震転のアイギス   作:3×41

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06 統合統括会合

「そういえば僕はその、統合統括会合に立ち会うのははじめてなんだけど、どういう風にしてればいいのかな」

 

 ケムリはテッサ、サラと一緒に13課本部ビルの屋上から輸送機に乗り込み、別のビルへと移動し終えたところだった。

 市街地の中央地区にそびえるそのビルの内装はかなり厳格というか、趣向をこらしている様子で、赤いじゅうたんのしかれた廊下をサラとケムリが前に、その後ろにテッサが歩く格好で会議室へと向かっているところだった。

 

「あぁ、そういえばケムリは初めてなんだっけな。とは言え、こういうときのテッサの護衛は基本的に雲将のじじいがやってるから、私もそうそう呼ばれることはないんだけどね」

 

 ひと気のない廊下をコツコツという靴の音と3人の会話だけが響く。

 サラがそういうと、後ろのテッサが説明を付け加えた。

 

「この会合の3省庁が警察庁、国家公安省、国家防対省だということはケムリさんも知っていると思いますが、この会議にはそれぞれの統括クラスが全員出席することになっています」

「この会合がもしテロにでも会えば、日本の防衛能力はクライシス状態になること受けあいだ」

 とサラ。

「サラさんのおっしゃる通りです。そのためのあなたたちでもあります。まぁ、気がかりなのはそれだけというわけではないんですが……」

「どういうことさ?」

 

 テッサが言いよどんだのを、ケムリがたずねると、その先をサラが受け取って続けた。

 

「ハフィントンだろ? ヒルズ=ハフィントン。防対省のナンバーツーだよ」

「そうです。そもそも、国家防対省は機密の塊のようなところなのですけれど、その防対省の中でも彼は最も得体の知れない人物の一人です。もしかしたら彼がケムリさんに接触を図ろうとする可能性もあるんですが、ケムリさん、彼の言うことを決して信用しないでくださいね。少しでも気を許すと、気がついたときには頭から足の先まで取り込まれていることになりますよ」

「お、驚かさないでくれよ」

「あ、ごめんなさい。でも、彼と対峙するときは細心の注意を払っておいてくださいね。これは最低限必要なことなんです」

 

 3人がしばらく廊下を歩いていると、エレベーターの前のレストルームに人影の姿を見ることができた。

 向こうもこちらに気づいたらしく、一人の男が右手を上げてこちらに歩いてきた。

 

「やぁ、フラクタル大佐。それに今日は、雲将先輩じゃないんだね」

「九鬼統括、お久しぶりです。お変わりはありませんか?」

「ああ、おかげさまでね。こっちの子は?」

 

 九鬼統括と呼ばれた、おそらく攻殻のどこかの課の統括であろうその男は、ケムリのほうを見てテッサにたずねた。

 

「彼は13課の補佐を任せている私の部下です。今日は見学ということで同行を許可しています」

 

 同行を許可、ね。

 社交辞令を含んだその言い方に、ケムリは特段文句をつけるつもりはなかったが、もう少しで毒づきそうになるのをすんでのところで抑えた。

 

「へぇ、大丈夫かい? まぁ大佐がそう判断したのなら、大丈夫なんだろうけどね」

 

 ケムリとしては、この九鬼統括が、ケムリ自身と同じ歳の少女にほとんど全幅の信頼を置いていることに、今でも違和感を禁じえなかったのだが、テッサは九鬼の言をにこやかに受け流して

 

「九鬼さんもこれから会合へ向かわれるのでしょう? 副長がまだいらしていないんですか?」

「その通り。彼女も多忙な身だからね。まぁ会合までには間に合うよ」

「では、私たちは先に失礼しますね」

「ああ、会合ではお手柔らかに頼むよ」

 

 テッサと九鬼がそう軽い挨拶を交わし終えると、3人はそのままエレベーターに乗り、会合室がある階へと降りた。

 

「しかしどうもテッサも大変みたいだな。まだ立ち会っちゃいないけど、こんな会合にさいさい参加させられてちゃ僕なら気がめいっちゃいそうだよ」

「そうですね。そもそも私たちの13課はそう強い立場にある部署でもありませんし。まぁ、慣れもあります。いつも紛糾するというわけではありませんし。それにいいことだってあるんですよ。今回は少し、探りを入れておきたいこともありますし」

「へ、へぇ……」

 

 紛糾するんだ。というのがケムリの第一の感想だった。

 とは言え、ケムリには海千山千の三省庁の大幹部を相手に押収をするこの少女の姿がもうひとつ想像に易くはなかったが、おそらくテッサのような人間にしかできないことなのだろうとケムリは推察した。

 

 エレベーターを降りると、そこには4名のSPがこちらをさっと一瞥し、また視線を戻した。

 このフロアからは警戒レベルが1段高まっているようだった。

 

「攻殻13課統括テッサ=フラクタル。並びにその護衛者2名通過しますね」

 

 テッサがそういうと、黒服の男たちはうやうやしく、しかし慇懃とまではいかない程度に頭を下げて通行の許可を示したようだった。

 ケムリはテッサとサラに続いて、自分のような高校生がこんなところに来て変に思われていないだろうかと心配しながらフロアエントランスをくぐった。

 

 コツコツ、と廊下を歩く音がそのまま壁に反射して耳に入ってくるようだった。このフロアの照明はほど暗く、廊下の先まで見通すことができない。

 まだつかないのかな。

 ケムリが歩きながらぼんやりとそう考えていると、廊下の目先のT字路から、テッサたち3人とは別の集団が歩いてくるところだった。

 

「あいつだ。ケムリ、のまれるなよ」

 

 サラがケムリのほうを見ずにそういった。

 

 言われたケムリが向こうから歩いてくる集団を見ると、先頭にブロンドの髪のややカジュアルな髪の、顔に清涼感のある笑顔をたたえた青年を先頭に、その後ろには7、8名の男たちと一人の少女。それもまだ10歳かそこらの少女を従えた集団が歩いてくるところだった。青年の後ろにいる男たちは、おそらく護衛ではなく、国対省の幹部たちだろうとケムリは推測した。残る10歳そこらの少女についてはケムリには見当がつかなかった。

 

「やぁフラクタルさん。一月ぶりだね。元気そうでなによりだよ」

 

 その集団の先頭の青年は、テッサたち3人の集団を認識すると、両手を広げるようにして、テッサたちに朗らかにそう言った。

 ケムリはもう少し厳格な人間を想像していたが、しかし存外、というか見た目どおりの好青年という印象を受けざるをえなかった。

 

「こんにちはハフィントンさん。あなたもお変わりなさそうですね。マリアさんも」

 

 テッサがハフィントンの隣の、シルバーブロンドの巻き髪の少女にそういうと、マリアと呼ばれたその少女はテッサのほうへ目配せをした。

 

「どうだい13課の最近の調子は。こちらはいつものことながら忙しくてまいってるよ。防諜に関しても割ける人員は限られているし、だからといって安易に増員しては質の劣化を否めない。昔ながらのジレンマとはいえ僕たちもいつも頭を悩ませているよ」

「お気持ちはお察しします。人員に関しては、我々13課でも難しいところです」

 

 テッサが短く返すと、ハフィントンは軽く手をパンと叩いた。

 

「そうだったね。そもそもアイギスキャリアーの試験は最難関だ。TOIXSを通過できる人間は何万といる世界中のウルオスキャリアーの中でほんの数人、去年の合格者は確か3人くらいだったか」

「テストオブアイギスザクトアンドシンセシスですね。去年の通過者は2名です。男性が1名、女性が1名、しかし彼らがアイギスのサイコニクスに感応を示せるかについてはまだ未知数です」

「なるほど。ともなればTOIXS通過者は是非ともうちの国対省に欲しいところだな。ときにフラクタルさん。そちらの彼は?」

 

 ハフィントンが笑顔でケムリのほうを向いてそうたずねると、ケムリは緊張でにわかに身を硬くした。

 

「彼は13課の補佐を任せている人間です。今回は見学として同行を許可しました」

「へぇ。まだ若いのにたいしたものだね。君、将来3省庁のいずれかに入省することになったときは、ウチの国対省への入省も是非検討してくれよ」

「あ、わかりました……」

「悪いねハフィントン。ケムリの将来のポストは私のものだと既に決まっているから、それは無理な相談というものだよ」

 

 隣のサラがそう口を挟むと、ハフィントンは少し疑問そうにアゴをしゃくった。

 サラ、お前のそのおしゃべりな口はあとで僕がふさいでやる。

 ケムリがそうどだい無理筋な決意を固めるのをよそに目の前のハフィントンは笑っていった。

 

「ハハハ、これは失礼した。僕も他人の情事にどうこう言う気はないが、職務とはまた別のものであることも事実だからね。どうか心に留めておいてくれ。ときにハースニール君は先刻のクレスト=アーバレスト社の制圧は見事だったね」

「そりゃどうも。さすが情報が早いね」

「それだけがうちの長所といってもいい」

「そうなのですか?」

 

 隣から、テッサがそう口を挟んだ。

 一拍はさんで、ハフィントンが笑顔でテッサのほうを向くと、テッサはケムリの目にはにわかに口もとを引き結んだ様子で続けた。

 

「今回のクレスト=アーバレスト社の占拠事件については、いささか不可解な点が散見されます」

「ほう?」

 

 ハフィントンがそう続きを促した。

 

「まず占領までの手際が鮮やかすぎます。後進国のテロリストの水準から、この錬度についてはいささか乖離しています」

「なるほど。しかし最初から入念にリサーチしたのではないかな? ありえないことではない」

「その可能性も否定できませんが、それにしてもこれは異常な水準であると言わざるをえません。もう一点、テロリストはクレスト社にアーマードスーツを持ち込んでいました。これも彼らの武器水準、タクティクスの錬度から言って、そうそう持ち込めるものではありません。まるで、最初から搬入の経路をあらかじめそれらについて明るい人間が助言していたかのようです」

「アハハ、それじゃぁまるで、僕らがそのテロリストを支援していたかのような口ぶりじゃないか」

「私はそう言っているつもりですが?」

 

 テッサが表情を崩さずにそういうと、しかし、ハフィントンは笑顔のままで、テッサの真意をさぐるようにテッサの表情を観察しているようだった。

 ハフィントンの背後で国対庁の幹部たちがにわかにざわつきだしていた、中には額に青筋を浮かべているものもいる。

 しかし、動きを見せたのは、テッサたちでも、ハフィントンでも、彼の背後の国対省幹部たちでもなく、ハフィントンの隣に控えていたマリアと呼ばれていた少女だった。

 

 彼女が、ピクリと両手を動かすと、一瞬でその両手が掻き消え、次の瞬間には、両手が変形、変質し、硬質化したように伸びる彼女の両手が長く先端は鋭利な刃物のように姿を変え、テッサの首元につきつけられていた。

 

「なっ……」

 

 その様子を見るケムリの口からそう言葉がもれたが、その一瞬で、そのマリアという少女が伸ばした両腕が変質した刃と、交錯するように黒い刃が逆にハフィントンの首元へと同時に伸びていた。

 その黒い刃の手元を握っているのは、テッサの隣のサラ=ハースニールだった。

 ケムリが気づいたときには、一瞬でアイギスを装着したサラが右手に握った黒い重力子の刃をハフィントンの首元に突きつけていたのだった。

 

「私がいることを忘れるなよ。人造人間」

 

 テッサとハフィントンはお互い表情を崩すこともなくお互いをみやっている。

 一方でハフィントンの後ろの幹部の男たちは騒然となっていた。あわてた様子で連絡用のタブレットを取り出しているものまでいる。

 しかし、ハフィントンが笑顔で右手を上げると、その手を見た男たちはピタっと騒ぐのをやめた。

 

「刃をおろせ、マリア」

 

 ハフィントンがそういうと、マリアと呼ばれた少女は、スルスルと両手を再びもとの小さな手に戻した。

 その動きにあわせるように、サラも黒い刃を引いた。

 

「すまないフラクタルさん。この子はちょっとしたことですぐ行動に出てしまうんだ。許してやってほしい」

「大丈夫です。気にしていません」

 

 嘘つけとケムリは心の中で毒づいたが口には出さなかった。

 

「しかしずいぶんとトゲのあることを言うものだね。もちろんそのような事実はない。証拠もないのだろう?」

「ええ、状況証拠があるのみでそれを確定させる証拠があるわけではありません」

「もちろんだよ。それでは我々に何の咎が押し付けられるものでもあるまい」

「しかしそれらを示しうる傍証は、これからもいくつも出てくるはずです。たとえばあなた方がクレスト社の株式を売却している可能性もあります」

 

 ダハクに調べさせたな。テッサの後ろでケムリはそう推察した。

 ハフィントンは笑顔のままで、思い出したように手を叩いた。

 

「ああ! 思い出した! そういえば数日前にクレスト社の株式を売っていたんだった!」

「なっ…… 認めるんですか?」

 

 テッサが少し驚いたようにたずねると、ハフィントンは笑って答えた。

 

「アハハ、もちろんだよ。調べればわかることだ。それに何の問題があるというんだい? たまたま、偶然に株式を売却していた。それだけのことが何の罪にも問われるいわれはない」

「それは、その通りです」

「もちろんその通りだよ。フラクタルさんのジョークは楽しませてもらったが、そろそろ会合の時間だ。僕たちはお先に失礼するよ。では会合で」

 

 ハフィントンは朗らかな笑顔で3人に挨拶すると、国対省の幹部たちを引き連れて先に廊下を進んでいった。

 それを見送ってしばらくしたあと、テッサが胸に手を当ててため息をついた。

 

「はぁ……」

「大丈夫かテッサ?」

「ええ、もちろんです」

 

 サラが気にかけるようにたずねると、テッサはそう答えて、次に小さな通信装置を取り出してダハクに通信した。

 

「ダハク。話は聞いていましたね?」

『肯定です。統括』

「あなたは今回の事件で裏からテロリスト達に助言をした人間がいるという前提で考えられる可能性をすべて演算しておいてください」

『了解しました。しかし統括。お言葉ですが、仮にその裏に国対省の人間がいるとしても、そこにまでつながる証拠を彼らが残している可能性はほとんどゼロかと推察されますが』

「かまいません。たとえ末端でも、今回の事件に加担した人間にふさわしい報いを与えなければなりません」

『了解しました。それはつまり消去すると受けとってよろしいのですね?』

「ダハク、私がそのようなことを言いましたか?」

『いいえ、統括は何も言っておられません。では、すべてこちらで手配します』

 

 テッサとダハクの会話を横で聞いて、ケムリは息を飲んだ。

 ダハクがそう答えると、ちょっと間をおいてテッサがさらに答えた。

 

「あの、本当に何も言ってませんよ? お願いですから何の手配もしないでくださいね?」

 

 テッサがあわてた様子でそう付け加えるのを聞きながら、ケムリがサラのほうを見ると、サラは西洋風に肩をすくめたポーズで涼しげに笑った。

 

 

 

 #

 

 

 

「すいませんケムリさん。本当は会合までご一緒してもらうつもりだったのですが、見学という意味では、すでに十分ですし、会合でケムリさんがつかれる可能性も出てきたので、申し訳ありませんが今回は先に帰還していただいても……」

「うん。大丈夫。むしろほっとしてるよ僕」

 

 ダハクとの通信を終えたあと、テッサがすまなそうにケムリにそういうと、ケムリは朗らかな様子でそう答えて、会合室へと向かうテッサとサラを見送り、一人13課本部へと向かった。

 

 

 

 

 

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