ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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骨肉(2012/5/3)

 ジュネスが営業を開始して間もない時刻。大人のペルソナ使いたちが集まった頃、若者のペルソナ使いたちも集まった。場所はもちろん昨年来の溜まり場である。フードコートにいくつも置かれた白いラウンドテーブルの一つに、五人の少年少女が集まった。休日であるのだが、全員学生服を着ている。

 

「お久しぶりです、先輩」

 

 悠に最初に声をかけたのは直斗だった。高校生ながら探偵稼業を続けているのだが、仕事を調整して今日から数日は体を空けている。

 

「ああ、久しぶり。皆、変わりないみたいだな」

 

 別れてからまだ一ヶ月と少ししか過ぎていない。5月の初旬は夏日に襲われる日もたまにはあるが、まだ春の範囲内である。季節が変わってもいない間に、人が大きく変わることはそうはない。変わった点と言えば、直斗と陽介が着ている制服の襟につけられた、年次を表すピンくらいである。

 

 ただ八十神高校の生徒でなくなった悠のピンは、昨年度と変わっていない。小さな変化は他の点にある。

 

「あれ……顔色良くないね。ひょっとして、風邪引いてたりする?」

 

 雪子が指摘した通り、悠は体調が優れない。昨日に堂島にも言われたが、悠は稲羽を一度去って以降、妙に体の調子が良くないのだ。微熱が続いていて、咳き込むことも多い。その為に食もあまり進まず、体重も落ちてしまっている。冬から春にかけては異常なくらいに健康だったのだが、それがなくなった。

 

「大したことはないさ」

 

「ちゃんと食べてる? 肉が足りないんじゃないの?」

 

 千枝も心配そうに言う。そんな少女たちを見ながら、三年生の校章を襟につけた少年、陽介は思う。

 

(何か……前と違う感じがするな)

 

 同級生二人の反応に、陽介は違和感を覚えた。以前の特別捜査隊女性陣は、悠に対して『頼りにしてます』という雰囲気があった。それは軽くひと押ししてやれば、あっさりと『好きです』へと転げ落ちるレベルのものだった。陽介は人の気持ちに鋭敏な方だが、別に陽介でなくても誰でも気付くくらい分かりやすかった。『鈍感』という属性を神か何かから与えられて、不自然なくらいに何も気付かない人間でもない限り分かる。もっとも昨年の一年間は、悠はここの三人及びここにいない一人を、恋の崖へと突き落としはしなかった。

 

 だが今の千枝と雪子から受ける印象は、往時とは若干異なっていた。悠の顔色が悪ければ、額に手を当ててやりたくてそわそわする。食事が足りていないのであれば、店に飛んで行って肉を買ってくる。去年の二人ならそれくらいはしそうなものだ。しかし今の二人にそうした動きはない。雪子の手は自分の膝から動いていないし、千枝の腰も椅子から浮かない。

 

(時間が経てば、こんなもんかな……)

 

 男女の仲の深さは様々だ。恋人と友達の間にも、いくつもの階層が存在する。例えば一緒に下校したり、休日にどこかへ出かけたりはするが、互いの家に行くことはない。陽介と女性陣はそうした間柄だが、今の三人のやり取りも同じように見えたのだ。

 

「どしたん? 花村」

 

 一人で沈思黙考する陽介に、千枝が声をかけてきた。

 

「男には色々あんのさ……」

 

「あ、進路指導表のこと? 早く出しなさいって、先生言ってた」

 

 雪子の少しずれた指摘に、陽介は顔をしかめた。先入観なく見れば秀麗な陽介の顔に陰りが差す。

 

「やなこと思い出させんなよ……」

 

「え、アレまだ出してないの? ヤバくない、それ」

 

「るっせ!」

 

 陽介はたった今思ったばかりのことを撤回したくなった。記憶を呼び起こしてみれば、陽介は去年の一年間、悠のいないところで千枝や雪子と放課後や休日を一緒に過ごしたことはなかった。同じ恋人と友達の間であっても、陽介と悠はかなり離れた位置に立っている。悠は以前より陽介の側に近づいたが、それでもまだ差がある。別に陽介は特捜隊の女性陣を巡って悠と争うつもりなどないのだが、何か悔しい。

 

「あの、そろそろ本題に入りませんか」

 

 上級生たちの世間話を、直斗が遮った。この少女探偵は特捜隊女性陣の中では、悠に対する気持ちが分かりにくかった。他の三人と同様に、『頼りにしてます』という気配はあった。しかしそれが異性としての好意であったのかどうかは、鋭敏な陽介にも判断が難しいところだった。それは場の空気などお構いなしに、話をどんどん進めようとする直斗の言動が主な要因だ。

 

(KY探偵……だっけか?)

 

 死語を冠した二つ名はさておいて、嫌な話題が逸れたのは陽介にとってありがたい。少々わざとらしい咳払いを一つして、本題を切り出した。

 

「んじゃ、久々だっつーのに事件に当たっちまった悠の帰還を祝しつつ……昨日のマヨナカテレビ放送再開を受けて、特別捜査隊を再結成しまっす!」

 

「あれ、うちら解散してたっけ?」

 

「どうだったっけ……」

 

『特捜会議』の進行役は、昨年からサブリーダーの役目だった。しかし本題に入った途端、また脱線した。

 

「……」

 

 悠は目を伏せた。稲羽市連続誘拐殺人事件特別捜査隊は、愚者のコミュニティが極まった昨年のクリスマスに一度解散している。再起したのはバレンタイン前、スキー合宿に行った時だ。悠の認識ではそうだった。そしてそれ以降、再度解散したのか継続していたのかは特に考えていなかった。

 

「それはともかく……昨晩のマヨナカテレビ、皆さんご覧になったのですね?」

 

 脱線した話を参謀が元に戻す。

 

「見たわよ! 何あのPVみたいなの!? あんな失礼なキャッチ、誰が考えたんだっつーの!」

 

 昨晩は夜遅くに雨が降り始めて、真夜中まで続いた。それで昨年この町で流行した都市伝説が再現されたのだ。実は千枝は事前に噂を聞いていたので、テレビを確認しようと悠を除く皆と連絡を取っていた。そして悠も何となく思うところがあって見た。結果的に全員が現物を見たわけだが、昨年のそれとはかなり毛色の違ったものだった。

 

 マヨナカテレビに特捜隊の面々が映ったのだ。昨年の深夜の超常番組は三種類あった。被害者が粗く映る予告、被害者が放り込まれて映るライブ、戦いを終えた後に映る録画だ。だが昨晩のそれはいずれとも違っていた。四種類目のマヨナカテレビはプロモーションビデオ風な代物だった。

 

「何かが起きているのだと思いますが……堂島さんにお話はされましたか?」

 

「いや……していない。うちの叔父さん、今日は早い時間から仕事に行ったんだ。叔父さんの部屋にテレビはないから、多分見てもいない」

 

 これは言い訳である。堂島が今朝早くに家を出たのは事実だが、本来なら昨晩映った後で、すぐに報告するべき話である。もっとも刑事にして特殊部隊員である堂島に話せば、そもそも悠はここに集まることさえ、できなくなってしまったかもしれない。

 

 何にせよ、堂島を始めとするシャドウワーカーはマヨナカテレビの再開をまだ知らない可能性が高い。それはつまり、鬼の居ぬ間に何とやらである。

 

「テレビ、ちっと覗いてみっか?」

 

 放映が終了したはずの深夜の超常番組が復活した以上、そっとしておくわけにはいかない。しかし今から向こうに行くには、ある問題がある。

 

「そうするべきだと思うが……りせがいないのは痛いな」

 

「りせちゃんだけじゃなくて、クマ吉もいないってのもヤバいね……」

 

 ここに集まったのは、本来いるべき人数と比べて三人少ない。りせ、クマ、そして完二がいないのだ。昨晩から音信不通である。特に情報担当であるりせと、本職には及ばないものの同じ力のあるクマの不在は、この局面では痛い。場合によっては致命的になり得る。ここの五人は全員ペルソナ使いだが、戦うこと以外は基本的にできないのだ。

 

 だがペルソナ使いにできることは、何もペルソナ能力だけではない。頭を働かせて物事を分析し、真相を推理するのは誰でもできる。殺人事件を追っていた昨年は、皆がやって来たことである。

 

「クマ君と言えば……昨晩のPVでは、彼はちょっと扱いが違いましたね。クマ君だけキャッチフレーズがなくて、しかも主催者のように振る舞っていました」

 

 さすがは探偵と言うか、直斗は着眼点が違う。そして雪子がもう一歩踏み込んだ。

 

「ねえ……クマ君の悪戯って線はないかな」

 

「……」

 

 場が俄かに沈黙した。あり得ないとは、なかなか言いづらい。もちろん訳もなくこのような悪さをするとは思えないが、何か訳があればやるかもしれない。例えば『センセイが帰ってくるから、ちょーっぴり大掛かりなサプライズパーティーを企画したクマよ! リセチャンとカンジにもぉ、ゴキョーリョクいただいとりますクマ!』とか。

 

「何にしましても、やはりサポート役なしで向こうへ行くのはどうかと思います。小西君に連絡は取れませんか?」

 

 特捜隊で情報系の能力を持つ二人はいない。だが同じ力を持つ者は知り合いにもう一人いる。昨年の事件ではある意味で特捜隊以上に深く関わった、シャドウワーカー稲羽支部の情報担当だ。

 

「呼んでみっか」

 

 陽介が携帯電話を取り出した。今日は尚紀と会う予定はなかったが、事情を話せば来てくれると思われた。しかし──

 

「通じねえ……」

 

 駄目だった。陽介の昔ながらの電話に届けられてきたのは、電源が切られている云々との、無機質な案内だけだった。片田舎の八十稲羽で連絡が取れないというのは、そうそうあることではない。考えられるのは──

 

「取り敢えず、一度行ってみるか」

 

「ん……そうだな。出口のテレビはスタジオに置きっぱだし。お前あのカエル、持ってきてっか?」

 

 陽介が言っているのは、テレビの世界の拠点に一瞬で帰還する為の道具である。カエルの置物の形をした便利アイテムは、昨年から悠が管理していた。

 

「もちろん」

 

「んじゃ、ちっと覗いてみるってことで。ヤバそうだったら引き返して……場合によっては、それから堂島さんに連絡すっか」

 

 久々の特捜会議はサブリーダーが結論付けた。大体において特捜隊は話が早いが、今日もそうなった。話を始めてから何分も過ぎていない。

 

「よし、行くか」

 

 悠が席を立つと皆が続いた。特捜隊はリーダーが何かをやると言えば、皆がやる。誰も逆らわないのが3月までの恒例だった。しかし当時は愚者を始めとする数々のコミュニティがあった。今はもう魔術の絆は失われているのに、皆が悠に同調した。それはなぜか──

 

 

「ねえ花村」

 

 屋上のフードコートから二階の家電売り場へと向かう中、千枝が陽介に話しかけた。表情はやや硬い。

 

「あんたさ、3月から……つか、鳴上君が帰った後でテレビに入ったことある?」

 

 二人は階段を下りる五人のうち、後ろの方にいる。悠を先頭として、雪子と直斗はそれに続いて何かを話している。距離が離れているわけではないが、千枝と陽介の会話に当人以外は加わっていない。

 

「へ? ねえけど……どうかしたか?」

 

「あたしのペルソナ、何か前より力落ちてるような気がすんのよ。テレビの中じゃなきゃペルソナ出せないから、はっきりしないんだけど……。あ、そういやあんたって外でも出せんだっけ?」

 

「そりゃまあ、こっちでもできると思うけど……今年入ってから外で出したことはねえよ。使い道ねえし」

 

 特捜隊は現実ではペルソナを使えないが、陽介と悠は昨年12月3日に殻を破った。だがそれ以来、二人とも現実では一度も召喚していない。できるかどうか試してもいない。かの日の出来事は、今となっては忌まわしい記憶でしかなかったから。

 

「そっか……ま、気のせいならいいんだけど……」

 

 話しているうちに目的の場所に辿り着いた。昨年から何度も使用した、異世界への窓だ。電源が入っていない画面には、高校生の五人だけの顔が映っている。

 

「人、少ないね。連休なのに」

 

「また厳しいこと仰いますね、天城さん……」

 

 陽介は進路指導表の件に続いて、再び顔を曇らせた。だが雪子の指摘は単なる嫌味ではない。実際のところ、家電売り場に客は少ない。前後左右を見回しても、自分たち以外の人間は何人見つかるかという程度だ。テレビに入るタイミングを容易く計れるくらいである。元よりここは特売セールでもない限りは、そうそう人混みができるような売り場ではない。しかし今日はゴールデンウィークである。年に何度もない書き入れ時に、この状態で店はやっていけるのかと、経営状況が心配になるところだ。

 

「あ、ごめん……。実はうちの旅館も今年ちょっとさ……」

 

 客の入りが今一つなのはジュネスだけではない。地域随一との評判の高い老舗の温泉旅館もそうだ。例年なら予約で満室になるのが当たり前のこの時期に、空きがあるのだ。昨年は直前に殺人事件があった為にキャンセルも出たが、とうに終わった今年になってなお、客足が回復していない。

 

 そんなありがたくない世間話が、異世界へ突入しようとする少年たちの間で持ち上がった。

 

 

 

 

 テレビの中と外は、場所と場所で繋がっている。特捜隊はごく初めの頃から、この法則に気付いていた。現実で同じ場所から入れば、テレビの中の同じ場所に出る。

 

 ただし何事にも例外があるように、現実と異世界の法則にも例外がある。例えば昼間にマヨナカテレビが映った3月20日だ。陽介たちはいつものテレビから異世界に飛び込んだのだが、出た場所はいつものスタジオではなかった。番組が『撮影』されていた現場に、いきなり出てしまった。先行していた悠はガソリンスタンドから入って、後続の陽介たちはジュネスから入って、それで同じ場所に出たのだ。

 

 それは即ち、二つの世界を繋ぐ窓の法則は歪められ得るということ。そして歪められる存在がいるということだ。そしてこの日も法則が歪められた。

 

(ピアノ……)

 

 シャドウワーカー稲羽支部の支部長は、八十神高校の音楽室に身を置いていた。普段は音楽の授業の他、吹奏楽部が部室として使用しているこの部屋には、ピアノが一台置いてある。堂島宅にもあるアップライトではなくグランドピアノだ。棚板が開けられて弦を見せているそれに、堂島は歩み寄って手を触れた。

 

「千里……お前の娘は、いい子に育ってるぞ」

 

 堂島は妻が死んでからピアノに辛い思いを抱いていたが、今はもう克服した。家で娘が練習している時は、できるだけ聞いてやるようにしている。

 

「時々びっくりするくらい、お前に似てきてな。もうじき頭が上がんなくなるんじゃないかって、怖いくらいだぜ」

 

 この時、堂島は夢を見ているような状態だった。自分が何をしていて、なぜこんな場所にいるのか、理性がまるで働かずにいた。夢の中では夢そのものに振り回されて、かえって思い通りに行動できないように。

 

 そして往々にして、夢は飛躍する。

 

『ライバル……それは強敵と書いて、”とも”と読む!』

 

 どこかで聞いたようなセリフが、唐突に降って湧いた。

 

「ん……?」

 

 振り返ってみれば、やたらと高い天井から一台のテレビが吊り下がっていた。堂島が悠くらいの年齢だった頃に流行したフレーズの、そのバリエーションが流れてきたのはそこだ。

 

『漢の中の漢たち! 出て来いクマー!』

 

 そして痛々しく、聞くに堪えず、意味不明でありながら何となく意味が分かってしまうフレーズが、いくつも重ねられた。

 

『可愛い菜々子は誰にも渡さん! 鋼のシスコン番長! 鳴上悠!』

 

 堂島がよく知っている顔の少年が、画面に映し出された。プロレスかボクシングのリングに立って日本刀を構えるという、何とも言いようのない演出でもって。

 

『寂れた田舎を踏み台に、大英雄に俺はなる! キャプテン・ルサンチマン! 花村陽介!』

 

『女を捨てた肉食獣! 男勝りの足技系ドラゴン! 里中千枝!』

 

 同じようなキャッチフレーズを添えられた少年少女が、他にも五人ほど映し出された。そのいずれもが、堂島は一度ならず見た顔だった。

 

「鋼のシスコン番長……? 悠の奴、一体何を……」

 

 不穏なキーワードである。甥が通っていたあの高校は、文化祭で冗談のようなミスコンが開催されていたように、変なところで変なイベントがあった。ならば今のこれは、あの手の際物企画であろうか。半ば以上夢うつつの状態にある刑事の頭は、そんなことを思いついた。

 

『八高ボーイズ・エン・ガールズ! とうとうP-1グランプリの開幕よー! 実況は私、みんなのりせちーがお送りしまーす! まずはクマ総統から、大会開催のご挨拶~!』

 

『ぬっふっふ……やって来たクマねー! ここにP-1グランプリの開幕を宣言するクマー!』

 

「久慈川と……熊田か? 何なんだ……」

 

 際物企画の実況と主催者が映し出されても、堂島は依然として元のままだ。テレビのチャンネルを適当に回していたら、意図せず低俗な番組が映ってしまって戸惑うように。

 

『では早速、一回戦第一しあーい! ……って、あら? あららららー? いきなり乱入? しかも煙草臭い中年オヤジ!? これ、高校生同士の決死の格闘番組って触れ込みなんですけど!?』

 

『いいクマよー! ハプニング大歓迎! 放送事故どんと来い!』

 

『さっすが総統! そんじゃあねー、予定変更! のっけからこれで、だいじょーぶー?』

 

 主催者と実況の芝居は明らかに行き過ぎだ。溢れんばかりのヤラセ感が画面から迸っている。ハプニングとは口だけで、予定通りの進行であることは間違いないと誰でも分かるくらいの過剰演出である。

 

『題して菜々子ちゃんダービー、行ってみよー!』

 

 そして画面から映像が消えた。同時に堂島の正面でスモークが焚かれた。人を惑わす霧ではなく、人の登場を派手に演出する為のスモークである。その証拠に、靄の向こうに人影が現れたと思ったら、すぐに姿がはっきりしてきた。

 

「悠?」

 

 繰り返すが、テレビの世界の法則は歪めることが可能だ。先行したシャドウワーカーと一歩遅れて突入した特捜隊は、どちらも複数人で入った。それにも関わらず、各々一人ずつだけが遭遇するように仕組まれた。

 

「叔父さん! 来てたんだ……」

 

 スモークで分かたれていた二人が互いの姿を認めた瞬間、また何かが歪んだ。一瞬だけ頭の中で何かがノイズのように響いて、すぐにまた元に戻る──

 

『叔父さん、とうとう決着を付ける日が来たな!』

 

「は? 何だ、いきなり……」

 

 堂島は怪訝な顔をして、訝しげな声を出す。しかし悠にはそう聞こえていない。

 

『悠、遂にお前に分からせてやる日が来たな!』

 

「え……何?」

 

 悠もまた怪訝な顔をして、訝しげに言う。それがまた堂島には、そうとは聞こえない。

 

『菜々子は俺がいただく!』

 

 人の認識を歪めるものは、黄泉比良坂を源泉とする霧だけではない。似たような事態を引き起こすのは、他の手段でも可能だ。ただ今起きているこれは、あれよりもずっと俗な代物だが。

 

「な……いきなり何を言ってる! 未成年の間は許さん……って、そうじゃない!」

 

『菜々子はお前には渡さん!』

 

「は……? いや、くれと言った覚えはないよ?」

 

『十年も待ってられるか! 今すぐだ! シスコン番長の名に懸けて!』

 

「お前、何をふざけてるんだ! こんな所で何をしている! まさか、また事件に首突っ込んでるのか!?」

 

 言いながら、堂島は段々と意識がはっきりしてきた。ピアノから連想して、つい亡き妻に語りかけてしまったが、今日は感傷に浸りに来たのではないのだ。一昨日から事件が起きていて、ここはテレビの中で、シャドウワーカーの仕事で来たのだ。それを思い出した。

 

『お前が来たんじゃ、おちおち菜々子を家になんか置いておけん! ここに匿った!』

 

「え……!? 叔父さん、何言ってるんだ! 菜々子をこの世界に……!?」

 

 悠は気色ばんだ。菜々子を『匿った』と言えば、昨年に連続した事件のうち11月に起きた件である。まさか叔父があれを再現したと言うのか──

 

『事件? ふっ……そうとも、事件さ! 誘拐事件だ! 菜々子は俺が助け出す! 今度こそ俺が決めてやるのさ!』

 

「お前が助け出す……? 菜々子がこっちに入れられたってのか!? いや、まさか……お前が!?」

 

 堂島も気色ばんだ。菜々子が誘拐されたと言えば、青天の霹靂が大群で降ってきた忌むべき11月である。甥がその再現を演じたと言うのか。ようやくはっきりした意識が、別の色に染まっていく感覚に襲われた。

 

『可愛い娘に、悪い虫がついたら堪らんからな。ここが一番安全なんだ!』

 

「お、叔父さん、ちょっと待ってくれ! 何か色々おかしいよ!」

 

 だが悠は染まらなかった。叔父の言いように、さすがに違和感を覚えたのだ。テレビの世界は3月に風景が一変したが、それでも安全とは言えない。堂島が菜々子を可愛がるのは当然だし、悪い虫を心配することもあろう。だが菜々子をテレビに『匿う』のは、いくら何でもあり得ない。

 

 しかし悠の声は、やはり堂島にはそう聞こえないのだ。

 

『ああ、そうだ! 俺がやったんだ! 去年は足立に邪魔されたが、今日は違うぞ! あんたをぶっ飛ばして、菜々子は連れて帰る!』

 

 父親の頭の中で、何かが音を立てて飛んだ。12月に相棒に挑発されても揺るがなかったが、これはさすがに駄目だった。精神が怒りに染まるのをせき止める、普段は強固な大人の理性は吹き飛んだ。

 

 もし法王のコミュニティが残っていればまた別であっただろうが、マーガレットが描いたセフィロトが示す通り、魔術の絆は失われている。

 

「お、お前という奴は……! もう許さん! その性根、叩き直してやる!」

 

 同じ人に対しても人が抱く思いはそれぞれだし、時期によっても様々だ。菜々子に対する気持ちは父親と従兄では当然差がある。堂島の娘への思いは昨年の今頃よりも確実に強くなっている。一方で悠はクマに譲ったばかりだ。『菜々子がテレビに入れられた』という同じ情報に対しても、二人の男の反応には違いが出る。

 

 その違いによって、叔父と甥の勝負は叔父が先手を取った。堂島はベルトに吊り下げた警棒を外し、同時にペルソナの名を呼ぶ。

 

「コンゴウリキシ!」

 

 テレビの中から霧はなくなったが、やはり心が影響する異世界である。召喚器なしで、使用者の掛け声一つで護法善神が呼び出された。この二人が互いにペルソナ使いだと知って、随分と時間が過ぎている。しかしこれまで共に戦う機会はなかった。すれ違ってばかりの家族は、肩を並べて同じ敵に立ち向かうより、骨肉相食む方が先になってしまった。

 

「うわっ……!」

 

 法衣に包まれた筋肉の塊が三鈷杵を掲げるや、悪鬼を調伏する衝撃波が展開された。虚無の荒野へ足立を追った日、警官のシャドウの群れを薙ぎ払った堂島の大技だ。音楽室の床に置かれた譜面台や、壁にかけられた数々の肖像画もろとも、悠を吹き飛ばして床を舐めさせる。悠は堂島に殴られたことは何度かあるが、これはそのどれより効いた。親が子供を折檻する拳より、本気で行使された超能力の方が威力があるに決まっている。

 

 だが家族の争いでは拳一つで大人しくなる少年も、ペルソナ使いとしての戦いであれば話は別だ。

 

「くっ……しょうがないな! やってやるぞ!」

 

 素早く立ち上がった。何が何だか分からないが、話し合いでどうにかできる状態ではない。身内と戦うことはできないとかの感傷も、悠は『今は』持ち合わせていない。そして負ける気もしない。昨年の事件では甥は叔父に手柄をさらわれたが、それは運命のあやによるものだ。戦力を普通に比較すれば、特捜隊のリーダーは稲羽支部の支部長に勝る。それに加えて、悠には複数のペルソナを操るワイルドとしての強みがある。

 

(叔父さんのペルソナ、殴るのばっかりっぽいな)

 

 対シャドウ戦では耐性が鍵を握ることが多いが、ペルソナ使い同士の戦いでも同様だ。相手の弱点を突き、自分の弱点を突かれないようにするのが基本戦術である。そして相手が得意とする攻撃に耐性があれば、それだけで勝負が決まることもある。物理的な攻撃に強いペルソナに付け替えるべく、悠は瞬きを一つした。

 

 しかし──

 

「え……な、何でだ!?」

 

 心の海から浮かび上がるものは何もなかった。戦車のアルカナに属するペルソナを呼び出そうとしたのだが、心の声は空回りした。ペルソナの変更に失敗するなどこれまで一度もなかったが、この時に限って失敗した。

 

 いや違う。悠は過去に一度だけ失敗したことがある。あれは2月12日に──

 

「ふん!」

 

 猿が木から落ちて、ついでに過去の恐ろしい記憶が蘇りそうになったその瞬間、堂島の二の手が襲ってきた。コンゴウリキシは法具を握った拳を脇に溜めて、一直線に突き出してくる。遠い間合いから敵を打ち抜く一撃必殺の神の拳、もとい仏の鉄槌だ。

 

「あぐっ……!」

 

 彗星さながらの遠当てが腹に直撃し、悠は再び倒れた。堂島は稲羽市と港区に住む全てのペルソナ使いの中でも、膂力に限れば指折りだ。本気の打撃を三発か四発も受ければ、たとえ足立でもただでは済まない。悠はあっという間に追い詰められた。

 

「このクソガキが! 大口叩いといて、そんなもんか!」

 

 忿怒尊そのままの怒気を漲らせて、堂島は自らも悠に近付く。そして威嚇するように警棒を突き出して構えた。

 

(く……ペルソナの付け替えができない! だったら……)

 

 怒り心頭に達した叔父とは対照的に、甥はまだ冷静さを保っている。できないことはできないと認めた上で、今の状態でできることを考える。つまり現に今、心の表にかぶっている仮面で戦うことだ。それは何というペルソナで何ができるのかと言うと──

 

「メサイア!」

 

 3月にイザナミと戦って以来、悠はペルソナを使う機会がなかったので今もそのままだ。救世主の称号で呼ばれる、白い男のペルソナである。それは召喚できた。一振りの長剣を、刃を両手で握る形で手に持っている。

 

「む!? そのペルソナは……!?」

 

 対する堂島は目を見張った。呼び出されたペルソナに見覚えがあるのだ。有里が霧の夜に何度か使っていたのを、堂島は見たことがある。稲羽支部で最強を誇った足立を倒した、最強の男のペルソナである。それと同じ力をこの不出来な甥も使えるのかと、無視できない緊張が湧き上がってしまった。

 

「寄越せ!」

 

 その隙に悠が動いた。頭上のペルソナに向けて右手を伸ばす。するとメサイアは剣を体から離し、使用者へそっと手渡した。十握剣と呼んだそれの束を、悠はしっかりと握った。

 

「やっ!」

 

 そしてすかさず袈裟懸けに振り下ろす。足を一歩進め、剣自体の重量に自分の体重を上乗せした、力感のある斬撃だ。

 

「ぬっ!」

 

 長剣による反撃を、堂島は警棒で受け止めた。金属が衝突する甲高い音が、やたらと広い音楽室に響き渡る。

 

「行くぞ!」

 

「ふん、上等だ! やってみろ、クソガキ!」

 

 

 ワイルドの力を持つペルソナ使いは複数のペルソナを操るが、その数は決して無制限ではない。力の管理者が持つ、ペルソナ全書に記されたものが全てだ。そしてその全てを自由に使えるわけではなく、心の器に一度に宿せる数は有限だ。今の悠が自分の内側に住まわせているペルソナのうちどれが召喚できて、どれができないのか。戦いながら試すのはかなり難しい。本来は瞬き一つで付け替えできるが、失敗すれば大きな隙になる。

 

 それを見逃してくれるほど、眼前の相手は甘くない。メサイアとコンゴウリキシの戦力を比較すると総合的には前者が上だが、膂力と耐久力だけなら後者が上だ。

 

「甘い!」

 

 突き出された長剣の刃の上を、警棒は滑るように進んだ。堂島は刃物に向かって踏み込みながら、相手の武器をねじ伏せて懐に入る。そして左手で悠の袖を掴む。堂島が引き倒そうとすると、悠は抵抗して腰が浮く。その瞬間、堂島は体を回転させ、悠の足を払って投げる。袖は掴んだままで、肘を伸ばして極める──

 

「くっ!」

 

 咄嗟に悠は前転した。関節を完全に極められると、身動きもできなくなってしまう。そうなる前に、堂島の手から逃れた。互いに武器を持っている点を除けば、まるで柔道か合気道の稽古である。

 

 長剣と警棒の間合いから一旦外れ、悠は荒い息を吐いた。

 

(叔父さん、強いじゃないか……)

 

 堂島は不器用だ。人との接し方だけでなく、ペルソナもそうだ。だが性格や能力が器用でないからと言って、戦いにおける全てがそうとは限らない。例えば対シャドウ戦の現場指揮官としては、堂島は不器用どころか巧みな方だ。そして格闘戦ではセンスがある。警察官として逮捕術も習得しているので、対人戦の技術はある。一方で悠は人間を相手に戦った経験はほとんどない。

 

 耐性で有利なペルソナか、せめて膂力か速度で勝るものを使わない限り、接近戦は堂島の土俵だ。魔法を主としたタイプのメサイアで堂島に勝つには、距離を置いて撃つしかない。しかし──

 

(撃てるのは多分、一発だけだ)

 

 3月の戦いを思い出す。有里に貰ったメサイアは他と一線を画している。最強の一角を占める強大なペルソナだ。だがそれだけに、今の悠ではまともに使えない。『我は汝、汝は我』がペルソナだが、救世主は『汝は我に非ず、相応しからず』とでも言いそうな状態だ。無理して頑張って、歯を食いしばって魔法を撃てるのは、恐らく一度だけ。たったそれだけで堂島を倒さなければならない。しかも──

 

(叔父さんを殺すわけにもいかないし……)

 

 より難しい問題が、骨肉の争いにはある。叔父の言動は不自然極まりないが、もちろん殺すわけにはいかない。菜々子を都会に連れ帰って、鳴上家で育てるわけにはいかないのだ。

 

「コンゴウリキシ!」

 

 だが実戦の最中に考えてばかりはいられない。訳が分からないまま戦う羽目に陥ってしまったが、経緯がどうあれ現実は現実だ。堂島は堂島なりに少しくらい手加減しているのかもしれないが、相当な度合いで本気だ。接近戦では悠に勝ち目はないが、遠距離でも堂島は強い。

 

 呼び出された鬼神のペルソナは、鉄拳を腰に構えた。遠当ての技を放ってくる気だ。これをまともに食らえば、悠がやられる。

 

「ったく! 叔父さん、恨むなよ!」

 

 どうやって殺さずに勝つか、悩んでいる暇はない。賽を投げてどの目が出るか、あらかじめ知っているのは神だけだ。神ならぬ人間は、とにかくやってみるしかない。生きるか死ぬかは時の運だ。

 

「メサイア、氷を……!」

 

 神の位格の一つである救世主を呼ぶと、頭の片側が猛烈に痛んだ。3月に受胎した剣を生ませた時も感じた、脳が沸騰して頭蓋骨が内側から揺さぶられる痛みだ。視界に赤が侵入してきて、その端からは床が立ち上がって横から襲ってくる──

 

「うがっ……!」

 

 ──

 

 直後の呻き声は堂島のものだ。ほぼ同時に、悠の顔のすぐそばを衝撃波が通り抜けた。

 

 北欧神話における霧の国を意味する氷の秘術を、メサイアは放った。悠は反動で足が揺らいでバランスを崩したが、それがかえって幸いした。護法善神の必殺技を、意図せずだが回避できた。まさに勝負は時の運だ。

 

(危なかった……! 今がチャンスだ!)

 

 悠は駆けた。メサイアが姿を消しても、頭痛の残り火は燻っている。だが勝機は今しかない。痛みを無視して音楽室の床を蹴って跳躍し、一気に間合いに入る。剣先を前に向ける形で、肩に担ぐように空中で構えた。

 

 堂島は戦闘型のペルソナ使いとしては珍しく、弱点がない。だが物理的な攻撃に特化したペルソナらしく魔力が低いという、ある意味全般的な弱みがある。火炎や氷結はかなり効く。ましてカウンターで秘術を受けては、すぐには立ち直れないくらいの衝撃になる。ほぼ完全に無防備だ。ここで本気で突き刺せば、一発逆転を通り越して堂島は死ぬ。

 

 咄嗟に甥は剣を浮かせた。剣を叔父の頭の上に通し、そして叩きつけた。

 

 ──

 

 両刃の剣では峰打ちはできないので、剣の腹を当てた。結果的に、いささか不格好になってしまった飛び斬りだが、堂島の脳天に入ることは入った。

 

「ぐ、不覚……」

 

 痛恨の一撃を食らった堂島は、床に膝をついた。だが死んではいないし、気を失ってもいない。格闘技で言えばダウンだ。その瞬間、レフェリーの判定が入った。

 

『ひょっほー! さっすがセンセイ! ロートルのオッサンなんか、相手じゃないクマねえ!』

 

 天井から吊り下げられたテレビに、仮装した着ぐるみが映し出された。いや、着ぐるみはそれ自体が仮装であるが、普段よりも多めに装っている。軍帽をかぶり、マントを羽織り、口に葉巻を咥えたスタイルだ。

 

「クマ! お前、これはどういうことだ!?」

 

『うっさいクマねー! それよりこの大会はデスマッチ方式で、勝者しか先に進めんクマ! センセイの勝ちだから、先に進みんしゃい!』

 

 違和感のある言い方である。昨年からクマは馴れ馴れしくすることは山ほどあったが、この口振りは異様だ。そこで堂島が立ち上がった。頭に手を当てている。

 

「ま、待て! 菜々子はどこだ! 熊田、お前の仕業なのか!?」

 

『んー、ナナチャン? ぬっふっふー、どこにいるのかしらねえ? ま、パパさんはもう負けちゃったんだから、大人しくしてんしゃい! 敗北者は口きく権利もないんだクマ!』

 

 それだけ言って、画面から『クマ』は消えた。

 

「ふざけるな!」

 

「叔父さん!」

 

 堂島は駆け出して、悠はそれを追った。

 

 ここは八十神高校の音楽室だ。もっともよく見れば、壁にかけられた肖像画は瞳が光っていて、何かの儀式のようにグランドピアノの周りに靴が並べられ、床には大きく赤字で『P-1』と落書きされている。明らかに本物の音楽室ではなく、ここはテレビの中だ。それはつまり──

 

「ぬっ!?」

 

 現実ではあり得ない不可思議が、いくらでも起こり得るということだ。一見すると普通の教室の引き戸に向かう堂島は、何かに止められた。一方で悠は堂島を追い抜き、引き戸の前まで辿り着いた。

 

「叔父さん?」

 

「これは……何だ! 壁か……?」

 

 堂島はパントマイムのように中空で両手を並べた。演技なら一流の技だが、そうでないことは明らかだ。悠には何も見えないし、堂島も目には見えていないようだ。

 

「勝者しか先に進めないって、こういうことか」

 

 敗者は足止めされる見えない壁を、勝者は素通りできる。もっとも堂島にまだ余力は残されているものの、『クマ』は悠の勝ちを宣告した。殺し合いと違って、試合では審判が決まりと言えば勝負は決まりだ。言うなればTKOである。悠は堂島を殺さずに済んだわけだが、その分だけ不公平感が残る結果になってしまった。

 

「悠、どういうことだ! 熊田とつるんでるのか!?」

 

 そして堂島は生きているから、口で追及することはできる。

 

「俺が聞きたいよ! 叔父さん、菜々子をどこにやったんだ!」

 

 悠も言い返す。だが──

 

「それは俺のセリフだ! ……っと、待て。おかしいぞ……」

 

 刑事と高校生の言い合いは長続きしなかった。堂島は不器用な父親ではあるが、決して愚鈍ではない。むしろ自分の目で見て、自分の頭で物事を判断するよう心掛けている。警察官としての職業的な訓練と習慣によって、観察力や分析力を培ってきた。それに加えて昨年来の異常な経験の数々によって、怪力乱神にも免疫がある。

 

「お前……今は話が通じてるみたいだな。やり合う前、俺に言ったことをもう一度言ってみろ」

 

「何って……叔父さん、菜々子をここに匿ったとか言うから……」

 

 悠はまだ戸惑っている。しかし急にまともに話し始めた叔父に促されて、取り敢えず話してみた。そうしているうちに、堂島はからくりに気付いた。

 

「なるほど……俺たちは惑わされていたみたいだな」

 

「惑わされて……? 正気を失ってたってこと?」

 

「いや、多分違う。おかしかったのは俺たちの頭じゃなくて、耳だろう。目の前で起きている事柄を、間違って見聞きするようになるんだ」

 

 もし正気を失っていたのなら、記憶の段階から不確かになる可能性が高いし、言うことはもっと支離滅裂になっていただろう。戦前の叔父と甥の議論はあっという間に決裂したが、正気でなかったと言うなら、そもそも議論が始まらなかった。しかし二人の言動そのものはムチャクチャでありつつも、話の流れに筋は一応あった。

 

 それはつまり、理性や判断力ではなく感覚が仕事をしなくなった。と言うより、現実以外の言動を見るようになったのだ。幻の映画を見せられたようなものだ。

 

「それでお前、どうしてここにいる。もう二度と入るなと言ったはずだぞ」

 

 事態を一つ飲み込めたところで、堂島は次の問題を追及し始めた。

 

「……済みません」

 

 

「なるほど。さっきの変な番宣みたいなのが、昨夜のマヨナカテレビに映ったのか」

 

「相談しなくてごめん……でも、叔父さんはどうして入ったの?」

 

「……任務だ」

 

 堂島は苦虫を噛み潰しながら、一言だけ答えた。そして一見すると何もない中空を、軽く小突いた。するとガラスの窓を叩いたような音がした。まるで空間そのものから発せられたようだった。

 

「どうやら片が付くまで、俺は動けんようだが……」

 

 堂島は特殊部隊の任務があって来たのだが、早々に脱落してしまったわけだ。娘をダシに挑発されて頭に血が上り、自分の半分も生きていない子供相手に不覚を取った。年長者として情けない限りであるが、勝負は結果である。

 

「この事件はシャドウワーカーに任せておけ。有里さんもこっちに来てるから、心配ない。お前もここを動くな」

 

「悪いけど、それはできない」

 

「去年のことをもう忘れたのか! 一人で突っ走って、大怪我したのはお前だろう!」

 

「今日は一人じゃないよ……」

 

 言ってから、悠は自分の口に驚いた。絆を捨てたくせに、こんな言葉があっさりと出てきた。

 

「菜々子がいるかもしれないんだ。だったら探しに行かないといけない。叔父さんだって、もし俺に勝ってたら探しに行くつもりだったんでしょ?」

 

「それは……当たり前だ」

 

 堂島は刑事で、シャドウワーカーの一員でもある。テレビに入った以上は、特殊部隊の任務を最優先に行動しなければならない。しかしもし菜々子がテレビの中にいるのなら、本当はいないのだとしても、その確証を得るまでは任務よりも菜々子を優先する。家族なのだから当たり前だ。

 

「だったら俺が行くのも当たり前さ」

 

 そして父が娘を探すように、『兄』が『妹』を探すのも当たり前である。言葉で説得することはできない。腕尽くでなければ止められない。そして負けた堂島は、勝った悠を止めることはできない。

 

「……」

 

 堂島は見えない壁に手を当てた。進んで危険に身を投じようとする甥に向けて、これ以上手を伸ばすことは不可能なのだ。嘘のようだが現実の事態に阻まれてしまっては、大人は子供を見送ることしかできない。

 

「大丈夫、心配しないで。俺って結構強いんだよ?」

 

 叔父さんよりも強いんだ、とはさすがに言わなかった。ただ背を向けて、音楽室から出ようとした。どんな言葉で引き留められても振り返るまいと。

 

「待て! どうしても行くなら、話しておきたいことがある」

 

 と思いきや、振り返らされた。見えない壁の向こうで、堂島は猛烈に苦い顔をしていた。

 

「全てを話すことはできんが……話せるだけのことを話しておく」

 

 シャドウワーカーは非公式ながらも国家の機関である。内情は機密事項の塊だ。全ては言うまでもなく一部だけでも情報が漏洩すれば、ただでは済まされない。だが堂島は敢えて隊規に逆らった。

 

「俺たちはシャドウ向けの兵器を回収しに来たんだ」




 可愛い菜々子はお前には渡さん! 元祖ナナコン、スパルタ刑事(デカ)! 堂島遼太郎!

 本作のメサイアはラグナロク、ニブルヘイム、真理の雷、万物流転、メギドラオン、メシアライザーを使います。加えて魔法スキル強化(P3Rでは魔導の才能)があるので、魔法では頭一つ抜けています。
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