提督室?
「お目覚めですか?不審者さん」
気がついた時には、簡素なベッドに寝かされ年季の入った天井の木目を見ていた。窓からは暖かな陽射しが小さな部屋を四角く照らしており、夜が明けたことを知る。声をかけてきたのは、よく知っている顔だった。本土の商店街では少し有名な、しっとりとした美人の女性。誰も彼女のことをよく知らないが、柔らかな物腰と容姿にあった綺麗な所作でちょっとしたアイドルになっていた人。
「貝原さん?ですよね」
「あら、覚えていてくださったんですね」
そりゃそうだ。あの街で彼女を知らない人の方が少ないだろう。貝原さんが買い出しに来るだけで、商店街は活気に溢れるというものだ。じっと彼女を見つめると、読んでいた本を閉じてポンと膝を叩いた。
「ここでは鳳翔と呼んでください。本名はこちらですから」
「はあ」
「お体の方は問題ありませんか?」
「ええ、まあ」
我ながらなんとも気のない返事だが、有り体に言って俺は混乱している。それを察してか、もう少し安静にしてくださいと、静かに部屋を後にした。狭小な空間に静寂が戻ると、どこからか子供達の笑い声がした。
第五島泊地 第一倉庫
話によれば、ここは倉庫のはずだ。しかし、中から見た限りはどうもそれらしい構造にはみえない。年季の入った板張りの廊下に、漆喰の壁。等間隔に並んだ小さな部屋たちは、昔よく泊まったバックパッカーホテルのようだ。壁に張られた紙には掃除当番の表や、『当トイレ使用禁止』と『ろうかをはしってはいけません』。あちこちから生活感が感じ取れた。
「こっち」
案内役は件の少女だ。二つのツインテールが揺れるたび、目が勝手に追ってしまう。年齢は10代後半だろうか。どんな武闘派格闘少女かと思いきや、動揺や遠慮を孕んだ煤竹色の瞳が年相応に揺れていた。
先日の襲撃が嘘のように、彼女から敵意や害意を感じない。きっと連絡がうまくいっていなかった、何か手違いがあって侵入者と勘違いしていたのだろう。素直じゃないやつだ、可愛いじゃないか。ほっこり。
「何よ…」
「いや、特に」
そんな態度なので、こちらとしても馴れ馴れしく会話など振れることもなく、二人は微妙な距離で廊下を歩く。きいきいとなる板張りの廊下が、歩くたびに軋んで鳴った。
「失礼します」
案内された部屋は、ドアの無い大部屋。広くとられた部屋に並んだ長机と奥に見えるキッチンカウンターは、正しく食堂然としていた。
「あの、倉庫番の仕事って…」
「親方さんから聞いてないですか?」
部屋には貝原、鳳翔さんが一人。綺麗な和装に割烹着を掛け、たおやかに笑った。
「では、改めまして。ようこそ第五島泊地へ、提督さま?」
「て、提督ですか」
俺はそう呻いて後ずさった。いつからそんな偉くなったんだ、二階級特進どころの騒ぎではない。どんな間違いがあれば一般人が艦隊司令官に飛び級できる。俺は軍人でも無ければ政治将校でもないんだぞ。
「ええ、ここは第日本海軍管理下の軍事拠点ですからね。提督ですよ。これからよろしくお願いしますね?」
「揶揄わないでくださいよ…俺は本当に倉庫番としか」
そうだ。俺は倉庫番としか聞いていないのだ。いくら俺が住所不定無職戸籍なしの在日日本人だからといって、許されることではないだろう。半ば騙すようなやり方で僻地に飛ばされる俺の気持ちを考えて欲しかった。
「ふふ、ごめんなさいね。少し意地悪しちゃったかしら」
そう言って鳳翔さんは居住いを正すと、改めて仕事の説明をしてくれた。
「でも、軍管理下ってのは嘘じゃないわ。あなたは軍名義の兵器管理者として、しばらくこの島に滞在してもらいます。建前上、一人は私たちの監視をしなくちゃならないらしいのだけど、軍人さんは忙しいみたいよ」
まるで俺が暇であるかのような言い草ですね。その通りですけど。なんならここ以外に行くアテもないですけど。
鳳翔さんは満足したように目線を隣の少女に映すと、スッと目を細めて声色を落とした。
「それと、瑞鶴?ちゃんと謝るのよ?」
「えーっ!悪いの私っ?!」
今まで沈黙を守ってきた少女は、弾かれたように声を上げた。やいのやいのと言い訳を捲し立てる様は、悪事のバレた少年のようで聞いてて微笑ましい。落ち着いた清流のような声に、溌剌とした負けん気の声がくってかかる。が、どうやら部が悪い勝負だったようで、
「わかった?」
ピシャリとした言葉に、他人事ながら俺の背筋はピンと張った。渋る可愛い唸り声がすれば、不承不承ながら「わかったわよ…」と声がする。
彼女は座る俺を見下して、ふんと鼻を鳴らした。
「昨日は悪かったわね。いきなり殴ったりなんかして」
彼女は腰に手を当てるや、頭の高さの変わらない謝罪を口にした。やはり彼女は先ほどのお叱りに納得がいかず、私は悪くないと態度で表していた。そして、どうだと言わんばかりに隣を向いた。静かに微笑んだ鳳翔さんを見て、瑞鶴はホッと肩を撫で下ろした。
「それと、みんな出て来なさい。新しい提督さんにご挨拶しましょう」
そうやって優しく微笑んで、鳳翔さんはちょいちょいと廊下に手招きをする。すると、扉のない枠組みから、ぴょこぴょこと可愛い顔が覗き込んできた。
銀、紫、橙が二つ。パレットのような色とりどりの髪をした、幼い少女たちはおずおずとこちらを伺っている。どの子も10歳かそこらに見える。
「君が新しい司令官かい?」
「ご機嫌よう!」
「ごごご、ごめんなさいなのです!」
「司令官、よろしく頼むわね!」
堰を切ったように、全員が同時に喋り出す。取り囲まれて質問攻めに合う俺は助けを求めて視線を投げるが、鳳翔さんは微笑ましそうに、瑞鶴は胡散臭そうに眺めるだけだった。
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