ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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デートの誘い(2012/5/3)

 二回戦で真田と千枝が戦うことになったのは、大会主催者のクマ総統としては不本意だった。実力差があるのでやる前から勝敗は見えていたというのもあるが、あの二人の勝負はそもそもの目的にそぐわないからだ。悠が陽介の前に誘導された時に察した通り、この大会は『仲間割れ』が大きな狙いである。だから初対面の他人同士が戦っても意味がない。

 

 よって当初の予定では一回戦の組み合わせからあぶれてシード扱いになった千枝を、予定外でロッカーから脱出したクマに当てる為に、見えない壁を使って誘導していたのだ。しかしその途中で真田と鉢合わせてしまった。結果的に、クマは誰とも戦わないまま、二回戦が終わったこの時期まで来てしまった。

 

「カイチョー! 待ってクマー!」

 

 では戦わないクマは何をしているかと言えば、『生徒会長』をナンパ、もとい守ることである。

 

「あれ、あんたまた来たん?」

 

「ぷはー……やっと追いついたクマ」

 

 クマは飛び入りとはいえ既に大会の参加枠に入れられている為、見えない壁の妨害を受ける。下駄箱付近で完二と直斗の二人と別れてから、学校の迷路を走り回って、ある廊下でやっと追いつくことができた。

 

「カイチョー、ここはテレビの中だからシャドウが出るし、一人じゃ危ないクマ。クマがナイトやるクマ!」

 

「テレビの中……? 何やね、それ?」

 

「うんとね、ここは中に入った人にとっての現実クマ。だからこの学校はカイチョーの現実ね」

 

「ウチの現実……? まあウチは生徒会長やし、学校はそりゃ現実よ。そんでシャドウって何や?」

 

「とっても危ない奴らクマ。最近は少なくなったけど、いなくなってはいないクマ。特に今は危ないクマ」

 

 クマは着ぐるみの目に力を込めた。テレビの中にはシャドウが蠢いている。3月20日に霧が晴れて以来、有象無象が暴れることは減ったが、絶滅はしていない。そしてテレビの中に被害者が放り込まれると、それに敵意を持つシャドウが現れる。この法則は今も変わらないはずである。

 

「だからね、センセイみたいにクマが守ってあげるクマ! クマはセンセイを目指すクマ!」

 

「あんた、先生になるん?」

 

「なぬ? クマがセンセイになる! おお、何て甘美な響き!」

 

 話が嚙み合っていない。クマは教師志望なのかと会長は聞いたのだが、クマは自分が悠になるのかと解釈して、その素晴らしさに感動してしまった。悠になるとはもちろんシャドウが人に化けるとか成り代わるとかそういう意味ではなく、悠がやってきたことをクマもやるという意味だ。端的に言うと、ハーレムを作るということだ。

 

「クマがセンセイになったら、きっとあの子やこの子とあんなことやこんなこと……いっぱいできちゃうクマ! よーし、絶対なってやるクマ!」

 

 特別捜査隊の他の仲間たちのそれと同様に、クマが担い手だった星のコミュニティも失われている。しかしそれをもってクマが悠を嫌うことはない。それどころか、より気安くなっている。クマは昨年の一年間では『悠のようになりたい』などとは言わなかった。むしろある意味で遠慮があった。10月に病院で身体検査を受けた時は、レントゲンにも映らない体であることを気に病んで、人間の女と『何でもできる』悠を憂鬱を込めて羨んだ。それが今は、堂々と悠を目指すと宣言する。

 

「よう分からんけど……」

 

 実は会長は『あんなことやこんなこと』が、どんなことなのか分からない。隠語というものの知識がないので、クマは指示語を並べているようにしか聞こえず理解できないのである。そして会長が何を分かっていないのかを、クマは分かっていない。

 

「えっとね、センセイはとってもいい人なんだクマ! クマとの約束守ってくれたし!」

 

 良い人。もし悠がクマの評価を聞いたら何と思うか──

 

「ああ、先生ってあんたの先生ね。やっと分かったわ」

 

「ふっふっふー、そうクマよ! センセイはスゴイんだクマ!」

 

 何が凄いかと言うと、女関係だ。結実とかあいとか、千枝とか雪子とかりせとか直斗とかマリーとか。例外はクマの『許婚』である菜々子だけで、それ以外の女は全て悠のものなのだ。クマから見るとそうだった。まさにハーレム野郎である。本人が聞いたら誤解だと怒るだろうが。

 

「それにね、センセイだけじゃないクマよ! さっきのナオチャンにー、リセチャン、ユキチャン、チエチャン! おまけにカンジとヨースケ! みんなクマの仲間なんだクマ!」

 

「同じ先生に教わっとる仲間かいな?」

 

 会長とクマの会話は、やはり噛み合っていない。しかし噛み合わないようでいて、本質的なところでは噛み合わっている。互いに違う言語を話しているのになぜか言いたいことは伝わっているような、奇妙なキャッチボールが成立していた。

 

「イッエース! ザッツライト! クマたちは、みんなセンセイにペルソナ貰ったんだクマ!」

 

 そして遂に仲間たちの本質をクマは口にした。最初にこれを特捜隊に指摘したのは足立である。時期は昨年の12月7日だ。その時のクマは行方不明になっていたので、足立の暴露を聞いていない。しかしクマは知っている。だから悠を『先生』と呼ぶ。クマにすればこれは秘密でも何でもなく、自分以外の仲間たちも当然理解しているものと思っていた程度の本質である。部外者に隠す必要さえ感じていない。

 

「ペルソナを……貰う?」

 

「あ、カイチョーはペルソナ知らんのね。こういうのクマ!」

 

 クマは悠の話を始めてからずっと着ぐるみに満面の笑顔を浮かべていたが、ここで目に力を込めた凛々しい顔になった。様になっているかは別として、本人はそういうつもりでいた。美少女にカッコいいところを見せる為、大いに力んだ。

 

「カムイ!」

 

 しかし何も起こらなかった。ストレートが来ることを確信して自信満々でバットを振ったら、思いがけずフォークボールできりきり舞いするように。危うく転びかけた。

 

「お、おりょ!? 何で!? まさかあのニセクマ……」

 

 クマ総統は偽物ではなく、自分から生まれた『本物』のシャドウなのではとの疑いがぶり返した。ペルソナはシャドウが変じたものである。よってもしシャドウが再び出現すれば、ペルソナは使えなくなる。特捜隊の戦いにおいて実例は今までないが、そうなる可能性が高い。

 

(いーや、やっぱりクマのペルソナはちゃんといるクマ)

 

 しかし自分の心の中を改めて見てみれば、やはりペルソナはいる。ただし部屋の扉のドアハンガーに書かれた名前が、思っていたのと違う。そして扉に鍵はかけられていない。そんな状態である。

 

「ちゅーことは……キントキドウジ!」

 

 アイヌ語で神を意味する言葉ではなく、熊と相撲を取る昔話の登場人物の名を呼んだ。すると今度は反応があった。丸々とした胴体に手足が生えて、ミサイルを掲げるペルソナが頭上に現れた。

 

「カイチョー、どうクマか? クマのペルソナ、カッチョエエでしょ?」

 

「ペルソナ……これが?」

 

 会長は呆然としている。一見すると、常識外れの現象を目の当たりにして困惑しているようである。怪力乱神を現実に見せられれば、こういう反応は普通だ。何のトリックかと疑ったり、常識をかき乱された不安感から狼狽したりするのと同じで、普通である。しかし会長は──

 

「およ?」

 

 クマは目を丸くした。スポーツやゲームで高度なテクニックを披露した時のような、『凄い、カッコいい』とかの反応を期待していたのだが、それがないので戸惑った。

 

(うーん……クマ、突っ走りすぎたクマか? そういや去年、エビチャンが……)

 

 クマは昔を思い返した。昨年の10月22日、文化祭の少し前の頃に家出した菜々子を探して見つけ出した日のことだ。クマはその時、そこに居合わせたあいに性急さを窘められた。女を誘うには、相手の気持ちも考えねばならないと教わった。クマはこう見えても、物事を学んで自らの血肉にする力があるのだ。何も知らない小さな子供も、経験を重ねれば大人になっていくように。

 

「えーと……クマばっかり喋っちゃってゴメンね! カイチョーの話も聞かせてクマ!」

 

「話……ウチの?」

 

「そークマ! カイチョーのセンセイはどんな人クマ?」

 

「先生……ウチの?」

 

 この時、クマは学校の教師という意味でセンセイと言ったのだが、会長はそう受け取らなかった。クマにペルソナを与えた『先生』のように、自分に『何か』を与えた者。それはどんな人間だったか──

 

「嫌……嫌や!」

 

 直斗が会長の名前を聞いた時、会長は答えなかった。そしてこの質問にも答えられない。より酷く、より恐ろしい秘密がそこにあるから。人形師が心血を注いだ傑作のように整った顔が、猛獣が人を襲う残酷なショーを見せられた人間のように青ざめて、両手で頭を抱えてうずくまる。

 

「カイチョー! どしたクマ!? しっかりするクマ!」

 

「おいクマ! 会長も!」

 

 そこへ同じ『先生』に学んでいる仲間の一人がやって来た。陽介だった。

 

「あれ、あんた……」

 

 会長は顔を上げ、陽介の姿を認めた。そして立ち上がる。思い出したくないものを思い出しそうになった時、気を逸らすものが現れれば人はそちらを向きがちだ。

 

「むむ? ヨースケ、カイチョーを知ってるクマか? あ、同じ学校だったクマね」

 

「いや、俺は……」

 

 陽介は会長の顔を見たのは今日が初めてだ。三年生になってから学校生活に身が入らなくなっていたので、生徒会の選挙結果も把握していなかった。しかしそうとはっきり言うのも憚られるので、曖昧な答えになった。そしてその声が、クマにはこう聞こえた。

 

『なーに俺を差し置いてカワイイ子ナンパしてんだ! クマのくせに!』

 

「むむ! ヨースケってば、ナイトを横取りするつもりクマか!? そーはさせんクマ!」

 

 いつものことであるが、クマはノリがいい。特に美少女が絡んでくるとなおさらだ。陽介の挑発(のように聞こえる)に、何かおかしいと思うよりも早く挑発の応酬を始める。芸人が相方のボケにツッコミを入れるように。自分の意志では止められない職業病のように。

 

『グランプリ、楽しんでるクマ? センセイが帰ってくるから企画した、スペシャルなサプライズパーティークマよ!』

 

「ああ、またこれか。種割れてんだから、もういいんだよ……」

 

 陽介は悠と話し合って、戦う前の会話は上書きされることをもう理解している。だからまともに取り合わない。ちなみに今朝フードコートに集合した時は、一連の事態はクマの悪戯という可能性も考えた。だがもちろん今はその線は捨てている。悪戯にしては余りにも度が過ぎているからだ。

 

『お前にゃもったいねえっつってんだ! このグランプリ企画したのお前だろ?』

 

「なぬ? クマが企画? ヨースケ、あのソートーがニセクマだって分かってないクマ!? 何たる節穴クマ!」

 

『でもセンセイは負けちゃったクマね? 不思議クマ。ヨースケがセンセイに勝つなんて、どんな卑怯な手使ったクマ? ま、そんならヨースケの為のグランプリっちゅーことでもいいクマ!』

 

「俺の為……?」

 

 陽介は引っ掛かりを覚えた。聞こえてくるクマのセリフは、本当にそう言っているわけではない。だから耳を貸す必要はないはずだが、どうしてか気になってしまった。実は上書きされたセリフは単なる出任せではなく、金の瞳のシャドウが本体を詰る『真実』であるかのように、心に残った。

 

『どうでもいいんだよ、そんなの! さあ、やるぞ! 俺が勝ったら会長はいただくぜ!』

 

「むー、ヨースケにはお仕置きが必要クマね!」

 

『さあ、生死を賭けたド熱い戦いの始まりクマー!』

 

 クマは着ぐるみのどこからか爪を取り出して、右手に装着した。P-1グランプリ三回戦第一試合の開始である。ただしクマは初戦だ。予定外が色々起きたせいで、こなす試合数はかなり不公平になってしまった。

 

「あんたら、何言うとるん? さっきから話、全然噛み合っとらんで? って、何でケンカ始めるんや!」

 

 

 クマはペルソナ使いのタイプとしては、できることが多彩な全方位型と言える。最も得意なのは氷結の魔法だが、回復ができるのも強みだ。補助もかなり得意で、打撃もそこそこ使える。そして人間には不可能な動きを応用した、意表を突く戦い方ができる。

 

「おりゃー!」

 

 全身をドリルのように回転させて突撃してきた。頭の上に構えた猛獣の爪でもって敵を抉り抜く、まさにドリルだ。まともに食らえば、痛いだけでは済まなさそうな恐ろし気な技である。陽介はそれを跳躍して回避する。

 

「ふんぬっ!」

 

 今度は爪を振り回してきた。するとどういう不思議か、腕が伸びた。しかも太くなった。ボクシングのフックと違って、肘を伸ばしたまま肩から大きく回す。足元は爪先立ちになって小さく回転し、更に腰を入れて捻る。格闘技と言うより、野球のバッティングめいた動きである。空中から落ちてくる陽介を、クマはトスバッティングの要領で打ち抜こうとする。

 

「おっと!」

 

 しかし陽介は空中でも動ける。ジライヤを召喚しての二段跳躍でクマの背後まで回る。クマは空振りしたバッターよろしく体勢が崩れている。先手を取るべく陽介は切りつけるが──

 

「何!?」

 

 クマの姿が消えた。八十神高校の廊下に落とし穴は空いてない。現実の学校はもちろん、それを模した異界の学校でもそうだ。しかしまるで穴に落ちたように、クマの姿はそこにない。実際に穴はないから穴も見えない。陽介が思わず後ろを振り返ると、その背中に強い衝撃が来た。

 

「うげっ……!」

 

 陽介は三メートルほど吹き飛ばされ、見えない壁に衝突して止まった。いきなり痛恨の一撃を食らってしまった。

 

「てめ、いつの間にそんな技……」

 

 7月にクマのシャドウが現れた時、他の被害者の影と違って迂遠なことを喋るかの影も不思議な動きをした。穴に潜ったように姿を隠し、戻ってきたら禍々しい光を放つ魔手を放ってきた。今のクマがやったのはそれと似た技だ。人間には真似できない。

 

「ふっふーん、カエルだけにカエレールぅ~」

 

 クマは手を後ろで組み、余裕で鼻歌を歌っている。これを俗に舐めプと言う。またの名を敗北フラグと言う。

 

「ジライヤ! 追い風を!」

 

 見えない壁際の陽介は再びペルソナを召喚した。ただし攻撃はせず、自分の周囲に緑色の光をまとわせる。速度を強化する補助魔法である。これは回復と同じで使う時は大きな隙になるが、距離が空いていてしかも相手が舐めているなら話は別だ。陽介は一つ有利を得た。

 

「行くぜ!」

 

 言い終えないうちに陽介は距離を潰し、クマの頭に打撃を食らわせた。短剣の刃は立てず、腹で叩いた。ツッコミ役の芸人がハリセンでボケ役の相方を叩くように、もちろんそれよりは力を込めて、同居人にしてアルバイトの後輩をしばく。

 

「あだっ! おのれヨースケ! クマをはたくなんてブレーモノ!」

 

 元より速度と反射神経に優れる陽介が補助で更に長所を伸ばすと、クマではどうやっても追いつけない速さで動けるようになる。前後左右と上下に走り回り、クマを翻弄する。もちろん短剣の打撃だけでなく、ジライヤの拳と蹴りも食らわせる。

 

「ぬぬーん、キントキドージ! クマを手当てするクマー!」

 

 散々打たれたクマはペルソナを召喚し、傷を癒そうとする。しかし敵を眼前に置いた状態でこれをやるのは良くない。もし一回戦での陽介と雪子の勝負を見ていればクマも学んだだろうが、見ていないクマは同じ失敗をした。

 

「させっか!」

 

「のわっ! ヒキョーモノ!」

 

 陽介は姿勢を低くして、滑り込むようにクマの足を払った。重心が上に偏った着ぐるみはあっさりと転んだ。キントキドウジは治癒の光を零す前に霧消した。

 

「ふぬおー! 氷のマジックショークマー!」

 

 だがクマも粘る。倒れたまま再びペルソナを召喚し、今度は得意の氷結の魔法を放った。氷の弾幕を広範囲に展開する。さすがの陽介も、こう来られるとかわせない。マガツイザナギの電撃をかわせなかったように、氷塊をいくつか受けた。電撃と違って氷結は弱点ではないので膝はつかないが、違うものが膝に来た。

 

(く……さすがに疲れてきたな、俺)

 

 陽介は既に三戦目である。悠がエリザベスにやられたように心身をボロボロにされてはいないし、千枝が真田としたように精魂尽きるまで力を振り絞る特訓めいた戦いもしていない。それでも連戦の疲労が出始めている。人は無限には走れないのだ。それはペルソナ使いでも変わらない。

 

 あといくつ戦いがあるか分からない中で、これ以上の消耗は避けたかった。膝が笑いだす前に勝負を決めるべく、陽介は腹に力を入れて相手を見据えた。実力は特捜隊で最強の相棒を倒した時のように、風の速さの連続攻撃でクマを倒す──

 

「おっしゃ、来いクマ!」

 

 対するクマも珍しい真剣な表情で、上目遣いに睨んでくる。腰を深く落とし、両手を床について全身に力を漲らせる。自分のペルソナが持つロケットのように、爆発的な推進力を溜めている気配がある。ただし陸上競技のクラウチングスタートよりも、相撲の仕切りに似た体勢である。菜々子の父である堂島の、即ち義父(予定)のペルソナもこういう所作をすることがある。

 

 陽介が駆け出し、クマは腰を上げた。いざ決着をつけるべく、勝負。と思いきや──

 

「あんたら、いい加減にしいや!」

 

 絶妙なタイミングで割り込みが入った。会長である。P-1グランプリは既にいくつも試合が行われているが、会長が立ち会ったのはこれが初めてだ。知り合いらしき二人の突然の乱闘騒ぎに、とうとう口を挟んだ。

 

 試合中に外野から声があげられると、選手は集中を乱してしまうことがある。だから例えば相撲で行司が軍配を返して待ったなしとなったら、観客は野次はもちろん声援もやめて静かにするのが観戦マナーである。それが守られないと──

 

「おう、ベイビーちゃん!」

 

 美少女の呼びかけを、クマは無視することはできなかった。勝負の最中によそ見をするという、愚かしすぎる失態をした。プロの試合であれば解説者や観客からブーイングを貰い、学校の部活であればキャプテンや顧問から説教を食らうところである。

 

「クマの為に泣かな……あーれー!」

 

「アホかー!」

 

 一方で陽介は会長を無視した。隙だらけのクマへ向けて、連続攻撃の締めにするつもりだった竜巻を立ち合いでいきなりぶちかました。結果、クマは宙に舞った。カムイは風に耐性があったが、キントキドウジはない。幅の広い着ぐるみは空気の暴力に抵抗できず巻き上げられて、やがて落ちた。勝負あった。

 

 

「あんたら、友達やないの? 何で戦うの」

 

 決着がつくと、会長は陽介に話しかけた。特徴的な赤い目は目尻が吊り上がっている。そこには戸惑いと共に、はっきりした非難の色がある。

 

「ああ……でも好きでやってるわけじゃねえんだよ」

 

 話しているうちにクマが身じろぎした。まだ一戦目であった為か、気絶もしていない。

 

「あたた……ヨースケ、シドイクマ……」

 

「あ、生きとった」

 

 そう、クマは敗れたが死んではいない。クマだけでなく、これまで参加者は誰も死んでいない。この大会のルールでは、先に進むのに相手を殺す必要はないのだ。試合なら当然だが、戦争であれば甘い話である。

 

「ああ、悪いなクマ。俺、やる前にひでえこと言ったかもしんねえけど……全部嘘だかんな」

 

「嘘!? じゃあヨースケはカイチョーをイタダキマスしないクマね! カイチョーのナイトはやっぱりクマクマね!」

 

「幻の俺、何を言いやがった……」

 

 陽介は苦虫を嚙み潰した。クマの耳には自分が何と言ったように聞こえていたか、何となく想像はつく。だが聞きたくはなかったので追及せず、本題に入った。

 

「それよりクマ、この大会主催したのはお前か?」

 

「違うっちゅーとるでしょーが! クマソートーはニセクマ! 毎晩一緒に一つ布団で寝てるのに、あんな偽物と見分けつかないなんて……」

 

 語弊のある言い方である。しかも事実と異なる。

 

「寝てねえだろ! つか、偽物ってどういうことだ? お前のシャドウなのか?」

 

「それ、ナオチャンにも聞かれたクマ! みんなシドイ! 絶対違うクマ! クマのシャドウのニオイはしないし!」

 

「ん? 直斗と会ったのか? 戦ったのか?」

 

「戦ってないクマよ。ナオチャン、カンジと一緒にいたクマ。何か知らんけど、二人とも動けんちゅーとった」

 

「完二と、二人とも……? いや、いいや。ええと……」

 

 陽介は腕を組んで一人で考え出す。一人より二人以上で考えた方がいいのだが、会長とは話し合えないし、クマが相手だと往々にして話が脱線してあらぬ方向へ行ってしまう。今も直斗と完二の話になりかけたが、考えねばならないのはそこではない。

 

(クマ総統ってのがクマのシャドウじゃねえんなら、やっぱ被害者……会長のシャドウか? けどシャドウって本人と同じ顔のはず……いや、去年も海老原のは違ったか。シャドウって何でもありなトコあるし……否定されると化物みたいな姿になるくらいだから、他人にもなれんのか? いや待て。去年の被害者ってみんな、テレビの中じゃすげえ参ってた……事が済んだら入院したくらいだ。でも会長は元気そうだな……ん? でも俺はペルソナ手に入れた時に入院なんかしてねえぞ? 何で? 個人差があんのか? だとすると……)

 

 しかし実は陽介もクマのことはとやかく言えない。思考が移ろいやすいという癖がある。物事を論理的に考えることはできるのだが、途中で思いついたことに意識が引き寄せられやすいのだ。そうして考える要素が次々と増えていくうちに、頭の中での整理が追い付かなくなり、やがて情報量が処理能力を超えてしまう。だから相談して、余計な情報を切り捨てて考えの筋道を正してくれる人が必要なのだ。

 

『……先輩、花村先輩!』

 

 そして相談するのに適した人から、ちょうどよく声をかけられた。

 

「ん? これは……りせか!?」

 

 正しくは声ではない。もちろん校内放送を使った実況でもない。情報系ペルソナの通信だ。耳ではなく頭に聞こえてくる。

 

『良かった……やっと通じた。クマも一緒なの?』

 

「おーう、リセチャーン! みんな大好きクマクマよー!」

 

 話によると、りせは偽物のクマに一人で捕まっていたらしい。もちろん大会の実況中継はしておらず、テレビに映っていたのは偽物である。仲間たちが同士討ちしていることには気付いていたが、総統に見張られていたのでペルソナを出せず、どうにもできなかった。そして今は放送室にいて、なぜか総統が部屋を出ていったので、ようやく通信できるようになったとのことだった。

 

「りせ、ニセクマ……ってか、クマ総統ってのは何者だ? 何でこんなことしてんのか分かるか?」

 

『目的は分かんないけど、大きなシャドウよ。多分、テレビの中に入った誰かのシャドウじゃないのかな……』

 

 誰か──

 

『ん? 先輩たち、他に誰かいる?』

 

「ああ、うちの学校の生徒会長だよ。ペルソナ使いじゃねえ人……だから、被害者じゃねえかと思う」

 

『被害者……? あれ、でもその子……』

 

 りせはこの時、ある違和感を覚えた。しかしそれを言うことはできなかった。

 

『きゃっ!? ごめん、何か来る! 通信切るね!』

 

 ここまでだった。慌ただしいやり取りであった。りせの無事と敵の居場所が分かったことは大きいが、肝心なところは分からずじまいだった。

 

「あんたら、誰と話してたん?」

 

「ああ……悪い、説明するよ」

 

 ここで陽介は腕組みを解いた。本来は特捜隊の秘密を部外者に明かしたくはないが、会長はもはや当事者に等しいと陽介は判断し、必要なことは説明する気になった。ペルソナについて、この世界について、この世界に住まうシャドウについて。そしてこの世界にペルソナ使いでない人間が入ると、その人のシャドウが現れることなどを説明した。戦う前の会話は、実際は言っていない煽り文句に置き換えられて聞こえることも説明した。ただし昨年の殺人事件や獣害事件にまでは踏み込まなかった。

 

「ここがテレビの中……。じゃあウチは誰かに入れられたん?」

 

「信じらんねえだろうけど、マジなんだよ。だからこの学校は、君の心の中の風景……って言うのかな? それが形になったものなんだ」

 

「ああ……入った人の現実って、そういう意味なんね」

 

 会長は意外なほど理解が早かった。最初にクマから聞いた時は説明が端的過ぎてさすがに理解できなかったが、陽介がもう少し言葉を費やすと腑に落ちた様子を見せた。

 

「けど、せやったら……この大会、ウチのせいってことやんか」

 

 そして辛い結論を導き出す。止めようと思っていたこの大騒ぎが、実は自分が原因で起きたのだとすれば、それはショッキングな話である。マッチポンプもいいところだ。

 

「いや、君のせいじゃねえよ」

 

「そークマ! カイチョーのせいじゃない! 悪いのは犯人クマ!」

 

 犯人。未だ影も形も見えない、会長をこの世界に落とした何者か。昨年の殺人事件では、犯人の正体が明るみに出るまで長い時間がかかった。今日の事件でも、そう容易く正体が分かることはないだろう。ならば当面すべきことは、現れたシャドウへの対処である。

 

「……ウチ、放送室に行くわ。クマ総統はそこにおるんやろ?」

 

「いや、駄目だって! 危険すぎる!」

 

「大丈夫や。ウチ、こう見えてもケンカは自信あるんよ?」

 

「そういう問題じゃねえんだよ」

 

 確かに会長は強い。しかしそれはテレビの中では補助的な意味しか持たない。特に大物相手には、町のケンカ自慢はおろか格闘技の世界チャンピオンであろうと、ペルソナを持たなければ対抗しえないだろう。

 

「そういう問題やわ。校門前での立ち回り、見たやろ?」

 

(ん? そういやそうだ。会長、真っ黒な変なのを捻り倒してたな……。テレビに入ったせいで、実はちょっとくらいはもうペルソナ使えたり……いやいや、それはねえだろ。つかあの黒いの、シャドウじゃなかったんじゃね? あんなの今までいなかったし……)

 

 小さな疑問に陽介が捕われた間に、話はずれようとしていた。

 

「ウチが責任取らんと。生徒会長として放っておけへん。それに……」

 

「ん?」

 

 これまで会長はずっと気丈に振舞っていたが、この時になって雰囲気が変わった。夕暮れのような目を伏せ、そこいらの男子生徒くらい軽く叩きのめせる力を秘めた肩を落とす。空気を読むのが得意な陽介には、一目で分かる変化だった。

 

「放送で言われたこと、気になるし」

 

「あー……」

 

 校門前で会長が陽介と出会った時に、主催者と実況にクソ虫だのクレーマーだのと暴言を受けた。シャドウが本体を詰るのはよくあることだが、頻度が高いことは許される理由には当然ならない。その時の会長は外向きには堪えた様子を見せなかったが、内心は違っていた。陽介は今になってそれに気付くとともに、会長の変化に感じるものがあった。

 

 守ってやりたい──

 

 初めて見る気弱な姿に、不覚にもそう思ってしまった。そして別の方面から考えてみた。

 

(危険だけど……シャドウを受け入れればペルソナになるんだ。そうした方がいいか?)

 

 特捜隊は悠が陽介のシャドウを打ちのめしたのを始めとして、何度もシャドウをペルソナに変えてきて、そして仲間を増やしてきたのだ。ならば会長を仲間にするというのも、良いように思えてきた。むしろ昨年してきたことに照らせば、それが自然に思えた。唐突に湧いた気持ちに乗って、陽介は少しばかりおどけてみせた。片目を閉じて、人懐っこい笑顔を見せる。

 

「なら……俺とデートしてくれませんか? 放送室まで」

 

 今まで悠がやってきたことを、悠に代わって陽介がやる。それは悪くないと思えた。驚くほど美しい少女の力になるとは、しかも自分一人で手柄を独占するとは、気分が高揚するのを抑え難いことだった。早紀が死んで生きた女の誰にも興味を持てなくなった陽介にとっては、随分と久しぶりに抱いた感情だった。

 

「ちょ、クマはぁあ!? クマもデート、デートぉぉ!」

 

「あ、負けたら出れねえんだ。すぐ戻るから、待っててくれ」

 

 勝負に敗れて悠に取って代わる機会を逃したクマを軽くいなして、陽介は会長に向き直る。すると会長は笑顔を見せて、ナイトの交代を受け入れた。

 

「分かったわ。その誘い、受けるわ。よろしゅうな、キャプテン……やのうて、花村君」

 

 会長は言い直した。しかし初めに何と言おうとしたのかは明白だったので、陽介は打ちのめされた。久々のワクワク感に冷や水を浴びせられたように項垂れた。

 

「勘弁してくれよ。俺、そこまでカッコ悪くな……ん!?」

 

 陽介のキャッチフレーズは響きだけなら悪くないのだが、『ルサンチマン』がどんな意味か知っている陽介には、酷い呼び名であることが分かる。しかしこれはシスコンなどと違って、日本ではあまり一般的でない言葉だ。フランス語に通じているか哲学や文学を学んでいるのでない限り、大抵の日本人には意味が分からないはずである。陽介が知っているのは、昨年に悠と受けた倫理の補習で諸岡から教わったからだ。そんな珍しい言葉が、どうして陽介の異名に使われたのか?

 

(まさか……)

 

 陽介は卒然とある可能性に気付いた。会長が被害者ではないかとの悠の意見を聞いて、この事件はそのシャドウが引き起こしているのではと思っていた。だが実は違うのではないかと。その根拠は──

 

(ルサンチマン、黒雪姫、ガチムチ皇帝……)

 

 例のプロモーションビデオだ。誰にも言っていないが、実はあの数々のキャッチフレーズは『結構当たっている』と、陽介は見た当初から感じていたのだ。皆のシャドウの言動と照らし合わせると特にそうだ。自分たちの情報がある程度世間に漏れている事はあり得るが、それだけであんなフレーズが生まれるだろうか?

 

 あれはシャドウを実際に見た者でなければ、思い付く事はできない。そして特捜隊の中で、全員のシャドウを見たのは結成メンバーの三人だけだ。悠と陽介、そしてクマだ。ではそのうちの誰か?

 

(マジか……?)

 

 陽介は戦慄した。諸岡の補習をクマに話した覚えはない。よってクマではない。残る可能性は相棒か自分──

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