テレビの中は心の世界であり、人が入れられて生まれるダンジョンはその人の心を映す鏡である。クマ風に言うと『その人の現実』だ。ただし願望や欲望をより強く反映することもある。
そして今日の事件では八十神高校のダンジョンはラビリスの願望で、現実は壊れた人形を廃棄する焼却炉だ。しかしその『現実』はラビリスが『誕生』すると共に、跡形もなく消えてしまった。焼却炉が壊れたのではない。本当はそこに存在しない幻がまさしく消えるように、倒された有象無象のシャドウが煙になるように消えた。それが何を意味するかと言うと──
「ふふふ……あははは! ホンマ、あんたには感謝してもしきれんなあ! ウチを自由にしてくれたんや!」
何から自由になったかと言えば、過去からだ。巨大な斧をバトンのように手の中で軽々と振り回し、スキップでも踏みそうなテンションの高さである。学校で騒ぎを起こすなと声を張り上げていた生徒会長とは反対に、むしろ騒ぎを煽って自分も楽しむ言動だ。関西弁であること以外は、主催者や実況と変わらない。完全に吹っ切れている。
「おかげでこんな力まで手に入れてもうたわ、ねえ? ペルソナ!」
「何!?」
陽介は驚いた。金の瞳のラビリスは、従えていた牛頭人身のビジョンを『ペルソナ』とは呼ばなかった。シャドウなのだから当然だ。しかしこのラビリスは違う。
──
ガラスが割れる甲高い音がスタジオに響いた。そしてラビリスの頭上に女のビジョンが立ち現れた。薄い青色にも見える銀の長い髪をたなびかせ、青い鎧の上から白い服をまとった女だ。美しい姿だが、どこか人工的な精巧さがある。古代の人間が理想として掲げた、ある種の非現実性を湛えたギリシャ彫刻を思わせる。そしてペルソナの瞳は赤い。本体は失った瞳の色である。
「お礼したれや、アリアドネ!」
青い瞳のラビリスは『自分自身』に命令した。『礼』とはもちろん感謝の気持ちを表明することではない。いや、もしかしたら本当に感謝なのかもしれないが、普通の人間同士の間で行われるやり方ではなかった。ラビリスのペルソナは陽介に向けて糸を飛ばしてきた。色は鮮やかな赤で美しくさえ見えるものだが、柔らかくはないものだ。速く、鋭い。
「くっ!」
陽介は上体を傾けて、生まれ変わったラビリスの攻撃をかわした。P-1グランプリの本戦はもう終わっているが、その途端に非公式のエキシビションマッチが始まってしまった。
「さあ、ウチも行くでぇ!」
ラビリス自身も駆けてきた。斧を振りかぶり、上段から叩きつけてくる。相変わらずの力感だ。更にブースターを起動し加速する。陽介はそれを半歩下がってかわすが、次の瞬間にまた驚かされた。
「うっ……!」
振り下ろされた直後に再びブースターが起動し、猛烈な勢いで上へと引き戻された。斧を振るよりも引く方が明らかに速い。速い中で更に緩急をつけた技に意表を突かれ、斧の刃が陽介の顔を掠めた。
陽介の頬から血が出た。シャドウとの戦いでは全ての攻撃をかわしきったのに、『本物』相手にはいきなり出血させられた。
(くっ……さっきと全然違う!)
金と青のラビリスは使う武器こそ同じだが、技術のレベルが違っている。今のラビリスは、ロマンはあるが使いにくいはずの加速装置を巧みに操り、斧を振ることと引くことの両方をより速く、しかも正確に、時にフェイントまで織り交ぜて攻めてくる。陽介は反撃の隙をなかなか掴めず防戦一方だ。既に顔以外にも傷を負っている。
「アリアドネ!」
斧の間合いから離れるとすぐさま飛来してくる、突き刺すような赤い糸も厄介だ。ペルソナはそれが自分の手足の一部であるように、いや、実際に一部なのであろう細く長いそれを、正確に飛ばしてくる。
(くう……! 足がもう……!)
陽介は顔を顰め、自分の足の動きが鈍ったことを自覚した。今日はもう六戦目だ。連戦に次ぐ連戦で限界以上に消耗し、遂に足に来た。陽介の戦闘スタイルでは、機動力が失われれば勝ち目はなくなる。ラビリスはそれを分かっているように、陽介を休ませまいと息継ぎする間も与えない勢いで攻めてくる。
『ああ、ヤバい、ヤバいわ! 小西君、有里さん! 早く来て!』
『ヨースケー! 逃げてクマー!』
りせとクマの悲鳴が響く中、陽介は徐々に追い詰められていく。
ペルソナ能力を伸ばす為にはシャドウと戦うのが有効だ。昨年の特別捜査隊はテレビの中のダンジョンで、シャドウワーカー稲羽支部は霧の日の町中で、そしてシャドウワーカー本部の前身、特別課外活動部はタルタロスでシャドウと戦い、経験を積むことで力をつけてきた。目覚めた当初は大きな力を持たなかった者たちは、そうして強くなった。
ただしそれだけが強くなる方法ではない。シャドウとペルソナは同じものである以上、ペルソナ使いと戦うことでも強くなれる。むしろそちらの方が効率的だ。鍛えられたペルソナの方が有象無象のシャドウよりずっと強いのだから、より深い業を得られるはずだ。摸擬戦ではない、本物の実戦ならば特に。
生まれたばかりの『初心者』だったラビリスの影は、陽介との戦いを糧にした。今のラビリスは技や戦法が元と違うだけでなく、そもそもの実力が以前と違っている。陽介との戦いはラビリスにとって最高の経験になったのだ。相性が悪く実力が上で、ただし圧倒的に上とまではいかない、非常に適切なレベルのトレーニングパートナーだった。一戦してラビリスが積んだ功徳の高さは、陽介自身を超えてしまった。
斜め下から振り上げられた斧をかわした陽介の肩に、何かがぶつかった。中空に浮かんでいる赤い宝珠、と言うより糸玉だ。当たった瞬間、糸が牙を剥いた。
「なっ……!」
陽介は一瞬にして縛り上げられた。気付いた時には両腕を胴体に固定する形で、糸で何重にも巻き上げられていた。ラビリスの糸は、刺したり切ったりする為だけのものではなかった。むしろ糸や紐は敵を拘束する為に使うものである。本来の用途が赤い罠として、いつの間にかスタジオにいくつも仕掛けられていたのだ。陽介は蜘蛛の糸に捕らえられた。
「捕まえたでえ……もう逃がさへんよ!」
ラビリスの目が光る。それはシャドウのように悪意が金色に光るのではなく、興味深いものを見つけて好奇心が光るのでもない。昔からずっと欲しくて堪らなかったものをとうとう手に入れ、舌なめずりして唇が光るようなものだ。
「おらあああ!」
ラビリスは斧を横薙ぎに振り回した。爪先が回転し、腰が入り、肩を通って両腕に至るまで全身の力を残らず伝える、見事な斬撃だ。今日はシャドウも含めて何度も放ってきた得意技を、陽介は全て回避してきた。だが今度ばかりはよけられない。短剣で防ぐこともできない。
「くっ……ジライヤ!」
ペルソナを自分のすぐ傍に召喚し、両手の甲を相手に向ける形で重ね合わせた。装着した十字手裏剣で致死の一撃を防ぐ。
──
「あぐっ……」
重く硬いものが衝突する音がした。斬撃をペルソナで防いで、陽介は斬られはしなかった。しかし斧は斬るだけでなく、重量を活かした打撃にも使える。衝撃がペルソナもろとも陽介の全身を襲い、骨が何本か折れたような痛みが走った。陽介はスタジオの床に横向きに倒れて転がった。雁字搦めの糸は弾みで解けたが、もう動けない。
「はは……ははは! やった! とうとう勝ったで! あんたはウチのもんや!」
ラビリスは嬉しくてならないように満面の笑みを浮かべ、倒れた陽介にのしかかる。もう殺すのもそれ以外のことをするのも、思いのままだ。クマ風に言えば、あんなこともこんなこともできる。敗者には口をきく権利はなく、勝者には略奪の権利がある。
「くそっ! この壁!」
その頃、悠は陽介と戦った教室からまだ動けずにいた。見えない壁に阻まれて、どうしても助けに行けない。窓や扉はもちろん、天井の穴から出ることもできない。カエルの置物も効果を発揮しない。剣で斬りつけても、マガツイザナギを突撃させても見えない壁は破れない。
「メサイア!」
救世主のペルソナに万能魔法を撃たせても駄目だ。壁が少しは揺れたような気もするが、破ることはできない。それでも諦めずに、頭が文字通り割れて脳が沸騰しそうな痛みを感じても構わずに、連続して秘術を放ってもどうにもならない。雷も炎も役に立たない。
「あああ!」
もちろん素手で殴っても同じだ。血反吐を吐きそうになって、血の涙も出そうになっているのに、それでも壊せない。悠はまだエリザベスと同じことはできない。
(俺は……また駄目なのか!? 先生は死んだ! マリーも死んだ! 俺は陽介まで失うのか!?)
虚ろの森でどん底まで落ちたはずが、あれはまだ底ではなかった。恩師を失い、愛する人を失ってなお、失うものはまだあった。見えない壁に守られて、自分の命は失わないでいるというのに。
(俺のせいか!? 絆を捨てて弱くなったせいか!?)
魔術師のコミュニティを始めとする数々の絆を、3月に破壊したのがいけなかったのか。それで力が衰えたせいなのか。嘘でも打算でもいいから針の痛みに耐えて絆を維持し、力を今日まで保っていれば良かったと、悠は初めて思った。そうすれば陽介に勝ち、ラビリスにも勝って自分が事件を解決できたかもしれないのに。
しかし後悔は先に立たない。いくら悔やんでも現実は一つしかない。敗れた悠が生き残り、勝った陽介が殺されようとしている現実があるばかりだ。
「どうして……どうして死ぬのは、いつも俺じゃないんだ!」
無念を声に出すと、喉が動いた。自分が生きていることを喜ばず、死なないことを嘆く不心得者を叱るように、体が抗議してきた。今日の悠が陽介に敗れた最も直接的な原因、奇妙な体調不良がまたも表に出てきた。人は自分の意思で心臓を止めることはできないように、生理現象を抑え込むことはできない。
「ゴホッ、ゴホッ!」
咳だ。陽介との勝負の最中に出たものよりずっと激しく、長く続いた。悠は手で口を覆って体を屈め、腹と背中が波打つ大きな咳をした。喉が裂けるような痛みを感じ、閉じた目に涙が滲む。これがもし試合中であったら、三回は負けているところである。ハンデが大きすぎて、誰が相手でも勝てない。P-1グランプリの最下位は確定だ。
(全く、何なんだ!)
どうしてこんな時にと、意図しない挙動を頻繁にする自分の体に強い苛立ちを覚えながら、ようやく咳が収まると悠は手を口元から離した。そして信じられないものを見た。
「!?」
自分の口から白い『何か』が出ているのに気付いた。吐いたのではない。白いものはほとんど気体で、靄のように、或いは雲のように手と口の間をゆらゆらと漂っている。思わず手を握ったが、もちろん掴めない。しかし掴めないからと言って、幻ではない。確かにそこにある。
瞬間、悠の脳裏に閃きが走った。何が起きたのか、自分はもう分かっている気がした。自分の体と命に関わる全ての真実を、居ながらにして見抜けるような気がした。真実は文字通りの意味で自分の手の中にある気がした。
鍵になるのは忌むべき日に聞いた言葉だ。思い出したくないのに夢では見る、目を逸らせない呪われた日の記憶。
『倒されたからって、霧は消えるわけじゃない……外の霧は私の中に流れ込んだの!』
マリーが死なねばならなかった理由だ。本人から言われるまで思いもしなかった、人間は誰も知り得なかった本当の真実だ。そしてテレビの中の霧が消えた事実。3月のあの日、クマとの『契約』を果たすと共になくなった。だが実は──
(そうか……。テレビの中の霧は消えたわけじゃなくて……)
自分の手を見つめながら、悠は悟った。真実はもはや明白である。即ち、自分の使命はまだ終わっていなかった。
(失敗したか! ラビリスにアイギスを当てた方がまだ良かったか!)
尚紀と一緒に校舎を走る有里は焦っていた。準決勝で陽介がアイギスに勝つよう仕向けたのは有里だ。つまり陽介に生命の危機が迫っている今の事態に対して、責任を負っているのは有里だ。悠より重いと言っていい。
「まずい……マジでまずいです!」
もちろん尚紀も焦っている。昨年は陽介に『あんたが嫌いです』と面と向かって言い放ったものだが、今はもちろんそんな場合ではない。しかし焦っても進みが速くなるわけではない。
二人は見えない壁をいくつも破壊しながら、ようやく三階まで来た。しかし壁はまだある。一秒を争うこの状況下では、屋上までの距離と残る壁の数は絶望的だ。昨年の特捜隊とシャドウワーカー稲羽支部は幸運にも、いや、奇跡的と言っていいほどの望外の僥倖に恵まれ、一人の犠牲者も出さずにやってこれた。しかしとうとう死人が出そうな状況だ。後悔が姿を現して責任者を責め始めた時、予期せぬところから助け舟が来た。
『有里君! 聞こえますか!?』
「山岸!?」
意想外の声、もとい通信に驚かされた。かつての特別課外活動部の情報担当のペルソナ使い、山岸風花の声が頭に響いた。現在はシャドウワーカー本部に所属しているものの、身分は非常任扱いだ。今日の事件において招集はしていたが、到着が遅れていた。
『はい、今ジュネスの家電売り場にいます! 稲羽支部の方々も一緒です!』
戦闘型のペルソナ使いに戦力の優劣があるように、情報系でも人によってできることに差はある。りせや尚紀より年季が長く、しかもより過酷な特別課外活動部の戦いを経てきた風花の能力は、高校生の二人を凌ぐ領域にある。テレビの外から中へと通信することも可能だ。自分だけでなく、他人の声を外から中継することも可能だ。
『有里さん! 話は聞きました! 花村がピンチなんすね!』
稲羽支部の一員である長瀬だ。いつになく切迫している。
『俺らに行かせてください!』
一条の声も届けられてきた。家電売り場の例のテレビの前にいるのなら、ラビリスが陽介を征服、もとい殺そうとしている現場のスタジオに直行できるはずだ。しかし──
「駄目だ! 君たちではラビリスに勝てない!」
剛毅のアルカナを持つ二人は、昨年11月の戦いで弱体化したことは有里も聞いている。ここで一条と長瀬を投入しても戦況は好転しない。かえって余計な犠牲を増やすだけだ。そう判断するのが当然だが──
『いえ、お二人は上手くやれば非常に強力なペルソナを使えます』
「何?」
『私が支援します! 時間を稼ぐだけなら何とか!』
風花の提案に有里は一瞬悩んだ。被害を拡大させかねない賭けに出るべきか、否か。不安は禁じ得ない。しかし情報系ペルソナの評価は信頼に値するものだ。たった今、大失敗をしたばかりの自分よりも余程──
「分かった、花村君を助けに行ってくれ! 一分でも三十秒でもいい! 僕が着くまで、時間を稼いでくれ!」
『はい!』
『よっしゃあ!』
敗色濃厚な勝負において、有里は賭け金を上乗せした。負ければ確実に責任問題だ。
「さてさて、どうしてくれようかねえ……」
倒れた陽介に馬乗りになって、ラビリスは何とも楽しそうに笑う。斧は床に放り出されている。青い目を酷暑の晴天のように輝かせ、口の端を弦月のように持ち上げる。機械が猛烈に駆動して熱を発しているのか何なのか、金属の手足は人間のように温かいどころか熱いとさえ言ってよい状態だ。顔の皮膚は人工のものの『はず』なのに、頬を赤く染めてさえいる。その色は嗜虐的と言うか蠱惑的と言うか、眼下の男を単に殺すつもりだけであるとは思えないものだった。
ただやられようとしている当の男は、覆いかぶさってくる『女』を見てはいない。幸か不幸か、気を失っている。自分の命か貞操が奪われる瞬間を見ないまま、事が終わってしまいかねない状態だ。
「ちょいとあんた、寝とる場合やないやろ。これって人生最大のビッグイベントなんやろ? なあ?」
ラビリスは陽介の頬を手で叩いた。石でも叩き割れる硬い手だが、力は込められていなかった。居眠りする子供を起こすような、不思議な優しささえ感じさせる叩き方だった。もちろんそれでは大抵の子供は起きないので、子供ではない陽介はなおさら起きない。
「おーい! お留守かいな!」
ラビリスは諦めずに、陽介の顔や頭をポンポンと軽く叩き続ける。そうやって時間を無駄にしたことが、一つの分かれ目だった。
「待ちやがれええ!」
スタジオに置かれた三段積みのテレビから、二人の乱入者が現れた。まず一条が流星錘を飛ばす。ラビリスは陽介を叩いていた右手を上げて不意打ちを防ぐが、その腕に紐が絡まった。
「何やね、野暮天か!」
「邪魔して悪いな! コトシロヌシ!」
長瀬が一声で剛毅のペルソナを召喚し、突撃をかける。着流しを来た逞しい青年のビジョンは、鉄の籠を振りかざして叩きつけようとするが──
「ホンマ悪いわ!」
ラビリスは陽介から立ち上がり、流星錘が絡まった右腕を大きく動かした。紐の一方には一条がいるのだが、何の重さも感じていないように腕を振り回して長瀬のペルソナを迎え撃った。結果は言うまでもない。
「くっ……」
ペルソナが受けた衝撃が本体にも何割か還元されたか、長瀬は顔を顰めた。次いで一条が再び動き、剛毅のペルソナを召喚する。
「エビス!」
テレビの中では召喚器は必要なくなるので、一条も用いない。名前を呼んだだけで顕現した、着流しを着た優雅な青年のビジョンは鞭をかざして氷の弾丸を放つ。しかしそれは小さい。
「ぬるいわ!」
ラビリスは意に介さず、片手で氷を弾く。腕に絡まった流星錘はもう解けている。床に放り出していた斧を余裕ぶった、ゆっくりした動作で拾う。
「ふふ……大会の参加枠にも入れんかった、おまけのあんたらに何ができるん?」
ラビリスは笑う。青い瞳は熱を持った狂的な光を放ち、上から押し潰すようなプレッシャーをかける。銃や爆弾のような兵器はただの物でありながら、人を殺す為に作られたという用途が明白である為に、見る者に殺気をも感じさせる。まして『生きた兵器』も同然のラビリスが放つ殺気とくれば、ペルソナ使いとしてそれなりの実戦経験がある二人をたじろがせるのに十分だ。普通にやれば、二人がかりでも勝ち目はない。
そこへ風花のサポートが届いた。
『一条君、長瀬君! 貴方たちのペルソナは二人で一つ……言った通りに力を合わせて!』
ここで言う『力を合わせる』とは、単に連携を取るという意味ではない。同じ日に同じアルカナのペルソナに目覚め、しかもペルソナ同士が神仏習合の繋がりを持つ親友同士の二人は、ある特殊な召喚をすることができる。優れた情報系能力を持つ風花は、その方法を見出していた。
「へへ……やるか!」
「奥の手を見せてやるぜ!」
二人は懐に手を入れ、召喚器を抜いた。最も手軽な兵器である拳銃の形をしたそれを、長瀬は右手に、一条は左手に持つ。そして銃口を互いに向けた。
「あ? 何しとるんや?」
ペルソナ使いが召喚器を向ける先は自分の頭であって、他人に向けても意味はない。普通のペルソナ使い同士でやっても、という但し書きがつくが。
調和した二つは完全なる一つに優るという言葉がある。二つに別れたペルソナが真の意味で力を合わせる時、元の一つより大きな力を発揮する。それは稲羽支部の上司である堂島を超え、本部の美鶴や真田をも超え、足立にさえ迫る。10月の霧の日に現れた剛毅のアルカナを持つ金の瞳の二人組は、こうして召喚したペルソナによって当時の足立を追い詰めたのだ。
長瀬は右手側に立つ一条を撃ち、一条は左手側に立つ長瀬を撃つ。引き金を引くタイミングは極めて正確に同時である。
「ダイコクテン!」
ガラスが割れる音が二重に、いや、音が完全に重なって一つにしか聞こえない破砕音が響いた。そしてやはり重なった二人の呼び声に応えて、二人の間にペルソナが現れた。満面の笑みを浮かべた仮面をつけた、丸々とした体格の壮年の男の姿で、空中で胡坐をかいている。右手に小さな木槌を、左手に大きな布袋を持って肩に担いでいる。幸福をもたらす神々の一柱で、特に五穀豊穣のご利益があるとされる、広く知られた存在の名を持つペルソナだ。日本の創造神の一人と習合しており、起源であるインドでは破壊神の化身とされている。
柔和な福の神は木槌を振りかざした。民間伝承ではそこから金銀財宝が生み出されると言われるが、これは違う。起源の方の破壊の力が生み出された。それは港区と稲羽市の全てのペルソナ使いの中でも指折りであり、最強の一角を占める力だ。黄金の光の渦である。
「のわあああ!」
足元に突如として現れた
「な、舐めた真似してくれはるなあ……!」
光が収まった後、ラビリスは腰を屈め、斧を床につけて体を支えた。一発でやられはしなかったものの、小さくないダメージを受けた。服も所々が裂けている。妹と違って血は出ていないが。同じ技をもう一発受ければやられる。当初は二人を舐めていたラビリスだが、これは容易ならない相手だと気を引き締め、狂い笑いを引っ込めた。
「ぐ……はっ!」
「や、やっべ……!」
だが当の二人は、とどめのもう一発を放てそうな状態ではなかった。陸上競技のスプリンターが僅か十秒で全身のエネルギーを使い果たすように、一瞬だけの技一つで二人は疲労困憊になった。床に膝をつき、急上昇した心拍数に痛みを感じて胸に手を当てる。
「はは……何や、脅かしよって! 訓練が足りとらんね?」
ラビリスは斧を構え直した。今度は遊ばない。念願の自由を得て陽介を倒し、勝者の特権を行使しようとしたところを邪魔してくれた野暮天に、本気の制裁をくれてやるべく斧を振りかぶった。
──
その瞬間、銃声が響いた。それも四発連続だ。それとほぼ同時に、ラビリスは斧と自分の頭に衝撃を受けて上半身が少しぐらついた。ただし転びはしない。斧と頭に穴が空いてもいない。
「さすがに鉄でできた奴だな。銃は効かないか」
撮影スタジオから八十神高校の校舎に繋がる階段に、有里が現れた。右手に銃を持っている。召喚器ではない本物の銃、それも世界最強と謳われる大型拳銃である。銃口からは煙が出ている。
斧に二発、頭に二発撃って当たった。しかしラビリスはかつてのアイギスがそうであったように、銃や弓などの攻撃に強い。だから効果はあまりなかったものの、容赦もなかった。相手が人間であれば確実に命を奪うヘッドショットを、有里は迷わず放ってみせた。
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