ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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犬も食わない(2012/5/3)

 3月に有里がマーガレットと戦った空間を、かの魔女は『パンドラの間』と呼んでいた。名前の由来は無数の災厄が詰まった箱、もしくは壺で有名な、見るなのタブーの一種と解釈できるギリシャ神話であろう。無数の災厄とはまさに無数で、犯罪、戦争、疫病、飢饉など人間の間で存在し得る、ありとあらゆる種類の悪だったと神話は伝えている。そんな恐ろしい箱を与えたのは、つまりは人間に災いを与えた黒幕は神だった。

 

 なお、箱から解き放たれた悪の中には、きっと『家庭内暴力』や『離婚』も含まれていたことだろう。しかし神話が伝えるところによれば、箱を開けた少女パンドラはその災いを免れたようである。彼女は夫エピメテウスとの間に娘をもうけ、人類の滅亡の『一つ』である大洪水を家族と共に生き延びて、孫はギリシャ人の祖となるのだ。世界に災厄をもたらした少女は神に翻弄された挙句に、不幸の根源になってしまったのだが、新たな人類を生んだ者にもなった。

 

 

(ここは……教室か? だが月光館学園じゃないな。八十神高校か?)

 

 有里は学校の教室らしき空間に身を置いている自分を発見した。前方には黒板と教壇、教卓があり、部屋には二十脚ほどの机と椅子が並べられている。ここは一年と二ヶ月ほど前に卒業した母校ではなく、部下や知り合いが何人か通っている田舎の高校を元にしていると思われた。『元に』と言うのは、ここが現実の世界でないことは一目瞭然だからだ。

 

 見回してみれば、壁や天井のあちこちに派手なポスターが貼られている。絵柄は葉巻を咥えた着ぐるみの写真や、『P-1』との文字だ。そして何より、ペルソナ使いの感覚に訴えてくるものが現世と違う。そんな異様な教室の隅の辺りから、聞き慣れた声をかけられた。

 

「湊さん!」

 

「アイギス、無事だったか」

 

 黒の女物のスーツを着て、袋に入れた長物を持った若い女がいた。本当は連れて来たくなかったが、どうしてもと言って聞かなかったので仕方なく同行を許した妻である。異界に侵入して早々に合流できて幸運だった。顔を見た瞬間、そう思った。

 

 しかしここでの遭遇は全く幸運ではなかった。三年前の夏、思い出のホテルで幻を見せられた時のように、とんでもない不運だった。もしくは敵の罠だった。

 

『もうお前には飽きたよ』

 

 三年前にラブホテルで見せられた幻はシャドウの精神攻撃によるもので、種類は視覚に訴える系統の術だった。今日はそれとは少し違って、主に聴覚に対して作用するものだ。百戦錬磨の有里も初めて受ける攻撃だ。もちろんアイギスにとっても初めてだ。

 

「……はい?」

 

 有里の口から出てきたように聞こえた唐突な暴言に、アイギスは眉を顰めて硬い声を発した。

 

『貴方には制裁が必要であります』

 

「え……?」

 

 そしてアイギスの口から出てきたように聞こえたのは、ある宣告だった。対する有里は緊張が声に出た。

 

「湊さん、何を仰っているのですか!」

 

『知っていますよ。去年、この町で浮気していたんでしょう!』

 

「ば、馬鹿を言うな!」

 

 妻からのいきなりの私刑宣告に慌てたせいで、つい説得力のない言い方になってしまったが、浮気をしていないのは本当だ。昨年知り合った稲羽市民に女は何人かいるが、その誰とも手の一つも握っていない。女と言えば高校生ばかりで、しかも誰もが年相応だった。仮に女を漁りに田舎町に来たのだとしても、結局は食指が動かなかっただろう。だが人間に限定しなければ、当代最強のペルソナ使いと釣り合う女が稲羽には一人だけいる。

 

『前も話しただろう? ここにはエリザベスの姉ってのがいてな』

 

「貴方、やっぱり……!」

 

 引き合いに出された名もまた因縁のある名である。それはアイギスの危機感を強く刺激する。長物を握る右手に、思わず力が込められる。潜在的には当代最強のペルソナ使いに並ぶ力である。ただし今この時においては、そこまでの力は出ない。今のアイギスの手は、深窓の令嬢と言っても通用しそうなくらい白く柔らかい。

 

『ベルベットルームの人と! 夫婦の秘密までバラしてたんでしょう!』

 

「な、なぜそれを……!?」

 

 有里はますます慌てた。夫婦の秘密と言うか秘め事と言うか、その手の話をベルベットルームの住人にしたことはない。だが盗撮映像を見られて見せられたことはある。昨年の忌まわしい思い出を突かれて、浮気を責められる夫は浮足立った。

 

『心配するな。綾時と隆也は僕が引き取るから、安心して身を引け。僕が一人の女に収まるような男じゃないことくらい、初めから知っているだろう?』

 

 瞬間、アイギスの頭で何かが弾け飛んだ。同時に手に持った長物を包んでいた袋を取り払う。出てきたものは、長い柄の先に刃物がついた武器だ。槍ではない。薙刀である。

 

「許しません!」

 

『許しません!』

 

 綺麗に揃った本物と偽物の声が、戦闘開始の合図となった。

 

「ま、待て! 落ち着け!」

 

 有里が3月に開けたパンドラの箱からは実は『夫婦喧嘩』が飛び出していて、開けた当人に取り付いていたのかもしれない。その日にも夫は妻に締め上げられたが、それだけではまだ祓われていなかった。本当は浮気などしていないし、そのつもりもないのに、不幸にもしていることにされてしまった。

 

『さあ、注目の一戦が始まりました! 優勝候補同士の激突です! これはもう事実上の決勝戦となるのでしょうか! つーか、一回戦から頂上対決しちゃっていいの?』

 

『ゲンセーなる抽選の結果クマ! 異論は認めんから、日頃のウップン発散しちゃえばいいクマ!』

 

『総統、チビシー! そんじゃあ題してワイルドDVマッチ! 行ってみよー!』

 

 とにかく問答無用である。天井から吊り下がったテレビから流れる煽り文句を聞く暇もない。

 

 有里夫妻はどちらもワイルドだが、悠とは少し事情が異なっている。二人は複数のペルソナを共有している。同じ一つの器にいくつも収められたペルソナから、一つずつを選んで使うのだ。だから同じペルソナを二人が同時に使うことはできないし、相方が使用中のペルソナを意志に反して奪うこともできない。そして最強のペルソナであるオルフェウスは、今は有里が使用している。

 

 だがその他のペルソナも並のものではない。キリスト教の救世主を始めとして、最強の一角を占める強大なペルソナがいくつもあるのだ。その中からアイギスが選んだのは──

 

「メタトロン!」

 

『玉座に侍る者』の名を持つペルソナが召喚された。ユダヤ教の最高位の天使で、伝承では神と同一に近いとさえ言われているのだが、ペルソナとして顕現する時はなぜか人工的な姿で現れる。一見すると金属の鎧を着ているようだが、体そのものが金属でできているのだ。そんな機械めいた異形の天使は、角のある動きで両手を掲げた。

 

「うあっ……!」

 

 不可視の剣が天から降ってきて、有里は転んだ。オルフェウスの耐性によって転んだだけで済んだ。もし物理攻撃に耐性のないペルソナを装着していたら、腹に穴が空いていたかもしれない。アイギスの先制攻撃はそれくらい容赦がなかった。

 

「はっ!」

 

 次いでアイギスは自ら突撃してきた。走りながら薙刀を肩に担ぎ、袈裟懸けに振り下ろしてくる。

 

(遅い……!)

 

 直前で夫は床を転がり、妻の凶刃から逃れた。

 

 ペルソナ使いの戦力はペルソナそのものが最も重要だが、土台となる生身の体も無関係ではない。アイギスは特別課外活動部の時代と比べて体が『変容』しており、今日はそれ以来初めての実戦だ。体の変化とブランクによる影響は否定しようがない。しかも出産から半年も経っておらず、その上に昔と異なる武器を使うようになった。

 

 ペルソナを共有する夫婦はポテンシャルでは互角だ。しかしアイギスは衰える要素がこれだけ揃っている。普通に戦えば有里が勝つことは間違いない。しかし普通に戦うことなど、有里にはできない。

 

「よせ! 何かがおかしいぞ!」

 

 血縁だけでは家族は保証されないように、夫婦も入籍や同居だけでは保証されない。互いに憎み合い、血を見る争いを演じる夫婦も世間にはいる。しかし有里はそういう柄ではない。妻と争うなど考えたこともない。手を上げることはできないし、まして銃を向けるなど論外。ペルソナの炎や雷を浴びせるのも、もちろん無理だ。

 

 相手を傷つけるくらいなら、自分が傷つくことを選んでしまう。たとえ道理が自分にあろうとも。そしてアイギスの夫に対する気持ちも、基本的には同じである。

 

「覚悟なさい!」

 

 ただし何事にも例外がある。夫の浮気問題に関してだけは、妻はただでは済まさない。むしろ普段は優しい分だけ見境がなくなる。言い訳に貸す耳はない。

 

「メタトロン! 無を!」

 

 堅牢なオルフェウスの耐性を無視できる万能魔法を、妻は行使した。怒りは烈光と化して炸裂し、夫を吹き飛ばす。異界の教室に置かれた机や椅子も巻き添えになって、被害が拡大していく。

 

「だから、待てって……!」

 

 最強と不敗は全く違う。二年前の3月、月光館学園の屋上で起きた惨劇が繰り返された。

 

 

「まだ何か言うことがありますか!」

 

 大の字に倒れた有里の喉元に、アイギスは薙刀を突き付けている。青い瞳は今にも色が金に変わりそうなくらい爛々と光っている。切先を突き入れるか刃を首に当てて引けば、確実に相手を殺せる体勢だ。

 

「……」

 

 有里はぴくりとも動かない。顔は既に腫れ上がっていて、新品の黒服もあちこちが破れている。見るも無残なボロ雑巾だ。猛り狂う妻に対して夫は一切の反撃をせず、ひたすら殴られ続けた挙句にこうなってしまった。勝負の結果は明白を通り越して自明ですらある。

 

『アイギス……アイギス! やめるんだ!』

 

 このまま続けると死亡事故が起こりかねない一方的な試合に、ドクターストップが入った。

 

「え……美鶴さん?」

 

 ノイズが混じった声を聞いて、アイギスは顔を上げた。振り返るが、学校の教室らしきこの空間に美鶴の姿はない。

 

『手酷くやってしまったようだな……。二人とも、互いに何か無礼なことを言われたと思っているだろうが、それは敵の罠だ』

 

 ペルソナによる通信だ。美鶴のアルテミシアは本職には及ばないものの、情報系の能力がある。特殊部隊の隊長は隊員同士の私闘の仲裁を買って出た。

 

 

 壮絶な夫婦喧嘩、と言うより妻の側からの一方的な家庭内暴力が炸裂した跡地で、夫婦は何が起きたのか説明を受けた。美鶴によれば『敵』は人が口に出して言ったことを上書きして、全く別の話をしているように聞かせることが可能であると。有里とアイギスは二人揃って罠にかかったのだ。

 

「わ、私、何てことを……申し訳ありません、許してください」

 

「……いや、仕方ない。気にするな」

 

 誤解を解かれた妻は顔を青くして、夫に必死で詫びた。だが夫は敢えて淡白に答えた。

 

「美鶴さんはご無事なんですか?」

 

 傷はメサイアの回復魔法で癒し、口がきけるようになった有里は、高校時代の先輩で現在は上司に当たる仲間に状況を尋ねた。アイギスに殴られたことはもちろんショックだ。膝でも抱えてこれまでの生活を省みたいくらいだが、いつまでも引きずってはいられない。今日は仕事で来ているのだ。

 

 しかしここで公私を分けたことは良くなかった。もちろん仕事で戦うプロとしては正しいが、夫としては良くない対応だった。何なら『そんなに僕を信じられないのか』と説教の一つもするか、悔し涙でも見せてやった方がまだ良かった。

 

『いや……先ほど明彦と遭遇して、戦う羽目になった』

 

「それで?」

 

『あいつは昨年より腕を上げていたよ。ラビリスを探しに、既に先へ向かっている』

 

 P-1グランプリの一回戦第三試合は、真田に軍配が上がったわけである。真田は武者修行の成果によって、地力で美鶴に勝っている。その上に氷結の魔法を見切る技を身に付けたのでは、美鶴に勝ち目は乏しい。順当な結果と言える。

 

「姉さんの仕業なんでしょうか?」

 

『可能性は高いな。ラビリスは何か特異な装備を与えられていると報告にあったが、これがそうなのかもしれん』

 

 他人同士の会話を妨害する能力。人を直接傷つけるものではないが、ものは使い様である。例えば潜入工作を目的にしているのなら、相当に有用であろう。敵組織に偽情報を流布させ放題となれば、実力行使よりも話が早いくらいだ。一昨日のハイジャック事件も考え合わせると、ありそうな話である。

 

「では私も捜索に参ります」

 

 アイギスは立ち上がった。薙刀を手に、教室の引き戸へさっさと向かう。部屋中に貼られたポスターなどには一顧もくれず、足早に立ち去ろうとした。

 

「待て。行けばきっと真田さんと……おっと」

 

「……」

 

 夫が引き止めるのも聞かずに、妻は黙って歩みを進める。有里も追おうとしたが、見えない壁に阻まれた。一回戦第四試合は既に結果が出ている。敗れた男だけを通さない不可視の壁をすり抜けて、勝った女は去ってしまった。見慣れない黒服の後ろ姿を見送りつつ、有里は頭を抱えた。

 

(やっぱり、アイギスは連れてくるべきじゃなかったな……)

 

 有里はアイギスを稲羽に連れてくるのに反対だった。しかし強い希望に押し負けて同行を許してしまった。その結果、自分が動けなくなってしまった。理屈で説得するのでも情に訴えるのでもいいから、どうしてもっと強く反対しなかったのかと悔やんでしまう。

 

 かつてコミュニティをアルカナの数だけ揃え、絆を極めたコミュニケーションの『達人』も、今は魔術的な『ズル』ができない普通の人間である。時には人間関係の失敗をしでかすこともある。まして夫として、また父親としてはまだまだ初心者である。

 

 だが今さら後悔しても仕方がない。今からできることを探そうと、有里は頭から手を離して『壁』に当てた。肉眼では何も見えないが、手には何かがあるように感じられる。掌に伝わる質感はガラスのようだった。熱さや冷たさは感じない。

 

(見えない壁か……)

 

 会話を妨害したのがラビリスの仕業なら、この壁もまたそうである可能性は高い。そして同士討ちを狙っているのなら、むしろ壁の方が有用性は高い。戦う前から壁を作って二人のペルソナ使いを閉じ込めてやりさえすれば、セリフの上書きなどしなくても戦わざるを得なくすることはできる。逆に言うと、この壁さえ何とかできれば事件の解決に向けて大きく前進する。

 

 有里はこの大会で一回戦負けしてしまったわけだが、あれは相手が相手だったからだ。美鶴や真田、または堂島が相手なら、普通にやれば勝てたはずである。客観的に見れば、有里はやはり当代最強のペルソナ使いだ。ならばこの壁、つまりはラビリスにも勝てるはず──

 

「オルフェウス」

 

 力尽くで破壊できないかと、万能の光を放ってみた。紫色の光球が呼び出され、並のシャドウなら百匹でもまとめて滅ぼせる力が迸る。しかし駄目だった。壁は少しばかり揺れた気もするが、変わらずそこにある。

 

(どういうことだ……? まるであれ並じゃないか)

 

 あれと言うのは、二体のペルソナを同時に召喚して行使する秘術の一つで、万能魔法を含むあらゆる攻撃を弾く究極の盾の技のことだ。だがその効果は一瞬しか続かず、しかも相当に消耗する為、連続して使えるような代物ではない。それほどの防御力を持つ壁を継続して展開できるとは、一体どういうことなのか?

 

(ラビリスのペルソナ能力はそんなに強力なのか?)

 

 もしそうなら、ラビリスはワイルドはおろかベルベットルームの住人をも凌ぎかねない、究極のペルソナ使いということになる。シャドウワーカー全員が束になっても敵うかどうかだ。ましてアイギス一人ではどうしようもない。何としてでも妻を説得して連れ戻し、脱出を優先しなければならない。しかし──

 

(いや……いくら何でも、それはあり得ない)

 

 有里は頭に浮かんだ危惧を否定した。それほど強大な力を、十三年も前に桐条グループが開発できていたとは思えないから。万一できていたとしたら後継機にも引き継がれたはずだが、そんな形跡は全くなかった。ならば考えられる可能性は何か?

 

(この壁は……目くらましの類か?)

 

 一つの仮説を思いついた。テレビと現実の世界から霧は消えたが、あれは人を惑わすものだった。つまり人の認識に作用するものだった。ならばこの壁も、実は壁ではないのではないか。硬度や剛性でもって攻撃を防ぐような、真っ当な代物ではないのではとの疑いを覚えた。

 

 ペルソナ能力は極めて精神的なものである。壁がそこに『ある』と、本人に意識させなくても無意識的にでも認識させることができれば、鼻の頭をぶつけて酷い痛みを感じさせることも可能なはずだ。そして意識してしまったら最後、ますます壁を感じて乗り越えられなくなる。乗り越えるには、認識そのものを改める必要がある。それは殺すことにしか使えない戦闘型ペルソナには、不向きな仕事である。

 

「オルフェウス、探れ」

 

 本来は戦闘型だが情報系の能力も持つ吟遊詩人のペルソナを召喚し、機械の手で竪琴を奏でさせた。ただし探査の網をテレビの世界に広げはしない。標的は眼前にある『はず』の、壁そのものである。目を閉じて集中力を高め、目に見えないものを細かく見定めてみる。すると案の定だった。

 

(やはり……これは偽物の壁だ)

 

 紐の結び目めいたイメージが脳裏に浮かんだ。ならばゴルディアスの故事に倣って、一刀両断してしまえば──

 

(く……駄目か。風花とは違うな)

 

 集中を更に高めて数秒後に、有里は目を開けた。この壁は本物ではなく、そこにあるように感じるだけの一種の幻であることは分かった。ただし破るのは容易ではない。紐のたとえで言えば『結び目』、つまり壁を破るポイントがあることは分かるのだが、その正確な位置は分からなかった。見えない壁の急所を見つけるには、特化型の情報系ペルソナが必要だ。

 

 もっとも急所が分かったところで、そこを突く為の力を持たなければ、結局はどうしようもないだろう。つまり優れた解析能力と一定以上の攻撃力がなければ、この壁は破れない。そして今テレビに入ったペルソナ使いに、そういう便利なタイプはいない。この壁そのものは、実はちょっとした小細工に過ぎない。しかし破れない。よくできた壁だった。

 

(小西君ならできるだろうから……風花が来たら連絡してもらうか。それはそうと、どうしてラビリスはこんな便利なものを作れるんだ?)

 

 対処方法は取り敢えず脇に置いておき、有里は更に考えを巡らせる。この壁は今やられているように敵を閉じ込めるのにも有効だが、もし実戦の最中にも自在に作れるようなら、究極の盾の技を常時展開するのと同じ効果が得られる。それは無敵に近い。そんな便利すぎる力は、一体どうやって編み出されたものなのか。

 

(分かっている限りで、桐条グループの研究にこんなものはなかったはずだ。記録が事故で失われたのだとしても、アイギスに引き継がれなかったのはなぜだ? 原理が分からないまま偶然生まれたもので再現できなかったのか、それとも実はラビリスの力じゃないか……)

 

 そしてまた仮説を思いつく。もし後者だとすれば、この事件そのものの背後関係が非常にきな臭くなる。それは単独行動をさせてしまっている妻に、想定よりも大きな危険が及ぶということになる。

 

『有里、良くない知らせだ』

 

 そこへ美鶴から通信が入り、有里は考え事を中断した。人は一つの物事に集中できないことは、往々にしてある。社会に生きる大人で、しかも責任のある立場ならなおさらだ。

 

「何でしょうか」

 

『先ほど堂島刑事と連絡が取れて、話を聞いてみたのだが……鳴上君たちもこちらに来ているらしい。取り敢えず分かっているだけで五人。残りの三人とは今朝や昨日から連絡がつかないらしい。状況からして、全員こちらに来ている可能性もある』

 

「何ですって? あのガキども……」

 

 思わず普段は使わない単語を使ってしまった。もっとも昨年は口にはしなくても、『ガキは引っ込んでろ』と何度か言外に言った覚えがある。そして大抵の場合において、聞いてもらえなかった。ペルソナ使いは反骨心が旺盛な者が多い。

 

『堂島刑事は鳴上君と遭遇して……鳴上君が勝ってしまったそうだ』

 

 有里は再び頭を抱えた。他人を巻き込みたくないのに、他人の方から勝手に首を突っ込んでくる。そして背負わねばならない責任が増える。




 泣かせた女は十指に余る! 口八丁の欲望の化身! 有里湊!
 鉄の心に女神の肉体! ミセス・アイアンメイデン! 有里アイギス!
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