時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

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第五話

「シビャーは私達に紛れて、魔獣を操ってた可能性が高いわ」

 

 ミアザは自らの間抜けさに歯噛みした。

 様々な地域から騎士が集まった都合上、全員の顔と名前と所属を一致させることなど不可能だ。ゆえにそれっぽい服を着た人間を、別の地域から来た騎士だろうと思いこんでしまった。

 

「やけに歩くのが遅かったり、別の場所に誘導したり。私をオルカ達から引き剥がす狙いだったのね」

「各地に応援を要請したことが、こんな形で利用されるとは……。急ぎ、そのシビャー・オーサムという男を捜索せねば」

 

 リューゼインの指揮下、騎士団総出の捜索作戦が始まった。が、魔獣の召喚に使ったと思しき陣地が見つかっただけに終わる。木の枝を組み合わせたそれの周辺には、まだ新しい足跡が残っていた。

 ミアザは地面をつま先で掘りながら舌打ちする。

 

「シビャー自身も、この陣地からどこかに召喚される形で逃げたのかもね」

「人間を召喚なんて、できるんスか? 魔法の恩恵を受けられるのは魔物だけっスよね」

魔臓(デーモン・ハート)に魅入られた人間は、魔物と同じよ」

 

 言いながら、ミアザは虎咬(タイガートゥース)を抜き放つ。

 

「陣地は二度と使えなくしておきましょう。リューゼイン団長、よろしいですね?」

「え、ええ。できるのならば……」

「お任せを。……しゃあっ」

 

 陣地へ向け、ミアザが勢いよく刃を振り下ろした。

 

「おっ? ……何か、空気が綺麗になった気がするっス」

 

 陣地の他、見えない邪な何かが断ち切られる気配を全員が感じ取った。召喚陣は効力を失い、折れた枝の集まりに戻る。

 一般的に魔法と接触した物は、ドクダミの灰をまぶし、大量の清水にさらした後の毛皮にくるむことでようやく浄化される。

 しかし怯え竦んだ魔物を冷酷無情に噛み殺すこと五百余年。国獣と同じ虎を家紋に賜るサイレンスタイガー一門の誇る宝剣は、そんな常識とまるで無縁な力で以て魔を祓う。

 

「ミアザ殿、感謝します。……もう夕暮れ、これ以上は危険です。捜索は止めましょう」

 

 秋晴れの心地よい日差しはいつの間にか陰り始め、人間の目では危険な時間帯に差し掛かっていた。ミアザとリューゼインは、再び北方士団(ノーザンナイツ)の宿舎で話し合いを持つ。

 

「今回の件、北方士団(ノーザンナイツ)だけで収まるとは思えません。何卒、本部のお力添えを──」

「分かってますから! そんなに頭を下げないでください……やりづらいです」

 

 ひとまずリューゼインが騎士団本部に直接出向き、協力を仰ぐことで一致した。

 

 

 

 

 

「やめろっやめてくれ……!」

 

 召喚魔法によってナーデシンから離れたシビャー・オーサムは、何もない暗闇で一人震えていた。彼は今、自らが召喚したデフィ・フティワンの犠牲者に復讐される幻覚を精神に打ち込まれている。

 喰い荒らされ、内臓がはみ出した子供の胴体に大人の手足が無理やり繋がれたおぞましい姿。シビャーに掴みかかったそいつはしきりに上半身を前後させ、ない頭で何度も彼にかぶりつく。

 

「うぁっあっぁああああ!!」

 

 絶叫した彼は胸ポケットにしまった魔臓(デーモン・ハート)を反射的に握り締め、辛うじて正気を保つ。

 

「はぁ、はっ。っ! うげっ、ぶ……ぅ、あぁっ」

 

 口の中に満ちる胃液の不快感ですら、今のシビャーには生を実感できる有難いもののように感じられた。

 

「たかがデフィ・フティワンを二()呼んだだけでその有様なんて、貴様には失望したよ」

 

 ようやく人心地付いたシビャーの元へ、一人の男が現れた。詳細な容姿は闇夜に隠されているが、醸す存在感だけで万人が筋骨隆々の武人であると判断できるほどその身は鍛え上げられていた。

 シビャーは慌てて片膝立ちになり、恭順を示す。先ほどまでの錯乱ぶりが嘘のような判断力であり、それだけこの男がシビャーにとって絶対的な存在であることの証左でもある。

 

「も、申し訳ございません。ナーデシンへの人的被害は、南部よりずっと軽微なものに……」

「構わん。何よりも住民に死者が出たことが大事だ。ぶっちゃけ被害規模なんてどうでも良いんだ、住民に死者さえ出ればなあ」

 

 男は鷹揚にシビャーへと歩み寄る。その手には真新しい魔臓(デーモン・ハート)が握られていた。

 

「シビャー。騎士団への入団試験で落第し家を追われた弱き者。我々『鬼龍派(イビル・デビル)』は、そんな蠅にもなれぬ蛆虫ですら蝶にしてやれる。見たか? 貴様の呼び出した魔獣に成す術なく殺された騎士を」

「……はい」

「これが今の貴様の力だ。その辺の騎士など及びもつかぬ」

「はっ。ありがとうございますっ」

 

 もはや平伏するシビャーに、男は新しい魔臓(デーモン・ハート)を差し出した。

 

「これを取れ。真に魔道を開けば、その幻覚も取り除かれる」

 

 

 

 

 

 リューゼインを連れてミアザとオルカが帰還した王都では、ナーデシンの話題が持ちきりとなっていた。

 

北方士団(ノーザンナイツ)屈辱!!』

『デフィ・フティワンに騎士が敗北KO』

『住民多数が荼毘に付す』

 

 センセーショナルなタイトルの瓦版があちこちで飛ぶように売れており、その辺の騎士が市民の団体に絡まれること相次いでいるようだった。できる限り人目を避け、三人は騎士団本部の門をくぐる。

 

「何ですかこれは……。醜聞です、我々の醜聞が飛び交っています」

「情報の拡散が早すぎるわ。いくら王都民が馬鹿で愚鈍で平和ボケで扇動されやすいとはいえ……」

「ミアザ殿やめましょう。他ならぬ王都の方々に聞こえますよ」

「でも、先輩の言う通りっス。自分達が帰ってくるより早く情報が広がるなんて納得できないっス」

「それは、確かに。何者かが事件を吹聴しているのかもしれませんね」

 

 閑散とした騎士団本部の敷地内を見るに、団長ら本部の主戦力は南部の戦線から未だ帰っていないらしい。どうしたものかと悩みながら建物内に入った三人を、景気の良い胴間声が迎えてくれた。

 

「お! リューゼインじゃぁないか! ミアザも一緒とは、都合が良い。ナーデシン山恵祭(さんけいさい)事件の詳細を教えてくれよ」

「先生、こほんっ。……失礼、モルトゥヤ本部副団長。ご無沙汰しております」

 

 モルトゥヤ・ママサ。平民出身でありながら騎士団外にも人望厚い本部副団長であり、団長が留守の間の指揮を任されている。

 

「はっはぁーっ他人行儀で寂しいじゃないかリューゼイン! 偉くなってもお前は俺の教え子よ。遠慮なく『先生』と呼びなさい」

 

 公的な地位の他、彼は個人で剣術や体術、馬術まで教える塾を開いている。リューゼインを筆頭に、ここから羽ばたいていった騎士は数多い。

 場所をモトヤの私室に移し、三人から事件の経緯を聞いたモルトゥヤは、顔のパーツを中央に寄せた。

 

「そうか。確かに、鬼龍派(イビル・デビル)が関係していると思えば諸々繋がるな。これを見なさい。今は流石に落ち着いたが、五日ほど前にはこんな噂まで出回ったんだ」

 

 モルトゥヤが見せてくれた瓦版には同伴していた鎧持ち(ガーディアン)も敗北した、北方士団(ノーザンナイツ)の団長が逃亡したなどという根も葉もない戯言が書かれていた。

 

「先輩負けたんスか? ……あっ待つっス先輩人の肘はそっちには曲がらな……!!」

 

 しょうもない軽口を叩いた後輩を制裁しながら、ミアザは吐き捨てる。

 

「……殺したくなってきますね。こんなのばら撒いた奴も、信じる奴も」

「ミアザ。気持ちは分かるが、まずはこれの原本を作った奴をとっちめる必要があるんだ」

「待ってください先生。確かに風説の流布は禁止されていますが……騎士団のスキャンダルを、騎士団が取り締まって良いのですか?」

「はっはぁーっ他ならぬリューゼイン(お前)が事実無根と言うじゃないか。可愛い教え子の濡れ衣はコネでもツテでも何でも使って晴らすのが師の務めよ」

 

 ニヤリ、とモルトゥヤが口元を歪めた。

 

「水面下の面倒事は私に任せなさい。君達の仕事は、鬼龍派(イビル・デビル)のさらなる攻撃に備えることだ」

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