「定期検診だ、シロコ」
「私の?」
「君のではなく、明星のだ」
ミレニアム学園三年生、特異現象捜査部兼ヴェリタス部長。僕の患者である明星ヒマリの肩書きだ。もっとも、彼女に言わせれば少なすぎるのだろうが
長ったらしい肩書きを口にする彼女の姿を思い浮かべつつ、必要なものをさっさと用意する
「……………なぁ、これは明星のカルテだよな」
「そうだけど……どうかしたの?」
「いや、万が一にも間違える訳にはいかないからな。さ、行こうか」
僕もシロコも慣れたものである。元よりキヴォトス中を飛び回って活動している訳だし、明星の定期検診なんてそれこそ数えきれない程だ
いつも通りの道を辿り、いつも通りの時間をかけて、いつも通りの場所へとたどり着いて、いつも通りの検診を済ませていく
「うん、うん………変わったところは無いな。君は健康を維持できている」
「ふふん、この超天才清楚系美少女ハッカーにとっては造作もない事です」
「部長、ハッカー関係あった?」
「ん、無いと思う」
「なるほど、ハッカーの道を極めれば健康管理すらできるように………」
「飛鳥馬、そういうことは僕に聞け。いくらでも答えてやるから」
明星は飛鳥馬にとって間違いなく良い先輩となるだろうが、稀にこういう事がままあるのが悩みどころだ。気づいた分は修正しているが、もう手遅れかもしれない
「僕としては特に言うことも無い。何もなければ帰るが………」
「あぁ、少しお待ちを。百鬼夜行の事について少し」
百鬼夜行連合学院───となると、まぁ話題は想像がつく。つい最近、祭りに乗じて一悶着あったようだし
「先の騒動の事なら既に粗方始末は付いている。外傷を負った人間の治療は終えているし、御稜のような症状を発症した者も見られない」
「それは良かったです。……ナグサさんを襲った症状についての進展は?」
「特には無いよ。花鳥風月部という部活と関わりのある『百物語』と呼ばれる特異現象が大元。それ以外の情報は何も無い」
医者であり、その後に──特異現象捜査部副部長、という肩書きが僕にはある。肉体を犯す特異現象に対するカウンター、それが僕の役割だ
「後は………個人的に、御稜の精神状態を少し心配している。彼女は強い人だし、今回の件もあって少しは前を向けたと思うが…易々と治る傷でも無いだろう」
「アヤメさん………安否だけでも知れると良いのですが」
「全くだ。生きてさえいるなら、指の一本でも貰えれば治せるというのに」
「………副部長、それホント?」
「本当だよ、和泉元」
やった事は無い、というかあるわけが無い。指の一本以外消し飛んだ人間がいたとして、そうなった人間は確実に死んでいる。だからあくまで仮定の話。生きている事、僕が治療できる最低条件だ
「そんな奇跡のような芸当ができるのに、ヒマリ部長の体質は治せないのですか?」
「僕の仕事は患者を元に戻す事であって、より良くすることじゃない。明星は病弱なのがデフォルトだから、それをどうこうはできない」
「なるほど………」
気付けば、随分長く話し込んでいるような気がする。別に悪い事でもないが
「さて、これ以上何もないなら僕は戻るが」
「構いませんよ。今回もありがとうございます──また、いつでも遊びに来てください」
「そうさせて貰おう。退屈しないからな、ここは」
「であれば、お見送りをさせていただきます」
シロコと飛鳥馬を連れて部室を出る。ちょうど一年ほど前から発足した部活だ。最初は明星一人、僕が誘われ、和泉元が入り、飛鳥馬が加わって、と少しずつ大きくなっていった。ここの空気は、僕にとっても心地よい
「………ここまで連れてきておいてだが、別に見送りに来る必要は無いんだぞ?君は確かにメイドだが、僕にまでそのように振る舞うことは……」
「いえ、私がしたいだけですので。……それとも、迷惑でしょうか」
「や、別に責めている訳ではないんだ。君がいいなら、僕から言うことは何も無い」
シロコも飛鳥馬も、僕を慕ってくれるいい後輩だ。人間関係という点において、僕は非常に恵まれていると言える。一度、身勝手に全てを捨てた身でありながら
「先輩、気をつけて」
「…………ここはゲヘナだったか?」
「副部長、お下がりを。制圧して参ります」
爆発音とともに、青空を染めていく黒煙───キヴォトスではよく見る、どこかの不良生徒が暴れている光景だ。制圧すると言うのなら飛鳥馬とシロコに任せる。僕の仕事はその後だ
まぁ、当然と言うべきか。飛鳥馬の強さは本物だ。シロコも、喜ばしい事ではないが踏んできた場数が違う。そこらの不良生徒程度が相手になる筈もなし。ものの数分で制圧は完了した
「ありがとう、助かったよ………飛鳥馬、頬に傷ができている。治すから少しじっとしていてくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
とは言いつつも数が数だ。降り注ぐ銃弾を全て避けるなんて芸当ができる人間はそう多くない。飛鳥馬の頬に、ほんの僅かな流血を伴った傷ができている
自力で処置すればどうとでもなる傷だが、僕の目の前にある以上放置するという選択肢は無い。処置の為、飛鳥馬の体に触れる──────
「…………?」
何か、おかしい
体に触れて、傷の具合を目視する。ほんの僅か、僅かとは言えど、それは流血を伴った傷だった筈だ。それが、この数秒で完治して────
「…………?どうかされましたか?」
「先輩?」
この感覚を、僕はよく知っている
多分、この世の誰よりも。いつだって、世界はこんなにも脆くて、ほんの些細な事が、何もかもを無茶苦茶に変えてしまうんだって
──────────────────
キヴォトスのどこか、どこにでもある住宅街だ。飛鳥馬もシロコも隣には居ない。僕一人だけ、そのどこにでもある住宅街を歩いて、ふらふらと
「……………」
懐から、明星のカルテであろうものを取り出す。シロコに見せた以上、これが明星のものであることに疑いは無い
───ちょうど、医者になって一年ほどの時の話だった
僕はどうも、患者の症状をよく見るきらいがあった。カルテを見る時も、名前を見て、症状を見て………ではなく、その逆
そんな事を続けて一年、あまりにも唐突に訪れたそれを、今でも鮮明に覚えている
患者番号159、あと症状。僕の目に映るカルテには、たったそれだけの文字が書かれていた
僕は、僕という個人の認識を、医者という普通名詞に相乗りさせている。僕が僕自身を医者と思い、周囲の人間も同じように思う。その認識が存在するから僕は医者でいられるだけ───つまり、僕という存在は認識の上であまりに不安定な状態にある
氷室や蒼森が症状ばかりを見つめたところで、カルテの見え方が変わるわけが無い。認識の上であまりに不安定である僕だからこそ、簡単な事で世界の見え方は変わってしまう
「……あれ、あぁ、先生じゃないですか!」
「ん………あぁ、貴方でしたか」
僕に話しかけたのは、中年の男だった。彼は僕の患者だ。度々体調を崩しては、僕の元を訪れる男
「どうされたんですか、こんな場所で」
「少し散歩をしていただけです。体調はお変わりありませんか?」
「えぇ、お陰様で!」
「であれば良かった。また何かあれば遠慮なく」
中年の男を見送って、僕も歩き出す
────彼は、僕の父親だ
僕は自分の名前と、記憶を代価に自らを医者と定義した───そうシロコには話した。間違いではない。代価にした記憶は、僕自身のものと、周囲の人間の僕に関するものだ
◼️◼️◼️◼️の記憶を持っている人間もいなければ、その存在を示す記録も無い。だからこそ、僕は医者へと生まれ変わった
ある意味で、一番可哀想なのは彼だ。妻を失い、たった一人息子がいた事すら忘れ、一人生きていくしかなくなった
「さて……………」
もう、目を背けていられる状況ではなくなった。医者として仕事を続け三年───多くの場合、技術というものは数を重ねるほど洗練されていくものだ
僕の医療行為にはそれ自体に治療効果が付与されており、回数を重ねるごとにそれは洗練されていった。そして今日───患者に触れると言う、治療の第一段階で傷を治してみせるまでに至らせた
悪い事は何も無い。医者として、より迅速に治療ができるようになっただけ───しかし、触れただけで傷を治すような男を、人は医者と呼べるのだろうか
「………魔法使い、が一般的かな」
重要なのは認識だ。僕が医者を自認し、周りもそれを良しとしているから僕という存在は成り立っている。では逆に、そのバランスが崩れれば。例えば、大勢の人間が、僕を魔法使いと認識したら?
簡単だ、僕は魔法使いへと生まれ変わり、周囲の人間から医者としての僕の記憶も記録も全て消え失せる
「あーあー………」
こんな事を、誰にも言えるわけがない。朝目覚めたら、朝食を食べ終えたら、あるいは、瞬きをしたその刹那。そのわずかな瞬間の後、全てが僕を忘れ去るかもしれない
君たちと過ごした記憶は、残した記録は、今にも割れそうな薄氷の上にあるだなんて
その未来が訪れないよう───あるいは、それが少しでも遠い未来のものとなるよう祈る事。それだけが、僕に許された抵抗だった
とりあえず書きたい事は書けたかな
あと考えてる設定としてはその気になればホシノ圧倒できるぐらいには強かったり人助けるよりも殺す方が才能あったりするけどこれは気が向けばって事で