「ま、間に合った……。一条さん、長瀬さん、ありがとうございます」
銃を構えた有里の後ろから、肩で息をしながら尚紀が顔を出した。今日の尚紀は直接的には戦ってはいないが、廊下を全力で走るのと壁を破壊するのを繰り返した為にかなり消耗している。だが苦労した成果はあった。陽介が殺されるか何かされる前に、有里を現場に連れてくることができた。ちなみに三階の廊下の先にアイギスがいることに、尚紀も有里も気付いたが声はかけず、手前にあった階段を上って屋上に急行した。
「お、おう……」
「こ、これ以上は無理っすから……後は頼みますよ」
急遽乱入したおまけの二人も肩を落とす。かくして時間稼ぎは成功した。
「ちい! 次から次へと!」
ラビリスはアリアドネを召喚し、敗者復活してきた有里へ向けて糸を飛ばす。陽介を弄んだような、一筋だけのシンプルな突きではない。中空に絵を描けるほど幾筋も同時に飛ばす。そのうち先頭にあった二本の糸は途中で折れ曲がって、山を有里へ向けた。他の糸は先頭の二本を支える土台を作る。
形が出来上がるや、糸の束は下から突き上げながら猛烈なスピードで有里を襲った。牛が角で闘牛士を突き刺すような全力の一撃だ。ラビリスも本気である。
「オルフェウス」
有里は吟遊詩人のペルソナを召喚し、竪琴を振り回した。突進してきた絵に描いた猛獣は楽器に弾かれ、あっと言う間に霧消した。格の違いをそのまま表すように、あっさりと。有里が手に持つ武器はラビリスには効果が薄いが、それは何のハンデにもならないことを、ペルソナの差が証明している。
「……」
攻防一つでラビリスは悟った。陽介には勝ったが、有里には敵わない。と言うより、有里とまともに戦って勝てる者はP-1グランプリの出場者にいない。この大会の一回戦でしたように、有里を倒すには策が必要である。
「あんた、嫁さんにはあっさり負けとったけど、ホンマはあんたが最強なんかねえ……」
「ああ」
有里はさも当然のように肯定した。事実であるし、謙遜する場面でもない。オールバックの髪の下にある目を鋭くし、胸をやや反らす。『小姑』を上から見下ろして威圧する。もちろん意図的に。
「あんた、ウチをやれるん?」
「……」
『身内』の質問に有里は答えなかった。無言でただ足を進めた。
(身内……じゃない。そもそもこいつはラビリスじゃない。そのシャドウだ。小西早紀や山野真由美と同じ……)
事がここまで至った以上、もはや問答は無用だ。言葉はもはや無力で、力で解決するしかない局面と言える。今日は元々ラビリスの確保が目的でテレビに入ったのだし、今もそれは変わらないが、やり方は相当に手荒にならざるを得ない。説得はもちろん無理。首根っこを押さえつけて、無理やりにでもテレビから引きずり出す。最悪の場合は破壊、言い方を変えれば殺害もやむを得ないと有里は判断した。
やればもちろんアイギスは悲しむだろうが、覚悟は必要だ。毒を食らわば皿まで。全ての責任を負うつもりで足を進めた。しかし──
「む?」
有里の爪先からガラス窓を蹴ったような、壁にぶつかる音がした。いつもの見えない壁だが、数秒前まではなかったはずのものだ。『小姑』と『義弟』は既に初撃の応酬を終えて勝負が開始しているにも関わらず、見えない壁が増えた。しかも対戦者同士を分断する形で。これまで一度もなかった事態である。
「あら?」
そしてラビリスは驚いた顔を見せた。学校中に張り巡らされた見えない壁はクマ総統、つまりはラビリスのシャドウによるものだったはずだが、たった今現れたこの壁はラビリスが作ったものではない。ならば誰の仕業か?
『今日はこの辺にしておこうじゃないか』
問うまでもなく、答えは向こうからやって来た。特定の誰かの頭や心にだけ届けられる専用回線ではなく、スピーカーで響かせるようにその場に音として伝わる声だ。
『君はよくやったよ。君はもうただのロボットでもシャドウでもない……。まあ、彼らのシャドウを集められなかったのは残念だけど、それはまた今度にしようか』
スピーカー越しに語る何者かの姿は見えない。声色はまさに機械を通したようにややくぐもっているものの、有里には聞き覚えのあるものだった。もう二年半ほども聞いていないが。
「この声……山岸!」
『何者かがテレビの外からアクセスしています! 通信システムは……私たちのものと同じ仕様です!』
「小西君!」
「は、はい! シロウサギ! 」
尚紀が駆け寄ってきて、壁の急所を探る。しかし相手の方が速い。
『行くといい。君の自由を祝福しよう』
「ええ、そうやねえ……。ウチは自由や!」
ラビリスは有里に背を向けてスタジオの奥へ、そして更にその先へと向けて走っていった。テレビの中の世界は広大である。スタジオとそれに繋がった学舎から遥か遠くまで空間が広がっており、行こうと思えばどこへでも行ける。遭難を気にしなければの話だが。
「あっ、また壁が!」
尚紀は新しくできた壁を壊したが、また次の壁がラビリスとの間に作られたことを察知した。これでは切りがない。と言うより、壁を壊すより作る方が速い以上、追いつくことは不可能だ。
トラス構造の梁から降り注ぐライトの及ぶ範囲の端、スタジオと外の境目でラビリスは振り返った。その表情は晴れ晴れとしたものだった。あらゆるしがらみから離れた人間の晴れやかさだ。思いがけず革命的な出来事が起きて、一生続くと思っていた暗鬱な過去が断ち切られて、光り輝く未来を手に入れたような。少なくとも本人はそういう気分でいる人間の晴朗さがある。
「自由があるのが人間なんや! だからウチは人間や! あんたらよりも!」
そして少女は立ち去った。斧を折りたたんで背中に戻し、ブースターを起動して高く跳躍する。その姿は羽をはばたかせた蝶を連想させた。スタジオの向こうは自然美の溢れる風景に見えるだけに、なおさらだった。
『有里君、ご苦労様でした。おかげでデータは十分取れたよ。いつもながら君は興味深いね。次もよろしく頼むよ』
そして自然とは縁遠い景色のスタジオでは、まだ声が外から届けられてきていた。その物言いは、部下の仕事ぶりを評価する上司のそれだった。しかも妙に馴れ馴れしい。
「貴様……何者だ?」
対する有里の声はいつになく硬い。ラビリスに浴びせた殺気がまだ残っているかのような、本気になった大人の怖さがある。いや、『小姑』に見せたそれは半ば演技であったのだが、これは本当に本気だ。
『ん? 聞く必要があるのかい? 賢い君のことだから、もう分かってるんだろう?』
「そう思わせようとしているだけだろう? 奴はとっくに死んでるんだからな」
『ふふ……そうとも。君が殺したんだからね!』
通信の声は最後の一言でだけ口調が変わった。
「……」
有里は視線をますます鋭くし、異世界からの出口である三段テレビに送った。その先にこの事件の首謀者がいる。シャドウワーカーはこの事件でラビリスが自発的にテレビに入った可能性も考えていたが、そうだとするといくつか矛盾があった。そこへ今の宣戦布告に等しい通信によって、はっきりした。格闘大会を開催したのはラビリスのシャドウだが、真犯人は別にいる。
それは桐条グループと関係のある者。取り分け自分の罪と関わる者──
「有里さん、早く花村の手当てを!」
「花村さん!」
長瀬に言われて、有里は犯人の正体を考察する作業を中断した。振り返ると、気を失った陽介の回りに一条と長瀬が集まっていて、尚紀もそこへ向かって行った。陽介はラビリスにやられて怪我をしており、囲む三人は傷を癒す術を持たない。
「メサイア」
今日は出番の多かった救世主のペルソナを召喚し、治癒の光を立ち上げた。ちなみにペルソナを共有しているアイギスは陽介との戦いでは最後にメタトロンを装着し、今もそのままなので、メサイアを使用する許可を妻に求める必要はなかった。もしあったら、陽介の手当てが少し遅れたかもしれない。
「ヨースケ! 何てシドイ! もう死んじゃうかと思ったクマ! ヨヨヨ……」
やがてスタジオにクマがやって来た。ぴょこぴょこと着ぐるみの足を忙しく回転させ、転がるようにして陽介に覆いかぶさり、胸に鼻を押し付けた。クマが女子以外にこういう行動をするのは、珍しいことだった。昨年の7月に生田目に落とされた悠がやられた時以来だ。こんなことをされたら普段の陽介なら嫌がるところだが、目を覚ましていないのでされるがままになっている。取り囲む者たちも止めはしない。
「花村!」
「花村先輩! クソッ! あの女、何てことしやがんだ!」
「花村さん……」
主催者と黒幕がいなくなって見えない壁は全て消えた為、閉じ込められていた者たちがスタジオに集まってきた。皆はそれぞれの教室や廊下に設置されたテレビで、決勝の模様とその後の成り行きを見ていたので、状況は把握している。クマに続いて特別捜査隊の面々と、シャドウワーカーも来る。その中にはアイギスの姿もあった。
「陽介……」
もちろん悠も来た。壁を破ろうと何度も足掻いたせいで、顔に疲労感が強く出ている。
かくしてP-1グランプリは終了した。優勝したのは陽介だったが、表彰式も賞品の授与も何もなかった。昨年の事件と違って助けた被害者が仲間に加わることもなく、ただただ大きな徒労感ばかりが残る結果になった。
夕方の時間に、特捜隊とシャドウワーカー本部、そして稲羽支部の面々が稲羽市立病院にある会議室に集合した。他の人間の耳があると話しにくいこともあるので、病院に頼んで部屋を借りたのである。もちろん一般人がそんなことをするのは普通は無理だが、色々と無理をきかせられる立場にある人間もいるので、そんなことができた。
集まった人数は十六人。本来より二人少ない。ここにいない一人はもちろん陽介だ。陽介は回復魔法の効果で外傷は癒えたが、連戦の疲労もあって目を覚まさないままだったので、入院させることになったのである。いないもう一人は堂島だ。陽介の入院の手続きが済むと、電話をすると言って病院の建物から出た。
「君たち、済まなかった。こんなことに巻き込んでしまって」
状況が取り敢えず落ち着くと、特殊部隊の長である美鶴が話を始めた。応じるのは悠だ。
「自分たちで始めたことです」
今日の事件はマヨナカテレビの再開が発端で、それそのものは特捜隊の責任ではない。ただしそれに首を突っ込んだのは、しかも堂島にも相談せずにやったのは、シャドウワーカーからすれば眉を顰める話である。
「……それについては、敢えて何も言わない。だが君たちはもうこの事件に関わるな。ここから先は任せて貰おう」
「そんな! 待ってください! これで終わりなんて納得できません!」
最初に雪子が声を上げた。雪子に限らず、特捜隊の面々は誰もが強い不満を抱いている。
「敵は我々に縁のある人物のようだ。我々は対処する責任がある」
昨年の12月8日も特捜隊はシャドウワーカーによってテレビの世界から締め出されたが、あの時とは状況が違う。当時は悠が足立に撃たれて寝込んでいたが、今日は絆の要を撃ち抜かれたわけではない。そもそも今の特捜隊に要、言い方を変えるとその人がやられると全体が瓦解するような急所はない。よって今は無力感を感じる局面ではない。むしろ犯人に対する憤りが強く出ている。
「師匠! あたしらにもやらせてください!」
「その呼び方はよせと言っただろう……」
12月の時と違って、千枝も声を上げる。対する真田は困り顔だ。千枝の気持ちも分かるので、強引に突き放すには抵抗を感じているのだ。師匠呼ばわりは認めていないが。
「あんなふざけた真似されて、黙ってられっか!」
話が紛糾したところで、部屋のドアがノックされた。
「あの……失礼します。患者さんが目を覚まされました」
おずおずとドアを開けた看護師が告げるや、悠はすかさず動いた。
「行ってきます」
無意味に感じていた大人たちとの議論を打ち切るように、急ぎ足で部屋から出た。魔術師のコミュニティを捨てたとはいえ、陽介はやはり友人である。親友と言ってもいいし、相棒と言ってもやはりいい。今日の一連の出来事を経て、悠はそれを強く感じた。
「センセイ、待って! クマも行くクマ!」
「俺も行きます」
クマが最初についてきて、特捜隊の面々は全員ついてきた。加えて稲羽支部の高校生組もついてきた。大人たちを部屋に残して、少年少女だけで仲間のもとへ向かう。大人たちからは、まだ話は終わっていないと引き留める声はなかった。
看護師に聞いた病室へ向かう途中で、廊下の先から堂島がこちらに向かってくるのに、悠は気付いた。堂島は手にスマートフォンを持っている。
「悠、今家に電話してきた」
「ん?」
堂島が何の話をしているのか、悠は一瞬分からなかった。この状況で、家に何の用があるのかと。
「菜々子は無事だったぞ。何も変わったことはなかったと言ってた。向こうに入れられたってのは、はったりだったようだ」
菜々子がテレビに入れられたかもしれない。そういう危惧があったことを、悠はすっかり忘れていた。たった今思い出したことを、『あ』とか『そう言えば』とか声に出して表すことをせずにおくのが精一杯だった。
「そ、そうか……それは良かった」
堂島と別れた後、悠たちは陽介の病室に入った。他の患者がいない個室で、陽介は入院服を着てベッドの上で体を起こしており、上半身をヘッドボードに預けていた。いつも首に下げているヘッドホンは外しており、サイドテーブルに置いていた。
「陽介」
「おう、相棒……って、えらい大勢だな」
見舞いに来たのは特捜隊が七人と稲羽支部が四人の大所帯だ。足立に撃たれた悠が、クリスマスの日に目を覚ました時のような大人数である。
「花村さん、大丈夫なんですか?」
「疲れちゃいるけど、怪我は治ったから何ともねえよ。ホントは入院なんかいらねえと思うんだが……親父とお袋に何て言やいいんだかな」
尚紀の質問に対して、陽介ははっきり答えた。実際、傷は癒えている。昨年11月にあいの影によって瀕死にまで追い込まれた長瀬と違って、回復魔法が普通に効く状態だったので、入院などしなくても一日か二日で元通りになるはずである。
「トーナメントだったからしょうがないけど、一人で無茶しすぎよ。一日で六回だって? あたしは一回しか戦ってないのに……」
「本当に……心配したんだからね?」
千枝と雪子も声をかけた。この二人が陽介に優しい言葉をかけるのはあまりないことだが、さすがに今日ばかりは例外だった。しかし仲間たちの珍しい気遣いを、陽介は恐縮してありがたがるようなことはしなかった。
「来てもらって悪いけど……相棒と二人にしてくんねえか?」
「ヨースケ、クマもスッゴイ心配したクマよ?」
「ああ……でも頼むよ」
クマを始めとして何人かは渋い顔をしたが、結局は悠以外の見舞客は一旦部屋を出た。指名された悠は枕元に置かれた丸椅子に座り、陽介と一対一で向き合った。
「なあ、もしラビリスのシャドウを倒したのがお前だったら……違ったかな?」
「……」
悠は黙った。なるほどこれは他人には聞かせたくない話だと、切り出しから理解できた。たとえ背中を預け合う仲間でも、踏み込んではいけない領域というものはあるのだ。しかも今日は預け合うことができなかったのだから、なおさらだ。
「お前か、アイギスさんか……有里さんだったら、もっと上手くやってたかな?」
これまでに戦った特捜隊の仲間たちのシャドウは、どれも一度倒しさえすれば大人しくなった。それなのに、どうして今日に限って大人しくならなかったのか? 悠はその答えに見当がついている。
もし足立がここにいれば、『君らのペルソナは彼に貰ったものなの。んでもって、ペルソナをあげられるのは彼だけってこと。だから彼は神様で、君らは信者さんなの』とでも答えただろう。しかし足立ほど冷酷になれない悠は、そう答えることはできなかった。
「お前はよくやったよ」
酷い真実の代わりに口から出てきたのは、バレンタインデーに諸岡の墓前で陽介が悠に言った言葉だった。傷ついた人間によく与えられる慰めだ。そして大抵の場合、傷を癒してはくれない。悠はそれを知っている。知っていながら、こうとしか言えなかった。
「よせよ……」
陽介は悠から目を逸らし、反対側の窓の方を向いた。2月の悠が陽介の慰めを受け入れなかったように、今日の陽介も受け入れなかった。恨めしいほど言葉は無力で、呪わしいほど真実は残酷である。
「俺、戦うよ」
窓から差し込む夕陽の赤い光を見ながら、ラビリスの失った瞳と同じ色の光を浴びながら陽介は言った。その声に力はある。
「なんでだ?」
先ほど美鶴からこれ以上事件に関わることを止められたばかりだが、悠にそのつもりはない。特捜隊の他の面々も同様のはずだ。だから陽介もそのつもりがないのは当然だが、悠は敢えてその理由を聞いた。
「遊びか? それとも……正義感か?」
ここで陽介は視線を悠に戻した。
「白状するぜ。今日は遊びだった」
正確に言えば、今日の初めの頃は遊びだった。遊びでなくなったのは、アイギスと戦ってからだ。
「なら、明日からは?」
悠はマリーを失い、陽介は早紀とラビリスを失った。一つや二つの慰めくらいでは癒やせない、深い傷を二人とも負っている。そんなよく似た境遇にある二人だから、悠は陽介の気持ちが分かる。『我』の教える絆は3月に悠が自らの手で破壊した。だがそれ故にこそ、悠はより陽介の気持ちが分かる。仮面の付き合いや神への信仰ではない、普通の人間の友人として理解できるところがある。
「……」
陽介は答えなかった。ただ目で訴えかける。その視線に込められた力は、声よりも強い。
喪失の痛みを癒やせるものは、もしくは痛みから逃れる方法は、この世にいくつかある。例えば長い時間や新しい恋だ。心を手放して無気力症になる、自殺するなどの方法もある。そしてそれらの消極的な方法と違って、積極的な方法もある。それは──
「……」
復讐だ。去年の4月に早紀を失った陽介は復讐の道を選んだ。だがそれは果たせなかった。早紀の仇は尚紀が取ったのだ。陽介は悠と同じで、昨年の事件で何もできなかったのだ。昨年は失敗したその道を、陽介は再び選ぼうとしている。ラビリスを殺したラビリスのシャドウを、自分の手で殺すつもりでいる。陽介の沈黙を、悠はそう受け取った。
(いや……お前にはやらせない)
復讐とは人殺しの道だ。ラビリスは元より『人』ではないし、しかも今はシャドウが本体に成り代わってしまった。だがそれが何であろう? ラビリスを殺せば、その業を背負わずにはいられない。そして声を発しただけで姿を未だ見せていない犯人は、人間かもしれない。
彼らを殺すことは、テレビの中や霧の日の町中をうろつく有象無象のシャドウを狩ることとは、根本的に違う。相手がどれだけ卑劣だろうが残虐だろうが、そんなことは関係ない。人を殺せば、背負ってしまうものが確実にある。
失うもののある人間は、殺しの業を背負ってはいけない。背負うべきなのは、何もない人間だ。例えば自分のような──
悠は決意した。犯人の宣戦布告は、自分が受ける。
(俺がやるんだ)
虚ろの森では生き残り、黄泉比良坂でも生き残ってしまった。だが今度は、今度こそは──
心の中で、救世主のペルソナが身じろぎしたような気がした。今日は力を行使する度に『汝は我に非ず』と言わんばかりに激しい頭痛を与えてきた、扱いづらいペルソナが動いた。翼を生やした白い男が床に膝をついて、使用者たる悠を主と認めて忠誠を誓うような、そんなイメージが心に浮かんだ。
「悠? お前、その顔……」
陽介は相棒の顔に、斜めに走る傷があるのを認めた。左の額から鼻梁を通り、右の頬まで達する傷だ。赤い夕陽に照らされて、傷自体が光を発しているように見えた。