「苦しいでしょ、シビャー・オーサム。今楽にしてあげるわ」
『ミア、ザ……』
宝剣
「なっ、によこの数……おりゃっ!」
流石に瞠目しつつも、ミアザは一番近くにいた猪型のブルマーダーを一刀両断……できなかった。普段なら手応え薄く通り抜けたはずの宝剣の刃は、頭蓋をカチ割っただけで止まってしまう。
「はぁ!?」
『足止メタヤンケ。シバクヤンケ』
シビャーから、唐突に無機質な音がした。声帯を使った発声ではなく全く別の……少なくとも人間から聞きたいものではない。
その音で、周囲の魔物が一斉にミアザへと襲い掛かった。
「ククク……。
大量の魔性を操り、ミアザへと殺到させるシビャー・オーサム。
その様子を対岸から観察している男がいた。筋骨隆々の肉体に、タトゥーが隈なく彫り込まれている。
距離にして約八キロメートル先にある戦場をもつぶさに見て取る『
「まあすぐ死ぬんだがなブヘヘヘ。寿命が来る前に、ミアザを殺してくれると良いが」
その支持を利用し、己のために他人を使い潰す。この男の目的は──。
「……小賢しい真似を」
深々と喰い込んでしまった得物。先日のオルカは同じ状況で潔く手を放し、その場を離脱した。
が、ミアザは獲物を噛み千切るまでその牙を緩めない。ブル・マーダーごと振り回し、攻撃を続行する。
「斬れないってことは、頑丈ってことじゃない?」
刃が抜ければ良し、抜けずともブル・マーダーのタフさを生かした打撃を喰らえばタダでは済まない。まさに縦横無尽、ミアザは軍勢の只中で荒れ狂う嵐と化す。
やがてミアザの乱舞が止んだ時。無差別に叩きつけられ続けたブル・マーダーは車輪に何度も轢かれた猫のようになっていた。
ほつれた肉を改めて切り裂き刃を自由にしたミアザは、オルカとリューゼインに群がる連中に吶喊し斬り払った。
「先輩! 無事だったんスね」
「もちろん。ただ……あいつをどうにかしないと二進も三進もいかないわ」
『これ、が。ぼくぉ力。おマエぉ倒す。あのひょ、復讐……』
シビャーの言葉を聞き、ミアザはくだらなさそうに鼻を鳴らす。
「何が僕の力よ。中身のない奴が数を誇ってるだけじゃない」
『だぁえ! ぼぐぁあの日、騎士ぃなれてぇば……!』
「だから何言って……いやちょっと待って? 騎士になれてれば?」
要領を得なかったシビャーの主張が、ようやくミアザの記憶に引っかかった。思い出されたのは、ミアザが他の受験者を圧倒した騎士団の入団試験。
「確かに、眼鏡をかけた細っこい奴と当たったような……」
ミアザに思い出せるのはそこまで。具体的に相手がどんな奴だったか、どんな試合だったかはまるで覚えていない。
『お前のっせいで! 僕は家族に見限られたんだっ。なのに、お前は』
激高したシビャーが、束の間自らの声を取り戻す。ミアザに惨敗を喫し、彼は騎士の道を断たれた。家を追われ、名も捨てさせられた。
血涙を流し、シビャーは声を絞り出す。
『許せなかった。僕の努力を踏みにじって、何も覚えてないなんて……!!』
「……なるほどね」
吐き出された怨嗟の意味は理解した。悲しき過去への同情もある。しかしミアザは謝ってやる気にはなれなかった。
「悪いけど、そりゃ逆恨みだわ」
『なにっ』
仮にシビャーが入団試験に落ちた原因がミアザに負けたことにあるのなら、ミアザ以外の誰も合格できないはずだ。何せ一人だけ突出しすぎ、彼女との試合を棄権する者まで出る事態になったのだから。
「私に負けるのは、全員同じ。それで落とすほど、試験官の目は節穴じゃないの」
シビャーが何と言おうと、あの試験ではミアザ含め四名が合格している。これは動かしようのない事実であった。
「そもそも、何で王都で受けたの? 一番レベル高いのに」
入団試験は各地の騎士団で年に三度実施される。中でも王都会場は名門が威信を懸けて子息を送り込むため、競争が熾烈なことで知られている。
『……決まってる。僕は、僕はストンハート家の長男だったんだぞ』
「え? 知らない」
『えっ』
突然知らない家名を名乗られ、ミアザは困惑しつつオルカ達を振り返る。
「何よストンハートって。私はそんな家、知らないけど」
「自分も知らないっス。騎士の名門と言えば
「後はトゥウェンテイト家でしょうか。
オルカはもちろんリューゼインも、ストンハートという家は聞いたことすらなかった。
『は……話が違う。ストンハートは、父の代で王都に栄転した実力派だったはず。他の名家に劣らない能力があるはずなんだ』
三人の反応を理解できないというように、シビャーは小さな頭を振り回す。穢れた飛沫が地面に落ち、不気味な斑点模様を作り上げた。
「親に何て教わったか知らないけど……まさかそれに煽てられて王都の入団試験を受けちゃったわけ?」
呆れた、と付け加えんばかりにミアザが溜め息をついた。田舎からの成り上がり者が何を勘違いしたか、息子を最激戦区に放り込んだらしい。
王都に務めるミアザですら全くストンハートの名を聞かないのを見るに、シビャーを捨てた親もロクなことにはなっていない。
『じゃ、じゃあ僕は。僕は何のために……何で、』
「……可哀想に」
昨日モルトゥヤと話した内容を思い出し、憐憫がリューゼインの口をついた。
平凡な人間にどれほど厳しい訓練を課しても、ミアザのようにはなれない。どころか、その人間を歪めてしまう。
目の前のシビャーは、才に恵まれない者が英才教育を受けてしまった末路だった。
『──もういい』
信じていた家の名誉は欺瞞に満ちていて。その欺瞞に尽くした挙句本物の天才に叩き潰され、親にはあっさりと見捨てられた。自分という存在が生まれた意義、どこへ。
『もういいんだ』
それが彼の、最後の言葉だった。