23時以降の深夜の時間帯は、テレビは意外と視聴率を稼げる。テレビ放送の草創期はともかく、生活の多様化という言葉が浸透した現代では、夜更かしをする人間は数多くいる。だから日付が変わる頃のテレビは、全体としてはよく見られている。ただしやはり就寝時間が近いので、笑いを取るバラエティなどより、大人向けのニュースや落ち着いた音楽番組などが流される傾向がある。だから子供向けの番組、例えば特撮物などが深夜に放送されることはまずない。想定される視聴者層は就寝済みか、就寝しているべきと考えられるから。
そうした放送の常識を無視した番組が、この日は流れていた。
『行くぜ相棒!』
『おう!』
仕事を終えて帰宅した足立は、深夜の特撮ヒーロー番組を見ていた。ただしテレビに電源は入れてない。ただの箱に過ぎない物体から映像や音声が流れてくるはずがないのだが、足立の目と耳には確かに届いている。窓の向こうでさざめく雨が、電気と電波の代わりを果たしているのかもしれない。
その原理はさっぱり分からないながらも、とにかく足立はマヨナカテレビを見ている。映っているのは、眼鏡をかけた男子高校生の二人組と喋る着ぐるみだ。
『よし、いけるな』
刀、恐らくは刃が引かれた模造刀を持った少年、堂島の甥である鳴上悠は眼鏡に指を当てて位置を直した。その所作には余裕が伺えた。
『何つーか……すげえな。こんなに動けるなんて』
両手に短剣、恐らくはこれも刃が引かれているものを一本ずつ持った少年は、自分の力を確かめるように右手の短剣を軽く振った。中空を上下左右に斬るその速さは、テレビ画面越しでも目にも止まらぬほどだ。
『センセイ、凄いクマ! あんなにいたシャドウがコテンパンクマ!』
特徴的な口調で喋る青色の着ぐるみは、ぴょこぴょこと音を立てて走りながら二人に駆け寄った。足立が見ている『番組』は、マーブル模様の球体に長い舌を生やした怪物の群れを、高校生の二人組が斬り伏せ、薙ぎ払い、殲滅するシーンから開始していた。ちなみにその際、着ぐるみは弱点がどうとか二人の後ろから色々言っていた。
『鳴上だけかよ』
『ん? ヨースケも凄いクマね……まあまあ』
(ヨースケ……ってことは、こいつやっぱりジュネスの店長の息子だな。名前は確か、花村陽介)
警察の伝手を使えば、町の住民一人の素性を調べるくらいはわけもない。今月15日の真夜中に始まった、これと似た番組を見た時から予期していたが、案の定だった。
『クマ、里中はどの辺りにいる?』
『フーム……この近くにはいないクマ』
しかし高校生たちがクマと呼ぶこの着ぐるみが何者なのかは、足立にも分からない。声は小学生男児のようだが、それだけでは正体を判断する材料にはならない。シャドウと呼んでいた怪物について妙に詳しいところなどを見ても、まずもって普通の人間が中に入っているだけとは思えない。
『でもチエチャンはセンセイたちと違ってペルソナを使えないから、シャドウたちは見向きもしてないクマ』
『そっか、けどのんびりしてらんねえな。ったく、あいつ一人で先走りやがって……』
『ああ、急いで捜そう』
そう言って悠は刀を手に走り出し、陽介とクマはその背を追いかけた。すると映像は、三人の斜め後ろ上方から撮っているように変わった。それで三人のいる場所が映し出された。
足元は赤い絨毯で覆われ、左右の壁面にはやはり赤のタペストリーがかけられている、幅は人間が五、六人は並べそうな廊下だった。そんな西洋のどこかにある城のような装いの廊下が、曲がりくねって迷路を構成しているようだった。着ぐるみの案内のもと、右に左に駆ける少年たちの背を、カメラは執拗に追い続けている。
(目が疲れるな……)
もし番組の制作スタッフがいるのなら、視聴者にどう見えるかを配慮してほしいものである。迷路の映像をずっと見続けていると、目眩を誘われる。段々と疲れてきた足立は、ベッドに腰を下ろしながらテレビの脇に置いてある時計に目をやった。
(これってテレビの中が映ってるんだろうけど、今現在の様子なのか?)
今晩のマヨナカテレビの放映が始まったのは、27日の24時だ。それから既に数分が経過しており、時計の長針はその位置を頂上から変えている。日付の上ではもう28日になっている。だが夜明けはまだまだ遠い。こんな時間に、彼らはテレビで冒険活劇を繰り広げているのだろうか。
(いくら夜更かししたがる年頃だからって、ちょっと考えにくいよな。前に見たのも真夜中だったけれど……)
そんなことを思っているうちに、番組は次のシーンへと展開していた。男子高校生二人と着ぐるみ一匹は、赤い廊下を駆け抜け、階段を上り、やがて巨大な扉の前まで辿り着いた。唐草模様で装飾されたそれは、カメラの位置の関係で全体は映されていないが、高さがゆうに十メートルはありそうだった。
『あっ、みっけ! チエチャンはこの部屋の中に隠れてるクマ!』
『よし、行くぞ』
言うが早いか、悠は扉に手をかけて押し開けた。重厚そうな見た目に反して、いやにあっさりと開いた。それは少年の腕から湧き出る力がそれほど強いのか、それともこの城らしき建造物は見かけ倒しで、扉のみならず壁や床も非常に薄っぺらいものでできているのか。画面越しに見ているだけの足立には判別がつかなかった。ただ人が『隠れている』部屋によく遠慮なく入れるものだと、悠の行動力に感心と呆れを半々ほどに感じた。
そして次のシーンで感心はどこかへ行き、呆れだけが残った。
『私なんて、私なんて、千枝に比べたら……千枝は私を守ってくれる……何の価値もない私を……。私、そんな資格なんてないのに……千枝は私を守ってくれる……。優しい千枝……』
悠が扉を開くと同時に、テレビの映像はブラックアウトした。そして天城雪子らしき声のナレーションだけが聞こえてきた。直接話したことのない足立でも、声で誰かは分かる。
『雪子……』
ナレーションが終わると映像が再開された。やはり全面を赤で装飾された、ここが城ならダンスホールを思わせる大部屋で、一人の少女が天井を見上げているところから。
(この女の子……こないだしょっ引かれた坊やたちを、署まで迎えに来た子か?)
『優しい千枝……だってさ。笑える』
そして少女の鏡像が画面に映し出された。どちらも高校の制服の上に、緑のジャージを着ている。そこへ悠たち三人が入ってきた。
『い、いや、来ないで、見ないで!』
少女たちは顔、スタイル、服装の全てが、まさに鏡に映したように同じだった。しかし目の色だけが違っていた。部屋の奥にいるのは鮮やかに光る金色で、手前にいるのは怒りや困惑を大量に混ぜ込んだ茶色だ。そして少年たちが無遠慮に部屋に入ってきたことで、羞恥の色もそこに混じった。まるで着替えを覗かれたように。
『ふふ……そうだよねえ。一人じゃ何にもできないのは、本当はあたし。人としても、女としても、本当は勝ててない。どうしようもない、あたし……でもあたしは、あの雪子に頼られてるの』
『あれは……里中のシャドウか!?』
(この漫才は……こないだのジュネスのチンピラと同じパターンか)
テレビの中には口や手の怪物がうろついていて、そうした有象無象を『シャドウ』とクマは呼んでいた。しかしペルソナと呼ばれる超能力を持たない人間がテレビの中に入ると、その人間の顔をしたものが現れて、それも『シャドウ』と呼ばれる。足立はマヨナカテレビから流れてくるセリフしか聞いていないが、テレビの世界の法則を概ね正確に把握できていた。
『ふふ、だから雪子は友達……』
(しかしこの子、何でテレビに? 天城屋の娘さんの友達っぽいが、坊やが連れてったのか? 何で?)
テレビに映る登場人物たちの人間関係も、足立は大体分かった。しかしまだ分からないことがあった。するとその疑問に答えるように、画面に悠と陽介の顔がアップで映し出された。二人とも少女の鏡像の言動に驚いているが、悠の方が酷い。
(おーおー、引きつっちゃって、まあ……)
悠は眼鏡の下の両目を大きく開いて、口元は引きつっている。頬には冷たそうな汗が大量に浮かび、刀を持つ手は震えている。見てはいけないものを、見なくてもいいものを見てしまった動揺が、頭から足まで全身を覆っている。外から見ている足立には、それがよく分かる。
『あんたなんか、あたしじゃない!』
『うふふ、ふふふ……きゃーっはっはっは!』
茶色の瞳の少女が叫ぶと、金の瞳の少女は高笑いで答えた。そして特撮番組の付き物、怪獣の登場シーンが始まった。金の少女の周囲に黒と赤の煙が立ち込めたと思ったら、煙は金の少女に凝集し、弾け、閃光となって茶色の少女の腰を砕けさせた。
『我は影……真なる我』
格好をつけた名乗りを添えて立ち現われたのは、肩車の形で積み重ねられた三人の女子生徒らしきものの上に、悠然と腰掛ける人型の怪物だった。床まで届く黒く長い髪が、取り分け目を惹いた。髪は女らしさを象徴するものだが、肝心の顔は細長い黄色の仮面で隠されている。そして椅子になっている人影を繋ぐ鎖と、革製と思しき鞭を手に持っている。一言で言えば、『女王様』を連想させる装いだ。
コンプレックスが顕現したような怪物は、鞭を床に一つ叩きつけた。着替えを覗いた不埒な男どもに、制裁を与えんとするように。
そこで映像は悠を再び映した。すると先ほどの動揺は嘘のようになくなっていた。眼鏡の下で大きく広げられていた目は普段の形に戻り、汗は見る間に引いていき、乾いた唇に舌を小さく這わせて湿り気を戻らせた。
熱を伴った騒々しさは少年から去り、代わってある種の冷静さが表に出てきている。潔癖な子供や格好にこだわる少年には認めがたい、だが抗いがたいある悪徳の後に、水に波紋が広がるように全身を覆う虚脱感。それとよく似た賢明さに、悠は身を任せた──
外から見ている足立は、そんな印象を持った。そして中にいる悠は、変貌した少女の恐ろしげな姿にも怯まず、腰を落として刀を右脇に抱えた。剣道で言うところの脇構えだ。
『しっかりしろ! 行くぞ!』
悠は未だ動揺の続いている陽介とクマを叱咤し、人型の怪物へと立ち向かっていった。果敢にも。
(やれやれ……冷めちゃったのね)
この急激な悠の変化は何であろうか。襲ってきた危機的状況に応じる為の、気持ちの瞬間的な切り替え。本番を前にしてモチベーションが上がりつつも、外面はかえって冷静に立ち振る舞う、実力派のアスリートのような精神の強靭さ。綺麗な言葉を使えば、このように表現できるだろう。だがたった一つの言葉で表すならば、こうなる。『幻滅』だ。
『イザナギ!』
悠は黒衣の怪人を呼び出して、長柄の得物を怪物に叩きつけた。足立の推測を裏付けるように、容赦なく。
(まあ、気持ちは分かるけど? あんなの見せられた日には、百年の恋でも冷めるよね)
足立は悠との付き合いはまだ浅い。昨晩に堂島宅を訪れて一緒に食事をした以外は、署で一度、道端で一度顔を合わせただけだ。だが悠の心理は手に取るように分かった。予期しないものを見てしまった、正しくは当然予期すべきであるのに目を背けて、やはり発生してしまった困難を目の当たりにして、その時になって後悔する。
こういうタイプは現実の犯罪者にも数多い。特に未成年の少年犯罪、それも初犯でよくあるケースだ。例えば薬物の乱用は危険と知りつつ誘惑に負けて、或いは場に流されて、つい手を出してしまう。そして深刻な副作用が現れたり、経済的な困窮に陥ったりしてから後悔する。
テレビの中に一般人が入ると、その人の顔をしたシャドウが出てくる。その法則はマヨナカテレビを見ているだけの足立にも推察できているのだから、当事者である悠も分かっていたはずだ。つまり一般人を連れていけば、足手まといどころか障害にさえなる。それにも関わらず、悠はわざわざ少女をテレビの中に連れていった。
それは少女自身の希望に押し負けたのか、単に悠に危機感が足りていないからか。はたまた異世界ダンジョン系冒険ゲームのパーティーには、可愛い女の子は付き物であるからか。いずれにせよ、少女の同行を許したのは裏目に出た。悠は見なくていいものまで見てしまった。見てしまったことで、冷めた。
『勝負! ジライヤ!』
『あぐっ!?』
容赦のない悠に続いて、陽介は白いツナギを着た怪人を呼び出した。こちらも躊躇するつもりはないようだ。ペルソナと呼ばれているそれが両手をかざすと、少女が変貌した怪物は突風でも受けたように、身を仰け反らせた。
『効いてるクマよ! そのシャドウ、風に弱いクマ!』
『よし、ならもう一発!』
『調子に乗るなあ!』
怪物は赤い絨毯が敷かれた床に、鞭を再び叩きつけた。すると半透明の緑色の格子模様が中空に現れ、すぐ消えた。次の瞬間、陽介のペルソナ、名をジライヤが再び両手をかざしたが、今度は怪物を仰け反らせるには至らなかった。むしろ平然としている。
『何だ!? 効いてねえぞ!』
『ムム、風を防ぐ壁を作ったクマね! チエチャン、賢い!』
『だったら力で押しきるだけだ! 行け、イザナギ!』
足立は登場人物の心理を分析しつつも、テレビの中で繰り広げられる超能力アクションそのものも見続けた。悠はペルソナを呼び出しては叩きつけ、手に持った刀で斬りつける。陽介も続いて、風は起こさずに打撃で攻める。悠は時折陽介に直接指示して、怪物の反撃で受けた傷を治療させたりもする。
二対一なので、手数はどうやっても少年たちに分がある。そして怪物は見た目こそ大仰だが、実力はそれに見合っていない。鞭を振るったり、雷を巻き起こしたりするものの、いちいち動作が大きい。まるでこれから攻撃しますよと言わんばかりだ。テレビ画面越しに客観的に見ていると、それがよく分かる。中にいる悠と陽介にも分かるようで、戦いは終始少年たちが優位に進めていた。
『ぐっ……あんたら馬鹿じゃないの!? 何でそこまでしてホンモン庇うの!? あんな薄汚い女!』
怪物が負け惜しみを言い出した頃には、勝敗の帰趨は決していた。ごちゃごちゃと並べられた理屈に対して、悠と陽介は返事もろくにしない。ただひたすら力だけで応えた。矛が唸り、手裏剣が飛ぶ。刀が閃き、短剣が疾走する。怪物は元の可愛らしい顔を見せていればまだしも、仮面で隠しているのがなお悪かった。男たちの慈悲を呼び起こすものを何も持たない怪物は、口もきけなくなるまでめった打ちにされた。
そしてその後の経過は、前回のマヨナカテレビで見たものと大体同じだった。叩きのめされた怪物は人の姿に戻った。目を覚ました『ホンモン』は動揺しつつも、少年たちに色々諭された。
『あたしはあんたで、あんたはあたし、なんだよね……』
この言葉がとどめとなって、金の瞳の鏡像は『ホンモン』に吸収された。今月の15日から16日に日付が変わった頃、足立は稲羽署の保護室で悠と陽介の鏡像の戦いを見たが、その時と同じパターンだった。シリーズ物の番組でよくある、いわゆる『お約束』のように。
その後、少年少女たちは赤い城から出ていった。千枝はペルソナを手に入れたものの消耗が激しいので、雪子の救出は体を休めてから、明日にもう一度挑戦しようとのことで話がまとまったのだ。それを見て、足立はこの放送そのものに考えを巡らせた。
(これ、やっぱり録画だな)
再び時計を見れば、マヨナカテレビの開始から長針は既に半周している。この時間に高校生たちがテレビの中に入っていたとは、いささか考えにくかった。だから見始めた時から推測はしていたが、今のシーンで確信できた。捜索願が出されていた雪子は、とうに家に帰っているのだ。だから今の放送はリアルタイムではない。
つまりマヨナカテレビは三種類ある。被害者が入れられる前に映るのは予告。入っている時に映るバラエティ番組はライブ。そして救出の特撮ヒーロー番組は録画だ。
そこまで確信した瞬間、テレビ画面は一瞬ブラックアウトした。今夜の放送が終わったのかと思いきや、城の前で集合する三人の少年少女と着ぐるみの姿が再び映し出された。
『今日こそ雪子を助けよう!』
『ああ、特捜隊出動だ!』
黄色いセルフレームの眼鏡をかけた少女、千枝が意気込んで、オレンジの眼鏡をかけた少年、陽介が答えた。
『特捜隊?』
『そ。稲羽市連続誘拐殺人事件、特別捜査隊』
『ちょっと長くない?』
『いいんだよ! 気分なんだから』
『……皆、考えることは同じか』
『ん? 何か言ったか?』
『何でもない』
どうやら番組はまだ続くようである。ここまでのシーンの翌日以降、正確な日取りまでは分からないが、とにかく後日収録された分が放送される模様だ。始めから見続けている足立は、そろそろ疲れを覚え始めていたが、それでも見た。『自称』特別捜査隊の面々が各々の役割分担などを決めて、勇んで城へと向かうシーンを。
(特捜隊ねえ……。まあ確かに、テレビの中までは警察の手は届かないけど?)
現実の世界では稲羽署に特捜本部が設置されている。しかし警察はテレビに入れないので、被害者の救助はこの高校生たちに任せるしかないのは事実だ。唯一警察でテレビに入れるのは足立だが、面倒なので自分が動く気はない。普通の警察官として生田目を逮捕するというのは、少しは考えないでもないが。
その後の番組の経過は、概ね前半と同じだった。ただし戦闘要員は男子高校生の二人だったところへ、千枝が加わった。千枝は黄色い仮面をかぶった、女武者めいたペルソナを呼び出せるようになっていた。それに加えて本人も空手か拳法でもかじっているのか、妙に慣れた足付きでシャドウたちを蹴散らしていた。陽介の戦いぶりは前半と変わらなかったが、悠はイザナギと呼ぶ黒衣の怪人だけでなく、他のペルソナも呼んで戦っていた。
足立はそれらのアクションシーンは漫然と眺めていたが、随所で差しこまれるナレーションには耳を傾けた。
『まぁ! そこにいらっしゃるのはもしかして……もしかして王子様でしょうか? 私は囚われの身です。どうか私を助けてください。うふふ……王子様ならきっと……きっと、どんな困難な道のりも乗り越え、私を解き放ってくれるはず……。私、お待ちしてます……』
『貴方が本当の王子様なら、きっとまたお会いできるでしょう。私は所詮、囚われの身……。ここから出ることなど叶わないのだから……』
大体がこんな調子である。
『王子様はまだ来ないの? 王子様、早く私を連れ去って! どこか……私のことなんか誰も知らない世界に……』
ここまで聞いたところで、足立は再び登場人物の分析を始めた。
(やれやれ、ガキだなあ……)
今日の放送の前半部分に登場した千枝の鏡像は、雪子への優越感と劣等感がない交ぜになった複雑な心情を吐露した。その直前の雪子のナレーションから、雪子の側にも似たような心理があることが察せられる。簡単に言えば、友人同士の相互依存だ。ただ千枝は前半のラストで、それを自覚して受け入れた。しかし──
(この子、里中千枝……だったな。金色の子を認めるみたいなこと言ってたけど、あいつは坊やたちにぶっ飛ばされて、無理矢理この子のペルソナだかにさせられたように見えたが……)
テレビで見た限りの印象に過ぎないが、足立にはそのように感じられた。その上で、今後の展開を予測すると──
(お姫様のそれも坊やたちにぶっ飛ばされるんだろうけど……それだけで済むとは思えないな)
勇者とその一行が救わんとする、囚われの姫君。その姫君も姿を鏡に映していて、これから現れるであろうことは容易に予測できる。そしてそれとの戦いが、今夜のクライマックスになるであろうことも。だが現実の姫君その人は既に救助済みなので、戦いが勇者たちの勝利に終わることは、もはや確定事項と言える。足立が気になるのはその後だ。姫君と、その親友と思しき女傑。互いに依存していたことを自覚して、その後どうなるのか。
(こりゃ人間関係、ちょっとばかり荒れるんじゃない?)
ドラマの先行きを予想する足立を余所に、ドラマそのものは続いていく。
『おろ? この気配は……あの子クマ! あの子がこの扉の向こうにいるクマ!』
群がるシャドウを蹴散らしながら進んだ勇者たちは、やがて城の最奥らしき所まで到達した。千枝がいた部屋のそれと似たような重厚な扉が、一行の前に立ち塞がっている。
『よし……行こう!』
クマの保証に乗せられるように、悠は迷わず扉に手をかけた。消防隊員が火事の現場に飛び込んで、取り残された住人を救助するように、己の身を省みない勇敢さでもって。もしくは知り合いの美少女の秘密の一端に触れようとするように、着替えの現場に飛び込んだ。もちろん連れの二人と一匹もそれに続く。
『やっぱりだ……天城が二人!』
『あら? あららら~?』
ドレッシングルーム、もとい赤い玉座の間にいたのは、やはりと言うか天城雪子とその鏡像だった。ただし陽介と千枝のパターンと異なり、二人は服装が違っていた。手前にいる雪子は和装で、今月15日の夜にマスコミのインタビューに答えていた時と同じ付け下げを着ている。対して部屋の奥、玉座に腰掛けているのはイブニングドレスを着ている。目の色はやはり黒と金で異なっているが、服装の違いが両者の見分けをより容易にしている。
『やっだもう! 王子様が三人も!』
『三人の王子って……まさかあたしも入ってるわけ?』
『三人目はクマでしょーが!』
『それはないな……』
着ぐるみの主張はあっさりと却下された。そして本命の相手に話が振られた。
『千枝……ふふ、そうよ。あたしの王子様。いつだってあたしをリードしてくれる、千枝は強い王子様。王子様、だった』
(あ、これまずい雰囲気)
過去形で答えた金の鏡像の言い様に、足立は先に感じた予感が現実になるのを感じた。そして次の瞬間、鏡像はヒートアップした。愁眉を寄せ、紅を差した唇をかっと開いた。いわゆるキレる若者のように、顔が崩れた。元の造作が良いだけに、崩れると悲劇だ。
『結局、千枝じゃ駄目なのよ! 千枝じゃあたしをここから連れ出せない! 救ってくれない!』
キレたら最後、言いたいことを全部言い切るまで止まらない。鏡に映った雪子は金の瞳を爛々と輝かせ、親友の役立たずぶりを詰る。それに留まらず、身振り手振りを交えて実家の旅館や町そのものなど、思い付く限りのものに当たり散らす。ついでに一人では出ていけない、意気地なしの自分自身を憐れむことも忘れない。
(イキイキしてるねえ……ガンガン自白する犯人みたいだ)
現実の人間でも、こういうタイプはたまにいる。署に引っ張ってきた参考人や容疑者を取り調べると、ほとんどの人間は口が重くなる。痛いに決まっている腹を探られれば、大抵はそうなる。もしくは単に警察が怖くて口数が減る。だが中には聞かれてもいないことまで喜々として喋り出す者もいるのだ。思想的確信犯や故意犯、その中でも自己顕示欲の強い犯人に多い。
『やめて……!』
『老舗の伝統? 町の誇り? んなもん、クソ食らえだわ! それが本音。そうでしょう? もう一人のあたし!』
『違う! 貴女なんか、私じゃない!』
『うふふふふ……いいわあ! 力が漲ってくるう!』
(はい、ここまで。金色のお姫様、終わったね)
足立はそれまでベッドに腰掛けていたが、遂に姿勢を崩して横になった。出来の悪いバラエティ番組の司会者や出演者の大騒ぎを、右の耳から左の耳へ流れ去るに任せるように。枕に頬杖をついて、やる気なく画面を眺めた。
アクション番組としては、ここからが最も盛り上がるポイントだ。しかし足立には結果が分かっているのだから、わざわざテレビを注視する必要などない。スポーツの録画番組が放映される前に、インターネットの速報で試合結果だけ見たようなものである。それで手に汗を握ったりするはずがない。そして試合の経過にも足立は興味がない。
『来て、トモエ!』
『効いてるクマよ! チエチャン、センセイ! ガンガン行くクマ!』
画面の中では、全身赤色の七面鳥めいた体に顔だけが人間の怪物が、燦然たるシャンデリアに取り付けられた鳥籠の中で、飛来する氷の弾丸の的になっていた。悠たちが強いのか、怪物が弱いのか。どちらなのかは判然としないが、視聴率が底辺の深夜の特撮番組ではヒーローと怪獣の戦いは一方的になるのが定番だ。足立は大きな戦いはまだ二度しか見ていないが、戦闘に関する番組の傾向はもう分かっていた。
あらかじめシナリオが決められた出来レースのようなもので、見ていたところで面白くも何ともない。そう思って、足立は寝転がったまま目を閉じた。アクションが終わった頃に目を開けようと思いながら。深夜のテレビ観賞疲れはかなり進んでいるので、寝過ごしてしまうかもしれなかったが。それでも足立は休憩を要求する瞼の望みに従った。たとえ結末を見逃したとしても、惜しむ気にはならないだろうと思っていたから。
『ペルソナ!』
目を閉じて数分か、はたまた数秒か。少々の時間が過ぎてから、テレビから聞こえてきた一際大きな悠の声で、足立は目を開けた。見てみれば、悠は宙にかざした右手に浮かんだカードを、勢いをつけて握り潰したところだった。そして古風な鎧を着込んだ筋骨隆々の巨人を呼び出した。イザナギと呼んでいた黒衣の怪人ではない。しかし怪人よりもずっと力感溢れる巨人は、大振りの剣を上段に構え、七面鳥の脳天目がけて振り下ろした。家禽を屠殺するにしては随分と乱暴なやり方だ。お蔭で鳥籠とシャンデリアも、鳥と一緒に床に落ちてしまった。
(片付いたか。さて……)
足立は頬杖を外し、体を起こしてベッドに座り直した。やる前から結果の分かっている戦闘シーンが終わったところで、番組への興味を少しだけ取り戻して。
画面の端には、囚われの姫君のうち、イブニングドレスを着た方が映っている。例によって袋叩きにされて、口をきく力も残っていないようだった。勇者たちは取り敢えずそれを脇に置いて、付け下げを着た方に歩み寄った。
『雪子、ごめんね……。あたし、自分のことばっかで、雪子の悩み、全然分かってなかったね。あたし、友達なのに……ごめんね……』
戦後のトークは、千枝の涙声から始まった。やがて千枝は声だけでなく、緑のジャージの袖で目を覆って実際に泣き始めた。
『あたし、ずっと雪子が羨ましかった……。雪子はなんでも持ってて、あたしには何にもない……。そう思って、ずっと不安で、心細くて……だからあたし、雪子に頼られていたかったの……。ホントは、あたしの方が雪子に頼ってたのに……』
『千枝……』
子供のように泣きじゃくる親友に、黒い瞳の雪子は静かな口調で答える。
『私も千枝のこと、見えてなかった……自分が逃げることばっかりで』
そうして付け下げを着た雪子は、ドレスを着た鏡像へ歩み寄った。いつの間に教えられたのか、自分と同じ顔の口が悪い少女の正体について、既に知っているかのように。
『逃げたい……誰かに救ってほしい……。そうね……確かに、私の気持ち。貴女は、私だね……』
すっかり大人しくなった鏡像に向けて、雪子は殺し文句を口にした。すると金の瞳の雪子は姿を変えた。服と同じピンク色の踊り子のような姿に変わったか変えられたかして、二人は一人になった。いともあっさりと。
──
そこで映像は消えた。エンディングテーマが流れ始めそうなシーンだったが、音楽なしで唐突に終わった。まさしくテレビの電源を落としたように。始めから電源を入れていないテレビは、映像はおろか波紋も浮かべていない、ただの箱に戻った。仄暗い画面には、口を少し開いた足立の顔だけが映っている。
「超・青春! だね……」
かなりの長時間に渡ったマヨナカテレビを見終えた足立は呆れた。声に出してしまうくらい、本当に呆れた。特に後半のラストだ。あれだけのことが起きて、あれだけのことを言って、それであっさり仲直りしてしまう少女たち。この番組は、足立はろくに見ていなかった戦闘シーンがメインで、その後始末はスピード感を重視したのだとしても、ちょっとやり過ぎだ。
(いや、雨降って地固まるって言葉もあるし? 二人とも若いんだから、分かんないでもないけど? でも、だからってなあ……)
この世には仲の良い友人同士の間で起きる事件もある。それまで親しくしていればこそ、裏切られたとの思いから感情がこじれて、どうにも収拾がつかなくなってしまう。警察官として世の中の裏側を見続けてきた足立は、千枝と雪子は仲に亀裂が入るだろうと予想していたのだ。そしてそれが当然だと思っていた。
たとえ仲直りするにしても、長い時間や第三者の仲介が必要になると思っていた。現実はお伽話とは違うのだ。若い青春のエネルギーや勢いだけで、全てが解決したりはしない。
もし現場にいれば、非日常の狂騒に煽られてハッピーエンドを素直に受け入れられたかもしれない。しかし足立は職業的な経験と自分の性格、何より事態を外から見ているだけの『視聴者』である為に、この結果に『めでたしめでたし』とは思えずにいた。何か裏があるのではと、勘繰ってしまう。しまうのだが──
(だけど、シリーズはお終いかな? これ見たら、生田目はもうテレビに人を入れたりしないだろう)
お伽話の隠された裏側を知る機会はないかもしれない。それを少しばかり残念に感じつつ、足立は映像の消えたテレビから視線を外し、再びベッドに寝転んだ。そして今度こそ朝まで眠るつもりで目を閉じた。
被害者を救助後のマヨナカテレビには、特捜隊の戦いが映るとしています。これは一応本作の独自設定ですが、原作においてもあり得ると思っています。足立や皆月はどうやって特捜隊の行動を知ったのか? という点に関して。