ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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再起(2012/2/12)

 鳴上悠をリーダーとする特別捜査隊は、正式名称を稲羽市連続誘拐殺人事件特別捜査隊と言う。もちろん有志のチームであり、頭に『自称』がつくこともあるくらいなので、本当は正式も何もないが。

 

 特捜隊が結成された目的は、テレビを使った殺人事件の犯人を捕まえ、誘拐事件の被害者を救助することだった。つまり彼らは一定の目標を達成する為に集まった、期間限定の『プロジェクトチーム』なのである。人間がいる限り絶滅しないシャドウ全般に対処すること、即ち明確な期限を持たず定常的に活動する組織であるシャドウワーカーとは、設立された意義からして違う。特捜隊はその意味において、影時間とタルタロスの消滅を目的としていた特別課外活動部に近い。

 

 

「これは俺の問題だ。お前たちを巻き込みたくない」

 

 花の森の入口で、悠は『かつての』仲間たちに帰るよう促した。背を向けて、突き放すように。梅を散らせる晩冬の風のように、冷たく拒絶する。悠が皆にこういう態度を取るのは、昨年の間は一度もなかった。

 

 しかし仲間たちは悠をそっとしておかない。言葉の温度などほとんど関係ない。この程度で『元』リーダーに愛想を尽かすようなことはない。

 

「先輩、何言ってんすか! 巻き込むとか何とか、水臭えじゃねっすか!」

 

「説明してくれませんか。先輩の問題とは何です。また誰かを助けるつもりなのですか?」

 

 最初に反応したのは完二で、感情的に声を荒げる。次いで直斗が筋道を立てる。いつものことだが、この二人は言動が対照的だ。

 

「……」

 

 しかし微笑ましい後輩たちに聞かれても、悠は答えない。皆から隠した顔を顰める。

 

(特捜隊はもう終わったんだよ……)

 

 殺人事件は二ヶ月前に終わっている。それと共に特捜隊は終わったのだ。次の戦いがあるからと言って、再び巻き込むのは筋違いである。悠はそう思っていた。各々が当事者でもあった昨年の事件と違って、彼らはマリーと無関係なのだから。顔を見たことさえ二度か三度くらいしかない。マリーの為に体を張る義理や義務は、彼らにない。

 

 しかしここで言葉を尽くして、『ものの道理』を懇々と説いてやるのも気が進まない。ここは一つ、皆を力尽くで追い返してしまおうか。全員まとめてテレビに押し戻す。出口のテレビをこちらから壊すなりすれば、入口も壊れてくれるのではないか。そんなことを思いつくと──

 

「お待ちください。この先をお一人で行かれるのは、推奨いたしかねます」

 

 マーガレットが引き留めてきた。この千里眼の魔女には悠の心も見えるようだ。霧に映った鏡像を連想させる、金色に光る目を七人のペルソナ使いたちに向ける。宥めるような、値踏みするようなその視線によって、悠は荒っぽい手段に訴えたくなった気持ちを抑えた。

 

「ご存知でしょうか? テレビの中は人の心の世界なのです」

 

「聞いたことはあります」

 

 テレビの中の世界とは『心の世界』である。悠にこれを教えたのは足立だ。何とも荒唐無稽だが、全く理解できない話というわけでもない。シャドウだのペルソナだの、ファンタジーが現実に存在するのだから。そしてテレビに落とされた人の心理を反映した、いくつもの迷宮。初めて聞いた時は深く考えなかったが、今は腑に落ちる気がした。奇妙な話だが、悠は撃たれる前より撃たれた後の方が、足立の言うことを信じる気になっていた。

 

「ここはその中にマリーが作り上げた、閉ざされた領域……虚ろの森とでも申しましょうか」

 

「え、マリーって確か……ジュネスで歌った曲の、歌詞書いた子?」

 

 りせが口を挟んできた。休業中のアイドルが『作詞家』の少女に会ったのは、ジュネスで歌った10月10日と文化祭の日。たった二度だけだ。だが色々な意味で強烈な印象のある少女だったので、りせは忘れていない。

 

「先輩……何? どういうこと? ここ、テレビの中でしょ! まさか……!」

 

 テレビの中に人がいて、空間が形作られる。それが意味するものは何か。考えられるのは事件が再び起きたか、もしくは解決していなかった──

 

 しかしりせが結論付ける前に、マーガレットは説明を追加した。

 

「いいえ、昨年に皆様がたを襲った事件とは異なります。あの子は誰かに連れ去られたわけではなく、自らこの場所に閉じこもっているのです。かの事件が終わってから、今までずっと」

 

 殺人事件はやはり終わっているのだ。何でも見通す魔女は、さりげなく一つの終わりを保証した。

 

「ただ……降誕の前夜祭に、一度だけ貴方がたの世界に戻ったようですが」

 

「!」

 

 ここで悠は激しく反応した。仲間たちに見せている背中を震わせ、『小姑』に見せている目を見開いた。スキーウェアを探り、懐に隠していたものを取り出した。

 

「これのことですか!」

 

 櫛である。イヴの夜に目覚めて以降、悠はこれを肌身から離していない。クマの眼鏡はスキーをしながら服に入れていては、転んだ弾みで割ってしまうかもしれなかったので、今日は持ち歩いていない。だが櫛は持っている。

 

「ええ、その通りです」

 

 名前さえ自分のものではない、謎の人外が唯一所有していたもの。失った記憶と存在の鍵。そして永劫の絆の証明だ。悠は大切な人と過ごす日にこれを貰い、夢の霧から外に出られた。マリーがいなければ、きっと今でも眠ったままだっただろう。

 

「前夜祭って……イヴのこと? じゃあ貴方が目を覚ましたのって……」

 

「マリーちゃんなの……? あの子が君を助けたってことなの?」

 

「……ああ」

 

 雪子と千枝の問いかけに、悠は振り返らないまま答えた。この二人は二人揃って、昨年のかなり早い時期に悠との絆を極めた。しかし深い仲にはなっていない。それは早すぎたから、と言えるかもしれない。クラスメイトの二人の『真実』を受け止めるだけの何かを、当時の悠は身に付けていなかった。

 

「あの子が先輩を……? ねえ先輩! マリーちゃんって誰なの! どういう関係なの!?」

 

 一方でりせとの絆が極まったのは、上級生の二人よりもかなり後だ。しかし深い仲になっていない点では変わらない。それは遅すぎたから、と言えるかもしれない。りせが転機を迎えた頃には、結実に先を越されていた。

 

「……大切な人だ」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

 そして直斗に至っては、そもそも転機が訪れることさえなかった。テレビの中で共に戦ってきた特捜隊の女性陣は、悠から求められたことはないのだ。もし求められれば、未だ男装をやめない直斗でも応えただろう。しかし様々な運命のあやによって、男から声をかける機会はなかった。四人の少女は自分から悠を押し倒したこともない。あいと結実は押したが、それも結局のところ長続きはしなかった。今となっては関係は解消されている。

 

 神話や和歌が伝える通り、男から攻めていかねばならない。そうでなければ実を結ばない。他の人間はいざ知らず、悠は神話に倣った宿命を背負わされている。

 

「ご存知のように、あの子は失われた自分の記憶を欲しておりました。もっとも……貴方はやめるよう仰ったわけですが」

 

 悠は菜々子を押したこともない。押したのはマリーだけだ。やったのは霧が町を覆った11月である。

 

「しかし貴方の望みも虚しく、あの子は記憶を取り戻したようでございます。その記憶が告げた真実によって、あの子はここに来る道を選んだ……ということでございましょう」

 

 初めて自分から攻めたあの日、悠は『契約』を破棄した。しかしその甲斐もなく、もしくは破棄したが為に、かえってマリーは自分が何者か知ってしまった。そんな気がした悠は、櫛を握る手に知らず力が入った。

 

「どんな記憶なんですか。何を思い出したって言うんですか!」

 

「さて……思い当たる節はございます。しかし私の口から申し上げても、仕方がないのではありませんか?」

 

「……」

 

 悠は黙った。自ら考えず人から教えられた真実に、どれだけの価値があろうか? 自分の手を動かさず他人から与えられた平和を、どれだけ楽しめるだろうか? 与えたのは堂島であり、尚紀であり、有里だった。悠は昨年の暮れから、その苦さを嫌と言うほど味わった。今またマーガレットから『答え』を貰って、苦さを上乗せして、それでどうしようと言うのだろうか。

 

「答えは貴方ご自身で得られると良いでしょう」

 

「俺が自分で探せ……というわけですね」

 

 マーガレットは微笑んだ。そして首を巡らせ、後ろを示した。花が舞い埴輪が立ち並ぶ森の奥には、緩やかな階段とその先に組み上げられた巨石があった。石の間では闇が口を開けている。あからさまに『入り口』を連想させる佇まいである。あの闇の向こうにマリーがいる。男から攻めて突入して、女を捕まえて引きずりださねばならない神秘の領域がそこにある。

 

「皆、戻ってくれ。俺一人でいい」

 

 そして男が女を押したり引っ張ったりする現場に、他人がいていいものではない。秘め事を隠すように、悠は再び仲間たちに帰るよう促した。

 

「ちょ、先輩! まだ言うんすか!」

 

 もしここにいる仲間が女たちだけだったなら、案外素直に従ったかもしれない。しかし男の完二はそうしない。悠が仲間の女を袖にしたからと言って、完二が悠を嫌う理由にはならない。

 

「ふう……私がどうして皆様がお揃いの時に貴方をお招きしたか、その意味を考えてくださいませんか?」

 

 そしてマーガレットも悠の蛮勇を窘める。

 

「ここはテレビの中……シャドウがいるってこと? 確かに何か感じるけど……」

 

 りせが不安げに零した。もう長いことペルソナを召喚していないが、まだ錆び付いてはいない。情報系ペルソナの感覚には、何度も戦ってきた異形の存在の気配が届けられてきている。それに加えて──

 

「人々の心の中には、シャドウだけが住むのではございません」

 

「それってまさか……去年こっちで尚紀たちが戦った奴のことっすか!?」

 

 ここで陽介が口を挟んだ。しばらく思い出すことのなかった辛い記憶が、反射的に表に出てきた。

 

「確か、小西先輩はアメノサギリとか呼んでたけど……」

 

「陽介?」

 

 聞き覚えのない名前に、悠は初めて後ろを振り返った。苦楽を共にしてきた親友と目が合う。

 

「貴方はご覧になったのですね」

 

 陽介が言っているのは、12月に放送されたマヨナカテレビの録画放送である。足立との戦いの最中に、突如乱入してきた目玉の怪物がいた。それこそが現実に霧とシャドウが漏れ出た元凶であると、早紀は断定した。そしてシャドウワーカーが倒した。そのシーンを陽介は画面越しに見ている。

 

「え……何? 花村、何の話してんの?」

 

 だが千枝は見ていない。寝込んでいた悠は言うまでもないし、他の者たちも見ていない。深夜の特撮ヒーロー番組を見たのは、彼らの中では陽介一人が一度だけである。

 

「何を見て何を信じるかは、全て皆様次第。皆様がご自身で答えを出されること。ご自由にされればよろしい。何も見ず、何も信じない自由もまたございます」

 

 マヨナカテレビは誰でも全てを見られるわけではない。深夜の超常現象に関する認識では陽介が一歩進んだわけだが、それでも全てを知っているわけではない。テレビの世界の深層には、まだ誰も辿り着いていない。

 

「ただ人の認識に関わらず、自ら存在するものもあります。意地や思い込みでは何も変えられません。今の時点で確かに申し上げられるのは……」

 

 マーガレットは一旦言葉を切った。瞬間的な沈黙の間に、悠は再び魔女と目を合わせた。シャドウを連想させる金の瞳が別の色を発し始めた。

 

「……悠。貴方一人では、勝機は百に一つもないわ」

 

 これまでは特捜隊全員に向けて、いわば公的な立場で話していた。だがこの言葉は悠一人に向けられたものだ。昨年に私的な頼みごとを何度かした、『ちょっとした友人』として話している。

 

「だけど仲間の皆と共にあれば、十に一つくらいはあるかもしれない。真の意味で力を合わせることができれば……」

 

「……」

 

 三学期から悠は絆の残業に勤しんできたが、自分は本当に強くなれているのか、つい先ほどに疑問を感じたばかりである。マーガレットの忠告はその回答になっていた。苦い思いを感じると共に、勘が働いた。

 

(この人……実はこの場所をとっくに見つけてたな?)

 

 マーガレットから中間報告があったのは成人の日だ。あの頃にはもう、この回りくどい魔女はマリーを見つけていたのだ。今日まで待たせたのは、残っていたコミュニティを進めさせる為と、もう一つ。特捜隊の七人が全員揃うタイミングを見計らっていたからだ。三学期の悠は皆と行動を共にする機会が少なくなり、全員集まったのはクリスマス以降では初めてだ。マリーを救う戦いに陽介たちを巻き込む為、この日を狙って悠をここに呼んだ。そう直感した。

 

「えっと……何かよく分かんねっすけど。要するにマリーちゃんがここにいて、アメノサギリみたいなヤベえ奴もいる。悠一人じゃキツいから、俺らも手伝え……そういうことっすね?」

 

 部外者が六人も呼ばれたわけを、陽介がまとめた。早い話が、悠を助けて皆で戦えということだ。するとマーガレットは口調を戻した。

 

「いいえ。彼を手伝うかどうかは、皆様の自由です。私は強制いたしません。彼と違って、皆様はマリーと縁が深いわけでもございません。むしろ……あの子が助かるのは、望ましくないかもしれませんでしょう?」

 

 大企業の社長秘書めいた魔女は、大抵の場合は敬語で話す。しかし口調がどうあれ、話す内容に容赦はない。

 

「な……ど、どういう意味ですか!」

 

 愁眉を寄せて、声を荒げたのは雪子だ。こういう激しい反応を示すのは、随分と久しぶりである。

 

「全てを知った上で、それでも行くなら止めはしません。そういうことです」

 

 ここで言う『全て』とは、危険があるというだけではない。シャドウとの戦いが想定されるのは、テレビに入った以上は当然。より上位に属する超常の存在も示唆されているが、問題の本質はそこにはない。危険を冒して戦って、勝利を得たとしても、勝利に価値がないかもしれないということ。むしろ望ましくない、今より悪い事態に陥るかもしれない。

 

 何の得にもならないばかりか、むしろ損をする。そんな戦いに挑む者が、果たしてどこにいるのだろうか?

 

「俺はやるぜ」

 

 ここにいた。

 

「陽介……」

 

 元サブリーダーの志願に、悠は困った顔を見せた。一人では無理だと言われようとも、やはり一人で行くべきだと元リーダーは思っていた。人から与えられた平和は楽しめない。仲間がいなければ何もできないと、自分に認めたくはない。そんな少年らしい思いに、悠は囚われていた。

 

 しかし『認めたくない』程度では、皆は引き下がらない。陽介が作った流れに乗って畳みかけてくる。

 

「俺もやるっすよ! 何か知んねえっすけど、ヤベえことになってんしょ!」

 

「まだ分からないことばかりですが……先輩を一人で行かせるわけにはいきません」

 

「ずっと一緒に戦ってきたじゃない……今さら帰れなんて、ないよ」

 

「あたし、君を守りたいって言ったじゃん……。もう忘れちゃった?」

 

「……先輩、マリーちゃんを探すには私が必要でしょ?」

 

 男性陣ばかりか女性陣も志願してくる。悠の『大切な人』を助けるのは、彼女たちにとって面白くない事態であるはずだ。千里眼の魔女が示唆したのだから間違いない。それでも進んで危険に飛び込む。それは純粋な善意か、ライバルがいなくなるのを喜ぶことを卑劣と感じるからか。もしくは悠が望んでいることを、ただ叶えたいだけなのか。

 

「……」

 

 悠は異界の天を仰いだ。夢と現実の境目辺りから降ってくる、雪のように白い花びらが顔に触れる。それらは雪と違って頭を冷やしてはくれない。だが上りきっていた血が下がって、少しだけ冷静さが戻ってくる。そんな気がした。

 

(皆、気持ちは同じなのかな……)

 

 僅かに静まった頭に、また閃きが走った。昨年、悠は足立に敗れた。だが敗れたのは悠だけではない。特捜隊はシャドウワーカーに敗れたのだ。全員が大きな挫折を味わっている。昨日まで、ペルソナやテレビなどのキーワードを口にすることさえ憚られていたことが、それを証明している。だが今日になって、新たな戦いの舞台が俄かに立ち現れた。

 

「……皆、力を貸してくれるか?」

 

 これは再起なのだ。悠だけでなく旧特捜隊全員の。

 

 かつて特別課外活動部は影時間とタルタロスを消滅させた後、正式に解散となった。しかしそれから一年ほど後にシャドウワーカーとして組織を再編し、現在に至っている。新旧の組織は目的と構成が異なるものの、連続的ではある。なぜかと言うと、旧組織の構成員をほぼ丸ごと引き継いだからだ。だからシャドウワーカーの本部隊員、特に非常任の身分にある者たちにとっては、自分たちは以前と違うという意識は希薄である。

 

「当たり前だろ! 相棒なんだからよ!」

 

 そして特捜隊にとっては、なおさら希薄である。事件が終わったからチームは解散になった。だから次の戦いに参加する義務はない。そんなことを考えるのは悠くらいだ。

 

「決まりのようですね。ではもう一つ、ご忠告申し上げましょう」

 

 場がまとまったところで、マーガレットが再び口を開いた。

 

「マリーのもとへ向かうおつもりなら、急がれた方がよろしいかと存じます」

 

 魔女が言うには、この『虚ろの森』は本来閉ざされた領域であり、拠点のスタジオを始めとする他の空間と連続していない。山小屋のテレビと繋げたものの、それも一時的なもの。近いうちにこの空間は閉ざされ、誰も立ち入ることはできなくなる──

 

「そうなればマリーの存在は、皆様の記憶から完全に消えてしまうでしょう」

 

「皆、行くぞ!」

 

 悠は駆け出した。積もり積もった花の床を踏み越え、古代の遺物の森を通り抜ける。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 僕たち、何の準備もしてませんよ!?」

 

 直斗が声を上げたが、悠は構わず階段を走る。ペルソナの恩恵を受けた足は速く、あっという間に闇の入口まで至り、そのまま飛び込んだ。途中で仲間たちを振り返ることはおろか、足を緩めもしなかった。たとえ皆が前言を翻して悠をそっとしておいたとしても、リーダーは立ち止まらないだろう。当初の想定に戻っただけだと、一人で心の世界の奥地まで走るのみだ。

 

「あー……ったく! しゃあねえ! 皆、行くぞ!」

 

 そしてリーダーをそっとしておくことなど、特捜隊は思いもしない。サブリーダーを先頭にリーダーを追う。戦いの準備どころか着替える暇もない。山で遊んでいた時のままのスキーウェア姿で、全員が一目散に墓へと駆けた。大人数が一度に走った煽りを受けて、舞い散る花びらの群れが渦を巻く。

 

「ふふ……全く、手のかかる子供たちね」

 

 その場に残されたマーガレットは一人呟いた。小脇に抱えたペルソナ全書にそっと手を添える。ベルベットルームに身を置いている時はいつも膝の上に乗せている本を、今は違う形で持っている。自分は今、普段と異なることをしていると商売道具が告げてくる。

 

「あの子は人から忘れられる道を選んだ……。あの子を救うことは、あの子自身が認めない。そもそも救うことが正しいとは限らない……」

 

 意地や思い込みでは、使命も宿命も変えられない。昨年の7月、マーガレットはマリーにそう言った。悠にも言った。

 

「その上で、もしもマリーを救ったならば……悠の使命は終わるでしょう。救えなければ……」

 

 独り言を続けながら、マーガレットは瞑目した。何でも見通す魔女として、今後の成り行きを予測しようとした。事件を解決したシャドウワーカーと、再起を賭ける特捜隊。事件の黒幕、暗躍する者たち、そして世界を焼き殺す炎。横糸と縦糸は互いに絡まりあって、何かの絵が現れようとしている──

 

「どちらに転ぶか……まだ分からない。ただ私も湊との契約に、決着をつけなければならないかしら?」

 

 

 古墳を連想させる石組みの中は、広大な白の空間だった。ただしテレビのスタジオとダンジョンの間にある無の平原と違って、『もの』は一応ある。足元には石畳が敷き詰められていて、遠くには何かの景色が見える。ただ近くと遠くの景色は、どちらも白だ。白い闇に侵食されて、もう間もなく全ての色と形を失う寸前だ。

 

 時そのものに侵された廃墟。もしくは古代から密閉されて安定していた遺跡が、墓荒らしにあって現代の空気に触れた途端に腐食を始めて、崩れ落ちようとしている。そんな連想を催す空間だった。

 

「相棒! 一人で突っ走んなよ……って、あれ? そのカッコ……」

 

 先走ったリーダーに、サブリーダーたちはすぐに追いついた。異界に足を踏み入れてすぐに、見慣れた後ろ姿を見つけられた。だが見つけた途端、『見慣れた』姿に違和感を覚えた。上着のボタンを全て外した、いつものスタイルだった。

 

「お前たち……ん? いつの間に着替えた?」

 

 そして悠の方も、六人の服装に違和感を覚えた。

 

「え……あ、あれ!? これ、うちらの制服じゃん!?」

 

 七人の特捜隊の面々は、自分たちの装いに驚いた。スキーウェアを着ていたはずが、いつの間にか八十神高校の冬物の制服を身に付けていたのだ。昨年テレビの中で戦っていた時は、ほとんど常にこの格好だった。

 

「どうなってんだ……? まあ、動きやすくていいっすけど」

 

 スキーウェアは防寒の為、普通の服よりずっと厚手に作られている。シャドウとの戦闘があるなら、動きにくい特殊な服よりも慣れた制服の方が良い。だがもちろんそんな単純な話ではない。服装が知らぬ間に変わってしまう、この事態が何を意味しているかと言うと──

 

「この空間……他と違う感じが凄いするわ。ほら、テレビの中って心の世界なんでしょ?」

 

 情報担当が解説を始めた。

 

「心が影響する……って言うのかな? そういうの、ここって他の場所よりずっと強いのかもしれない」

 

 いや、解説ではなく推測である。優れた認識能力を持つりせも、テレビの中やシャドウについて全てを見抜けるわけではない。しかもマリーが隠れているこの空間は、昨年に戦ってきたどの場所よりも神秘の色が濃い。特殊の中でも特殊な場所だ。

 

「私たち、何の準備もなしでいきなり来ちゃったけど……もしかしたら準備なんて、やっても意味なかったかも。武器とかあっても、持ち込めなかったんじゃないかな……そんな気がする」

 

 テレビの中は元より常識が通用しない領域であるが、今日はいつにも増して何でもありだ。侵入者に枷をはめてくる。

 

「あれ、そう言えば霧は? 出てないね……」

 

 雪子が上下左右を見回しながら、今さらながらに指摘した。埴輪の林立した墳墓の入口からそうだったが、空中を舞っているのは花びらのみで霧はない。眼鏡なしの肉眼で遠くまで見通せる。互いの顔も見える。

 

「もしかして……こっちの世界の霧って、外のと一緒に晴れちまったのか?」

 

「んー……どうかしら?」

 

 陽介が疑問を呈すと、りせは眉根を少し寄せた。事件が終わって以降、特捜隊は一度もテレビに入っていない。現実の霧が晴れると共にテレビの中も晴れたのかどうかも、彼らは知らない。

 

「……こっからじゃ分かんないわ。何か余所から隔離されてる感じで、他の場所は見えないの」

 

 特捜隊は戦いの舞台から完全に締め出されていたのだ。警察による犯罪捜査においては、公式発表される事柄は氷山の一角に過ぎず、捜査の進捗状況や具体的な捜査の手段など詳細は内輪だけに秘匿される。それと同じでテレビの世界の現状や足立の行方など、特捜隊に知らされていない情報は山ほどある。陽介はマヨナカテレビで最後の戦いを覗き見たが、それだけでは足りない。事件が終わった今も、全容は彼らにとって不明なままである。

 

 大人たちに敗れた少年たちは、一から出直しだ。再出発は他から隔離されたここから。シャドウワーカーには知られていない秘密の戦場である。再起を図るにはうってつけだ。

 

「今さらどっちでもいい話だ。それより時間がない……行こう」

 

 特捜隊はただの仲良しグループではない。町の内外で遊ぶことはもちろん何度もあったが、決してそれが主旨ではない。戦う集団だ。国や企業から報酬を貰うプロではないが、戦うことを目的として結成されたチームである。戦う相手は異形の怪物たちだ。

 

「あ、敵が来たよ!」

 

 りせの警告で前を向くと、シャドウの群れが集まってきていた。その様に、悠は昂ぶりを覚えた。

 

(久しぶりだな……こういうの)

 

 思い返せば、三学期が始まってからの一ヶ月間は苦痛だった。事件について、昨年の日々について結論付けることを避け、皆と改めて話し合うこともしなかった。一方で望まない労働に身をやつし、絆の針で刺される痛みを何度も味わった。おかげですっかり擦り切れてしまった。先ほど皆に帰れと促したのも、早い話が八つ当たりだ。だがそれも、もう終わりだ──

 

「弱点は……光!」

 

「カグヤ!」

 

 永劫のアルカナの最奥に位置するペルソナを召喚した。櫛の他にもう一つ、マリーから与えられたものである。日本最古の物語に登場する、つれないヒロインの名を持つペルソナだ。

 

「消し去れ!」

 

 使用者の掛け声と共に、ペルソナは力を行使した。白い地面により白い光が浮かび上がる。妖魔退散の呪符、もしくは神への賛歌を記した経典のような紙片が、空中に無数に現れる。笛に似た清冽な音を合図として、一斉に弾けて巨大な光の柱と化す。光に包まれた影は、世界のどこからも居場所をなくしてしまう。余力に関わらず敵を一発で調伏する、光の魔法である。

 

 天人の名で呼ばれたペルソナは女の姿をしている。赤い服に身を包み、何重ものショールを肩の上に浮かせるという装いだ。ショールの裾はおとぎ話の時代の襲色目(かさねいろめ)よろしく、虹の色で彩られている。一言で言えば高貴な姿である。

 

 ただ顔を隠す仮面だけが、全体から浮き上がっていた。色合いは黒と緑の中間で、赤く灯る目と相まって昆虫の外骨格めいた硬質感がある。頭から突き出た細長い紐状のものは兎の耳のようだが、虫の触角も思わせた。ショールを羽根に見立てるならば、それは蝶──

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