掘っ立て小屋から這い出してきたそいつは、三人の想像とは裏腹に魔物とは言い切れないものだった。
膨れた胴体から生える手足と頭部を見る限り、原型は人間らしい。目と思しき部分は異様に大きいのか、朝日にきらりと光るほど。
真っ黒の獣毛がまばらに生えた体は、やはり人らしい薄い地肌が丸見えになっている。その様は遠目に見るだけでも、本能に刻まれた嫌悪感を煽るものだった。
あまりのあさましさに、ミアザが愕然と呟く。
「何なのよ……あれ」
「分かりません。しかしあのシマーキンは……失礼。お聞き苦しい言葉を」
シマーキンとは、健常な姿形でない人間を魔物になぞらえる差別用語。古くから「これを言ったら殺し合いの合図」と伝える地域もあり、
「ふぅん、リューゼインさんもそういう言葉知ってるんですね。ちょっとホッとします」
「実際
およそリューゼインの口から出て良い言葉ではない。彼女自身、恥じ入るように口元を押さえた。が、ミアザとオルカに暴言や愚弄への抵抗はない。
「なっ……なにっ。──ォォオーーン!!」
シマーキンを見た狼顔の男が見事な遠吠えを披露し、総勢六名の
彼は何も崇拝や信仰で被り物をしていたわけではない。その頭部は魔法に蝕まれ、動物のものへと変異してしまっていた。
集まった六人の内、彼と同じように狼の顔を持つ者は三人。どうやら狼顔と純人間の二人一組で巡回していたらしい。遠吠えなら、もし人に聞かれても怪しまれない。離れていても大っぴらにコミュニケーションが取れるというわけだ。
「変異速度が早すぎるであろうがっ。聞いていた話と違うであろうがっ!」
狼狽した髭面の男が声を荒げる。それに呼応し、信者達は各々
「いけーっデフィ・フティワンの幼生!」
「多勢に無勢だいけぇ! 何としても中に押し戻すんだぁっ!」
四つ足、有翼、猿型。多数の魔物がシマーキンに飛び掛かっていく。小型の魔物ならば陣なしに、魔臓から直接召喚することができる。
『……』
手をかまれ、尻を啄まれ、顔を引っかかれたシマーキンは鬱陶しそうに小屋の中へと戻った。両手で捕まえた猿型魔物を丸齧りしながら這いずっていく姿を、八人の信者達は肩で息をしながら見送る。
「ミアザ殿。行けますか?」
一部始終を見届けていたミアザ達三人も、顔を見合わせていた。相手が一か所に集まっている今はまたとない好機。あのシマーキンがこれ以上育つ前に、ケリを付けたい。
「
芝居がかったミアザの返し。リューゼインはふっと笑って腹を決める。
「重畳。左側から追い立ててください。オルカ殿、
「了解っス」
二手に分かれ、まずはミアザが堂々とその姿を朝日に晒す。
「見つけたわよ、
「チィッ何だって今
信者の内三人が我先にと背を向けて逃げ出し、
「逃げてんじゃねえっスよ! コラッ!」
「脅威が正面のミアザ殿だけですって? そんなはずないでしょう!」
茂みから飛び出したオルカとリューゼインによって制圧された。
残ったのは髭面の男と、四人の狼男達。
「一応聞いてあげる。大人しく捕まれば殺しはしないわ。」
「……それでも。どうしても
「どのみち捕まれば行く末は死と決まっておろうがっ。ならば最期まで使命に殉ずるが筋であろうがっ」
彼らは古株らしく覚悟が決まっており、説得に応じず果敢にも戦う意思を見せた。
「ハッ! 何が使命よ。クズ共の吹き溜まりのくせに」
「貴様っ、我ら『鬼龍派』を愚弄するかぁっ!!」
そんな彼らを、ミアザは傲慢にも笑い飛ばす。
「五人まとめてかかって来なさい。時間がもったいない」
「ぬかせぇぇえ!!」
髭面の男が激高し、手に持っていた
「喰らえっ我が乾坤一擲の一撃をっ!!」
数メートルを助走もなくひとっ跳び。人の身を捨て、文字通り悪魔に魂を売った脚力から繰り出された胴回し回転蹴りを、ミアザは避けもしなかった。
虎を模したヘルムの額部分に踵が浴びせられ、硬質な衝突音が響く。
「……ごめん。やっぱ効かないわ」
大気を切り裂き、余韻で茂みがざわめくほどの蹴り。それに対してミアザは顎を引き、生え際で受けていた。被弾箇所から頸椎、脊椎までを一直線にすることで、蹴りの威力を頭と首だけでなく全身で吸収できる。
「魔臓を取り込んでもこの程度、底が知れるわね」
価値を計り終えた獲物に、ミアザは躊躇なく牙を突き立てる。
「……
「馬鹿なっ私、は。私わぁぁっガフ……!!」
なまじ魔物に近づいたばかりに即死もできず、男は自らの髭を血で濡らしながら喚く。その脇を無表情に通り過ぎ、ミアザは四人の狼男へと切っ先を向けた。
彼女自身は無言でも、返り血で照り輝く鎧姿は雄弁に物語る。
次は、お前らだ。
「ウゥォオオオ!!」
迫りくる圧力を振り払うように四匹が雄々しく咆哮し、全身毛むくじゃらのケダモノへと変わる。それが歯を剥き出して疾走する様は、並の騎士なら足を萎えさせる禍々しい魔性を放っていた。
『うーっ……喰わせろ……!』
それゆえ、なのかもしれない。
掘っ立て小屋の壁を破って伸びてきた触手に、四匹まとめて攫われていったのは。
「なっなんだぁっ!?」
「うぁぁやめてくれっやめろっ」
掘っ立て小屋に引きずり込まれていった彼らの、壮絶な悲鳴である。
「えっ何?」
崩れた小屋の隙間から覗いたのは死に物狂いで抵抗する狼男達と、それをお構いなしで食べるシマーキン。
木の板を激しく引っかくような抵抗の音は、やがて苦痛と恐怖に満ちた命乞いに変わる。
「……」
「先輩! 大丈夫っスかー!?」
突然の事態を飲み込みきれず呆然と立ち尽くしていたミアザは、オルカの大声で我に返った。
「っ。うん、平気! そっちは?」
「とりあえず、全員動けなくしたっス! あとは……」
「
さらにはリューゼインが周囲を警戒し、忌々し気に呟く。
「あの小屋以外にも、問題が出てきましたね。これほどの数をどうやって……かなりまずい状況です」
「これは……っ。凄い数の魔物が集まってるっス」
デフィ・フティワンの急襲にも怯まなかったオルカが息をのむ。それほど大量の魔物、魔獣に包囲されていた。しかも目の前の人間を襲うことなく、小屋を凝視して行儀良く何かを待っている。
「あいつに、召喚されたみたいね」
魔物達の視線を追ったミアザの目に、再び剣呑な光が灯る。呼応するように咀嚼音が止み……次の瞬間、小屋は内側から弾けるように木っ端微塵にされた。
「リューゼインさん。オルカを、お願いします」
降りかかる木片の中、ミアザは小屋へ向かって堂々と歩を進める。
『ミア……ザ。サイレンス、タイガー……!』
小屋のあった場所から、おどろおどろしい声が響いた。
そこにいたのは、青年だった何者か。
「驚いた。喋れるのね」
人間というのは、これほどまで姿形が変わっても意識があるらしい。
恰幅の良いモルトゥヤが横に二人並んでなお余る肩幅、ミアザの尻周りを二つ束ねたほどの首。先ほど一瞬だけ見えた目の光は、眼鏡の反射だったらしい。
胴体と比べてあまりに細い手足には、騎士団服らしき布がへばりついていた。
『僕ぁおマ、前に。キ、騎士を』
歪な肉体は呼吸に支障をきたしているらしく、発声も不明瞭。さらに喰った獲物の血とは別に、体のあちこちから流血している。筋骨の異常発達に血管や臓器が置いてけぼりにされている。
恐らく、長くはないのだろう。
「あーっもう何言ってるか分かんないわよ。苦しいでしょ、
『コロ、さる。ほぐぁ騎士にだぁう!!』
「待っててね。今、楽にしてあげる」
ボクゥこんな猿ファンタジーをここまで読んでくれた子ォやね?
ちょう感想や評価も残していってくれや