時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第三話

 デフィ・フティワン。記録が残る限り最古、そして現在に至るまで最も被害報告の多い魔獣である。

 古代ボッボパン語でデフィは「病」、フティワンは「殺戮」。流行り病に勝るとも劣らぬ速度で人を死なせるということ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、それほどの脅威と認識されていた。

 とはいえ彼らに害意はあれど悪意はない。犠牲者四人の手足を一本ずつ捥いで喰ったのも、ただ餌を食べやすい形にしただけ。

 

「……?」

 

 何かの気配を感じ、デフィ・フティワンは少年の腸を貪るのを止めて左方を気にした。外敵など皆無に等しい魔獣にとり、食事より周囲の警戒を優先するのは極めて稀なことであった。

 

「そこまでよ。この『鎧持ち(ガーディアン)』ミアザ・サイレンスタイガーがゴミ処理してやるわ」

 

 その視線の先にいた少女……ミアザは、ずかずかとデフィ・フティワンへ向かって歩を進める。

 

「……」

 

 魔獣はそれを威嚇するでもなく、小首を傾げて見つめていた。

理解できなかったのだ。何故この餌は、自分を恐れないのか。今まで魔獣に出会った餌は、等しく顔に恐怖を貼り付けていた。例え先ほど喰った少年の両親のように、立ち向かってきたとしてもだ。

 両者の距離がみるみる縮まる。もう一歩踏み込めばミアザの刃も届く間合いに入る。

というところで魔獣は動いた。長い前足を横に伸ばし、乱暴に薙ぎ払う。

 

「バウッ」

 

 何のことはない。寄ってきた羽虫は人間も手で払うだろう。仮に虫を殺してしまっても、罪悪感などないはずだ。

 成人男性の胴回りほどある前足は不気味にしなりながらミアザに迫り……突如軌道を変えてその背後に着弾した。かき混ぜられた落ち葉が騒々しい音を立てる。

 

「間抜けで助かるわ」

 

 ミアザの静かな声と同時、デフィ・フティワンの短くなった前足から夥しい量の出血が始まった。

 

「ホギャッ!?」

 

 見れば前足は肘の手前で切断されており、切れ端はその現実を受け入れられないかのように小さく痙攣を続けている。

 悲鳴を上げて後退ろうとする魔獣。未知の痛みと相手に混乱し怯える相手に、ミアザは大上段を振りかぶる。

 

「そっか。あんたは今まで自分より弱い奴にしか会えなかったから、強い奴には怖がるしかできないのね」

 

 魔獣の血を吸った虎咬(タイガートゥース)の刀身が、黄金色の輝きを増す。血肉を吸わせ続けることでこの宝剣は自己修復機能、さらに魔法への強い抵抗力を獲得している。

 斬れば斬るほど万全になっていく一方で、相応しくない者が握ればそいつ自身の血肉を餌として食らい尽くす獰猛さも秘めていた。

 

「ホアギャギャァーー!!」

「……かわいそ」

 

 恥も外聞もなく背を向けた魔獣へ向け、ミアザは無慈悲な一刀を叩き込んだ。

 黄金色が触れた端から、魔獣の体を左右に分かつ。頑健なはずの筋繊維を容易く引き裂き、骨盤や背骨すら手応えなく断ち切る虎の一噛み。

 

「討伐完了。はぁー……」

 

 声も出せず絶命したデフィ・フティワンを見下ろし、ミアザは大きな溜め息を一つ。魔獣には快勝したが、それで犠牲者が生き返るわけではない。

 とりあえずまだ顔が残っている犠牲者の目は閉じてやり、パーツもそれぞれでまとめることにする。騎士は必死で抵抗した分なのか、元の三分の二程度しか集まらなかった。

 

「よし。じゃあ(セイバー)の皆と合流、いや。先に(ホルン)の安否を……?」

 

 どちらの行動も間違いとまでは言えないが、迷って時間を無駄にしてしまうのが経験不足と団長に指摘された所以。慣れない南部への遠征にミアザが選ばれなかった理由である。

 

「あぁっ……何てことを」

「! (ホルン)の護衛ね?」

 

 逡巡するミアザの元に、震えた呟きが流れてきた。大きなカエデの陰から若い騎士の怯えた顔が覗いている。

 

「はい。シビャー・オーサムと申します。ミアザさんは、(セイバー)の護衛担当ですね」

「ええ。悲鳴が聞こえたから」

「ありがとうございます。僕達では、魔獣に抵抗できなくて……皆さん、不安がっています」

 

 シビャーは胸ポケットをぎゅっと握り、ミアザに一つ提案した。

 

「あの、よろしければ(ホルン)の待機場所へ来ていただけませんか? 魔獣を倒した本人に声をかけていただけたら、少しは元気が出ると思うんです」

「分かったわ。大変だったわね」

「……ありがとうございます」

 

 魔獣の存在が脳にこびりついているのか、シビャーの歩みはひどくゆっくりなものだった。

 

「シビャー大丈夫? 何かフラフラしてるけど」

「はい。どうということはありません」

 

 そう答えるシビャーの首筋には尋常ではない汗が浮いていた。いかに緊張しているとはいえ、真夏もかくやという量。

 流石にこれ以上は自力で歩かせられない。とミアザが手を貸そうとしたその時だった。

 

「ミアザさん! 助けて!!」

 

 息を切らせた妙齢の女騎士が半泣きで駆けてきた。

 

「何があったの?」

「オルカさんがっ……オルカさんが魔獣に襲われたぁっ!!」

「何ですって!? 案内してっすぐに!!」

「えっ。僕はどう……」

「ごめん、後!!」

 

 ミアザはシビャーに謝罪しつつ、女騎士についてその場を後にする。彼の体調も心配ではあるが、オルカには代えられない。

 置いて行かれたシビャーは独り言ちる。

 

「……あいつがいるなんて、僕は聞いてないぞっ」

 

 

 

 

 

 

 時は少し戻り、ミアザがデフィ・フティワンと交戦し始めた頃。

 ミアザ達の帰りを待つ(セイバー)の住民達に、少しずつ不安の色が浸透してきていた。

 

「何か……帰り遅くない?」

「もしかして、様子を見に行った騎士さんに何かあったんじゃないですか?」

「だ、だとしたらまずいよ。今戦えるは三人の若い騎士さんだけだよ」

 

 そんな会話を漏れ聞いたオルカはやおら立ち上がり、背中の大盾を地面に突き立てた。

長身の彼女は立ち上がっただけでも人目を引く。さらに武器まで出したのだから、周囲の視線を一身に受けることになった。

 さらに盾を頭上へダイナミックに振り回し、ピタリと残心を決めるオルカ。思わず子供から拍手が起こるほど、その動きは堂に入った見事なものだった。

 

「皆さん、大丈夫っス」

 

 注目を集めたオルカは、力強く宣言する。自分達が不安になったらおしまいだから。

 

「ミアザ先輩は、自分の何倍も強いっスから!」

 

 思い返せば、本部へ配属で天狗になっていたオルカの目を覚まさせたのがミアザ・サイレンスタイガーという騎士だった。

 完全武装のオルカを、彼女は虎咬(タイガートゥース)どころか訓練用の木剣すら使わず叩きのめした。甲冑姿とは思えぬ機動力、大柄なオルカを体当たりで盾ごと吹き飛ばす体術……どれもオルカの常識ではあり得なかった。

 史上最年少の「鎧持ち(ガーディアン)」は、次元が違った。地面に這いつくばり、井の中の蛙を思い知らされた。

 

『私に会えて良かったわね。弱いってことは、強くなれるってことよ?』

 

 ベキベキに心をヘシ折った後、ミアザがオルカにかけた激励の言葉である。

 以来、オルカはミアザに付いて歩くようになった。渋るミアザを口説き落として相部屋になり、稽古にも毎日同伴し汗を流した。

 そんなオルカだからこそ断言できる。

 

「あの人が負けるはずないっス」

 

 彼女の本心が伝わったか、張り詰めていた空気が少し緩んだように感じられる。そこへタイミング良く獣の悲鳴が響き、ゆっくりと落ち葉を踏みしめる音も近づいてきた。

 

「ほら! やっぱり大丈夫だったっス」

 

 オルカが小走りで迎えに出る。

 そこには、木の幹に体を預けている血塗れの男性騎士がいた。

 

「に。逃げ、ろ」

「えっ」

「魔獣は、()()()()んだ……っ。伏せろ!!」

 

 地面に倒れ込んだ男性騎士の言葉をオルカが理解しきる前に、事態は動き出す。

 藪の奥から突如、黒い腕が飛び出してきた。ギリギリで反応し大盾を構えたオルカだが、人ならざる膂力に勢いよく突き飛ばされる。

 

「一体何……ガッ!?」

「いやぁぁあ!! 魔獣……魔獣がいるゥ!!」

 

 元いた場所まで転がされたオルカに駆け寄ろうとした一人の騎士に、続いて伸びてきたもう片方の腕がクリーンヒット。吹き飛ばされた彼は巨木に叩きつけられ、ぐったりと動かなくなった。

 

「デフィ・フティワンだ、魔獣が出た!!」

「ヒィィッ、何だってそんな奴がいるんだよっ!?」

「落ち着くっスよっ!!」

 

 一気にパニックに陥る住民達を、オルカは盾を構え直して一喝した。さらに敵が潜んでいるであろう藪を殴りつけ、飛び出してきたデフィ・フティワンの頭を盾で抑えつける。

 

「自分が時間を稼ぐっス。タッスィローサさん!」

 

 二人が戦闘不能、オルカはデフィ・フティワンの足止め。悲鳴を上げていた妙齢の騎士に、オルカは

 

「皆さんを連れてここから離れるっス。できれば、ミアザ先輩に連絡も」

「わ、分かった……!」

 

 多数の足音が遠ざかっていくのを聞いたオルカは押し合いを一度やめ、盾を構え直した。

 

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