ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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決勝(2012/5/3)

 格闘技の試合で勝敗を決める最も重要な要素は実力だが、運も見逃せない。例えばラッキーパンチ、絶好調の時に不調の相手に当たること。相性の良い相手と当たり、悪い相手と当たらずいられるかどうかの、トーナメントの組み合わせも重要である。更には作戦、勝利に対する執念などの精神力、観客からの声援が明暗を分けることもある。極端なことを言えば、審判の贔屓目やルール違反すれすれの卑怯技もある。そのような実力以外の要素で勝負が決まることは、それなりにある。強者が常に勝つとは限らない。

 

 そうした諸々の要素によって、陽介はP-1グランプリの決勝戦まで駒を進めた。しかし要因がどうあれ実際に勝ち抜いた以上は、陽介は『晴れ舞台』で戦う権利がある。

 

 では決勝の相手はどうかと言うと、そもそもトーナメント表のもう一方を勝ち上がってきたのではない。初戦が決勝という、シードどころか特別招待選手の扱いだ。その為、シャドウラビリスは最後の決戦に相応しい実力の持ち主であるとは、まだ証明されていない。ただし権利はやはりある。

 

 

「ふふふ……もう壊すのも殺すのも、全部自由! 最初の獲物はあんた! 記念なんだから、ガッカリさせないでよ!」

 

「嫌なフレーズ使うねえ!」

 

 陽介にはキャプテン・ルサンチマン以外にも『ガッカリ王子』という不名誉な仇名がある。それを知ってか知らずかシャドウは挑発するが、陽介は片目を閉じた笑顔で軽く応じた。

 

「そうらあああ!」

 

 機械の手足は、見た目としては割と細い。抱きしめたら折れそうというのではもちろんないが、腕回りのサイズで言えば普通の女子高生とそう変わらない。しかしシャドウと本体のどちらもそうだが、ラビリスの腕は筋肉で動いているわけではないので、現実の世界でさえも怪力を発揮できる。もちろんテレビの中でも同様だ。長く伸びる掛け声に合わせて、巨大な斧を大きく振りかぶって上から叩きつけてきた。

 

(遅い……いや!)

 

 ラビリスの鏡像は圧倒的な膂力がある為に、振るわれる斧は決して遅くはない。だが動作が大きすぎるので、陽介は余裕をもってかわそうとした。しかし途中で斧は急に加速してきた為、陽介は急いで後ろに一歩下がった。結果的に初撃をギリギリで回避することになり、斧は陽介の目前を通り過ぎた直後、撮影スタジオ兼焼却設備の床にめり込んだ。

 

(こんなん食らったら一発だな)

 

 陽介はもう二、三歩下がりながら、前髪をかすりそうになったギロチンがなぜ急加速したのかを訝しんだ。見てみれば、柄から伸びた青いコードが斧の峰の側に繋がっており、その先では赤い筒が斧の刃に埋め込まれている。片側に三つずつある、それから煙が出ているのに気付いた。

 

(ブースターってか。ロマンだな)

 

 剣や斧などの近接武器に、加速や高速振動する為の装置をつけて威力を増すのは、少年が好むロマン武器の一つである。近未来アクション系のマンガやゲームではお馴染みで、陽介も嫌いではない。もちろん現実には扱いづらい事この上ないだろうが、テレビの中では常識が通用しない。よって空想的な武器も技も登場する。そこに自重はない。

 

 初撃に続いてシャドウは動く。

 

「アステリオス! ぶっ壊せ!」

 

 炎をまとった牛頭の怪物が拳を振り下ろしてきた。表に出ている上半身だけで陽介の身長より高いので、相応に巨大な拳の迫力は大したものだ。当たれば大変だが、動作が大きいのでよけるのに苦労はしない。

 

 ──

 

 しかし拳が床を打つと、地震のように足元が揺れた。そして続けて牛の目から光線が放たれてきた。

 

「のわっ!」

 

 陽介は光線もよけたが、足を掠めて少し危なかった。そして不審に思う。

 

(この牛、何なんだ? 出しっぱだし、ペルソナじゃねえよな)

 

 ペルソナは一つ動くとすぐ消えるのが普通で、連続して何度も行動させられるほど召喚し続けられるものではない。余程の練達ならまだしも、並のペルソナ使いがやれば相当に消耗する。しかしラビリスの鏡像にそういう様子はない。

 

(つか、そもそもこいつはシャドウなんだからペルソナ使えるわけねえし……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃねえや)

 

 陽介は余計な思考を打ち切った。実戦の最中にそんなことをしていいはずがない。もっともそれは見方を変えると、多少なりとも考え事をしていられるくらい、陽介にはまだ余裕があると言える。

 

 ちなみにギリシャ神話に詳しくない陽介は、『アステリオス』という名前にどういう由来があるのか知らない。特別捜査隊の仲間たちのペルソナに多い日本神話の神々についても、信心のない現代日本人らしくほとんど知らないくらいだから、外国のそれはもっと知らない。

 

「せやああ!」

 

「よっと!」

 

 赤い光が眩しい舞台で、陽介はこれまでの試合と同様に素早く動き回る。振るわれる斧を下がってかわし、屈んでかわす。フットワークは軽快だ。今日一番のキレがあると言ってもよい。前後左右、どこへでも自在に動く。

 

「アステリオス!」

 

 ただし床にずっと立っていると、地震で足元をすくわれそうになるので、上を含めた三次元の機動性を発揮する。牛の巨大な拳が再び振りかぶられるや、陽介は跳躍した。

 

「食らえ!」

 

 陽介は上から飛び苦無を投げた。それをシャドウは鬱陶しそうに斧で払う。陽介が着地すると、牛を引き連れて突進してきた。

 

「このっ! 大人しくしやがれっての!」

 

 悪態とブースターのガスと共に放たれた斧の薙ぎ払いを、陽介は再度跳躍してかわした。重量が過大な武器は使い手の方をこそ振り回してしまうが、ラビリスの鏡像は振り回されない。本人の力に加速装置の推進力まで加えて振り切った斧を、強引に引き戻す。巨大な武器を小枝のように扱うのが、パワー派のシャドウの真骨頂だ。そして陽介を追って自分も跳んだ。

 

「逃がすか!」

 

「逃げさせてもらうぜ!」

 

 追うのは悪手だ。なぜなら空中こそ陽介の土俵である。陽介は跳躍の最高点に達した瞬間、もう一段階跳びながら宙返りし、追いすがるシャドウの頭を越える。空中で逆立ちした状態で短剣を鋭く振り、眼下の敵を斬りつける。シャドウになっても美しい銀の髪の間に刃が滑り込み、金属でできているはずの後頭部に当たる。

 

「あぐっ!」

 

 一発で切断こそされないものの、シャドウはうめき声を上げた。鉄の兜を刃物で斬りつけても普通は斬れないし、短剣は斧や長剣と比べて重さがない分、衝撃で中身に与えるダメージも小さくなる。しかし対シャドウ戦やペルソナ使い同士の戦いでは、そうした物理法則は二の次である。ペルソナ使いとしての陽介の力は、鏡に映ったラビリスに十分通じている。鉄の体の硬さは、打撃や斬撃に対する耐性とは関係がない。

 

「もう一発!」

 

 陽介はすかさずもう一度空中で跳躍し、反対側に戻って再び斬りつけた。それも同じように当たる。

 

「調子に乗るなあぁぁ!」

 

 空中でシャドウと、そのお供であるのか体の一部であるのかよく分からない謎のビジョン、アステリオスが吠えた。落下しながら炎の弾丸を上に向けて放つが、陽介はそれもかわす。もし当たれば一気に不利になったであろう威力の一撃は、頭上のベルトコンベアに当たって弾けた。ちょうどそこにあった人型機械の残骸は、灰になって落ちてくる。

 

 着地した陽介は改めてラビリスのシャドウを見る。金の瞳はいいように翻弄された怒りで爛々と光っている。シャドウは本体に強く執着するものだが、他人である陽介の方がより憎くなってきているようだった。対する陽介はまだ冷静さを保っていた。

 

(アイギスさんの方が強かったな。悠だって、咳なんかしなけりゃいけるだろ)

 

 このシャドウの戦力は、陽介が準決勝で戦った『妹』に及ばない。『姉』は膂力に特化したタイプである分、それだけなら『姉』の方が上だろうが、それ以外ではアイギスが勝る。複数のペルソナを操るワイルドとしての幅の広さがまず違うし、メサイアの強力極まる魔法を当てれば、それで勝負はほぼ決まるはずだ。悠もコンディションさえ良ければ勝てる。他にも陽介が知る中で、ラビリスのシャドウに勝てそうな者は何人かいる。例えば足立ならひと捻りだろうし、それに勝ったという有里も同様だ。

 

(去年の被害者のシャドウはこんな感じじゃなかったが……)

 

 昨年の事件における被害者のシャドウが本体に否定されて変じた怪物は、特捜隊が数人がかりで倒すケースが多かった。ほとんどは一対一では難しいくらいには強かった。しかしラビリスの影はそこまでの脅威ではない。この違いは、この学校のダンジョンに有象無象のシャドウが見当たらないことと関係するかもしれない。

 

 昨年の被害者が生み出したダンジョンは小粒なシャドウで溢れており、いくら掃除してもきりがないゴミの海だった。そして被害者のシャドウは、棲息するシャドウかダンジョンの瘴気そのものを吸収するようにして変身した。しかしテレビの中の八十神高校に小粒なシャドウはいない。いたのはもっと小さく薄っぺらい影法師だけだった。

 

 今日のシャドウの『変身』の仕方が、これまでの例に倣わなかった理由がそこにあると、そう解釈することは可能だ。だからラビリスの影は『大型シャドウ』として変身できず、ペルソナ使いが普通に覚醒するのと同程度の力しか得られていない。

 

 港区と稲羽市のペルソナ使いに天才はいない。敢えて言うなら足立だが、その足立さえ目覚めた当初はそこまで強くなかった。ラビリスは類例のない過酷な経験をしているが、それはペルソナに目覚める前なので、ペルソナ使いとしては生まれたばかりに等しい。才能を伸ばす為の実戦経験、宗教の用語で言えば業や功徳をまだ十分に積んでいないのだ。努力が不要な者はいない。

 

 とにかくラビリスの鏡像の実力は、P-1グランプリの参加者全体の中で上位には来ない。一位の有里には遠く及ばず、二位の真田にもそうだ。では陽介と比べるとどうか?

 

『花村先輩、いい感じよ!』

 

 ここでりせの応援が飛んできた。陽介にだけ聞こえる専用回線ではなく、スピーカーが発するような音としてその場に伝わっている。だからシャドウにも聞こえている。

 

『花村のくせに、結構やるじゃん!』

 

『本当……ちょっと意外ね』

 

 次いで千枝と雪子の声も、りせに中継されて飛んできた。各々が閉じ込められている場所に置かれたテレビには、決勝戦の模様が『中継』されており、皆が見ているのだ。

 

『花村さん、勝てそうですね』

 

『そうだね』

 

 尚紀と有里の声も届けられてきた。壁を壊しながら屋上に向かっている途中だが、このまま行けば有里の出番はなさそうな雰囲気を感じている。戦況が陽介に有利に進んでいることは、視聴者の誰もが分かっている。そしてそれがシャドウをより苛立たせる。

 

「舐めてんじゃねえぞ……私は絶対、自由になるんだ!」

 

「そうはいかねえぜ!」

 

 扉の開いた焼却炉から溢れ出る、赤い光が二人を照らす。この戦いに負けた者は、この中に入ってもらう。何の感慨もない流れ作業に乗せられて、人間ではないただのゴミとして灰になる。戦いの舞台はそう言っているようだった。

 

 

 陽介が右の短剣で突くと、シャドウは斧で薙ぎ払おうとする。すると陽介は攻撃を中断し、屈んで斧をかわして足を払おうとする。対するシャドウも黙っておらず、アステリオスが拳を振り下ろして来るが、そこですかさず陽介はジライヤを召喚した。

 

「風を!」

 

 忍者のペルソナは得意の竜巻を発生させ、シャドウを巻き上げた。速度と反射神経で勝る陽介は、挙動が大きい牛の打ち下ろしに対して後の先を取った。一発でも当てられれば不利になる近距離で、陽介はここまで上手く立ち回れている。

 

「うぐっ……!」

 

 風に耐性を持たないシャドウは、竜巻のダメージを普通に受ける。何とか空中で体勢を立て直して倒れることは防いだものの、もはや戦況が不利に傾いていることを、本人も認めざるを得ない。相性が悪い。

 

「くそっ……!」

 

 シャドウは人間そっくりな白い歯を強く噛み締めながら、憎悪を込めた視線を相手に送る。頭上から注ぐ赤い光を映して、金色のはずの瞳が炎の色を湛えて燃え盛る。奇遇にも、それは本体の瞳の色に近い。

 

 ラビリスの鏡像にとって、陽介は気に入らない相手だった。気に入らないと言えば自分の妹を『僭称』する女もそうだが、眼前の男はより悪い。この大会のほとんど初めから『自分』に関わり、追いかけ、庇い続けてきた。人間と分かり合えるはずのない機械であることを知って、一度は冷めたかと思いきや、どういう心境の変化か懲りずにまた追いかけてきた。自分も『自分』も、男に庇われる価値などないはずなのに。

 

 だから潰す気になった。『私は私』になって最初の記念すべき獲物として、かつての『同胞』たちのように叩き殺して、焼却炉に放り込んでやるつもりだった。しかしそれができない。かえって自分の方が壊され、炉に投げ入れられかねない。

 

「そんなの……させるかああ!」

 

 自由を求めるシャドウは勝負を懸けて、勢いをつけて突進した。走りながら斧を大きく振りかぶる。それだけなら今まで通りのパターンだが、アステリオスはついて来ずにいる。両の拳を固く握っており、全身から発する炎が大きくなった。

 

『先輩、気を付けて! こいつ、牛に何かさせる気よ!』

 

 そこへりせの声が割り込んできた。有里とアイギスと違って、りせにはシャドウの具体的な狙いまでは分からない。ただいつも追従していた牛頭人身の怪物を、後ろに置いたままにさせている点に不審を覚えた。例えば斧の攻撃はフェイントで、陽介がそれに対応している間に背後で力を溜め込んだアステリオスが、回避できない広範囲に炎をまき散らすとか。斧とアステリオスの同時または連続攻撃がラビリスのシャドウの特徴だが、その裏をかくように時間差攻撃を仕掛けようとしているとか。

 

「そうかい!」

 

『実況』が味方についている陽介は、シャドウの狙いを外すべく動いた。一直線に襲ってくる敵の軌道から大きく身をかわし、横から回り込んでアステリオスへと向かう構えを見せた。

 

「待てええぇぇぇ!」

 

 対するシャドウも陽介の好きにはさせない。斧を振りかぶったまま急停止して振り返り、その動きがそのまま溜めになる。腕、肩、腰にシャドウの力が漲り、斧からも炎が噴き出さんばかりだ。当たれば一発で相手を両断できるほどの、渾身の力を込めた横薙ぎを振るわんとしたその瞬間、陽介も急停止した。

 

「ジライヤ!」

 

 そして速度で勝る分、陽介はまたも後の先を取った。斧が振るわれるより前に、忍者のペルソナが召喚された。

 

「惑わせ」

 

 ただし風や拳は放たず、手裏剣を装着した両手をシャドウの目の前で打ち合わせた。相撲で言う猫だましだ。パチンとよく通る、緊迫の格闘戦には何ともそぐわない音がした。

 

「えっ……」

 

 虚を突かれたシャドウは気の抜けた声を漏らした。そしてせっかく溜め込んだ力も抜けてしまった。しかもどういうわけか、視界が点滅し始めた。視覚系の機能に異常をきたしたような感じである。

 

「な、何!? て、てめっ、なな何しやがった!?」

 

 目ばかりか、舌の回りもおかしくなった。とても戦える状態ではない。アステリオスさえ姿を消してしまった。

 

 これは混乱を仕掛ける精神攻撃であり、陽介の隠し玉だ。この種の攻撃は使えば必ずかかるというものではなく、相手により多少の確率の上下はあるものの、効くかどうかは基本的に運次第だ。そして陽介の体感的には、あまり効かないという印象があった。だから昨年の戦いでもそう頻繁に使う機会はなかったが、この一戦では好調を自覚していた陽介は、今回ばかりは決まりそうな気がしたので使ってみた。そうしたら大当たりだったというわけだ。シャドウは混乱して目を回し始めた。

 

 通学中に転んでポリバケツをかぶってしまうなど、普段から運がついているとは言えない陽介だが、今回ばかりはツキが来た。或いはラビリスの鏡像は、引いてはラビリスは、陽介よりも不運であるということかもしれない。ともあれ好機到来である。ここが決め時だ。

 

「行くぜ!」

 

 陽介は跳躍した。ただし方向は上ではなく横だ。空中で体を一度折りたたみ、間合いに入ると上体を反らしつつ膝を突き出した。陽介には珍しい蹴り技、しかも飛び膝蹴りである。

 

「あっ……!」

 

 蹴りがシャドウの胸元に当たると同時に、陽介はジライヤを再び召喚する。ペルソナも本体に倣って蹴りを放ち、シャドウをボールのように上空へと打ち上げた。目を回しているシャドウは抵抗できない。やられるがままだ。

 

「とどめだ!」

 

 陽介は素早く懐に手を入れ、苦無を取り出した。この試合中に既に何本か使用しているが、残っているものを全て取り出し、まとめて上へと投擲する。飛び苦無は一つ一つの威力は低いが、数が多い。そしてジライヤはまだ顕現している。これが最後の締めと気合を入れて、陽介は連続してペルソナを動かした。

 

「行っけえええ!」

 

 得意の風を巻き起こし、投げた苦無の群れを加速させた。二十本近いそれは風に乗り、あるものは直線的に、あるものは右へ左へ曲がりつつ猛然と敵を襲う。吹き荒れる風は音よりも速く走り、光の尾を引く流星と化してシャドウへ殺到した。

 

「ああああ!」

 

 シャドウの悲鳴が響き渡り、焼却炉の炎を激しく揺らした。勝負あった。

 

 

(はあ……疲れがどっと出てきたな)

 

 陽介は目を閉じて歯を食いしばり、倒れそうになる自分の体を支えた。必殺技を会心の出来で決めてみせたが、それは蝋燭が燃え尽きる前の最後の輝きに近いものだったようだ。戦っている最中は余裕さえ見せた陽介だが、終わってみるとよくやれたものだと思う。

 

(バイトで徹夜した後みてえだ。気持ちは妙にハイな部分が残ってるけど、あとちょっとしたら肩や背中が痛くなって、絶対夜まで疲れが残る奴……)

 

 栄養ドリンクをあるだけ飲んで、元から疲れていた体中から無理やり元気をかき集めて一気に仕事を片付けたものの、終わった途端に疲労が倍になって押し寄せてきたような感覚だ。本音を言えば、もう一歩も動きたくない。家に帰って寝たい。

 

 しかしこれはジュネスのアルバイトではなく、ペルソナ使いの戦いだ。シャドウは倒せばそれで終わりではない。重要な仕事がまだ残っている。

 

「ラビリス」

 

「う……」

 

 陽介が後ろを振り返ると、ちょうどラビリスが身じろぎした。シャドウと戦っている間、テレビに落とされた被害者は気を失い、終わると目を覚ますのがいつものパターンだ。助けてくれる他人がいなければ、寝ている間に食べられてしまうところである。

 

「花村君……勝ったの?」

 

「ああ」

 

「ウチ……駄目やな。ペルソナまともに使えんし、シャドウまで出して……兵器やのに、人間に助けられてばっかりや。あいつの言う通り……」

 

 足を横にして座るラビリスは、未だ赤い光を湛える撮影スタジオ兼焼却設備の床を見る。自分は人間だと言い張ることはしなくなったが、自分の存在意義に悩む。戦う為に作られた兵器なのに力は弱く、守るべき人間に逆に守られてしまう。

 

「そんなの、いいんだよ。兵器だなんて……俺は君をそんなふうには思わない」

 

 陽介は隣に膝をついて優しく寄り添う。兵器は人に使われる道具に過ぎないが、ラビリスはそうではない。陽介はそう言いたいのだが──

 

「あんたに何が分かるん!?」

 

 男の気遣いをラビリスは受け入れない。焼却炉の炎に照らされて赤色がより鮮やかになった目に、小さくない怒りを乗せる。理解しようとしてくれる相手に反発するのは、理解してくれない相手に反発するのと同様に、人間の自然な心の動きである。しかし陽介は引かない。そう約束したから。

 

「俺は君にどんな過去があるのか知らないし、理解できるなんて簡単に言うこともできない。でも……」

 

「当たり前や……。人間のあんたは、ウチとちゃうねん」

 

 ラビリスの口調から怒りが抜けた。人間の陽介は機械の自分と違う。シャドウの言葉と同じことが自分の口から思わず出てきて、それが本音であると自覚して沈み込む。人間と人外の間にある壁を、ラビリスは感じていた。それはかつて『妹』が本当に妹であった頃に感じ、絶望し、越えられないなら壊れてしまえばいいと思った、高い高い壁だ。

 

 その壁を陽介は乗り越えようとする。いや、横から回り込もうとすると言うべきか。もしくは地面を掘ってくぐり抜けようとする。

 

「俺さ、去年大切な人を……好きだった人を亡くしたんだ。殺されたんだ」

 

 好き『だった』──

 

「……さっき放送室におった人?」

 

「ああ」

 

「あんたが殺したわけやないやろ……ウチはちゃうよ」

 

「そうか……」

 

 ラビリスは過去に同胞のロボットを、それも大切な相手を、自分の意思に反して破壊させられた。焼却炉に詰め込まれる壊れた人形を見て、陽介はラビリスからシャドウが生まれた原因を直感した。外れることも多い陽介の勘だが、正解だったという裏付けが得られた。嫌な予感ほどよく当たる。

 

「でもさ……大切な人は他にもいるよ。あの人を……小西先輩を殺した犯人を一緒に探した仲間さ」

 

「仲間……?」

 

「そう。ま、結局俺らは犯人を捕まえらんなくて、捕まえたのは先輩の弟だったんだけどな。それもさっき放送室にいた奴ね」

 

 陽介は片目を閉じて、悪戯っぽく笑った。昨年の暮れには足立を倒したのが自分や相棒でないことに、絶望的なまでの悔しさを覚えた。しかし今はこんなふうに言うこともできるようになった。

 

「でも……事件を追いかけたのは無駄じゃなかったよ。いい仲間を見つけられて……あいつらは死なずにいてくれたからな。君にだって、まだ大切な人はいるはずだよ」

 

「おらんよ……そんな人。もう、一人も……」

 

「俺は?」

 

「花村君……?」

 

「俺らはさ、みんな今日の君みたいにテレビの中でシャドウが出たんだ。んで、今日の俺みたいにシャドウと戦った。そうやって俺らは仲間を増やしてきたんだ」

 

 特捜隊は事件が起きるたびに仲間を増やしていった。その点は、今日の事件も同じようにできるはずだった。違う点と言えば、今日は陽介が一人でシャドウを倒したことくらいだ。

 

「それ……ウチにあんたの仲間になれ言うん?」

 

「ああ。失くしたものは取り返せばいい。取り返しのつかないこともあるけど……他にも大切な人やものは、見つかるはずだ」

 

 昨年の事件で特捜隊はシャドウワーカーに敗れた。何とも不完全燃焼な形で終わってしまったが、それでも人生は続いている。陽介は足立を捕まえなおすことはもうできないが、また新たな戦いに挑むことはできる。今日、ラビリスの為に力を尽くしたように。新たな事件に期待を抱いていた自分自身を、陽介は今こそ真に認めてやれる気になった。

 

 新たな戦い、新たな功績、そして新たな仲間を求めること。それは決して悪いことではないのだと、もし自分のシャドウが再び出たらそう言ってやれる気がした。

 

「ほら」

 

 陽介はラビリスに手を差し出した。傷つき倒れた少女が再び立てるよう、手を貸すように。突如立ち現れた戦いに挑み、苦労を重ね、恥ずかしい思いもしながら、最後は勝利を手にした陽介の栄光の、その証明を求めるように。

 

「……」

 

 しかしラビリスは俯いて、陽介の手を取ろうとしない。それは自分が人間でないことから来る壁をまだ感じているのか、力のない自分は仲間になる資格があるのかと不安なのか、他人に頼ることを一種の敗北のように思うからか。はたまた男の手に触れることに対する、乙女としての照れか。

 

「ほら!」

 

 陽介は数秒待った末に、自分からラビリスの手を取った。生前の早紀に言いたいことを最後まで言えなかったように、陽介は照れ屋なところがある。そうなってしまう根本の理由は自分に自信がないからだが、今日全ての戦いを勝ち抜いたことが、ちょっとした自信を与えてくれた。

 

「あっ……」

 

 初めて触れたラビリスの手は硬く、冷たかった。人間のそれではないことを実感させられる。しかし陽介は構わなかった。手をしっかりと握り、離そうとしない。

 

「敵わんなあ……」

 

 人間関係は合意だけが基礎にはならない。時には強引さが有効な場合もある。陽介にしては珍しく発揮した押しの強さが、ここでは良い方向に働いた。手を引かれたラビリスは立ち上がり、笑顔を見せた。陽介の心臓を何度も跳ねさせた笑顔である。機械の体が露わになっても、それは変わらなかった。

 

(やべ。可愛い……)

 

 陽介は内心を口に出さずにいるだけで精一杯だった。思わずラビリスから目を逸らす。逸らした先にはシャドウがいた。棒立ちの姿勢で、斧は力なく脇に下げている。表情は虚ろでアステリオスも姿を消している。戦いに敗れたシャドウの、いつもの有様である。

 

 もしこのまま放置するか再度否定すれば、11月に現れたあいのシャドウのように、本体との繋がりが切れて根無し草のシャドウになるだろう。

 

「ああ、せやったね……」

 

 少年の照れを、ラビリスは自分にはまだやるべきことが残っていると示したのだと受け取った。陽介から手を離し、『自分自身』へと歩み寄る。

 

「人間とは違うけど……みんなに分かってほしかった。そうやね、あんたの言うてた気持ちは、ウチも同じ……」

 

 シャドウの金の瞳が僅かに揺らいだ。何かを求めるように、訴えるように。めった打ちにされて口をきく力もなくなっていたところで、どうにかして意思を伝えようとするように。手が届く距離まで近づいたラビリスは、シャドウが何を求めているのか分かったような気がした。陽介を始め、悠とクマ以外の特捜隊が皆そうしたように。

 

「あんたは……ウチなんやね」

 

 ラビリスはシャドウを抱き締めた。自分の暗部、認めたくない思い、見ない振りをしていた本音を認めること。テレビに入れられることを『入信』とするなら、シャドウをペルソナにするのは『通過儀礼』だ。陽介が見守る中、ラビリスもそれを行った。これで影は光へと転じるはずだ。はずなのだが──

 

「あああ!」

 

 今日はこれまでの例に倣わなかった。

 

 シャドウの金の瞳が突如として力を取り戻した。本体の腕が体に回されて、『二人』が密着した状態のまま吠えた。そして床から牛頭人身の怪物が飛び出してきた。蝋燭が燃え尽きる前の、最後の輝きを放つように。勝利する為の最後のチャンスを掴もうとするように。

 

 そして食った。

 

「な……!?」

 

 ギリシャ神話で語られるミノス王の妻パシパエの息子アステリオス、よく知られた名ではミノタウロスと呼ばれる怪物の名を持つ謎のビジョンは、『二人』のラビリスをまとめてひと飲みにした。昨年の11月、菜々子のシャドウをクマが飲み込んだように、ラビリスのシャドウはラビリスを飲み込んだ。そしてアステリオスは赤黒い煙を発して見えなくなった。陽介は何が起こったのか分からなかった。突然のことに、何の反応もできなかった。

 

『え……? え!? な、何、どういうこと!?』

 

『花村さん……?』

 

『ラ、ラビチャーン! 食べられちゃったクマ!?』

 

 情報系ペルソナの力で見ていた、りせと尚紀にも分からなかった。何が起きたのか、かろうじて言葉にできたのはクマだけだった。

 

 倒したシャドウからの反撃。これまで一度もなかった事態である。だがどうしてあり得ないと言えるだろうか。シャドウは一度倒されると大人しくなって、本体のペルソナになることに『必ず』同意すると、どうして断言できるだろうか。本体に受け入れられたペルソナがシャドウに戻ることさえあるのだと、陽介はつい先ほど放送室で示唆されたばかりである。実際には戻らなかったが、あり得ることだと強烈に感じたはずだ。ならば受け入れられる前のシャドウが逆襲に転じることはないと、誰が言えるだろうか。

 

 シャドウを調伏するには戦って勝つだけでも、本体が受け入れるだけでも足りないのだと。これまで陽介も悠も気付いていなかった何かが、実は必要だったとしても、何の不思議があるだろうか。

 

 そして煙の中から声がした。

 

「花村君、おおきにな……」

 

「ラビリス! 無事なのか!?」

 

「うん、無事よ……。あんたのおかげで! ウチは! ホンマにウチになれたわあ!」

 

 本体に否定されたシャドウが『自我』を宣言するように、ラビリスは『誕生』を宣言した。高らかな産声が発せられるや、シャドウが消滅する時にいつも発する煙は風に煽られたように吹き飛ばされた。同時に屋上から赤い光が消え、元の撮影スタジオの黄色が戻った。

 

 だが陽介は舞台の色の変化に気付かない。煙の中から生まれた存在に目が釘付けになる。余りにも魅力的過ぎる美少女を見つけて、照れることさえ許さない吸引力を感じて、視線をどうしても離せなくなるように。

 

「ラビリス……?」

 

「そや、ウチがラビリスや。ホンマのね!」

 

 現れたのは鋼鉄の装甲で体を覆った乙女だ。牛を従えてはおらず、ブースター付きの斧を持ち、にやりと笑う。その口調は以前と同じ関西風のものだ。八十神高校の生徒会長を名乗っていた時と同じである。だがその瞳の色は──

 

『何、この反応……? シャドウと言うより、まるで……クマ?』

 

 青かった。妹と同じ色だ。そしてクマとも同じ色だ。




 運命の糸は血の赤色! 狂える愛の生徒会長! シャドウラビリス・スペック2!
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