ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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再会(2011/4/16、4/17)

 悠は夜に読書や勉強をする習慣はない。夜遅くまでネットサーフィンをする習慣もないし、そもそも堂島宅には快適なネット環境がない。だから床に就くのは早い方だ。しかし雨が降る夜は起きていなければならない。庚申待のようなもので、眠っては取り返しのつかないことになりかねない。もちろん悠は体内の虫が神に告げ口をするとの民間信仰など知らないし、知っていても信じなかっただろうが。

 

 部屋のカーテンを少し開けて、外の状況を確認した。ただし窓は開けない。開けたら窓のサッシもカーテンも、下手をしたら部屋の床まで酷いことになる。それが目に見えているくらい、外の雨は激しい。今週はとにかく頻繁に降り続けた雨の、最後のひと暴れと言ったところだ。一時間ほど前にニュースで天気予報を確認したところ、この雨は明日の朝には上がり、来週の天気は概ね良好らしい。そして最も気になる霧は、明日は出ないと予報されていた。

 

(さて、映るかな?)

 

 昨晩のマヨナカテレビは早紀が映った13日と14日のそれと同じように、酷く粗い映像で誰なのかは分からなかった。千枝は雪子ではないかと疑ったが、雪子は登校こそしなかったが無事でいた。そしてクマによれば、テレビの中に人はいないとのことだった。その状況に悠たちは少なからず混乱させられた。だが千枝からもたらされた被害者の正体への疑惑は、別の期待を少年に抱かせた。

 

(もし今日も映ったら……本当に天城だったら……)

 

 世間では、マヨナカテレビは運命の人を映すと言われている。実際は皆が同じ映像を見るのだから、『運命の人』であるはずがない。しかし考えようによっては、やはり運命の人なのかもしれない。

 

 凶悪なる殺人犯にかどわかされ、魑魅魍魎の跋扈する異界に落とされた哀れな被害者。警察では決して辿り着けないその場所へ、選ばれし特別捜査隊(自称だが)が救助に赴く。まさにマンガだったらベタすぎて、ボツになること請け合いだ。だがこれは現実だ。夢想が現実に転化した活劇の主人公に、自らがなる。それだけでも十分魅力的だが、助けるべき被害者が顔見知りで、しかも大変な美少女となればどうだろうか。

 

「……」

 

 一幅の絵になりそうな、救助のシーンを想像してしまわないだろうか。または救助の後について、期待してしまわないだろうか。それを運命の人と言わずして何と言うのだろうか。雪子への挑戦は、八十神高校の男子生徒の間では天城越えと称される難関で、昨年は陽介も挑んで玉砕した話は悠も聞いている。もし雪子が被害に遭ったならば、救助はそれ自体が天城越えとなりはしまいか。特捜隊に男は二人いるが、陽介は想い人を失ったばかりである。ならば険難踏破の栄誉に浴すべきなのは──

 

『こんばんはー! 今日は私、天城雪子がナンパ! 逆ナンに挑戦したいと思いまーす!』

 

 取らぬ狸の皮算用をしている間に、0時になっていた。そして電源の入っていないテレビに映像が映った。ただしその内容は期待通りのような、期待を裏切っているような、そんな判断に困る代物だった。

 

「え……?」

 

 映っているのは雪子だ。これまでに見たマヨナカテレビと違って、非常に鮮明な映像だった。ただその姿は、これまでの雪子のイメージとはかけ離れたものだった。西洋の国のお姫様のような、と言うよりそれをイメージしたステレオタイプなイブニングドレスを着ている。色は目が痛くなるようなピンクだ。現実の夜会や舞踏会で着ようものなら、他の客から顰蹙を買うことは間違いない。

 

『題して! ヤラセなし、突撃逆ナン! 雪子姫の白馬の王子様探し! もお、超本気~!』

 

 そして言動は顰蹙を通り越して、摘み出されても仕方のないレベルだった。流し目といい鼻にかかった声といい、あからさま過ぎる媚態だ。テレビのバラエティ番組でもここまではやるまい。

 

『見えないとこまで勝負仕様、はあと、みたいな』

 

「!」

 

 思わず心臓が跳ねた。画面は足の間を抑える手と、それに続けて胸の谷間を強調して映してきた。現実を超越した真夜中のバラエティは、対象年齢に制限がかかっているようだった。

 

『もう、私用のホストクラブをぶっ建てるぐらいの意気込みで~! じゃあ、行ってきまーす!』

 

 そして映像はズームアウトし、ドレス姿の雪子はこれまた西洋の城のような、と言うよりそれをイメージした遊園地のモニュメントのような建物へ駆けていった。城門のデザインはコニシ酒店にあったような赤と黒だった。

 

「これ、録画できないのかな……」

 

 時間にすれば三十秒程度でマヨナカテレビは終わった。終わってから、悠は頭に浮かんだ感慨を何とはなしに呟いた。テレビはただの画面に戻り、もう砂嵐も映していない。しかししばらくの間、悠はテレビの前で固まった。何が何だか分からない。そうやって呆然としていたが、ポケットに入れた携帯電話の音で我に返った。待受画面を見てみると陽介からだった。

 

『お、おい、見たか今の! 天城だよな、顔本人だったし、つか名乗ってたぜ! けど言ってること、おかしくなかったか!?』

 

「落ち着けよ」

 

『お、おう……』

 

「取り敢えず、里中に連絡を頼む」

 

 陽介はかなり動揺している様子だった。悠も同じ気持ちだったが、他人が慌てていると自分は冷静になることもある。陽介を宥めてから、善後策を簡単に話し合った。

 

『明日は日曜だし、朝イチでジュネスに集合な!』

 

 もう日付は変わっているので、正しくは今日だが。とにかく日曜なので学校はない。朝一番から雪子の救助に動くことは可能だ。だが──

 

「明日か……今から行くのは無理なのか?」

 

 朝まで待っていて良いのか、一抹の不安があった。雪子は即時の救助を自分たちに要求してはいないか。今の尋常ならざるマヨナカテレビは、実は一刻を争う事態を意味してはいないか。そんな気にさせられるのだ。しかし陽介は声のトーンを落として答えた。

 

『ああ……悪いけど無理だ。俺もちょっと考えてたんだけど……』

 

 陽介によると、ジュネス八十稲羽店は二十四時間営業ではないので、正面の入り口は当然閉まっている。従業員用の通用口はあるが、開けるには専用の鍵を使うか警備員に開けてもらう必要がある。店長の息子とはいえ、本人はバイトの身に過ぎない陽介は入れてもらえないし、鍵も持っていない。父親から鍵をくすねることはできなくもないが、入ってからの方が問題が多い。と言うのも、建物の内部には赤外線センサーやら監視カメラやらが至る所にあり、家電売り場に辿り着く前に確実に見つかるだろうとのことだった。

 

「そうか……仕方ないな」

 

 ジュネスは田舎の小さな個人商店ではなく、全国展開するデパートである。一昔前ならともかく、二十一世紀のセキュリティシステムを掻い潜って侵入するなど、プロの犯罪者でも容易い仕事ではない。ましてペルソナ能力を除けばただの高校生でしかない、悠や陽介の手に負える相手ではない。

 

『ああ、でも霧が出てるうちは大丈夫だって、クマも言ってたかんな。焦ることはねえよ』

 

 こちらの世界で霧が出ない限りは、雪子に大きな危険はない。そして差し当たって今週は霧が出るとは予報されていない。つまり時間的余裕はあるはずだった。

 

「急がば回れか」

 

『そう、それだ! そんじゃ明日頼むな!』

 

 それで通話は切れた。光の消えた携帯電話を閉じてポケットに戻してから、悠はカーテンの閉められた窓を見た。春の雨は風に煽られているのか、堂島宅の古い窓ガラスを間断なく叩き続けている。そこを動くなと、天から降り注ぐ無言の声が脅している。この空模様では傘など差してもほとんど役に立つまい。レインコートを着たところで、相当に難儀することは目に見えている。

 

(ちょうどいいか)

 

 マヨナカテレビの放映直後からテレビの世界へ行くのは無理。陽介から告げられたこの結論は、正直に言えばありがたかった。もし『ジュネスの警備はザルだから、今から行こう』と言われたら、行かない選択肢はなくなるところだった。無論行くことは行く。それは間違いない。しかし雨の夜道を走って、ずぶ濡れになりながらジュネスまで行くのはかなり骨が折れるし、夜中に家を抜け出すのは堂島に見咎められる恐れがある。自分から言い出しておいて何であるが、今から行くのは気が進まなかったのだ。だから陽介の出した結論はありがたかった。怠惰を責める己の良心を黙らせる為の、格好の言い訳になった。

 

 そうして悠は床に就いた。

 

 

 

 

「ようこそ」

 

「貴方たちは……」

 

 自室で布団の中にいたはずの悠は、唐突に青い部屋にいる自分を発見した。そこは前方と向かって右側にソファーが置かれ、左側には酒瓶を並べたショーケースがある。部屋には窓もあるが、外には白い霧があるばかりだ。

 

 テレビの世界ではほぼ常に満ちていて、現実では雨が続いた後に出る、肉眼では見通せない霧。ただしそれはゆっくりと後ろへ流れ去っている。つまりこの空間はただの部屋ではなく、空間自体が前方へ進んでいる。耳を澄ませば、エンジンらしき駆動音も聞こえてきた。従ってここは何かの車、恐らくはリムジンだろうと思われた。もちろん本物のリムジンに乗ったことはないのだが、こんなものだろうと想像される高級感に満ちていた。

 

 青いリムジンの中で、悠は車の後部座席と思われる位置に座っていた。そしてラウンドテーブルを挟んだ向かい側には、三人の人間、もしくは人間らしき存在がいた。

 

「現実の貴方は眠りについていらっしゃいます。私が夢の中にてお呼び立てしたのです」

 

 向かいの三人の中央に座した、鼻の長い怪異な老人が語り始めた。まず状況を説明するや、異様に大きな目をぎょろりと剥いた。

 

「私どもを、覚えてらっしゃいますかな?」

 

「え、ええ……貴方はイゴールですね」

 

 老人の問いかけに、悠は若干動揺しながら答えた。実は忘れていたのだが、そうは言わなかった。今は思い出したから。

 

 都会から引っ越してきた最初の日、八十稲羽に来る途中の電車でうたた寝をして、奇妙な夢を見たのだった。ただその時は普通の夢と同様に、目覚めた直後に内容の大半を忘れてしまった。悪魔のような仏の老人と魔女のような美女という、忘れたくても忘れられそうにない相手がいたにも関わらず。しかし何にせよ、再び訪れた今は思い出した。

 

「それで、貴女はマーガレットですね?」

 

 悠は初回の訪問では動揺が随分と長く続いたが、二度目でしかも異世界や超能力を実体験した今は、摩訶不思議な状況に対しても順応が早かった。この場所の名はベルベットルーム。正面に座る老人の名はイゴールで、向かって右側に座る美女の名はマーガレット。悠はこの二人に占いをしてもらって、そして二人に自分の名前を名乗ったのだった。それらの一連を特に抵抗なく、すぐに思い出せた。しかし──

 

(ん? 二人?)

 

 そう。電車から来た時、向かいに座る相手は二人だったはずである。だが今は三人いる。あの時はいなかったはずの、悠から見て左側、イゴールの隣に座っているもう一人が、今はいる。その人物は青い帽子を目深にかぶっていて、しかも床に置かれた自分の爪先を見ていて、その顔は悠からは見えない。しかし顔を見なくても服装だけで分かった。

 

「君は……!」

 

 悠は何かに背中を押されるようにして、勢いよく立ち上がった。心底から驚いた。占いをした夢を見て、現実に戻って、終点の八十稲羽駅で降りた時の出来事だ。堂島と菜々子に会って挨拶をした後に、印象的な少女と出会ったのだ。一言二言の会話しかしなかったが、悠ははっきり覚えていた。パンクと言うかゴスロリと言うか、とにかく独特な、だがセンスのある服装の少女だった。その少女が、何たる不思議かベルベットルームにいる。

 

「ん?」

 

 少女は顔を上げた。間違いなかった。緑の瞳を中心とした、白皙の顔に確かな見覚えがあった。リムジンの窓からも見えるテレビの世界を満たす緩やかな霧にも似た、人を優しく包み込む白色の肌。悠は陽介の影と戦って以来、自分は何者かに『守られている』との印象を持っていたが、それはまるで──

 

 少年は一瞬にして惑乱した。悠はどちらかと言えば気が多い方だ。千枝や雪子のような美少女がいれば目移りするのを止められないし、深夜のテレビに運命の人が映ると言われれば期待もする。異世界で『天城越え』に挑むとなれば気合も入る。ただそれも悩み多き少年らしいもので、決して異常に女好きなわけではない。

 

 だがこの時、悠は普通の領域から足を踏み外そうとした。体のどこかに隠れている神秘の存在が立ち上がって、熱く激しく強烈に、手に持った矛を天へと振りかざすように、少年の背を突き上げていたから。

 

 もしここで少女から色よい返事が来ようものなら、悠は本人さえ知らない自分の新たな一面を発見して、『君と会う為に、俺はここに来たんだ』とでも宣言しながら、少女の足元に身を投げ出しただろう。それこそ先ほどのマヨナカテレビに映っていた、王子を探す姫君のように。

 

「どこかで会ったっけ?」

 

 しかし少女の反応は乏しかった。予期せぬ再会に驚き、何者かに突き動かされて、あと一押しで崖へと転落するところだった少年とは対照的に。

 

「あ……いや」

 

 その投げ遣りな、愛想の欠片もない口振りが、少年に理性を取り戻させた。背を突き上げる何者かは急激に勢いを失い、元いた場所に隠れてしまった。自分自身の足以外に己を支える力を失った悠は、手持無沙汰に立ち尽くしてしまった。すると少女に代わり、マーガレットがフォローを入れてきた。

 

「失礼いたしました。こちら、マリーでございます。彼女の魂は未だ幼く……」

 

 マリー。それが少女の名。一部日本人離れした容貌なので、名前自体に違和感はない。しかし悠は何か引っかかった。どこか取ってつけた名前のように聞こえたのだ。偽名を聞かされて、なぜか分からないがそれが偽名だと分かるようで。しかしその一方で、最も相応しい名前であるような気もした。生まれた時に本人の知らないところで密かに名付けられた、存在自体の『真の鍵』たる真の名のような──

 

「うるさい! 余計なこと言わないでよ!」

 

 しかし名前に関する不思議な思考の巡りは、当の少女の癇癪で中断された。目は鋭く尖って吊り上り、細い眉はその間を狭めた。元より年の頃は悠より一つ二つ年下に見えるが、怒り出すとそれより更に幼く見える。肉親なり友人なり、近くに親しい人を持たないまま成長してしまった、むずかる子供のように。悠はまだ出会っていない創面の少年のような振る舞いが、悠に冷静さを呼び戻した。

 

「ご覧の通りでございます。ご無礼はどうかお許しください。また貴方におかれましても、どうかご冷静に……」

 

「ああ……済みません」

 

 元より静けさを取り戻しつつあったところへ、いかにも大人然としたマーガレットに言われて、悠は完全に我に返った。そして腰を下ろした。

 

「感謝します。では……」

 

 マーガレットは居住まいを正した。

 

「ここは、何らかの形で契約を果たされた方のみが訪れる部屋……。貴方は日常の中で無意識に目覚めを促され、内なる声の導く定めを選び取った。そして見事、力を覚醒されたのです」

 

 魔女が語り出すと、ベルベットルームの雰囲気は大きく変わった。目に見える調度品や、外の景色が変わったわけではない。ただ目に見えないどこかから流れてくる音楽が、反体制や反権力を標榜するロックから純粋芸術に属する古典派のクラシック音楽に切り替わったように、視覚以外の何かに訴えかけるものが変わった。

 

 夢でわざわざ招かれた、その本題にようやく入ったわけだ。するとイゴールがマーガレットから本題を引き継いで、改めて語り出した。

 

「今から貴方は、このベルベットルームのお客人だ。貴方は力を磨くべき運命にあり、必ずや私どもの手助けが必要となるでしょう」

 

(ん……?)

 

 俄かに生まれた厳粛さは、既に部屋の全体を覆っている。しかし悠はイゴールの言葉を、商品やサービスのセールストークのように受け取った。ジュネスでアルバイトをしている陽介なら、似たようなセリフを一日に一度は言っているのではあるまいか。このように売り込まれて、しかも購入が必須とくれば、次に出てくるセリフは決まっている。

 

「貴方が支払うべき代価は一つ」

 

 費用に関する説明だ。予想できていただけに、悠は特に驚かなかった。そして何を請求されるのかと不安を覚えることもなかった。奇妙な話だが、悠はこの鼻の長い怪異な老人を少なからず信用していた。だから決して無体な要求はしまいと、悪く言えば高を括っているところがあった。

 

「『契約』に従い、ご自身の選択に相応の責任を持っていただくことです」

 

「え? しかし……」

 

 悠は面食らった。請求が法外でないことは、予期していたから良い。しかし『契約』とは何であるのか、すぐには理解が及ばなかったのだ。

 

「いや、ちょっと待ってください」

 

 しかし一拍置くと、頭に閃くものがあった。

 

 契約とは約束を取り交わすことだ。ただし単なる口約束と異なり、契約は報酬なり代償なりを支払う必要があり、未達のままにするのが許されない場合もある。契約は反故にすれば、場合によっては深刻なペナルティを科される。しかしそうした大人の事情めいた話を脇に置いて『約束』と言い換えたならば、悠は思い当たる節があった。

 

「契約って、もしかして……」

 

 一昨日、陽介に頼まれた件だ。山野と早紀をテレビに放り込んで殺した、連続殺人事件の犯人を捜し出すこと。そしてまた誰かがテレビに放り込まれたら、被害者を助けること。悠はそれを陽介と約束した。それは特別捜査隊(自分たちをそう呼ぶのは悠の心の中だけで、口にしたことは一度もないが)の活動目的でもある。

 

「いいえ、その前です」

 

 人の心は目に見えない。しかしこの老人の血走った目には、見えるのかもしれない。もしクマをここに連れてきてイゴールに中身を見せてやれば、そこは空っぽではないと証明してくれるかもしれない。そんな埒もないことを考えたら──

 

「クマとの?」

 

 連想的にもう一つの約束を思い出した。やはり一昨日にテレビの世界で、クマとした約束。もっともその内容は、陽介と約束したものと同じだ。

 

「左様でございます。貴方の契約はかの世界の在り様と……いや、存在そのものと関わるもの。まさに貴方の運命に相応しい、壮大な契約でございますな」

 

「?……」

 

 悠は今一つ理解できなかった。『契約』の内容が犯人を捜し出すことであるならば、交わした相手が誰だろうとやることは同じだ。しかしイゴールは『契約』の相手は陽介ではなく、クマだと強調してきた。しかもテレビの世界そのものに関わるとまで言う。そしてまた、『自分の選択に責任を持つ』とは何であるのか。犯人を捜し出すことと、一体どう関わるのか。

 

「いずれお分かりになるでしょう」

 

 またしてもイゴールは人の心を読んだように、巡り始めた悠の思考を遮ってきた。だがそのやりように、悠は不快を覚えることはなかった。それはイゴールは単に人の心の上辺を読むだけでなく、その思考の流れまで読みきって、最善のタイミングで段落を区切るように上手な話の運び方をするからだろう。

 

「では、貴方の力について、少々お話しさせていただきましょう。貴方のペルソナ能力はワイルド……他者とは違う特別なものだ。空っぽに過ぎないが、無限の可能性も宿る。そう……言わば数字のゼロのようなもの」

 

「特別……なんですか?」

 

 特別。それは『選ばれた者』などと同様に、人の心をくすぐる魅惑の言葉だ。口に出してあからさまに言うのは躊躇われるが、それでも気分が良くなってしまうのは止められない。たとえその直後に『空っぽ』と言われようとも。

 

「ペルソナ能力は心を御する力……。心とは絆によって満ちるもの。他者と関わり、絆を育み、貴方だけの『コミュニティ』を築かれるとよろしい。お見受けしたところ、貴方は既に二つの絆を手にしておられるご様子」

 

「それはもしかして、昨日と一昨日に?」

 

 一昨日に陽介の影を倒した後、スタジオで特別捜査隊を結成した時。そして昨日の通学路での出来事だ。時間が停止したような感覚の中で、倫理の授業で放たれた問いの答えが繰り返され、そして新たな絆を見出したと告げられた。その時は何のことか分からなかったが、今の話とは符合する気がした。

 

「左様。コミュニティの力こそ、ペルソナ能力を伸ばしていくのです。では、貴方の旅における私どもの役割について、説明させていただきましょう」

 

 イゴールの話は早い。悠のセリフが端的すぎても、裏まで読み取って素早く答えてくる。そしてイゴールの側は説明が少ないことと相まって、とんとん拍子に話が進む。続けて語られたのは、イゴールとマーガレットが行う手助けの内容だった。簡単に言うと、イゴールは新たなペルソナを生み出すこと、そしてマーガレットは生み出されたペルソナを『ペルソナ全書』なるものに記録して、保存しておくことが各々の仕事であるらしい。

 

 何やらゲームめいた話だが、悠は特に違和感を覚えなかった。元よりゲームみたいな世界で戦うことになるのだから、そこで振るう力にもそうした要素があっても不思議はない。アイテムや魔法を新たに編み出すものと、データをセーブしておくようなものと考えれば、むしろしっくり来る。ただし──

 

「貴方はお一人で複数のペルソナを持ち、それらを使い分けることができるのです。しかしご友人のペルソナと異なり、貴方のペルソナたちは伸び代が少ない。あまり一つのペルソナに、こだわり過ぎない方がよろしいでしょう」

 

 イゴールの話のうち、この点は気にかかった。

 

「じゃあイザナギもそのうち使えなくなると?」

 

 陽介やクマにも言っていないが、あのペルソナは密かに気に入っていたのだ。特にあの奇抜な、だが不思議と格好良い、バンカラファッション風の服のデザインが。自分で着ようとは思わないが。

 

「その通りです。戦いの局面をよくよくお考えの上で、もはやこれまでとご判断されれば、構わず他のペルソナに切り替えなさるのがよろしい」

 

 つまりワイルドの戦い方は、複数のペルソナを用意した上での臨機応変が基本となる。たとえ初めて手にしたペルソナであろうと、これ以上は使えないとなれば、容赦なく切り捨ててゆかねばならない。そしてイゴールの口振りからして、イザナギを使える期間はそう長くないようだ。

 

「しかし覚えておいてくださいませ。いかなるペルソナであれ、貴方の心の姿の一つであることに変わりはございません。かのペルソナを使わずとも、『彼』が貴方の中から消えるわけではございません」

 

「彼……ですか」

 

 ジュネスのテレビに映っていた、瞬きをする少年のことだろう。

 

「『貴方』と申し上げた方がよろしいでしょうかな。ふふふ……」

 

 イゴールは含み笑いを浮かべた。そして左手側へすっと顔を向け、マーガレットを促した。

 

「さて、マリーについてですが……」

 

「……」

 

 マーガレットはこの場の三人目の役割について、話し始めようとした。しかしマリーはマーガレットと悠のいずれの方も向いていない。最初と同じく、自分の爪先を見つめている。まるで拗ねているようだった。

 

「……失礼いたしました。またお越しください。この子の仕事については、追って説明いたします」

 

 どうやら匙を投げたようだ。マリーに関しては話がまるで進まないまま、訪問が終わりそうな雰囲気が生まれた。

 

「では最後に、これをお持ちなさい」

 

 その雰囲気に便乗するように、イゴールは指を一つ鳴らした。体の小ささに比してとても長いその指は、乾いた、だが鮮やかな音を発した。それを合図とするように、悠の眼前の中空に青い光が閃いた。

 

「これは……鍵ですか?」

 

 光が結晶して現れたものは鍵のようだった。比喩ではなく、扉に差し込んで解錠する為に使う、鍵そのものだ。群青色の光を零すそれは、中空から悠の手元にゆっくりと落ちてきた。

 

「それは契約者の鍵。ここの客人たる証しです。それをお持ちでいる限り、ここにはいつでもお越しいただけます」

 

 つまりはベルベットルームの会員証のようなものだ。だが悠は少しばかり困惑してしまった。

 

「どうやって来ればいいんです?」

 

 いつでも来いと言われても、来る方法が分からなければどうしようもない。今は夢の中で来ているようだが、来る為にいちいち眠らなければならないのでは、色々と不便になることは目に見えている。

 

「ふむ、左様ですな……。では貴方の戦いの拠点となる場所と、現実の貴方が住まう町に扉を用意いたしましょう。ご覧になれば、すぐにそれと分かりましょう」

 

 何とも気の利く老人である。戦う力を得る手助けをしてくれるのみならず、こちらが動きやすいように、お膳立てまでしてくれる。タキシードを着込んだイゴールの姿は、富豪の家政を司る執事を連想させるが、案外本当にそうなのかもしれない。

 

「では、再び見えます時まで……ごきげんよう」

 

 イゴールが言い終えると同時に、悠の視界は白くなり始めた。まるで窓の外を漂う霧が車内まで侵入してきたように、全てを塗り潰す白だ。その眩しいほどの白に当てられて、悠は目を閉じた。しかし不安はない。普通の眠りに戻るだけなのだろうと、すぐに察せられたから。そんな安心感を抱きながら遠のく意識の中で、悠が思ったことは一つだけ。

 

(ますます面白くなってきたな)

 

 だが夢と違って、そうそうスムーズに事が運ばないのが現実である。

 

 

 

 

「お前、こういう馬鹿をするタイプには見えなかったがな……」

 

 17日の日曜日の朝、稲羽署の廊下で悠と陽介は堂島に頭を下げた。

 

「ごめんなさい……」

 

「すんません……」

 

 悠が稲羽に来て初めての休日は、警察署に連行される形で始まった。そんな事態になったのは、平たく言えば自業自得だ。ジュネスのフードコートに陽介と集まったのだが、シャドウがうろつく世界に丸腰では何なのでとのことで、陽介は武器を用意してきていた。店のバックヤードから持ち出してきた、模造刀と鉈を一振りずつだった。

 

 園芸でも用いられる鉈はともかく、なぜ模造刀など置いてあるのか。ジュネスの品揃えの充実振りが垣間見えた瞬間だったが、人目の多いフードコートに持ってきたのは大失敗だった。調子に乗った陽介が即興の二刀流演武をやり出して、巡回中の警官に捕まったのだ。そうして二人揃って署まで連行されてしまったわけである。

 

「ったく……俺が偶然いなきゃ、補導歴がついてたとこだ」

 

 身内だからと目こぼしをするのは、本来は正しくない。しかし事件で多忙を極める稲羽署では、高校生の悪ふざけにいちいち構っていられないのも事実だ。何しろ意識不明で倒れた二人の女子高生さえ、放っておかれるくらいなのだ。堂島自身も人生最高レベルの忙しさと、ここ数日ろくに家にも帰ってない状況に対する申し訳なさ、その他色々な感情や自身の立場などが混ざり合った結果、見逃してやることにしたわけだった。

 

「これっきりにしろよ……じゃあ、帰ってよし」

 

 堂島は署の廊下を歩き出した。自分自身の小さな不正も、これっきりにするつもりで。

 

「済みませんでした」

 

 最後にもう一度頭を下げて、悠と陽介は解放された。雪子の救出作戦は、こうして出だしからつまずいてしまった。しかし落ち込んでいる場合ではない。遅れを取り返すべく、二人は署の玄関へ向かって早足で歩き出した。すると──

 

「おっと……と、ごめんね」

 

 紙コップのコーヒーを持った刑事と、ぶつかりそうになってしまった。そして刑事と悠は目が合った。

 

(あれ、この人……)

 

 悠はこの若い刑事に見覚えがあった。二十代後半くらいの年齢で、細い体格をやや猫背に丸めているので余計に細く見える。着ているスーツには皺が寄り、ネクタイは曲がっている。言葉を選ばずに言えば、貧相な男だ。

 

「ん……君たち、もしかして天城雪子さんの友達?」

 

 そして若い刑事の方は、悠をしっかりと覚えていた。

 

「え? ええ……そうですが、なぜそれを?」

 

「ああ、先週の火曜日だったかな? 天城さんと一緒にいたでしょ」

 

 言われて悠は思い出した。この刑事は山野の死体が上がった日、その現場近くで戻してしまっていた人だ。転校初日に千枝と雪子と一緒に下校した際、叔父に怒鳴られている姿を見たはずだった。

 

「天城さん、どこに行ったか知らない?」

 

 刑事がそう言うと、悠より先に陽介が食いついた。

 

「ど、どういうことですか!? 天城の奴、いなくなったんですか!?」

 

「天城さん、昨日の夕方くらいから急に姿が見えなくなったって、ご家族から」

 

 刑事の説明によれば、昨日は土曜日で旅館は大忙しだったので気付かれなかったのだが、夕方頃から誰も雪子の姿を見ていないらしい。それで捜索願が出されたとのことだった。もちろんまだ若い高校生なので、単なる家出という可能性もある。だが何と言っても、最初の事件が起きた旅館の一人娘だ。事件と何らかの関係があると考える者もいる。そこまで話したところで──

 

「足立! 部外者と立ち話してんな! コーヒーまだかよ!」

 

「は、はーい! 済みません! それじゃね!」

 

「……」

 

 堂島の怒声に呼び出されて、若い刑事、もちろん足立透は悠と陽介の前から去っていった。高校生の二人組はその背を見送りつつ、互いに顔を見合わせた。やはり雪子は失踪していた。そして居場所はテレビの中に違いない。言葉にしなくても、視線の交換だけで悠と陽介は状況を確認できた。

 

「あっ、いた! ちょっと、何やってんの!?」

 

 ちょうどそこに私服姿の千枝が合流してきた。

 

 

「すっごい捜したんだから!」

 

 足立は相棒にコーヒーを手渡してから、廊下の方を見やった。そこでは先ほどの男子高校生の二人組に、やはり高校生と思しき緑のジャージを着た少女が加わっていた。三人の困惑と焦りが遠目にも分かるくらいだ。それを見て、足立は事態の真相を考える。

 

(生田目もテレビに入ったり、人を入れたりできるわけだ。で、あの坊やたちも……)

 

 昨日未明に生田目の電話を受けた時、足立は『テレビの中に匿ってやれ』などとは言わなかったし、そのつもりもなかった。テレビに入れる人間が、そうそう何人もいるとは思わなかったから。本当に、勝手にやってろくらいの気持ちだったのだ。しかし何としたことか、特殊な能力を持った人間がこんなに大勢転がっていた。ここまで多いとテレビに入るのは特殊でも何でもなく、誰でも持ち得る普遍的な能力なのではと思えてくる。もちろんそれは単なる印象に過ぎず、実際はそんなはずはなかろうが。

 

 天城雪子はマヨナカテレビに映った。それを殺される予告と受け取った生田目により、昨日のうちにテレビに『匿われた』のだ。ちなみに生田目は議員秘書を免職された後、実家の運送業を手伝っている。宅配便の業者としてなら、怪しまれずに目標に接近するのは難しくない。昨日の夕方にでも配達や集荷を装って、堂々と玄関から天城屋を訪ねたに違いない。生田目にすれば善意のつもりだろうが、テレビの中は安全ではなかったというだけの話だ。

 

 そして鳴上悠と花村陽介は雪子の救助に動こうとしている。今日は補導されかけたが、こんなことで諦めはしないだろう。二人は今日のうちにも再びテレビに飛び込むはずだ。昨日と一昨日のマヨナカテレビを見て、生田目の心情と現在の仕事も知っている足立は、事態の真相を容易に推理できた。証拠はないが、状況的に考えてまず間違いない。

 

(何か面白いことになってきたんじゃない?)

 

 事の発端は足立だが、事態は足立の意図をもはや超えている。大勢の人間を巻き込みながら、勝手におかしな方向に進んでいる。それが妙に面白く思えた。自分が動くことは面倒だからしたくないし、その結果未来が閉ざされようが関係ない。しかし他人が勝手に動くのを見ている分には、悪くない。だから少年たちを、少しばかり煽ってみる気になったわけだ。

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