妖艶さで場の視線をくぎ付けにしていただろう。

 まあ喋るからバランスは全く取れないのだが。

 

「だって、この鎧着たいんだもん……カッコいいし……」

「そっスか。じゃあ仕方ない、本当に仕方ないっス。そんな先輩を自分は誇りに思うっス」

 

 あまりにしょうもない先輩の答えに、全てを諦めたオルカは首を横に振りながら適当に返した。

 

 

 

 

 

 草むらが林に変わってしばらく。住民が手付かずの山の恵みを大喜びで採集する中、ミアザは徐々に違和感を強め始めていた。

 

「ねえ、オルカ。……静かすぎない?」

「そりゃ街から離れて、皆さんあちこち分かれてるし当然じゃないっスか」

「そうじゃなくて。鳥でもトカゲでも、逃げ出す気配が全然ないのよ。人間が大勢で踏み入ってるのに、こんなことある?」

 

 ミアザは周辺の藪を突いたり石をひっくり返してして生物を探すが、全て空振りに終わる。どころか、新しい糞や食べカスといった生き物が住んでいれば当然あるはずの痕跡すら見当たらない。

 

「このまま進むと、まずい気がするわ」

 

 同様に周辺を観察していたオルカもミアザの真意を悟ったようで、目付きを鋭くした。

 

「確かに変っスね。もう何日も、この辺りを生き物が通ってないみたいな感じっス。これだけ食べ物があるのに……」

「とりあえず、北方士団(ノーザンナイツ)の騎士に報告しましょう」

 

 グループには必ず一人、ナーデシンに土地勘のある北方士団所属の騎士が入ってくれている。彼らに指示を仰ぐためミアザが集団の前に行こうとした瞬間、

 

「ぅ ぁ あ あ ぁ……」

 

 小さく、だが痛々しい悲鳴が聞こえた。周囲の住民にも聞こえたようで一様に採取の手を止め、不安そうな表情を浮かべる。

 オルカが小声でミアザに囁いた。

 

「間に合わなかった、っスか?」

「慌てないで。私達まで不安になったらおしまいよ」

「グループ『(セイバー)』の護衛一同、集合を要請する!」

 

 折良く、北方士団所属の男性騎士が凛々しく呼びかけてくれた。彼は七年目になる中堅で、真面目な仕事ぶりには定評があった。

 

「聞こえた方角から、恐らく悲鳴は『(ホルン)』の者と考えられる。周辺では存在を確認できないが、猛獣に襲われた可能性もある。私と共に現場に来てくれる者はいるか?」

「私が出るわ」

 

 ミアザは真っ先に手を上げる。緊急事態の今こそ、自分の力の見せ所だ。

 

鎧持ち(ガーディアン)が来てくれるならばありがたい。残った騎士は、この場で住民の護衛を頼む」

「了解っス」

 

 背負った大盾を振りかざし、オルカが力強く応じた。彼女含む三名の騎士に住民を任せ、ミアザは男騎士と共に悲鳴の出所を目指す。

 

「大事じゃなければ良いけど」

「うむ。しかしあの悲鳴は……む」

「うっ。これ、は」

 

 ある程度進み、ミアザは思わず鼻を押さえた。何度も嗅いでも慣れることはない、濃密な血の臭いが風に乗って漂ってきた。

 悪い予感ほどよく当たる。目と鼻の先で、惨劇が起こっていた。

 

「私が先陣を切る。事態を把握したら、すぐ皆の所に戻って街へ帰るように」

「かたじけない」

 

 堅苦しい感謝の言葉に苦笑しつつ、ミアザは男騎士の前に出て臭いの元を辿る。

 

「不謹慎だが、鼻が曲がりそうだ……気分が悪い」

「無理はしないでちょうだい。ここでダウンされても、介抱できないから」

 

 人間の鼻を強く刺激するほどの血液がまき散らされれば、捕食者から逃げるなりおこぼれを狙うなり周辺の生物に動きがあるはず。だが、やはり鼠一匹見当たらない。

 ミアザはその謎に一つの仮説を立て、男騎士に問う。

 

「この辺、普段は人が入らないんだっけ?」

「うむ。ナーデシンの人々は信心深い。山は神聖な土地だとして、人間が管理する場所を極一部に限っているんだ」

「もう一つ。今は秋よね。毎年この時期、野生動物が山から下りて来るはず」

「大型動物の定石だな。厳しい冬に備えて食欲が旺盛になったりする」

「最近、そういう事件あった?」

「……最後に聞いたのは、半月ほど前になる。今年は例年よりかなり少ないな」

「なるほど。ありがと」

 

 ミアザは何度か頷き、自身の仮説に確信を得た。

 

「周囲に生き物がいない理由、何となく見えたわ」

「アッ……アガッ……」

 

 言葉と同時、木々の間から呻き声が漏れ聞こえた。ミアザの背後で男騎士が息を飲む。

 続いて、グジュリ。と刃物が肉に食い込む水音がした。同時に呻き声が止み、後には猫が鼠を齧るような音が断続的に響き始める。

 

「喰っている……のか。人を」

 

 男騎士が堪えきれなくなったように口を開く。すっかり血の気が引いているが、騎士としての使命感が彼をこの場に踏み止まらせていた。

 

「そうね。そして、ソイツが喰ってるのは多分人だけじゃない」

「! 野生動物が山を下りてこない理由って。ま、まさか」

「そうよ。目ぼしい動物はみーんな、ソイツに喰われたってわけ。そりゃ山の恵みも手付かずなわけだわ」

 

 ついにミアザ達は、肉眼で『ソイツ』の姿を捉えた。

 体長は一般に知られる熊を優に超える十メートル程。長すぎる前足を窮屈そうに折り曲げ、頭をしきりに上下させている。

 でっぷりと太った腹、対照的に細くしなやかな尾をはじめ体全体は暗褐色の太く長い毛で覆われている。平たく押し潰されたような不細工な鼻に、異様に赤く巨大な目。そしてその巨体にすら不釣り合いなほど、蛇のようにほぼ水平まで開く顎。

 事切れた少年を一心不乱に貪っていたのは、デフィ・フティワン。様々な動物の特徴を乱雑に繋ぎ合わせたような不格好で歪な魔獣だった。

 

「うっ、! ……ぅげっ」

 

 酸鼻を極める光景に、男騎士が堪らず嘔吐する。ミアザは点々と周囲に散らばった物を観察し、喰われている少年を含め犠牲者は四名と推測した。

 このまま放置すれば、さらなる犠牲者が出るのにそう時間はかかるまい。

 

「デフィ・フティワンを確認。既に四名が死亡。『鎧持ち(ガーディアン)』ミアザ・サイレンスタイガーが応戦する。復唱できる?」

「ゲホッ! デフィ・フティワン、を確認。す、既に子供四名が死亡。『鎧持ち(ガーディアン)』ミアザ・サイレンスタイガーが……応戦する」

「よろしい。じゃあ立って、逃げて、伝えて。私の腕とあなたの足に、グループ『(セイバー)』の命が懸かってる」

「分かった。貴女も……死なないで」

 

 彼の言葉は純然たる善意から出たものだったが、ミアザは不遜にも笑い飛ばす。

 

「誰に向かって言ってるのよ。サイレンスタイガーの剣術は、例え天変地異が相手でも斬ってみせる。裸の魔獣ごとき、軽く捻ってやるわ」

 

 魔獣とは、魔物を束ねる上位の存在。デフィ・フティワンも四つ足の小型魔物を多数従えているのが常だ。しかし今は何故か単独で行動しており、脅威度は大きく下がっていた。

 男騎士が元来た道を引き返すのを確認し、ミアザは腰に提げた幅広の直剣をホルスターから外す。

 肉厚の刀身、武骨な黒い柄に金色の大きな鍔と外見は普通の十字剣。

 しかしそこはサイレンスタイガー一門に伝わる秘宝中の秘宝。開祖の時代から五百年もの間戦場で血を吸い続け、一切の傷も錆もない稀代の業物である。

 

「ほら、起きて」

 

 眠たそうに鈍色の光を返す得物を指で小突き、ミアザはその名を呼ぶ。

 

「食いちぎるわよ──『虎咬(タイガートゥース)』」

 

 呼応するように、刀身が黄金色の燐光を放った。

 

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