「いやー、改めてありがとうね。助かったよ」
砂漠の果ての学校、アビドス。全校生徒総数僅か6人。借金9億の、側から見れば「終わっている」学校
そんな学校からの支援要請を受け取り訪れたのは、最近ここ学園都市キヴォトスに赴任した"シャーレの先生"
………まぁ、"訪れた"の前には広大なアビドスの敷地の中盛大に遭難し行き倒れていたところをアビドスの生徒──砂狼シロコに救助されたという前置きがつくが
「ん……問題無い。放置でもしたらお医者さんに怒られちゃう」
「うへ、想像つくね〜」
一室に集まったアビドスの生徒5人。皆脳に今ここには居ない一人の男の姿を浮かべ、各々彼が今の先生を見て言いそうな事を考える
「"つまらない症状だ、僕の手を煩わせるな……"なんて言いますよきっと☆」
「声真似上手っ!?」
「ん、職人技」
「……?他にも生徒がいるの?」
そんな彼女達のムードについていけていないのは、まだ知り合って数分、対策委員会の全容を把握できていない先生である
先生の口から漏れたその問いに、奥空アヤネは答えた
「実は、対策委員会にはもう一人いるんです。職業柄、遠くに行くことも多くて……もうすぐ帰ってくる頃なんですけど」
「どんな子なの?」
「どんな子、ですか……」
どんな子?というシンプルな問いに、対策委員会5名はうーんと唸って黙り込む。その人の為人や性格を言葉で説明するというのは、案外難しいことでもある
「寡黙……いえ、大人びてるというか…」
「やっぱり、こう、近寄りがたさみたいなのはあるわよね」
「でも、すっごく優しいんですよ☆」
「ノノミの言う通り。ちょっと雰囲気は怖いかもしれないけど」
「でも、やっぱり最終的にはさ〜?」
『お医者さん!』
5人仲良く、五文字の言葉を同時に口にした。先生は"仲がいいんだな"なんて普通の感想を抱きながら、件のお医者さんについて思案する
医者────当然キヴォトスにも該当する機関は存在するし、トリニティやゲヘナにも類似する機関がある。だとするなら、アビドスにも似たような機関があってもなんら不思議ではない
「……お?噂をすればってやつだね」
小鳥遊ホシノがそう呟いたのを起点に、先生は思考を閉じた。直後に聞こえた、ガラリとドアを開ける音
「ん、おかえり」
「あぁ、ただい───」
所々跳ねていながらも艶のある黒髪、全てを飲み込んでしまいそうな程の黒い瞳、男子制服の上に羽織った大きな白衣
なるほど、確かに大人っぽいな──なんて、先生は益体もなくそんな感想を抱いた
「患者か?」
「アビドスに来る途中で倒れてて。一応診たほうがいいかも」
「わかった」
医者は即座に先生を見つめた。何か特別な機械を用いるでもなく、触診に移るでもなく───ただ見つめている
「……脱水症状に熱中症か。どちらももう軽度、上手くやったな」
「ん、処置は完璧」
見ただけで確信を持って症状を言い当てた医者と、ふんす、と鼻を鳴らしながら今日一番のドヤ顔を披露しているシロコ。微笑ましい光景だな、なんて思いながらも、先生は疑問を抱いた
「私のこと、連絡してたの?」
「僕は今お前と初めて出会った。それに、君のような間抜けは一度会えば覚える」
「間抜け!?」
酷い言われようだなぁ、と先生は乾いた笑いをこぼす。ただ実際、言い訳のしようもなく先生の行動はその間抜けの一言に尽きた
訪れたことのない土地に突撃し、完全に干からびて死にかけた
「熱中症に伴う脱水症状は脳への血流を減少させる。それに異常高体温が合わされば、脳神経には障害が生じる」
「………つまり?」
「ゆで卵を元に戻せるか?一度なって仕舞えば取り返しがつかないんだ」
「夏場はこまめに水分を取れ、暑いのならば部屋の温度を下げろ、外には短時間しか出るな、無くなったのかは知らんが、水分を取らずに長時間活動など以ての外だ」
「……おっしゃる通りです」
先生として、そして大人としても恥ずかしい失態。だからこそ先生は素直に反省の色を見せ、対策委員会の面々も"大事なくてよかった"と胸を撫で下ろす
「体調に異常は?」
「無いよ、大丈夫」
「ならいい。こんなつまらない、簡単に予防ができる症状で僕の手を煩わせるな」
「ノノミの予言が当たった」
例の声真似がセリフまで含めてほとんど的中し、先生はちょっぴり驚愕する。互いのことをよく理解しあっていなければできない芸当だ
「予言……?そうか、なるほど。僕はそんなにわかりやすいか。うん、いい事だ。意思疎通がスムーズになる。それで、結局この男は誰だ?」
「自己紹介がまだだったね。私はシャーレから来た先生。よろしくね」
「シャーレ、先生……?聞いた事がないな。ふむ、まあ問題無いだろう。僕は医者だ、それ以上でもそれ以下でもない」
「………名前は?」
「……?だから、医者だ」
それは名前じゃなくて職業じゃないのか、なんて当然の疑問を浮かべた先生に、ホシノが補足を加えた
「医者でいいよ。うちのお医者さん、本当にそれでしか名乗らないの」
「本名はあるんでしょうけど、頑なに言ってくれなくて……」
「そうだな、本名はあった。知る必要もなければ、その術もない。僕という個人を表すのに、医者以上の言葉は必要無い。だから、医者でいい」
「そっか」
いつか教えてもらえればいいな、なんて気楽に、特に気にもせず、先生はそんなことを考える
キヴォトスに来て、初めての大仕事。彼女達が抱える問題に対して、大人として、先生として向き合っていく覚悟を固め、先生は柔らかく微笑んだ
「……ヘルメット団、君は戦わないの?アヤネと同じタイプ?」
「いいや?こと戦闘において僕は役に立たん」
「そうなの?」
「ポリシーだ。医者が人を撃ってどうする」
「そういえば、今回の治療はどこに行ってたの?」
「百鬼夜行だ。御陵ナグサ……だったか。火傷でもないのに腕がああも黒く染まって動かなくなる…なかなか面白い症状だった。まぁ、治せないものではなかったがな。カルテを見るか?」
「わぁ、美人さんですね!」
「お……?本当だ、よく見たら可愛いな」