ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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プロ集団(2011/12/7、12/8)

 弾丸は腹部を貫通。傷口は塞がっているが、出血多量により意識不明。簡単に言えば昏睡状態だ。命に別状はないものの、いつ目覚めるかは分からない。未だ入院中の菜々子の担当でもある、港区から来た医師の見立ては概ねこんなところだった。患者が寝かされている病室で、医師から診断を聞いているのは堂島だ。

 

「ペルソナでも治せないのですか」

 

「あの力は外傷に対しては、通常の医療手段を遥かに超える効果があります。しかしこの種の症状には……」

 

 ペルソナによる回復魔法は切り傷、打ち身、骨折などの外傷には驚異的な効果がある。しかし病気の類には効かないし、もちろん死人には何の役にも立たない。もしもペルソナ能力で何でも治療できるのであれば、菜々子が心肺停止に陥ることもなかった。大量の血を失って深い眠りに落ちた悠を、何事もなかったかのように助けてしまう便利な力を持つ者はいない。特別捜査隊とシャドウワーカーのどちらにも。

 

 使える局面では素晴らしく便利だが、使えない時は使えない。ペルソナとはそういう力である。

 

「本人に期待するしかありません」

 

「……」

 

 堂島は目を閉じて天を仰いだ。10月には娘がシャドウに狙われ、11月には誘拐された。それでもう十分すぎるくらいなのに、今月は一度死の淵に落ち、奇跡的に生還した。人生最悪の悲しみと最高の喜びを味わったのは、たったの四日前である。そんな短い間に、今度は甥が銃で撃たれて意識不明。しかも撃ったのは自分の相棒と来た。

 

 今年は辛いことや苦しいことがむやみに多かったが、年の終わりが近づいたこの時期は、クライマックスとばかりに大事件が連続して襲ってくるようだった。感情が追いつかないくらいである。

 

(何と言うか……)

 

 堂島は元より口が巧みではないが、今の自分の心境は辞書を何冊引こうと相応しい言葉は見つかるまい。そんな気がしていた。『この世の神は、俺にどれだけ背負わせれば気が済むんだ』などと言っても、到底足りない。

 

 説明を終えた医師が病室から去ると、今度は六人の少年少女がやって来た。

 

「済みません!」

 

 そして全員揃って膝と手をついて、床に頭を擦りつけた。陽介と完二もそこにいる。二人はつい先ほど昏倒させられたのだが、入院する羽目にはなっていない。悠と違って、雪子の回復魔法を受けるとすぐに意識を取り戻した。

 

 特捜隊がテレビから脱出したのは、ジュネスの営業時間が終わる間際だった。彼らは救急車を呼んで悠を稲羽市立病院に搬送すると共に、保護者である堂島に連絡した。そして全てを話したのだ。

 

「ごめんなさい! マジで……」

 

「お前たち、今日は帰れ」

 

 叔父の視線は眠る甥に注がれており、後ろで土下座する若者たちを振り返りはしない。

 

「でも……」

 

「いいから帰れ。お前らがここにいても、どうにもならん」

 

 堂島の声は不思議と穏やかだった。悠と陽介が生田目を殺そうとした時は鬼の一喝で黙らせたものだったが、今日はそうしない。勝手に動いて下手を打った子供たちを叱りつけるでもなく、もちろん鉄拳でもって制裁するでもなく、ただ静かな口調で話す。それは怒鳴るより激しい怒りの表れなのか、それとも本当に怒っていないのか。背を向けられている陽介たちには判別できなかった。

 

「済みません、本当に……」

 

 陽介はもう一度頭を下げた。それから全員立ち上がり、病室を後にする。ただ去り際に声が上がった。

 

「必ず目を覚ますって、信じてるからね!」

 

「絶対だよ!」

 

「先輩、私も信じてるから……」

 

「僕も信じます」

 

「俺もっす! 先輩、ゼッテーっすよ!」

 

 それはまさに信仰の告白だった。だが信じてもらっている当の少年には聞こえていない。眠り続ける絆の主に代わって、保護者が背中で受け止めた。

 

「……」

 

 堂島はもう一度目を閉じた。病室の引き戸が閉められた音を背中で聞いてから、おもむろに開ける。甥は入院服を着ていて、酸素マスクで口と鼻を覆っている。その姿を目に焼き付けようとするように、堂島は悠から目を逸らさない。

 

「馬鹿だな……何で一人で行きやがった」

 

 こうなった経緯は全て聞いた。今日の夕方、悠、陽介、尚紀の三人はテレビの中のコニシ酒店に向かい、早紀のシャドウを見つけた。被害者『本人』の証言により、真犯人として足立が浮上。そしてテレビに逃亡。悠は一人で足立のもとへ向かい、撃たれた。それらの一連を、堂島は陽介から聞いた。ただなぜ悠は一人で行ったのか、それだけが分からない。陽介は悠から何も聞いておらず、想像もつかないとのことだった。

 

 二人の死者を出した連続殺人事件の犯人は相棒だった。堂島にとって、この事実はもちろん衝撃的だった。しかし尚紀と違って取り乱すことはなかった。それは昨日から足立に疑いを抱いていたことと、四日前の出来事が影響している。

 

 何があろうと、堂島は取り乱すわけにはいかないのだ。相棒が犯罪者であろうと、甥が意識不明で倒れようと、娘が死のうと。だがそれは何が起きても平気という意味ではない。むしろ逆だ。

 

「少しは俺の身にもなれってんだ……」

 

 月日と共に苦悩は増すばかりで、一向に減りはしない。痛みが麻痺することもない。何があろうとただ耐えて、とにかく前に進むしかないのだ。そんな堂島の苦衷を理解できる者が、この世のどこにいるだろうか?

 

 だがそれを言うならば──

 

「……そっちこそ、か? ああ、そうだ。もう首突っ込むなって、お前を拒絶したのは俺だ!」

 

 堂島もまた悠の気持ちを分かってはいない。菜々子を救助した次の日と、殺人未遂を止めた次の日。堂島はこれまで二度、悠を拒んだ。特に二度目は深刻だった。同じ屋根の下で三つの季節を過ごして、娘の世話を焼いてくれる『よくできた』甥を、殺人犯ではないかと疑うくらいに。

 

「一年も経ってねえのに親父面なんて、無理があったかもな……」

 

 叔父と甥はどちらも誤っていたのだ。悠は堂島との絆の反転を後悔しているが、後悔なら堂島にもある。しかし悔やんでばかりはいられない。眠る悠と違って、起きている堂島は行動しなければならない。

 

「だが……事件は必ず解決する」

 

 堂島は両の拳を固く握った。四日前に悠の頬を打ち抜いた鉄拳に、本気の覚悟を込める。この力で事件を解決する。相棒に罪を償わせる。いつまでも地上から去らない、謎そのものである霧も晴らしてみせる。他でもない、自分こそがやるのだと。娘の為に戦ってやれず、甥の気持ちを汲んでもやれない駄目な父親ではあるが、全てを解決する。そう心に決めた。

 

 決めた瞬間、光が差した。

 

「む……?」

 

 決意の心は拳のみならず、堂島自身にも新たな力をもたらす。その力の名は──

 

「……コンゴウリキシ」

 

 ある時からペルソナが名前や姿形を変え、戦力もそれ以前から大きく強化されることがある。これを進化や変容と呼ぶのだが、それが起きる契機は様々だ。特捜隊の場合だと、悠との間に結ばれたコミュニティが真実として認められること、言うなれば『印可』によってそれが起きた。稲羽支部では結実と尚紀はシャドウとの融合によって起きた。だが堂島のケースはそれらのいずれとも異なる。

 

 自らの意志を由来としてペルソナが進化した。二年前、特別課外活動部のペルソナ使いたちの多くが経験したものと同じ現象である。

 

 堂島は踵を返した。しかし病室から去る前に一度立ち止まった。先ほどここで少年少女たちが土下座していたが、今はもう床に頭は並べられていない。だが彼らはまだここにいる。そんな気がした。

 

「聞いたか? お前の仲間たち、こんなになってもまだお前を信じてやがるんだぜ?」

 

 鬼刑事の口元に小さな笑みが浮かんだ。それはもちろん足立が言ったような、『騙されてるんだよ』という意味の笑いではない。『息子』とその仲間たちが、強い信頼で結ばれていることに微笑んでいる。

 

「俺も信じてやるさ。だからお前も、このまま寝てんじゃない」

 

 堂島は決して特捜隊の一員になりはしない。元のペルソナも今のそれも、悠に与えられたものではないから。だがそれでも堂島は堂島なりに悠を信じることにした。『父親』として。

 

 

 

 

 事件が急展開した長い夜が明けて、12月8日がやって来た。この日は期末試験の結果発表があり、悠は学年で四位につけていた。月日を追うごとに順位が向上する傾向は今回も続いたわけだ。学内の絆で結ばれている者たちは友人の好成績に感心したが、それを本人に伝えることはできない。日付が変わっても意識を取り戻していないから。

 

 リーダーが不在である中、残った特捜隊六人は放課後の時間に厳しい冬の懐に集まった。それに加えてシャドウワーカー稲羽支部高校生組とあい、合計十一人の事件関係者がフードコートのガーデンテーブルに集合した。もっとも足立に言わせれば、この集団に『関係者』は一人しかいないのだが。

 

「足立さんが犯人……ってか。信じらんねえくらいの話だが、マジだってのか……」

 

 長瀬の表情は暗い。明らかになった真犯人については、稲羽支部の高校生組にも共有されている。心境は各々複雑だ。しかし長瀬もそうだが、一条や結実は『何でなんだ』と取り乱すようなことはない。内心がどうあれ、この場で声を荒げたり、裏切られたと悔し涙を流したりはしない。

 

「ええ……マジで信じられないですけど……」

 

 犯人は足立。この事実に取り乱す権利が最もあるのは、もちろん尚紀だ。だが最大の事件関係者、言い方を変えると最も深く裏切られた者は、今日は意外と冷静でいる。もちろん内心もそうであるとは限らないが、外向きには静かにしている。その振る舞いが他の面々も落ち着かせていた。葬儀において、故人と特別な縁のない他人が親族以上に嘆き悲しむのは、礼を失する行為と見なされるように。

 

「ああ、冗談じゃなくて本当の話なんだ。悠が撃たれて入院したってのもな」

 

 昨日明らかになった真実、そして昨日発生した事実について陽介がまとめた。そうして話に一つ区切りをつけた。過去を嘆くのはここまでだ。今から何をするか、話し合わねばならない。

 

「足立はテレビの中にいる……。場所は多分、向こうのコニシ酒店だ」

 

 恐らく最後となるだろう特捜会議の始めに、陽介は犯人の居場所を口にした。もちろん足立がテレビの中を移動していなければの話だが、まず考えられるのはそこである。すると完二が席から立ち上がった。

 

「なら決まりだろ。今すぐテレビん中に行って、あの野郎をとっ捕まえる! 先輩の仇討ちだ!」

 

 それができるなら話が早い。できないから話し合わねばならないのだ。

 

「待って、私たちだけじゃ勝てないよ」

 

 熱くなる完二をりせが制止した。情報系のペルソナ能力とは事実を正しく認識する能力だ。それこそがりせの領分である。

 

「んだと!?」

 

「菜々子ちゃんを助けに行った時、あいつと一緒に戦ったから……。あいつ一人だけレベルが違った。しかも昨日見た時は、もっと強くなってた。先輩もいないんじゃ、絶対無理……」

 

 たとえ悠がいても高校生たちだけでは足立に敵わないだろうが、りせはそこまでは言わない。自分が認識することと、それを他人に伝えることは別である。言いにくい真実や言いたくない真実は、この世にいくらでもある。

 

 りせの知る限りで、足立に勝てる見込みがある者は一人しかいない。実はりせは先月からそれを知っていたのだが、それを今まで人に言ったことはない。誰にも言わずにおいたことが、今となっては悔やまれた。ただりせが言わなくても、元から知っている者もここにはいる。

 

「現に昨日は、完二と花村さんもやられたんでしょ」

 

 尚紀だ。

 

「じゃあどうするってんだ! このまま泣き寝入りか!? 冗談じゃねえぞ!」

 

「小西、堂島さんはどうする気なんだ。何か話あったか?」

 

 ここで一条が口を開いた。堂島は決して泣き寝入りなどしないであろうことを、短い期間だが部下として戦ってきた一条には分かる。堂島一人では足立に敵わないことも。その上で、特殊部隊の支部長はどうする気でいるのか。一条は情報担当に尋ねつつも、実は何となく予想がついている。

 

「まだありません。ですが堂島さんは恐らく……」

 

 その時、電子音が高校生たちの議論を遮った。携帯電話の着信である。出所は尚紀の胸元だ。皆が注目する中、少年は制服の上着を探った。その時、左の脇に仕込まれた兵器が僅かだけ露わになった。召喚器である。

 

「はい、小西です。……ジュネスのフードコートです。はい、全員います……分かりました」

 

 特殊部隊の情報端末を耳に当ててから、一分と置かずに尚紀は通話を切った。いかにも事務的な連絡だけをした、という風情である。

 

「堂島さんからです。こっちに来るそうです」

 

 僅かな時間のやり取りであったので、周囲の注目は集まったままでいる。尚紀はその誰にともなく、上司からの連絡事項を伝えた。

 

「……シャドウワーカーの本部の人たちと」

 

 高校生たちの一部に緊張が走った。他の一部からは、やはりそうなるのかとため息が出そうな気配が浮かんだ。

 

 

 尚紀のもとに連絡が来てから、時間にして十五分ほど後。元からいた高校生の集団と霧以外のものが、フードコートに姿を現した。稲羽支部の支部長と本部の副隊長だ。そしてその他に、二人の人間も一緒にやって来た。

 

「だ、誰……?」

 

 思わずといった様子で、千枝が声を漏らした。堂島は無論、有里も特捜隊には知られた顔だが、他の二人はそうではない。だが単に初めてだから呟きが出たわけではない。二人は異様な雰囲気と言うか、一種近寄りがたいオーラを発しているのだ。ついでに風体も異様なものだった。

 

 一人は二十代半ばくらいと思しき女で、人目を大量に惹きそうな装いだ。その方向性はいわゆる『セレブ』というもので、田舎ではまずお目にかかれない、あからさまに高級感を漲らせた真っ白な毛皮のコートに身を包んでいる。コートの前は全て閉じられているので、その下がどんな様子なのかは分からない。だが足元から覗いている体に密着する系統の服と、やけに高いヒールが中身を想像させた。そして眼鏡はサングラスだ。ワインレッドのハーフリムで、フレームよりやや薄い色のレンズはラウンド型だ。どこの芸能人かという雰囲気を、全力で醸し出している。

 

 もう一人は女と同じくらいの年齢と思われる男だ。顔と装いの方向性は女とは真逆で、『野性的』をそのまま絵に描いたようなものだった。短く刈り込んだ髪、こめかみと頬に貼られた止血用のテープが印象的だ。だが何より強烈なのは羽織った赤い外套、と言うかマントの下だ。驚くべきことに上半身裸である。プロの格闘家並みの、文字通りの筋肉の鎧を誇示している。そしておまけとばかりに、胸元には大型の肉食獣の爪痕のような三つ連なった傷が刻まれている。どこから見ても堅気ではない雰囲気である。フォックス型のサングラスがそれに輪をかけている。

 

「桐条さん……」

 

 名前を呼んだのは一条だ。女はシャドウワーカー隊長の桐条美鶴である。稲羽支部の面々とは加入時に全員と顔を合わせている。だが事案の現場である稲羽に来たのは、これが初めてだ。そして男の方は、支部の者たちにも初対面だった。

 

「うむ」

 

 美鶴は霧を見通す眼鏡を少し下げて、一条に軽く目配せした。次いで集まっていた高校生たちを見回し、それから堂島に向き直った。

 

「堂島刑事、今回の一連の事件に関する我々の認識に甘いところがありました。ご令甥が撃たれたこと……責任は我々にもあります。申し訳ありませんでした」

 

「いえ、足立の最も近くにいたのは私です。責任は全て、悠の保護者でもある私にあります」

 

 本部の隊長と支部長のやり取りが済むと、副隊長が高校生の一人に声をかけた。

 

「小西君」

 

 一人だけである。

 

「はい」

 

「これからテレビの中に行くけど、一緒に来てもらいたい。君でなければ、足立さんは見つけられないかもしれないからね」

 

 君でなければならない。君の代わりはいない。尚紀はペルソナに目覚めた6月にも、有里にこう言われた。この殺し文句を受け入れてしまったことが、尚紀が陥った誤りの始まりだったのだ。そして全ての誤りを正すべきこの時に、再び言われた。

 

「……分かりました」

 

 半年の時を経ての二度目の誘いに、尚紀は応じた。だが最初の時と違って、君でなければならないと言われて気分が良くなって舞い上がったのではない。事実として尚紀は必要なのだ。それを正しく認識した上で、少年は席を立った。十一人もいる高校生たちの中でただ一人立ち上がった。

 

「では参りましょう」

 

 そして堂島は尚紀の参戦に反対しなかった。先月から高校生を使うことを頑なに拒絶してきたが、今日ばかりは認めた。

 

「堂島さん! 俺らも連れてってください!」

 

「駄目だ」

 

 しかし何でも認めるほど物分かりが良くなったわけではない。認めないものも、やはりある。尚紀を追うように立ち上がった陽介の志願は、即座にはねつけた。

 

「何でっすか! 先輩が撃たれたんすよ!」

 

 完二も立ち上がると、堂島の反応はより厳しくなった。

 

「だからだ!」

 

 堂島にとって特捜隊は部下ではない。保護者として面倒を見ているのも悠だけである。しかし彼らが戦うのを許すわけにはいかないのだ。それは『子供だから』だけではない。

 

「君たちでは足立さんには勝てない」

 

 有里の言い方は堂島と違って厳しいものではなかった。もちろん嘲笑するようなものでもない。ただ事実をありのままに、冷静に指摘する物言いだった。そして正しい。悠は犠牲者を出さない為に、一人で足立を説得しようと思い立った。その点は有里も同じで、犠牲者を出さない為にこう言っているのだ。『足手まといはいらない』と。

 

「……」

 

 四人の大人と一人の高校生はフードコートを出てジュネスの建屋へ向かった。異世界へと戦いに向かう五人の背を、残された十人は見送るだけだ。無理についていくことも、後からこっそり向かうこともできない。有里の言う通りで、彼らでは足立に勝てないのだ。特捜隊は昨晩にそれを思い知らされた。骨身に沁みるほどに。

 

「あたし……自分が嫌になる。昨日は足立に睨まれたら、一歩も動けなくて……。今日も一言も言い返せなかった……」

 

 千枝は唇を噛んだ。単に力が足りないだけでなく、心構えも足りないものばかりだった。特捜隊の戦いが遊びでないことは分かっていたつもりだったが、実は分かっていなかった。誰も守れなかった事実が、少女をそんな気にさせていた。

 

「クソ! ここまで来て……最後は蚊帳の外かよ!」

 

 完二は拳をテーブルに打ち付けた。これまで必死で戦ってきたのに、最後の最後でできることはなくなった。無念さは否定しようがない。自分を納得させる何かはどこにも見つからない。そこへ──

 

「小沢?」

 

 結実が立ち上がった。声をかけたのは長瀬である。

 

「ここにいても、することなさそうだし。鳴上君のお見舞い行ってくる」

 

 特捜隊は各々無力を嘆いているが、結実の場合は事情がやや異なる。ペルソナは先月から失ってしまったので、結実は元から無力なのだ。よって中途半端を悔やむ心理がない。自分にはできることがない事実を、結実はとうに知っている。だからこの場を惜しむ気持ちがない。

 

 結実は彼氏がいる病院へ向かう為、フードコートから去った。誰もそれを引き留めはしない。しかし止めはしなくとも、追う者はいた。

 

「私も行く……」

 

 りせだ。ここでできることは、やはりない。ないことを本人が一番よく分かっている。尚紀が戦いに呼ばれた以上、りせの出番はない。情報系ペルソナ使いが二人以上必要になる局面は、そうそうあるものではない。

 

「馬鹿ね、気を遣いなさいよ」

 

「……」

 

 あいが窘めたが、りせは上級生をきっと睨みつけた。だがそれだけで、ここで口論はせずに出ていった。これで人数は当初から三人減った。放課後の早い時間のフードコートに冬の風が吹き抜ける。

 

「千枝……みんなも行こう? ここにいても、私たちにはどうしようもないよ……」

 

 残った仲間たちを雪子が促した。

 

「そうっすけど……」

 

「鳴上君が目を覚ました時には、傍にいてあげたいじゃない?」

 

「必ず目を覚ましてくれる……そう信じると、言いましたものね」

 

 雪子に続いて直斗が席を立った。駄々をこねても、腐っても仕方がない。悔しさは否定しがたいが、事実は事実としてありのままに受け入れるしかない。そして昨晩の自分の言葉に責任を取るようなつもりで、戦いから身を引くことを承知した。

 

「……」

 

 やがて完二も立ち上がり、千枝も腰を上げた。最後は陽介だ。

 

「お前らは?」

 

 席に座っている高校生はあと三人いる。陽介は去る前に、力を得たルーツが異なる者たちに声をかけた。

 

「俺は残るわ。小西と堂島さんは一緒に戦ってきた仲間なんだ。テレビから出てきたら、迎えてやりたい」

 

「俺もそうする」

 

「あたしもいるわ」

 

 一条と長瀬はここに残る。あいも残る。この三人も悠と深い絆で結ばれているが、戦いに向かった者たちとの繋がりも深い。事がここまで至って、合流した二つのチームは立場が別れた。

 

「そっか……」

 

 

 特捜隊は全員がジュネスから立ち去った。足立との戦いに臨むのはシャドウワーカー本部から三人、稲羽支部から二人。合計五人だ。事前の全体訓練もしていない即席チームで、いきなり本番に打って出ることになったわけである。中には初めて顔を合わせた者までいる。

 

「俺とは初めてだな。真田明彦だ」

 

「小西尚紀です」

 

 二階の家電売り場に向かう途中で、初対面の二人は互いに名乗った。この全身筋肉の塊のような男はシャドウワーカーの非常任のペルソナ使いの一人で、有里にとっては高校時代の一年先輩に当たる。卒業後は大学に進学したが、すぐに単身で海外へ『武者修行』の旅に出てしまったのだ。日本に帰ってきたのは、有里とアイギスの結婚式に招かれて一時帰国して以来だ。

 

「よろしくお願いします……。ところであの、真田さんのその格好は……」

 

 名乗ったところで、尚紀は先ほどから気になっていたことを口にした。フードコートでは何も突っ込まないでおいたが、どうしても言わずにはいられなくなってしまった。

 

「これか? 動きやすくていいぞ」

 

 だが真田は素っ気ない。赤いオープンフィンガーグローブをはめた手を、マントの内側に差し入れる。布きれ一枚の下では、鋼のような肉体が剥き出しになっている。なるほど動きやすさという点では、上半身裸に勝る服(服ではないが)はあるまい。

 

「冬の日本には少し寒いが、動けば問題ないからな」

 

 もちろん尚紀が言っているのは、そういう問題ではない。不審者として警察に通報でもされればさすがに懲りただろうが、幸か不幸かされずに済んでいた。

 

「空港からここまで、よく無事に来れたものだ……。我々の任務は秘密裏のものであることを、分かっているんだろうな?」

 

 美鶴も呆れ顔だ。しかしかく言う美鶴も服装に機密保持の意識は伺えない。ブランドショップが立ち並ぶ大都会の目抜き通りならともかく、片田舎のデパートでは猛烈に浮き上がっている。二人揃って突っ込みどころが満載である。どこから突っ込めばいいのか、分からなくなるくらいに。

 

「有里さん……何か言ってやってくれませんか」

 

 堂島は真田とは今日初めて会った。美鶴とは春から面識がある。だが協力して作戦を遂行するのは、これが初めてだ。何度も行動を共にしてそろそろ慣れてきた本部の副隊長に向けて、堂島は苦々しい視線を送った。ちなみに有里は普段着だ。濃い緑のジャケットを羽織って、下はスラックスと革靴である。

 

「申し訳ありません……」

 

 有里は歩きながら頭を抱えた。特別課外活動部の時代が懐かしい。あの頃は学校の制服があったからまだ良かったのだと、今になって痛感している。

 

「次の機会には、普通の格好で来させるようにします」

 

 今回の件以降でシャドウワーカーが出動する具体的な予定は、今のところはない。だがもしあったら、今度は気を付けねばならないと思った。特殊部隊の隊規に任務中の服装に関する規程はないが、何らかのルールを追加することを検討し始めた。本人の良識に任せておくと、ろくなことにならない。ため息が止まらなくなってしまう。

 

 しかし馬鹿馬鹿しい話をいつまでも続けてはいない。今日は実戦をしに来たのだ。近頃のジュネスは市民が霧に怯えて客が少ないことも幸いして、不審者たちは無事に二階の家電売り場に辿り着いた。

 

「このテレビか」

 

「ええ、これです」

 

 特捜隊が4月から何度も出入りし、先月からは堂島たちも使うようになった大型テレビの前に五人は立った。電源の入っていない黒い画面には、各々の顔が映っている。

 

「どれ……」

 

 最初に真田が画面に手を伸ばした。グローブから出ている生身の指が触れると、そこに波紋が浮かんだ。

 

「なるほど。俺でもいけるな」

 

 テレビの中には真田も入れる。もちろん美鶴も入れる。テレビ画面を『窓』として出入りするのは、稲羽のペルソナ使いでなくてもできる。つまりシャドウが蠢く霧の大本らしき異世界は、魚を釣るのは地元の人間にしか許されていない専用の漁場ではないのだ。ペルソナさえあれば、どこの異邦人でも入れる。それを改めて確認できた。

 

「では行きましょう」

 

 国からシャドウ対策を任され、多額の報酬も受け取っているプロ集団は、戦いの舞台へと突入した。

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