時々しれっと猿語録が飛び出すミアザさん   作:テルー

9 / 17
第九話

「苦しいでしょ、シビャー・オーサム。今楽にしてあげるわ」

『ミア、ザ……』

 

 宝剣虎咬(タイガートゥース)を上段に振りかぶるミアザ。勢い良く踏み込もうとした彼女の眼前を、引きも切らず召喚された魔物が埋め尽くしていく。

 

「なっ、によこの数……おりゃっ!」

 

 流石に瞠目しつつも、ミアザは一番近くにいた猪型のブルマーダーを一刀両断……できなかった。普段なら手応え薄く通り抜けたはずの宝剣の刃は、頭蓋をカチ割っただけで止まってしまう。

 

「はぁ!?」

『足止メタヤンケ。シバクヤンケ』

 

 シビャーから、唐突に無機質な音がした。声帯を使った発声ではなく全く別の……少なくとも人間から聞きたいものではない。

 その音で、周囲の魔物が一斉にミアザへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

「ククク……。魔臓(デーモン・ハート)を大量摂取した今のシビャー・オーサムは魔獣や魔物の召喚、統率……さらに強化まで行える完全上位者だァ」

 

 大量の魔性を操り、ミアザへと殺到させるシビャー・オーサム。

 その様子を対岸から観察している男がいた。筋骨隆々の肉体に、タトゥーが隈なく彫り込まれている。

 距離にして約八キロメートル先にある戦場をもつぶさに見て取る『業眼(マイティ・ビジョン)』。そんな魔法を常時発動するこの男は、鬼龍派(イビル・デビル)屈指の実力者として信者から絶大な支持を集めている。

 

「まあすぐ死ぬんだがなブヘヘヘ。寿命が来る前に、ミアザを殺してくれると良いが」

 

 その支持を利用し、己のために他人を使い潰す。この男の目的は──。

 

 

 

 

 

「……小賢しい真似を」

 

 深々と喰い込んでしまった得物。先日のオルカは同じ状況で潔く手を放し、その場を離脱した。

 が、ミアザは獲物を噛み千切るまでその牙を緩めない。ブル・マーダーごと振り回し、攻撃を続行する。

 

「斬れないってことは、頑丈ってことじゃない?」

 

 刃が抜ければ良し、抜けずともブル・マーダーのタフさを生かした打撃を喰らえばタダでは済まない。まさに縦横無尽、ミアザは軍勢の只中で荒れ狂う嵐と化す。

 やがてミアザの乱舞が止んだ時。無差別に叩きつけられ続けたブル・マーダーは車輪に何度も轢かれた猫のようになっていた。

 ほつれた肉を改めて切り裂き刃を自由にしたミアザは、オルカとリューゼインに群がる連中に吶喊し斬り払った。

 

「先輩! 無事だったんスね」

「もちろん。ただ……あいつをどうにかしないと二進も三進もいかないわ」

『これ、が。ぼくぉ力。おマエぉ倒す。あのひょ、復讐……』

 

 シビャーの言葉を聞き、ミアザはくだらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「何が僕の力よ。中身のない奴が数を誇ってるだけじゃない」

『だぁえ! ぼぐぁあの日、騎士ぃなれてぇば……!』

「だから何言って……いやちょっと待って? 騎士になれてれば?」

 

 要領を得なかったシビャーの主張が、ようやくミアザの記憶に引っかかった。思い出されたのは、ミアザが他の受験者を圧倒した騎士団の入団試験。

 

「確かに、眼鏡をかけた細っこい奴と当たったような……」

 

 ミアザに思い出せるのはそこまで。具体的に相手がどんな奴だったか、どんな試合だったかはまるで覚えていない。

 

『お前のっせいで! 僕は家族に見限られたんだっ。なのに、お前は』

 

 激高したシビャーが、束の間自らの声を取り戻す。ミアザに惨敗を喫し、彼は騎士の道を断たれた。家を追われ、名も捨てさせられた。

 血涙を流し、シビャーは声を絞り出す。

 

『許せなかった。僕の努力を踏みにじって、何も覚えてないなんて……!!』

「……なるほどね」

 

 吐き出された怨嗟の意味は理解した。悲しき過去への同情もある。しかしミアザは謝ってやる気にはなれなかった。

 

「悪いけど、そりゃ逆恨みだわ」

『なにっ』

 

 仮にシビャーが入団試験に落ちた原因がミアザに負けたことにあるのなら、ミアザ以外の誰も合格できないはずだ。何せ一人だけ突出しすぎ、彼女との試合を棄権する者まで出る事態になったのだから。

 

「私に負けるのは、全員同じ。それで落とすほど、試験官の目は節穴じゃないの」

 

 シビャーが何と言おうと、あの試験ではミアザ含め四名が合格している。これは動かしようのない事実であった。

 

「そもそも、何で王都で受けたの? 一番レベル高いのに」

 

 入団試験は各地の騎士団で年に三度実施される。中でも王都会場は名門が威信を懸けて子息を送り込むため、競争が熾烈なことで知られている。

 

『……決まってる。僕は、僕はストンハート家の長男だったんだぞ』

「え? 知らない」

『えっ』

 

 突然知らない家名を名乗られ、ミアザは困惑しつつオルカ達を振り返る。

 

「何よストンハートって。私はそんな家、知らないけど」

「自分も知らないっス。騎士の名門と言えば静謐の虎(サイレンスタイガー)熹びの頂(グラッドワン)高潔な翼(ノブレービス)の御三家っスよね」

「後はトゥウェンテイト家でしょうか。鎧持ち(ガーディアン)の起源、ガルディアを輩出していますし。モルトゥヤ先生のママサ家も、実は建国期から続く由緒ある血筋です。しかし、ストンハート……寡聞にして聞きませんね」

 

 オルカはもちろんリューゼインも、ストンハートという家は聞いたことすらなかった。

 

『は……話が違う。ストンハートは、父の代で王都に栄転した実力派だったはず。他の名家に劣らない能力があるはずなんだ』

 

 三人の反応を理解できないというように、シビャーは小さな頭を振り回す。穢れた飛沫が地面に落ち、不気味な斑点模様を作り上げた。

 

「親に何て教わったか知らないけど……まさかそれに煽てられて王都の入団試験を受けちゃったわけ?」

 

 呆れた、と付け加えんばかりにミアザが溜め息をついた。田舎からの成り上がり者が何を勘違いしたか、息子を最激戦区に放り込んだらしい。

 王都に務めるミアザですら全くストンハートの名を聞かないのを見るに、シビャーを捨てた親もロクなことにはなっていない。

 

『じゃ、じゃあ僕は。僕は何のために……何で、』

「……可哀想に」

 

 昨日モルトゥヤと話した内容を思い出し、憐憫がリューゼインの口をついた。

平凡な人間にどれほど厳しい訓練を課しても、ミアザのようにはなれない。どころか、その人間を歪めてしまう。

 目の前のシビャーは、才に恵まれない者が英才教育を受けてしまった末路だった。

 

『──もういい』

 

 信じていた家の名誉は欺瞞に満ちていて。その欺瞞に尽くした挙句本物の天才に叩き潰され、親にはあっさりと見捨てられた。自分という存在が生まれた意義、どこへ。

 

『もういいんだ』

 

 それが彼の、最後の言葉だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。