アビドスのお医者さん先輩概念   作:かゆ、うま2世

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僕の原点

────母親は医者だった

 

 

壁に隠れて覗き見た医者としての母親の姿は、幼い僕にとってはあまりにも鮮烈で───それが、きっと僕の始まりだ

 

母親への憧れのままに、家に置いてある医学書を絵本代わりに読み漁った。幼い僕には理解できるはずも無かったが、僕の姿を見ていた母親の助けがあり、幼少期という時期も、知識を蓄えるのに都合が良かった

 

 

『お母さんみたいなお医者さんになる!』

 

 

叫ぶようにその言葉を放った時の、少しの羞恥と慈愛に満ちた微笑みを、僕は今でも鮮明に思い出せる

その微笑みは、僕が医者を目指すと決意する理由として───僕を支えてくれる最後の一押しとして、決定的なものだった

 

 

 

母親は医者だった

 

母親の治療を受けに訪れる人間は絶えなかった。母親はどんな人にも優しかった。どんなに難しい患者が相手でも、その人の身体と心に最も適した治療を真剣に考え抜き、それがダメなら次に何ができるのかを考え続けた

 

そんな母親に少しでも近づきたくて、僕は必死に勉学に励んだ

 

そんな母親の支えになりたくて、考えうる全ての方法で、僕は母親の手伝いを続けた

 

 

 

 

 

 

母親が病に倒れた

 

患者の為、寝る間も惜しんで働き続けた結果だった

所謂不治の病という奴で、母親が助かる可能性は万に一つも無かったし、僕自身母親との別れをなんとなく予感していた。その時僕は医者ではなかったし、母親以上の腕を持つ医者を、僕は知らなかった

 

どんなに優れた医者も、自分自身を治すことはできない。日に日に痩せていく母親を見て、その当たり前の事実を強く実感した

母親が病に倒れていなかったのなら、どれだけ多くの人間を救えていただろう───なんてことを、今でもたまに考える

 

 

 

 

どれだけ忙しくても、毎日母親に会いに行った。僕にとって母親という存在はただの家族以上の意味があったし、それは母親にとっても同じだったと思う

 

 

『お母さんね、夢があったの』

 

 

僕が医者になりたいと願ったように、母親にもなりたいと願ったものがある。考えてみれば当然の話で───殆ど医学の話ばかりだった僕と母親の間に割り込んできた夢という単語に、柄にもなく放心したのを覚えている

 

 

『助けられない人なんていなくて、常に健康なままで────』

 

 

子供のような憧れの中に、大人のような諦観の混じった言葉が、深く僕の中へ響いた

母親にも、助けられなかった人間はいる。何ら珍しくない、言ってしまえば仕方のない、当然の事実───だが、母親にとってそれはどうしようもなく堪え難く、認め難い現実だった

全ての人を救う、完璧な医者。母親の中にも変わらずある理想と現実の壁が、僕へ夢を語る母親を蝕んでいるように見えて

 

 

 

 

 

『────なら、僕がやる』

 

 

 

 

気づけば、そんな事を口にしていた

 

 

憑き物が取れたような母親の顔を、僕は生涯忘れないだろう

 

 

 

『────なら、貴方に任せる』

 

 

母親との最後の問答で、僕の子供時代の終わりだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母親の白衣を身に纏った瞬間、僕は僕という存在を定義した

患者を治し、救う。そうして人々の命と生活を守り続ける存在───僕は、医者なのだと

 

 

 

 

アビドス高校へと入学する、前日の話だった

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「随分と見た目が違うが、君は砂狼シロコで、君は先生、合っているか?」

 

 

色彩───プレナパテスとの最終決戦

キヴォトスに訪れた未曾有の危機の正体は、滅んだ並行世界のキヴォトス───その生き残りである砂狼シロコと先生によるものであった

 

泣き叫びながら、自分以外の全てが死に絶えたアビドスの末路を、シロコ*テラーは語った。自分たちの世界も、何かが違えばそうなった可能性がある

誰もが辿らなかったもしもに思いを馳せ、そのもしもを辿ってしまった少女を見つめる中───一人の医者が割り込んだ

 

 

「せん、ぱい……?」

「問診だ、さっさと答えてくれ。……全く、僕がいながら何て体たらくだ。そちらの僕は随分と未熟者だったらしい」

「っ……!先輩は………!」

「いい、皆まで言わなくともわかる。どうせ、真っ先に死んだのだろう」

 

 

並行世界の自分の末路を、何の感情も浮かべず医者は言い当てた。その冷たい物言いに、シロコは顔を歪め俯く

 

 

「医者が動けなくなって、救うべき患者を救えない………どこかで聞いた話だ」

 

 

そう、本当に、聞き覚えのある話───

 

 

「舐めるなよ。君たちが僕の患者で、未だに病の中にいる───その時点で、何をどう言い訳しようと僕の落ち度だ。体に痛みは?物理的な傷は?体温に異常は?………僕の不始末だ、僕が拭う。だから、黙って医者の治療を受けろ」

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「概ね異常は無いな。色彩とやらを取り除いても見た目がそのままなのが若干気になるが……まぁ問題は無いだろう。暫くは経過観察になるがな」

「……えっと、ありがと……う?」

「礼は要らない。医者として当然のことをしたまでだ」

 

 

プレナパテス───色彩との決戦は終わりを迎えた

シロコ*テラーはともかく、プレナパテスの方は医者をもってしても"なぜ生きているのかわからない"と言わしめる程の重傷ではあったが、生きているのならば医者に治せない傷は無い

結果、あの方舟の人間は誰一人として死ぬ事なく地上に帰還した

 

 

「……やっぱり、先輩は凄いね」

「わかりきっている事をわざわざ言う必要は無いぞ」

「ふふ、そうだね───先輩のそういうところが、私は好き」

「そうか、なら良い」

 

 

地上へと帰還してから、まだそれほど時間は経っていない。プレナパテスとシロコ*テラー両名の治療を終え、過去に類を見ない程の重傷であった片方に念の為安静にしておくよう言いつけた。

その後すぐ、医者はシロコ*テラーの健康診断を始めた。治療は早ければ早いほどいい───医者は常日頃からそう語っている

 

 

「時に君、帰る家が無いだろう。僕の家に来い」

「えっ……」

「悪いが決定事項だ。諸々を考慮した結果、僕の家が一番都合がいい」

 

 

曰く、一人養える程度の金はある。曰く、経過観察の一環。曰く…………

どこまでも合理的な理由を並べ立てていく医者に、シロコ*テラーは何も言えなかった

 

 

「さ、帰るぞ。僕も少々疲れた」

「う、うん」

 

 

その強引さに戸惑いながらも、シロコ*テラーは医者の背を追った。思えば、彼はいつもこんな感じだったな───何て懐かしさも、彼女の中にはあった

 

 

「その……先輩、少し、お願いがあるんだけど」

「何だ」

「先輩のこと、もっと教えてもらえない?」

 

 

誰に対しても、名前代わりに医者と名乗る事。凄腕の医者である事。誰に対しても優しい事……シロコ*テラーが医者について知っている事はそれぐらいだった

あと、後輩には少し甘い。それを利用して、なんとかして彼のことを知ろうと模索する

 

 

「構わない。何から話そうか……そうだ、君が今羽織っている白衣は僕の母親の形見だ。母親は医者でな、僕が医者を志したのも母親の影響────」

「待って」

 

 

心の底から少しだけ待って欲しかった

シロコ*テラーにとっては大切な先輩の形見である白衣。だからこそ、反転した後も後生大事に着ていた訳だ

その大切な白衣から流し込まれる大量の情報に、シロコ*テラーは目を回す

 

 

「ん……別に気に病む必要は無い。それはもう君のものだ、好きに使うといい」

「あ、うん……ありがとう…」

「ああ。……それで、何から聞きたい?」

「……先輩の、名前」

 

 

至極当然な疑問だ。死ぬまで医者としか名乗らなかった彼の名前は、シロコ*テラーでなくとも気になるもので

 

 

「名前、名前か……」

 

 

困ったように頬を掻いて、医者は数秒黙った

 

 

「………実のところな、無いんだ、名前」

 

「もちろん昔はあったさ。だが……キヴォトスにおいて、認識や定義はただの名称以上の意味がある。その一環で、僕は僕の名前を封じた」

 

「三年前、僕は僕という存在を"医者"と定義したんだ。なんとなく、僕の医者としての技術のカラクリもわかるだろう?」

 

「人間としての名称を完全に捨て去った結果だから、僕は自分の名前も母親の名前………いや、母親に関してはほんの一部の記憶しか思い出せない。まぁ、些細なデメリットだ」

 

 

人を救う為、自分の名前も、自分にとって最も大切だった母親の名前と記憶すら捨て去る、狂気的なまでの献身

 

 

「……どうして、そこまで?」

 

 

少しの羞恥と、慈愛に満ちた微笑みを、医者は浮かべた

 

 

「人を救いたいと思うのは、そんなに悪いことか?」

 

 

その表情を、シロコ*テラーは生涯忘れないだろう。幼い頃の医者がそうであったように

 

 

「だから、その、何だ」

 

 

表情に含まれる羞恥の割合を、ほんの少しだけ増やして

 

 

「僕も、君が生きていてくれて嬉しい」

 

 

少し不器用に、医者は笑った

どこまでも他人本位な男が見せた、ほんの僅かな自分の気持ちを───どうしようもなく愛しく思えてしまうのは、きっと至極当然の話だった

 




お医者さんプロフィールその2
自分の名前と、母親との記憶の大部分を犠牲に、自分の存在を"医者"と定義している。これにより彼が行う治療行為には、『患者を健康に戻す』という概念のようなものが付属している

「珍しく素直……?馬鹿を言え、僕は元々素直な方だ」
「ん、照れてる」
「…………当たり前だろう」
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