それから数日間、ミアザは精力的に外へと出た。自身の健在をアピールすることで、妙な噂を沈静化させるため……というのは理由の半分。
半分以上は、団長らが未だ帰ってこないためだ。一昨日やっと南部の戦線から伝令が来たと思ったら、想像以上に魔物共の攻勢が激しく鎮圧には時間を要するとのこと。単純に本部の人数が減り、その分残った団員の仕事が増えている。
「ってことで、今日も今日とて王都のパトロールをするわけだけど……どこ行く?」
騎士団本部の目前にある噴水広場で、ミアザは気だるそうに水面を弄ぶ。上質な白い御影石の器とそこに満たされた清水は、朝日に照らされ得も言われぬ静謐さを醸し出していた。
「昨日までは北の方を重点的に回ったっスよね。何もなかったっスけど」
「
強いだけの馬鹿ミアザ、新人故見回りくらいしか任せられないオルカ、そもそも所属から違うリューゼイン。これらの事情が、三人の王都を練り歩く日々を支える。
「不謹慎だけど、そろそろ何か起こってくれないかしら」
ミアザビュリティネス王国の首都だけあり、レンガ造りの街並みや淀みなく澄んだ水路は確かに美しい。しかし観光できるわけでもなく、ひたすら歩いて異常がないことを確認し続ける日々には飽きつつあった。
「ここにいたか」
そんな三人の元に、縦横にデカい人影が近づいてきた。
「モルトゥヤ副団長。おはようございます!」
「うむ、おはよう! 今朝は良いニュースを持ってきたぞ」
普段通りの笑顔で挨拶を返したモルトゥヤ・ママサは、持っていた紙を三人に差し出す。そこには、瓦版の原本について調査した結果が記されていた。
「ふぅん、バラマールが”やって”たんですね。想像通り過ぎて、ちょっと残念です」
「奴は前々から騎士への付きまとい紛いでネタを稼いでいたじゃぁないか。シメるのに丁度良い機会だったのよ。まあ奴のことよりも……ここを見なさい」
モルトゥヤが節くれ立ったゴツい指を紙面に落とした。文字列をなぞりながら、彼は重要な部分を読み上げる。
「この名前はバラマールが吐いた、事件の情報提供者のもの。しかし……」
「え、っと……」
「あのっ、スね」
「先生、指が邪魔です。どけてください」
しかし彼女達の反応は芳しくない。モルトゥヤは一度読むのを止め、後進を気遣う。
「どうした、字が小さくて読みづらいか? 目は若いうちから大事にしておけよ。歳を取ってから後悔しても遅い……何か言ったかリューゼイン」
「ありがた迷惑だと言ったんですよモルトゥヤ先生。指が邪魔で字が全く見えないからミアザ殿もオルカ殿も困っていますよ」
「おおっ……うん。すまん」
気を取り直し、四人は紙面を追っていく。
事件を広めた者の名は、王都には存在しない架空のもの。しかし、バラマールはその者の足取りについても探っていたらしい。
「ここだ!」
「だから指で隠すなと言ってるんですよ先生。……ワカチャンオメ湖周辺に、複数人の出入りする拠点があるようですね」
ワカチャンオメ湖は、王都の東に広がる堰止め湖。王国の水事情を支える屋台骨であり、一帯の豊かな生態系が築かれている。
「先輩。ここ、演習で一度行ったっスよね」
「そうね。草丈も高いし、猛獣と鉢合わせるリスクもある。人目を避けるにはうってつけだわ」
「二人ともよく覚えているじゃぁないか。ということで三人には、ここに向かってもらいたい」
「……捕まえて来いってことっスか?」
「いいや、拠点の詳しい位置や人数を確認するだけで良い。こんな場所に複数人で
要するに、三人は偵察ということ。
「本当はもっと経験のある騎士も付けたいが……生憎と今は人手がない。リューゼイン、湖の地理は塾生時代に教えたはずだ。二人を頼むぞ」
「かしこまりました。一応、地図だけはいただきたいですが」
「もちろん手配しよう。他の二人も、必要な装備を揃えて明日には出発できるように。買った物があれば金額を大っぴらに紙で残せよ。若者に自腹を切らせるのは上官の恥だとされているからな」
かくしてリューゼインはワカチャンオメ湖の地図を、ミアザとオルカは食糧や足を確保するために一旦分かれることとなった。
「先生、ことのついでです。ミアザ殿について、教えていただけますか」
モルトゥヤの私室で地図を眺め、進行ルートを吟味していたリューゼインが不意に尋ねた。
「何だ藪から棒に。気になるのか?」
「気にならない騎士がどこにいますか。いくら名門の出とはいえ、ミアザ殿の腕前は常軌を逸していますよ」
「……そうか。お前は私の塾を卒業してすぐ北部に配属されたから、ミアザのことを知らないのか」
「はい。北ではまだ、風の噂に聞く程度。王国中に武名を轟かすのも時間の問題と思いますが」
リューゼインの率直な言葉にモルトゥヤはどこか懐かしむような目をして、過去を語り始めた。
「私がミアザを初めて見たのは、サイレンスタイガーに営業をかけた時だ」
「営業?」
「私の塾で腕を磨きたい者を募ったのだよ。かの名門が子供を預けたとなれば、評判も鰻登りよ」
「……」
「そんな目をするな。ともかく、そこで年端も行かぬ少女が御当主と互角に立ち回っているのを見せられたんだ」
「それが、ミアザ殿だと?」
「うむ。これは敵わんと、すぐに退散したよ。あの家の剣術を、完璧に体現していたからな。周囲の子供も彼女に魅入られていてな、私の付け入る隙などなかった」
サイレンスタイガーの剣は「より長く斬り続けること」が身上の超攻撃的フルコンタクト剣術。攻める際は勿論、守りですら相手の得物を弾き飛ばす、鍔元を叩いてへし折る等とにかくアグレッシブに相手の無力化を狙う技が揃っている。
極めるには圧倒的な反応速度と繊細な技術が不可欠。だがミアザは八歳の時点で、一門屈指の使い手となっていた。
「……一応聞きます。騎士団への入団試験の結果は」
「無論首席さ。もう可哀想なほどの力量差でね……彼女を特例として他の受験者と分けるか真剣に議論されたんだ。彼女に負けて不合格になった者が心を病み、剣をやめてしまったなんて噂も出た」
「天才、という言葉を軽々に使いたくはないですが。人一倍の努力あってのことでしょうし……それでも」
確かに暇を見つけて剣を振り込む姿には感心させられる。しかしリューゼインから見た普段のミアザは人当り良く、年相応に可愛げもある普通の少女だった。
「平凡な人間に同じ鍛錬を課して、ミアザ殿のように真っ直ぐ育つとは思えません」
「サイレンスタイガーの御当主も、お前と同じことを仰っていたよ。身も心も歪ませるほどの稽古を積んで、なお剣以外を楽しむだけの器量がミアザにはあると」
あくまで「剣を極めるために人生がある」というより「より良い人生のために剣を極める」という感覚。リューゼインがミアザに抱いた印象は、概ね正解だった。
「ミアザ殿なりに悩みはあるのでしょう。しかし、一度持ってみたいものです。それだけの
「……リューゼイン。入団早々稽古の場所取りで揉めて先輩騎士三人を病院送りにしたり、遠征に選ばれなかったからと団長まで直訴するような馬鹿を宥める身になってみるか?」
同時刻、朝市で買い出し中のミアザとオルカ。
「ぶぇっくし!!」
「どうしたっスか先輩?」
「分かんないわ。噂話でもされたのかも」
妙な寒気に襲われつつも二人は食料を買い込み、騎士団の厨房へと向かう。