勇者でした。 作:そのあと
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話しても、絶対に誰も信じてくれないだろうけれど。
僕こと
妄想の激しいやつ。中二病の成れの果て。そんな風に思われてしまうのかもしれないけれど。
でも、僕は確かに、異世界を漂流し、世界の危機を救った勇者だった。
証拠はない。証言者もいない。証明する手段なんて何処にもないけれど。
――――それでも僕は、勇者だったんだ。
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忍び込んだ屋上は、真っ赤に染まっていた。
燃える火の手による色ではない。ただ単純に、放課後の夕焼けによるものだ。
この日本では、そうそう簡単に命の危機は訪れない。毎日が死と隣り合わせの“あの世界”とは違う。
僕は、この当たり前の日常を取り戻したかった。
家族に「ただいま」と言いたかった。
友達と馬鹿騒ぎしていたかった。
あの子に――ずっと好きだった女の子に、伝えられずにいた想いを伝えたかった。
だから――“この世界”の暦で3年以上もの間――ずっとずっと、帰りたいと願って戦い続けた。
そうして、紆余曲折の果てに世界の危機を救い、念願だった帰還を果たしたのが2週間前のこと。
――もっとも、肉体は漂流する前から少しも成長していないし、一緒に転移していた人もいない。向こうの世界から持ってこれた物もなく、あるのは僕の記憶だけ。だから、証明する手段なんてない。妄想や夢の類だと言われてしまえば、それまでだ。
だけど。
焼き付いた景色。
耳に残る声。
懐かしい味。
忘れられない香り。
忘れてはいけない痛み。
この身体の全てが、あの日々が嘘ではなかったと訴えている。
そして、何故だろうか。
あれほど憎み嫌っていた世界を、抜け出したいと願い続けた日々を――どうして僕は、こんなにも求めてしまうか。何故、「帰りたい」などと考えてしまうのだろうか。……こうして無事に帰ってきているというのに。
ここ最近、ずっと変だ。
勉強にはついていけない。3年も使わないでいた知識は、すっかり僕の中から消えてしまっている。数学の公式も、英単語も、古文の知識も、自分の国の歴史も、今の社会の情勢も、全部全部忘れてしまった。
友達との会話も弾まない。3年前の流行なんて覚えていないし、そもそも笑いのポイントがつかめないのだ。多分、命のやり取りを繰り返した日々が、僕の中の何かを致命的に変えてしまった。……思えば、この2週間、僕は愛想笑いばかりを浮かべている。
つい先日は、友人の一人をひどく怒らせてしまった。彼にとっては1ヶ月前の、僕にとっては3年前の約束を、僕がすっかり忘れてしまっていたことが原因だ。
好きだったはずのアニメを楽しめなくなっていたのも辛かった。どうしても爆発や銃撃の音に過剰に反応してしまって気分が悪くなってしまうのだ。
今日の調理実習では、胃の中身を全部ぶちまけてしまった。生肉に包丁を入れる感覚は、僕に、犯した罪の重さを突きつけてくる。
もうずっと、夜はまともに眠れていない。死んでいった者達が、僕が殺めた人たちが、僕を断罪する夢ばかりを見る。すっかり深い隈が出来てしまった。
そして。
――なんだか変わっちゃったね、勇希くん。
そう零した少女の、今にも泣き出しそうな笑顔が忘れられない。あんなに辛そうな顔に、させてしまったのは僕だ。
ずっと伝えたかったはずの想いは、まだ届けられずにいる。
見上げれば、飛行機が空高くを飛んでいた。もちろん、ドラゴンではない。
ふと、思う。
今ここから飛び降りたら、僕はあの世界へ行けるのだろうか。
死んで転生なんて良く見る設定だ。ありきたりだ。けれど、ああいう世界が実在したのだから、それもあるのかもしれない。
あの世界は苦しいことばかりだった。でも、それだけじゃなかった。
苦楽を共にした仲間がいた。憎み切れない喧嘩相手がいた。最後まで分かり合えなかった宿敵がいた。未来を託して散っていった者たちがいた。……こんな僕を好きだと言ってくれた人がいた。
飛び降り防止のネットフェンスに手を掛ける。フェンスが揺れてガシャガシャと耳障りな音を立てた。
行こう。
皆のいた世界に。僕がいた世界に。
もう一度、僕は――
「っ…!」
――破裂音。
転身。身を捩じるようにして反転、鞄を盾にする。
「すごい目つき。これ以上ないほど生き生きとしてるわ。さっきまでの死んだような眼とは大違い」
屋上への出入り口には、腰まで伸びた黒髪の少女。
右手に青いシャープペンシルを、左手には割れた赤い風船を持っている。先ほどの破裂音は、彼女が風船を割って意図的に鳴らしたようだ。
彼女は同じクラスの――確か、名前は……月鳥。
クラスは同じでも私的な会話を交わしたこともない相手。フルネームを思い出せたのは偶然だ。黒板の右下、今日の日直の欄に名前があったから覚えていただけ。
彼女の意図は分からないものの、ここは“あの世界”ではない。即座に命のやり取りへと発展するわけではないだろう。
そう判断した僕は、ゆっくりと警戒を解く。
それを静かに待ってから、彼女は口を開いた。
「そんなに懐かしかった? 戦いの音が」
「な、君は、知って……」
それはまるで、あの世界を知っているような口ぶりだった。
あの地獄のような戦場を、彼女も知っているかのような――。
「期待させてしまったのなら申し訳ないけれど、私は知らないわ。貴方の経験したことを、貴方の抱える苦しみを、私は何も知らない」
「じゃあ、なんで……」
「曾祖父が第二次世界停戦で従軍していてね。ずっと苦しんでいたらしいの。いわゆるPTSDよ。……何気ない物音に過剰に反応したり、急に怯えたり、お肉を前にして吐いたり。ここ最近の貴方の様子がそっくりだったから、鎌をかけてみたのよ」
PTSD。
その単語に不思議と納得できてしまった。
僕の抱える得体のしれない感情に、ラベルが付いたように感じた。
「夕島くん、貴方にお願いがあるの」
「お願い……?」
沈んでいく夕日が、少しずつ夜を連れてくる。
帳の落ちる屋上で、黒髪の少女は言った。
「私は貴方の物語を聞きたい。貴方が見たもの、聞いたもの、その全てを私に教えて」
幕は既に降りている。
拍手は鳴り止み、舞台は取り壊された。
それでも、僕らは生き続ける。
これは、その後の物語。