ハートの一船員【番外編】   作:葛篭藤

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チトセとリーゼがハートの海賊団に入ってすぐの話。


帽子選び

 

 

「おっ、あったあった」

 

 そう言ってシャチはとある店舗の前で足を止めた。

 それほど広くもないその店のショーウィンドウには、色とりどりの帽子が所狭しと飾られている。

 

「おお……帽子だらけだ」

「なにアホみたいな感想言ってんだ。ほら、入るぞ」

 

 ペンギンはぽかんとする俺の背を軽く叩いて、先に店に入っていく。シャチもペンギンに続く。

 なんとなく俺の後ろの船長を振り返ると、「早く入れ」と言うように顎をしゃくられた。

 妙に緊張しながら、俺は隣のリーゼの手を引いて、その帽子屋に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「これなんていいんじゃねェか?」

「とりあえず手当たり次第かぶってみればいいだろ」

「そっか、そうだな」

 

 店に入るなり、俺とリーゼは姿鏡の前に待機させられ、その傍らでシャチとペンギンが慌ただしく店内を駆け回る。船長? 船長は俺らの後ろで傍観してるよ。

 

 俺とリーゼが正式にハートの海賊団に入ってから初めて上陸するこの島で、今日はシャチとペンギンと船長と、俺とリーゼの帽子を買いに来ていた。ハートの海賊団の制服の一部、みたいなものらしい。型は特に決まっているわけではないらしいので、「似合うのを見繕ってやるよ」とシャチとペンギンに連れられてやってきた。船長は暇だからついてきたんだそうだ。

 

「ほらよっと」

「うわ、それ全部試着するのか?」

「おう」

「ていうか、明らかにネタっぽいのもあるんだが」

「全部かぶってもらうぜ?」

「えェー」

 

 姿鏡の隣の台にシャチがどさりと帽子の山を置く。リーゼの方にも同じように帽子の山が置かれているが、そちらは見たところまともな帽子だけだ。ちなみに、リーゼの分を選んだのはペンギンだ。

 

「俺もペンギンに選んでもらいたかった……」

「なにおー! おれのセレクトのなにが不満だ!?」

「だってこれ明らかにおかしいじゃん……。なんで海軍の制帽とかあるんだよ」

「おかしいのはおれじゃなくて、置いてある店の方」

「それも一理あるけどさ。だからって選ぶなよ」

 

 積まれた山の中から“MARINE”と書かれた白い帽子を手に取る。ていうか、ほんとなんで置いてあるんだよ! クソッ、じわじわくるなこれ。

 仕方ない、かぶるか……。

 

「……どお? 似合う?」

「まあまあじゃないか? けど、ツナギにその帽子だとかなり浮くな」

「真面目な感想ありがとう、ペンギン」

「あっはっはっはっは!!」

「お前は笑いすぎだ!」

 

 まったく……誰のせいでこんな面白おかしいことになってると……。

 しかし、俺の受難はまだ始まったばかり。なにせ今のは山とある帽子の、初めの一つだったんだから。

 

 

 

 ――シルクハット。

「俺は一体どこの夜会にいくんだ?」

「ダンディ路線を狙ってみたんだが、失敗だったか」

「それ本気で言ってる?」

「なんなら付けヒゲもつけてみるか?」

「…………」

 

 ――兜。

「うぐっ……お、重い……。なんでこんなの置いてあるんだよ……。これ帽子か?」

「おお~、迫力あるゥ~」

「頭ぐらぐらするー」

「首の筋肉鍛えるのに使えそうだな」

「じゃあシャチが買えば」

 

 ――パーティーハット。

「なんなの? 俺はアホなの? 一人でいつでもパーティー気分かよ」

「かなりおめでたい奴に見えるのは間違いないな!」

「……そろそろ殴ってもいいか?」

 

 ――目出し帽。

「コンセプトは、“危ない男”?」

「確実に危ないよな、人として」

「歩いてたら通報されそうだよなー」

「俺が危ない目に遭ってどうする」

 

 ――カウボーイハット。

「お、なんだ、結構普通にかっこいいぞ」

「そりゃどうも……」

「なんだよ、テンション低いな。せっかく褒めたのに」

「お前の持ってきた面白おかしな帽子たちのせいですっかり心がささくれ立ってしまっているんですよ」

「わ、悪い悪い、あはは」

 

 ――クマの着ぐるみの頭部。

「……さっき謝ったのはなんだったんだ?」

「変なのは最後だってー」

「ていうか、これもはや帽子じゃねーし!! 顔わかんねェだろ、これじゃあ!」

「あァ、それが少し問題だよな……」

「他にもっと大きな問題がたくさんあると思いますけど!?」

「ぶはっ……おまっ、なにかぶってんだよ!」

「ペ、ペンギン……笑うなよォ……」

「……いいんじゃねェか?」

「ちょ、船長なに言ってんですか?! さてはもう面倒になってきたんでしょう?!」

「似合ってる」

「それ全っ然嬉しくないですからっ!!! ていうか、だからこの店はなんでこんなもんまで置いてあるんだよ!!?」

 

 

 

「――えー、とりあえずお疲れ様でしたー」

「めちゃくちゃ疲れたよ……」

「見事30超の帽子を制覇したあなた! そんなあなたにお似合いの品をォ~……じゃじゃじゃじゃーん!! ピックアップしちゃいます!!」

 

 一通り全部の帽子を試着し終わると、シャチがその中からいくつかの帽子を選び出した。今度は当然全部まともな帽子……

 

「って、また海軍の制帽かよ!? いい加減にしろっ!!」

「ギャー! 売り物床に叩きつけちゃダメー!! お、おれが悪かった!」

 

 勢いをつけて制帽をぶんと振り上げると、シャチが慌てて俺を止めに掛かる。

 俺は溜め息を吐いて、制帽をシャチのキャスケットの上にかぶせた。そして、よよよと泣くフリをしながら「これが噂に聞く新人いじめ……」と呟いてみる。すると、

 

「ぐぼァっ!?」

「……え?」

 

 突然シャチが後ろに倒れた。驚いて見ると、鼻面を赤くして尻餅をつくシャチの横に俺が試着した帽子の中の一つであるヘルメットが転がっている。……これを投げつけられた?

 

「いってェ……おいリーゼ!! なにすんだよ!!」

 

 がばりと起き上がったシャチは鼻面を押さえながらリーゼに噛みつくように言い寄った。どうやら、というか消去法でリーゼが投げたのはわかってたけど――彼女が投げたらしい。

 しかし、リーゼは怯むどころか敵意みなぎる瞳でシャチを睨み返す。その横でペンギンがやれやれと言いたげな顔で笑った。

 

「お前がチトセにちょっかいかけまくるからだろ」

「だからってヘルメット顔面に投げつけることねーだろ?!」

「……ふん」

「でもほら、鼻血だって出てないし、案外手加減してくれたんじゃないか?」

「そ、それはそれでむかつく……!」

「どうなれば満足なんだよ……」

 

 ていうか、12歳の女の子相手にそんなムキになるなよな。まァ、確かに顔面にヘルメットはちょっと驚きだが。

 

「ま、俺で遊んだ報いだと思え」

「クソォ、お前だって本当は結構ノリノリだったくせに……。……リーゼはすっかりチトセびいきだよなァ……」

「つーか、リーゼの方はもう選び終わったのか?」

「お前らがふざけてる間に、あらかたな」

「どれどれ?」

 

 呆れ混じりにペンギンが言うのを聞こえないフリをして、リーゼに向き直る。しかし、彼女は黙ったまま動かない。帽子をかぶってもいない。その表情は心なしか困っているように見える。

 

「?」

「いや、それがな、おれの独断で2つにまで絞ったんだが、そこから選べって言っても『どっちでもいい』って言うんだよ」

「なるほど……うーん……」

「…………」

「リーゼ、好きな色とか、どれがかわいいとか、なんでもいいからなんかないか?」

 

 そう聞いても、リーゼはやっぱり黙ったままだった。本当にわからないみたいだ。

 

「お前が選んでやればいいじゃねェか」

「船長」

「それで、お前の分をリーゼに選ばせろ」

「え」

 

 それまでほとんど無言で俺たちの様子を見ていた船長は、突然口を開いたかと思えばそんな提案をしてきた。俺とリーゼが目をしばたたかせる横で、ペンギンが「ああ、それいいかもしれませんね」と相槌を打つ。

 

「シャチ、お前はチトセの分を3つか2つくらいまで絞れ」

「アイアイ!」

 

 元気よく答えてシャチはもう一度帽子を選定しにかかるが、リーゼは何か言いたげに船長を見つめたまま動かない。なにも言わないが、船長の提案に不満があるのはわかる。

 しかし、船長はそんなリーゼにニヤリと意地の悪い笑みを返す。

 

「チトセのを選ぶとなりゃ、お前もそう蔑ろにはできねェだろ?」

「…………」

 

 リーゼはなお不満ありげに、いっそ睨むように船長を見たが、俺は船長の意見になるほどと頷いた。確かに、それならリーゼももう少し真剣に考えてくれるかもしれない。強制することでもないんだろうが、リーゼの無頓着さは少し事情が違うからな。

 

「俺も、リーゼが選んでくれたら嬉しいんだけど……ダメかな?」

「…………」

「俺もリーゼの帽子がんばって選ぶからさ。な?」

 

 そう頼み込むと、しばらくしてリーゼはややぞんざいな態度で俺に2つの帽子を押し付けてきた。

 

「これって」

「ああ、おれが選んだ奴だ」

「ってことは、やる気になってくれたんだな」

 

 確認するように聞くが、リーゼはむすっとして答えない。けどまァ、沈黙は肯定って言うしな。

 手渡された帽子を見ると、一つはごくシンプルな濃いグレーのニット帽で、もう一つは手編みっぽいクリーム色のウールの帽子だった。ウールの方はてっぺんと耳当てから垂れ下がる紐の先に大きなボンボンがついていて、少しかわいい感じだ。

 

「一応カジュアルな感じのと、かわいい感じのにしてみたんだけど」

「うん、いいと思う。どっちも似合いそう。……じゃあ、リーゼ、かぶってみてくれるか?」

 

 手渡されたばかりのニット帽を返すと、リーゼは黙々とそれをかぶった。大きめのサイズで、すっぽりと頭を覆い隠してもゆったりとしている。深くかぶると目元が隠れてクールな雰囲気になる。

 続けてもう一方のウールの帽子もかぶってもらう。こっちは、うん、もこもこしてて普通にかわいい感じだ。女の子っぽい。

 

「俺は……こっちの方が好きかなァ」

 

 「どうかな」とリーゼに聞くと、彼女はこくりと頷いた。まァ、もともと「どっちでもいい」って言ってたわけだしな。ちゃんと気に入ってくれるといいんだけど。

 

「船長、どうです?」

「なんでおれに聞く」

「いえ、念のためっていうか」

 

 俺が言うと、船長はめんどくさそうにしつつウールの帽子をかぶったリーゼに視線を向けた。すると、リーゼが少し緊張するようにピクリと反応する。

 

「…………」

「……いいんじゃねェか」

「本当ですか? ちゃんとかわいいって思ってます?」

「……あァ。似合ってる。選んでもらってよかったな」

 

 後半の台詞はリーゼに向かって言いながら、船長はふっと口元を緩める。え、え、なんだそのレアショット! 船長そんな風にも笑うんだ、うわー!

 リーゼも船長の言葉にこくりと頷き、なんだか和やかな空気がその場に流れる。なんだこれ、俺も混ざりたい!

 

「シャチ、シャチ! 俺の分は?」

「おう、準備できてるぜ!」

「リーゼ、俺の選んでくれるか?」

 

 シャチに渡された帽子をそのままリーゼにずいっと差し出す。少し躊躇うような間を置いた後、彼女はそれを受け取った。

 シャチが選び出してくれた帽子は全部で3つあった。迷彩柄のワークキャップと、グレーのつば付きニット帽と、紺地に白のピンストライプが入ったキャスケットだ。

 リーゼはじっくりとそれらを観察してから、俺にかぶるようにと一つずつ寄越した。

 それからは、穴が開くほどって表現を使いたくなるくらいじぃーっとそれぞれの帽子をかぶった俺を見つめた。さすがに居心地が悪かったが、リーゼの真剣な気持ちが伝わってきたので堪えた。

 そうして悩み抜いた末にリーゼが選んだのは、ニット帽だった。

 

「これ?」

「………………うん」

 

 少し自信なさそうにリーゼは答える。不安そうに俺を見上げたあと、今度は船長の方を窺う。ああ、なるほど。

 

「……船長、どうですか? リーゼが選んでくれたやつ」

「だからなんで俺に聞くんだ」

「いいじゃないですか」

 

 へへへと笑う俺を、船長は少し呆れたように見た。

 

「……よく似合ってるよ」

 

 苦笑混じりのその返答を聞いて、俺とリーゼ、ついでにシャチとペンギンもほっと胸を撫で下ろした。シャチとリーゼが選んでくれた帽子だし、似合ってないことを心配してたわけじゃないが、船長のお墨付きをもらうとやっぱり心強い気持ちになるよな。んでもって、改めて自分の帽子が決まった嬉しさがこみ上げてくる。

 

「ふへへ、ぐふふふふふ……」

「チトセ、気持ち悪いぞ」

「締まりのねェ顔だな」

「だって、嬉しいんですもん! にやけたってしょうがないじゃないですか。な、リーゼ」

 

 とリーゼに振ると、彼女は頷いて肯定を示す。リーゼ自身はまったくにやけてないが。でも、頷いたってことは、リーゼも嬉しいと思ってるってことなのかな。

 

「おい、決まったんならさっさと会計済ませるぞ」

「あ、はい!」

「シャチ、ペンギン、お前らは買わねェ商品元のところに戻しとけ」

「「アイアイ」」

「……あれ? もしかして船長が会計するんですか?」

「当たり前だろ」

 

 さらりと答えて、船長はさっさとレジに足を運ぶ。暇だからとか言ってたけど、実はこのために付いてきてくれたのか、な? ああもう、ほんと人のハートを鷲づかみにしてくれる船長だよ……。

 

「……船長は、いい船長」

 

 隣でぼそりとリーゼが呟いた。リーゼも俺と同じことを感じていたらしい。けど、その言い方がなんだかかわいくて、俺は思わず小さく吹き出した。

 

「……だな」

 

 笑い混じりに相槌を打つ俺に、リーゼが力強く頷いた。

 

 

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