「お前と戦うのは二年ぶり……いや、三年ぶりと言うべきか?」
「そういうこともありましたね」
この大会では特別捜査隊とシャドウワーカーはいずれも内部抗争を演出するよう、チームの内側でばかりマッチメイクされている。真田は二回戦で敵の狙いを外すべく窓から飛び降りたが、その策は一度やれば二度と通用しない。遭遇戦で千枝に胸を貸した後、真田は校内をあちこち歩き回らされた挙句、結局は再び仲間の前まで誘導された。主催者がそういうつもりでいる以上、参加者は避けようがない。
『ふー、チエチャンを挟んじゃったから二回戦か三回戦かよう分からんくなったけど、ポートっ子の内ゲバやるクマよー! 今度は逃がさんからねー!』
ある教室にて真田とアイギスが対峙した。情報系の能力で各々のサポートをする美鶴と有里は、もちろん誘導されていることを察知はしていたが、回避する術はない。窓はもちろん普通の壁も見えない壁で塞がれている。歩みを止めて何もしないでいることもできない以上、戦わざるを得ない。
向かい合う二人に戦いを忌避する様子はない。真田は拳を打ち合わせ、アイギスは薙刀を握り直す。どちらも視線は互いから外さない。
『待て明彦。さっきも言ったが、まだラビリスを見つけてもいないのだから、余計な消耗は避けるべきだ』
『僕もそう思います。どちらかが道を譲りましょう』
隊長と副隊長が通信する中で、アイギスが先に名乗り出た。
「では私が先へ進みます。申し訳ありませんが、複数のペルソナを持つ私の方が強いのですから」
アイギスにとってこの戦いは『姉』の問題である。よって『妹』である自分が前に出るのが当然との思いがある。だからこう主張するわけだが、それは任務に私情を挟んでいることに他ならない。なのでアイギスは姉云々とは口にせず、自分の方が強いからと言う。実際、ワイルドは並のペルソナ使いとは一線を画す実力を持ちうる。
「そうはいかん」
しかし真田も譲らない。鍛え抜いた肉体から熱を発し、気迫を内に漲らせる。
『明彦、これは任務だ。こだわる時ではないぞ』
「そうじゃない、任務だからこそだ」
強さにこだわりのある真田だが、今日に限っては私情で言ってはいなかった。
「お前の方が強いなら道を譲ろう。確かに以前戦った時は大きな力の差があった。だが今はお前に負けるとは思わん」
二年前とも三年前とも言える昔、真田はアイギスと戦ったことがある。一対一ではなく二対二の勝負だったが、とにかく両者は戦い、そしてアイギスが勝利した。勝負は結果と言うが、内容においてもかなり一方的なものだった。だから当時であればアイギスの方が強いと異論の余地なく言えたが、今はどうか。真田は当時より実力を上げている。相性の悪い美鶴に完勝するくらいに。
「……」
アイギスは黙って真田を見据える。体の底から力を湧き出させ、視線に熱を込める。しかしそれは相手を圧倒するほどのものではない。むしろ押され気味だ。
「有里、お前はどう思う。俺はアイギスより弱いか? 俺を一蹴するほど、お前の女房は強いのか?」
『……どちらが勝つにせよ、無傷では済まないでしょう』
「そうかな? なら無傷で勝ってみせよう!」
真田はスーツのジャケットを脱いで放り捨てた。美鶴や千枝と戦った時は着たままだった上着を、この時は脱いだ。ワイシャツ一枚の装いは上半身裸には及ばないものの、かなり動きやすくなったはずである。
『そーそー、ちゃっちゃと戦いんしゃーい! 言っとくけど、八百長なんかしちゃダメクマよー! そんなヒレツなことしたら、どっちも失格っちゅーことで二人とも出してやらんからねー!』
ここで総統の煽りが飛んできた。リングに立つ二人はどちらもわざと負けるつもりはなかったが、これでそのつもりがあってもできなくなった。現実のスポーツであれば、八百長はライセンス剝奪や競技団体からの追放が妥当なほど罪が重い。まともに勝負せざるを得ない。
『全く、所詮は敵の決めたルールだからな!』
通信越しの美鶴の声に苛立ちが混じる。特捜隊もそうだがシャドウワーカーがこうも不利を強いられるのは、敵の土俵に上がってしまっていることがそもそもの原因だ。ルールを変えることができない以上、不利を受け入れて戦うしかない。
アイギスが一回戦で主に使った機械の天使メタトロンは、最強の一角を占める強大なペルソナだ。特に防御面が優れている。魔法的な力全般に強いメサイアと比べても、より堅牢な耐性を持っている。真田が得意な電撃は効かないどころか、相手にそのまま跳ね返せる。
よって真田は開始と同時に距離を詰めてきた。対するアイギスは薙刀を構えた。リーチを活用すべく、拳の間合いに入る前に切り払うが──
「甘いな!」
真田はダッキングで刃物をかわした。アイギスは武器を回転させて石突で打とうとする。しかしそれよりも、屈んだ姿勢から跳躍するような勢いで突撃してきた真田の方が速かった。回る薙刀の柄をすり抜けるようにして、真田の右のボディーブローがアイギスに当たった。先手は真田が取った。
「くっ……」
アイギスは顔を顰め、下がって間合いを取ろうとする。しかし真田はそれを許さない。すかさずワンツーを放つ。アイギスは薙刀の柄で防ぐが、その時にはもう肩がぶつかりそうな位置まで接近される。この距離では長物はかえって邪魔になる。
そこへすかさずショートフックにボディーアッパー、更にはオーバーハンドパンチも飛んでくる。真田はフェイントも織り交ぜて時に的確に、時に乱暴に打つ。とても全ては防ぎきれない。アイギスは拳の間合いから離れようと何度も後ろへ下がるが、その度に真田は間髪入れずに追う。そしてすぐに追い付く。軽快なフットワークは獲物を逃がさない。
「はっ……!」
やがてアイギスの背中が見えない壁に当たった。ボクシングで言えばロープ際まで追い込まれた。これ以上は下がれない。
もし昔のようにアイギスの指や腕に銃が仕込まれていれば、有利な距離を保ち続けて戦いを優位に進めることもできただろう。しかし薙刀ではそれができない。間合いが銃よりずっと近い為にすぐに距離を詰められるせいもあるが、そもそもアイギスは薙刀については素人なのだ。
元々は戦うことが存在目的だったアイギスだが、何も当時から武芸百般に通じていたわけではない。まして今は存在目的自体が昔から変わっている。かつて真田と戦った時と比べて、アイギスの実力は大きく衰えているのだ。
接近戦ではアイギスに勝ち目はない。ならばペルソナの魔法で戦うべきだ。
「メサイア!」
アイギスはペルソナを永劫から審判へ変更し、氷の秘術を放った。全てのペルソナの中で最も魔力に優れる救世主の氷が当たれば、元々氷結に弱い真田は一撃でやられるだろう。命を失うこともあり得る。ただし当たればの話である。
「見えているぞ!」
真田は膝を曲げ、更に上体を斜め下に屈めて、秘術をかわした。いや、かわしたと言うより予期したと言った方が正確だ。放たれた氷を見てかわすのではなく、放つ瞬間のペルソナの挙動から当たりをつけているのでもない。放たれる前から、放つタイミングも効果範囲も完全に見切っている。一回戦で美鶴と戦った時と同じである。見切りの技を習得している属性の攻撃は、かえって隙になる。
「カエサル、足を封じろ!」
真田もペルソナを召喚し、地球儀を掲げさせた。得意の電撃ではなく、もう一つの得意とする系統の術、弱化魔法である。アイギスの周囲に鎖に似た輪が広がり、弾けると速度を下げられた。この種の魔法は耐性によって防ぐことはできない。
「行くぞ!」
「く、体が重い……!」
そして再び接近戦に入る。動きを鈍らされたアイギスは、ますますいい的になる。千枝の時と違って真田は胸を貸すつもりはないので、容赦のない密度で拳の弾幕を張る。上下左右から縦と横の拳が乱れ飛ぶ。時に軽く、時に重く、自由闊達とさえ言える手数の多さを披露する。もはやサンドバッグ状態だ。
「メサイア、火を!」
氷結が見切られるなら、真田が耐性を持たない他の属性で攻撃するのが有効だ。北欧神話で語られる神々の黄昏の名を冠した火の秘術を行使し、火柱を立ち上げる。これも当たれば、一発では倒せないまでも大きなダメージを与えられるはずだ。
「遅い!」
しかしそれも真田は横に回ってかわす。アイギスが普段の状態なら当たったかもしれないが、弱化魔法が効いている今では別だ。速さが落ちると、回避率だけでなく命中率も落ちてしまう。熟練した相手との戦いでは、攻撃力や防御力よりも敏捷性を落とされる方がより不利だ。
「カエサル、盾を封じろ!」
そして真田は再び弱化魔法を行使し、今度はアイギスの防御力を下げてきた。メサイアとメタトロンはどちらも物理的な攻撃に対する耐性を持たない為、拳は普通に効く。そして弱化させられた状態ではより効く。戦況は真田が俄然有利、アイギスの敗色は濃厚だ。ここから逆転するには──
「湊さん、オルフェウスを使わせてください!」
真田が主力とする攻撃方法である打撃に耐性のあるペルソナを使うことだ。電撃にも耐性があればなおいい。該当するのは最強のペルソナであるギリシャ神話の吟遊詩人だ。サポート能力もある為、今は有里が使っている。有里夫妻はペルソナを共有しているが、相方が使用中のものを意志に反して奪うことはできない。交換するには許可が必要だ。
『もういい! 降参するんだ!』
しかし有里は許可しなかった。真田は実力を上げているとは聞いていたが、想像以上だった。有里自身より強いとまでは思わないが、今のアイギスよりは明らかに上だ。ここまで来れば八百長にはならないと判断し、アイギスに降参を促した。夫は妻をこれ以上戦わせたくなかった。
「……!」
夫にとっては気遣いのつもりの勧告だったが、妻はそう受け取らなかった。
(私は……役に立たないといけません!)
実は昨年のクリスマスの日から、アイギスは夫にある疑いを抱いていた。それを口にしたことはないし、態度で表したこともない。まさかという思いがあったのと、今年の春分の日に起きた出来事が心に影を落としていた為に、夫と話し合うことを憚っていた。
アイギスは一瞬だけ目を閉じ、またすぐに開く。その目は対峙する相手、即ち現在を見てはいない。もちろん未来も見ていない。誰とも共有しない自分一人だけの決意を込めて、ペルソナを召喚した。
「メサイア、無を!」
救世主は胸に手を当てて、天に祈りを捧げるように上を見上げた。するとその天から光が下された。分厚い雲が切り裂かれて空から太陽が顔を覗かせるような、天に坐する父が子に手を差し伸べるような光だ。色は紫で、大きさはリング全体を覆うほどだ。あらゆる敵に通じる万能の光である。
「何っ……!?」
真田は驚いた。光の範囲の中にはアイギス自身も含まれている。電撃の通じないカエサルは自分が放つ雷の雨に巻き込まれても何ともないが、この場合はそうもいかない。万能魔法は使う本人も含めて誰にでも通じるのだ。これでは自爆攻撃に等しい。
光が炸裂した。力の破片が放電するように四方八方へ飛び散り、立方体の形をしたリングの前後左右と、上下も斜めも含めた全体に効果が及んだ。どうやってもかわせない。
「ううっ……!」
「くっ……」
万能の光を浴びた真田は数歩下がり、右手をこめかみに当てた。すると手袋から出た指にぬめりを感じて、頭から離して手を見る。血が出ていることに気付いた。しかし大した傷ではない。武者修行で猛獣と戦って今も胸に跡が残る傷を負った時よりも、出血の量はずっと少ない。回復魔法を使わずとも、放っておいても治る程度の傷だ。相手の方へと目を戻すと、アイギスと視線がぶつかった。
「無傷ではなくなりましたね。私の勝ちです」
「何を馬鹿な……」
『ハイハーイ! アイチャンの勝ちねー!』
ここでモニターにクマ総統が映った。光は部屋中を覆っていたが、さすがはエリザベスの乱入時にも壊れなかった謎の機械である。今も壊れず、葉巻を咥えた主催者の姿を映し出す。そしてアイギスの勝ちを宣言する。
「ふざけるなよ! 勝負はまだついていないぞ!」
しかし当然真田は納得しない。モニターに映る着ぐるみに食ってかかる。確かに傷は負ったが、まだ十分戦える。アイギスの万能の光は範囲が通常より広く取られていた分、威力はかなり落ちていたのだ。この程度では膝をつくこともない。
『だってケモノ臭いムキムキより、金髪美女の方がいいしー! アイチャン、さっさと先に進みなさーい!』
P-1グランプリは殺し合いではない。どちらかの死が決着の条件ではない以上、決定権のある者が終わりと言ったらそこで終わりである。参加者がどれだけ抗議しても覆すことはできない。
「では失礼します」
アイギスはすぐに踵を返し、教室の扉へ向かった。
「おい、待て! くっ、壁か!」
追おうとした真田は見えない壁に止められた。既に教室を出てしまったアイギスを追う術はない。声をかけても届かないだろう。手持ち無沙汰に肩を落とす。
「全く……してやられたか」
八百長は駄目だと言ったくせに、主催者が試合を決めてしまった。現実の試合であれば、ブーイングの嵐が吹き荒れて大炎上することは間違いない。
『アイギス! 降参しろと有里は言っただろう!』
この大会は世間に公開されていないので炎上はしないが、参加者同士の間では話が別だ。真田を壁の中に残してさっさと先に進むアイギスを、美鶴は呼び止めた。仕事上の上司として部下を咎める響きがあった。シャドウワーカーの隊規では、指揮権は立場が上の者が持ち、部下はそれに従う義務がある。普通の軍隊と同じである。
「……申し訳ありません。ですが私は、どうしても先に行かないといけないのです」
『アイギス』
今度は有里が呼びかけた。咎める響きはそこにない。
「……」
アイギスはしばらく返事をしなかった。
『傷は手当しろ』
「……はい」
アイギスは歩む足を止め、自分の体を確かめた。高校時代の先輩に散々打たれて、よく見れば体中にあざができている。腕も腹も顔さえも痛む。毎晩夫の唇が触れている自分の唇の端に指をやると、ぬめりを感じた。手を離して見れば、血が出ているのに気付いた。真田にやられてできたのか、自分の自爆攻撃でできたのかは分からない。
「……」
アイギスの血──
昔は体のどこを探してもなかったものである。しかし今は違う。皮一枚でも切れれば、どこからでも出る。痛みも感じる。
(そう言えば……戦いで血を流したのは初めてですね)
かつての戦いを終えて以降、アイギスは出血したこと自体は何度もある。毎月のことがあるし、しかも経産婦なのだから。だが戦って負傷したのは初めてだ。
(姉さん……)
血は生き物が生きていることを証明するものである。そして機械は壊れても仕様が残るから再現可能であるのと違って、生き物は死ねば復活できないことを証明するものでもある。アイギスにはそれがあるが、『姉』にはない。流れた血は体に戻らないように、零れた水は器に返らない。アイギスは『姉』と同じ体に戻ることはない。どれだけ申し訳なく思っても、時間を戻す術はもはやないのだ。
(奇跡はもう起こらないのでしょうね。きっと……)
アイギスは指についた血を掌で拭い、自分に回復魔法をかけた。傷はすぐに見えなくなった。そして歩みを再開した。
『まずい状況だな』
『ええ……』
美鶴と有里は状況に危うさを感じていた。テレビに入った五人のシャドウワーカーのうち、これで四人が脱落した。残ったのはアイギス一人、と言うより残らされたと言うべきである。
アイギスと真田の勝負は、公平に見れば真田の勝ちだった。経過ではどちらに分があったかは明白だし、余力も真田には十分残っている。あのまま続けていれば、真田が勝っていた可能性は極めて高い。アイギスが勝ったことにされたのはクマ総統の贔屓でさえなく、今後を見据えた恣意的なものだったに違いない。つまり真田よりもアイギスの方が与し易いと、総統は踏んだのだ。
(もしラビリスと戦うことになったら……)
有里はここにアイギスを連れて来るのは、当初から反対だった。なぜならアイギスが『身内』の問題にどこまで冷静に対処できるか疑問があったし、産休明けの体だったから。ラビリスの能力は未知数だが、今の消耗したアイギスが対処できるかどうか。有里は不安を募らせた。
(どうする……)
そして考える。妻の為に、任務の為に、今から自分に何ができるかを考える。
陽介は会長を連れて、二人で校内を歩き回っていた。若い男女が連れ立っているわけだが、デートと言うには少し違う。実は二人きりではないからだ。
「クマ、敵は放送室で間違いねえか?」
クマは見えない壁に閉じ込められたままなので、二人の傍にはいない。しかし声は通じる。
『もう少し行った先の広めのお部屋から、シャドウ……かな? ニオイがするクマ。多分ね。きっと。メイビークマ』
シャドウらしきものの存在は感じているが、気配に微妙な不自然さを感じていた。しかしそれを言葉にすることはできない。
「はっきりしねえな」
『しょーがないでしょ! クマはリセチャンじゃないんだから、ホントはこうやって通信するのも苦手クマ』
クマは情報系の能力があるものの、本職には及ばない。昨年の特捜隊は、特別課外活動部と違って情報担当も前線要員に追従してダンジョンを走っていた為、遠距離から通信することにも慣れていない。先ほどりせがやっていたのをクマなりに真似ているが、陽介一人と会話するのが精一杯だ。
「他のみんなは? えっと……里中はどうなった?」
『チエチャンはどっかの廊下から動いとらんクマ。誰にやられたのか分からんけど、負けちゃったのね。カワイソーに……』
「ってことは、残ってんのは俺だけか」
特捜隊はりせを除く七人中、六人が脱落した。P-1グランプリもそろそろ佳境と言える。
「花村君、強いんやね」
会長は感心したように言った。実際、陽介はここまで三連勝である。仲間内では一位が確定している。仲間割れは辛いことだが、本当に仲違いしたわけではないのだから、褒められると嬉しく感じてしまう。陽介は悠に勝った直後は嬉しいなどと感じなかったし、雪子とクマに勝った時も同様だ。それでいながら、今になって頬が緩んだ。
「へへ、まあな……と言いたいところだけど、それほどじゃねえよ。運が良かったのもあるし……」
特捜隊の『内部抗争』はシャドウワーカーのそれと違って、主催者による『贔屓』はなかった。その中で陽介が勝ち抜けたのは、多分に運の要素があった。しかし勝負は結果である。結果が実力を反映していないなどと文句を言ったところで、大会がやり直されることはないのだ。強者が常に勝つとは限らない。
「シャドウワーカーの人たちは?」
『うーん……クマ、そのシトたちのことよう知らんから、ニオイを辿れないクマ。パパさんはどっかで動けんでいるみたいだけど、他のシトたちは分からんクマ』
「何や、シャドウワーカーって?」
「ああ、俺らとは別のペルソナ使いのチームだよ。鳴上っていう俺の相棒の、叔父さんも一員なんだ」
説明しながら、陽介はふと思いついた。
(そういや俺ら……どうして堂島さんにも相談しないで、俺らだけでテレビに入ったんだっけ?)
今日の特捜隊はフードコートに集合して少々話し合ったら、テレビに向かうことがすぐに決まった。堂島に、つまりはシャドウワーカーに相談することもなく。それは昨年の事件で最後は何もできず、手柄をさらわれたことに対する後悔があったからではないだろうか。それはまさに、キャプテン・ルサンチマンらしい行動ではないか──
(この大会主催してんのも、あのPV考えたのも誰かのシャドウ。んでもって、俺をルサンチマンとか言えるのは俺自身か悠だけ……はあ、嫌になるな)
陽介は考えれば考えるほど、思考が負の方向に沈み込んでいく。人は自分一人だけだと視点が固定され、悲観的な考えに一度はまると抜け出せなくなってしまうことが往々にしてある。だから相談する相手、つまりは違う視点が必要なのだが、陽介はそれをしていなかった。
そうしているうちに、二人は三階にある放送室の前まで辿り着いた。扉にはガラス窓がはめ込まれており、中が少し見えた。人影はそこからは見えないが、敵の拠点は現実の学校のそれとは明らかに違う様相であることが、廊下の側からでも分かる。この事件の謎と結末が語り尽くされそうな決着の舞台を前にして、陽介は会長に話しかけた。
「あのさ……嫌なもの見せちまうかもしんねえけど、勘弁してくれよ」
「ここにウチのシャドウがおるんやろ? 大丈夫や。花村君かて、ウチの嫌なとこ見ても引かんといてな?」
憂鬱な陽介とは対照的に、会長は気丈だった。少年の心臓が思わず跳ねる、眩しい笑顔を浮かべる。眩しすぎて正視に耐えないほどだ。
ここに来るまで、陽介は自分が全ての原因であるかもしれないという見解を、誰にも話していない。何気ない仕草一つで動悸を激しくさせてくる美少女に、そう言うのは憚られるから。もし違うなら、黙っていても問題ないのだから。可能性の段階であらかじめ予告して、実は杞憂であったら自分の恥を告白するだけの危険を冒すことはできなかった。
「はは……大丈夫さ」
何にしても、目的地に辿り着いた以上は猶予期間は終わりである。これから『真実』を見なければならない。ではそれは誰の『真実』か?
(俺か悠か……さあ、どっちだ!?)
意を決して、と言うより賭け事のサイコロを振って自分の運を試すような気持ちを抱いて、陽介は放送室の扉を開けた。果たして丁と出るか、半と出るか。