時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第四話

 のそのそと怠惰な動きで藪の向こうから現れたデフィ・フティワンは、体長7メートル程。同種の成体としてはハッキリ言って小柄な部類に入る。

 きょろきょろと周囲を見渡す動きは、どこか困惑しているように見えた。が、まだ人間が健在なことに気が付くと獰猛に腕を振り回して襲い掛かってくる。

 

「……っ!」

 

 最初の強襲を受け止めた際の痺れが、まだ両腕から取れない。剛腕に対して斜めから盾を合わせどうにか捌き続けるオルカだが、じりじりと後退させられていく。

 

「ウガッ! ゴアアッ!!」

「……アンタはパワーはある。でもそんだけっス」

 

 防戦一方。度重なる衝撃に、オルカの腕から徐々に感覚がなくなっていく。

 元々魔獣には、五年以上の魔物討伐経験を積んだ騎士を五人は揃えて挑むべきとされている。単身で虐殺できるミアザが埒外すぎるだけで、入団二年目の新芽級(スプラウト)ならばここまで耐えている時点で出来すぎと言える。

 

「もっと強い奴に、自分は会ったことあるっスよ」

 

 身体能力に胡坐をかいていた半年前、本部に配属されたばかりのオルカなら間違いなく瞬殺されている。ここまで粘れているのは、他ならぬミアザとの稽古の成果。

 腕だけでなく下半身も使って打撃の威力を吸収する。無理に反撃せず守りに徹し、相手の動きを観察する。基本を愚直に繰り返し、オルカは猛攻の隙間を窺う。

 

「……勝負っス」

 

 不意にオルカが身を沈め、頭を庇うように大盾をかざした。好機と見たかデフィ・フティワンは貧弱にも見える後ろ足で立ち上がる。

 

「ゴァアーーッ!!」

 

 異様な咆哮と共に長すぎる腕が振り下ろされ、盾ごとオルカを押しつぶす──前に、背後にあった二又の巨木を直撃した。

 

「よしっ!」

 

 偶然ではない。力負けし後退を余儀なくされつつも、オルカは巧妙に下がる方向を変えこの場へと誘導していた。

 頭上にかざした大盾を腰だめに引き、地面と平行にする。(カイト)型の盾の上部には立派なエッジが付いており、殺傷力は十分。

 

「乾坤一擲の一撃ってやつっス。喰らえっ!!」

 

 残る力を総動員し、オルカが吠える。魔獣の土手っ腹に、海獣モビー・ディックの牙が深々と突き刺さった。

 

「ホァッ……!?」

「……タフすぎる。タフさの次元が違うっスね」

「ゴアッ、~~!!」

 

 オルカの顔が悔しさと疲労で歪む。

 手応えはあった。しかし、分厚い皮下脂肪に阻まれ命には全く届いていない。デフィ・フティワンは一瞬痛みで身を震わせたものの、オルカを撃滅すべくすぐさまもう片方の腕を伸ばす。

 

「しかも意外と根元まで行ってる……!!」

 

 後ろに逃れようとしたオルカだが、突き刺さったエッジは元が捕食者の牙だけあり全く抜けない。仕方なく大盾を手放し、間一髪難を逃れる。

 残ったのは腹から不格好に大盾を生やしたデフィ・フティワンと、素手のオルカ。

 

「ふーっ。流石にこれ以上は無理っスね……でも」

 

 得物を失い、なお標的は健在。自身の疲労も深刻。それでもオルカは薄く笑っていた。

 

「ちょっと嬉しいっス。自分一人でも、魔獣からここまで時間を稼げる」

 

 今までやって来た鍛錬は、無駄ではなかった。そう確信が得られたのは、素直に嬉しい。あとは……

 

「で、あの先輩はいつ助けに来てくれるんスかね」

「今でーす!!」

 

 独り言に答えが返ってくると同時、突然オルカの頭上が明るくなった。右手に虎咬(タイガートゥース)を携えたミアザが、豪快に木々を薙ぎ払いつつ猛スピードで突進してくる。

 

「可愛い後輩をいじめる奴には……」

 

 デフィ・フティワンが何かする暇も与えず、ミアザは剣を振り回しながらオルカの眼前を一直線に駆け抜ける。

 

「死のペナルティね!!」

 

 ミアザがブレーキを掛けた瞬間、デフィ・フティワンの体が弾けるようにして解体され崩れ落ちた。何が起きたかすら分からないまま全身を細切れにされ、無感情で最期を迎えたのはいっそ幸せだったかもしれない。

 オルカがそう思ってしまうほど、魔獣の死体は無惨な有様だった。ミアザの想像を絶する身体能力と剣技への正直な感想が、感謝よりも先に零れる。

 

「……マジっスか」

「マジです」

 

 ミアザは特別なことなどしていない。ただ相手に近づいて(なます)にしただけだ。

 

「本当に、助かったっス。 先輩はやっぱ凄いっス。いくら良く斬れるからって、あんな細切れに……」

虎咬(タイガートゥース)が? 錆びない折れない、刃こぼれも勝手に直るし魔法も斬れるってだけで、肉を斬る分には普通の剣と一緒よ」

 

 つまるところ、魔獣を真っ二つに断ち割ったり細切れにするのはミアザの技量というわけで。

 

「それで魔獣があんなになるんスか。……こんなの、人として納得できないっス」

「納得しなくて良いわ。鎧持ち(ガーディアン)はルール無用。でしょ?」

 

 どこか不服気味なオルカにミアザはパチッと悪戯っぽくウィンクし、剣を収めて言った。

 

 

 

 

 

 二頭のデフィ・フティワンが出現したという情報は他のグループにも伝わり、ナーデシン山恵祭(さんけいさい)は即刻中止された。

 不幸中の幸いは、ミアザの見つけた四名以外に死者は出なかったこと。

 

「申し訳ございませんでしたっ」

 

 北方士団(ノーザンナイツ)とその他騎士一同、地域住民に対して誠心誠意謝罪する。例年大きな事故が起こっていなかったため、警戒がおざなりになっていたのは事実である。

 

「ウム……」

 

 住民側の代表者は、顎髭を撫でつつ背筋を伸ばした。

 

「魔獣は迅速に討伐されました。我々がこうして帰って来られたのも、ひとえに騎士の皆様方のおかげです」

「……あれっ?」

 

 穏やかな語り口だった。市民に犠牲が出るなど、王都であれば特大の不祥事。何を言われるか身を硬くしていたミアザは思わず声を漏らし、周囲の視線を感じ慌てて口をつぐむ。

 声は届かなかったのか、聞こえないフリをしてくれたのか。代表者はよどみなく話を続けてくれた。

 

「聞くところによると犠牲になった子供は昨日、友人と先んじて山に入っていたとのこと。それがナーデシンの怒りに触れてしまったのなら、子供達を監督できなかった私達にも責任があります」

 

 信心深いというナーデシン。その一端が見える考え方だった。

 住民との話し合いが想定よりスムーズに終わったため、ミアザとオルカは騎士団内の事情聴取に協力することとなった。

 

「まずはミアザ・サイレンスタイガー殿とオルカ・シャチャーマ殿。デフィ・フティワンの討伐、深く感謝します」

 

 北方支部の建物内にある応接室にて北方士団(ノーザンナイツ)の団長リューゼイン・ロングハイトは、二人に向けていきなり片膝をつく最敬礼をする。地方勤務とはいえ団長ともなれば、年若い鎧持ち(ガーディアン)より発言力がある。ミアザは慌てて立ち上がった。

 

「ちょっと待ってくださいリューゼイン団長! 困ります」

「いいえ、これは(わたくし)の義務です」

 

 リューゼインはたっぷり十秒ほど頑として動かず、栗色のセミロングを床に垂らしたまま彫の深い顔を伏せていた。

 ようやく座り直し、彼女は今回の事件で不自然な点を共有していく。

 

「デフィフティワンは二頭。配下も連れていなかった。相違ありませんね?」

「はい。両方とも単独、しかも片方は……」

「本人から聞いています。貴女にデフィ・フティワンを任せ、元来た道を引き返していた彼の前に……突如二頭目が現れたと」

 

 魔物や魔獣は本能で動く生き物だ。近くに人間がいれば、よほど満腹でもない限り捕食を試みる。ミアザがいなくなった瞬間を狙って襲い掛かるとは考えにくい。

 

「そもそもかの魔物は、この辺りでは長らく目撃されていませんでした。それが突然二頭というのは、あまりに不自然です」

「もしかして、あいつらはここに()()されたんじゃないっスか?」

 

 オルカの口から出た「召喚」というワードに、リューゼインは鋭く頷いた。

 

「確証はまだありませんが、そう考えれば辻褄が合う」

 

 魔物の持つ膨大な力は、魔臓(デーモン・ハート)という部位に蓄積されている。凝縮された邪悪なエネルギーを使い、魔物を呼び出すのが召喚と呼ばれる魔法。

 召喚以外にも火竜(サラマンダー)の魔臓を用いて業火を噴き上げたり、蛇神(ナーガ)の魔臓から強烈な神経毒を取り出せる。

 しかし魔臓に触れた者は親しい者を認識できなくなる、何もない場所で敵に狙われている錯覚に陥るなど精神に異常をきたしていく。悲惨な末路を辿った者も、数多く記録されている。

 

「魔法は王国でも『外法』と否定されているっス。大っぴらに実行すれば、厳罰は免れないっスよ」

「それでも、使う奴らはいる。……鬼龍派(イビル・デビル)が、一枚噛んでるかもね」

 

 ミアザが忌々しい名を呼び、眉根を寄せた。

 鬼龍派(イビル・デビル)。魔法に魅せられた連中による秘密結社であり、魔法を発展、普及させるために人体実験や環境破壊、誘拐、洗脳を繰り返している。

 

「何にせよこの事件、一筋縄ではいかなさそうです。他に気になることは?」

 

 リューゼインの言葉に、ミアザはずっと気になっていたことを尋ねる。

 

「シビャー・オーサムという騎士は無事ですか?」

 

 森の中で体調を崩していた騎士は、何故か怪我人として名が挙がらなかった。

 

「はい? それは一体……?」

「一頭目のデフィ・フティワンを討伐した後に会った騎士なんです。体調が悪そうだったので、心配していたのですが」

「シビャー・オーサム……シビャー?」

 

 参加者名簿をめくるリューゼインの表情は、みるみる強張っていった。

 

「そのような者は、今回の作戦には参加しておりません」

「! ……何てこと」

「参加してないって、どういうことっスか?」

 

 理解が追い付かないオルカに、ミアザは端的に返す。

 

「私が見たシビャーって奴は、騎士じゃないってことよ!」

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