八十神高校に聳え立つ塔に有里たちが先行し、それを追うように悠たちも侵入した頃。シャドウワーカーのヘリコプターは赤い霧を引き裂きながら、しかし裂いた傍からすぐに埋められていく異界の空をまだ飛んでいた。そこで再びマヨナカテレビらしきものが映った。
『ヤッホー! メインゲストと刺身のツマたち、全員揃ったクマ? 迷子チャンいたら、ジュネスの館内放送で探してあげるクマよ? 多分見つかんないけど!』
『らしきもの』と言うのは、昨年の事件ではマヨナカテレビはテレビにしか映らず、パソコンやスマートフォンには映らなかったはずであるのだが、ヘリの現在位置を表示するディスプレイにクマ総統が映ったからだ。ちなみにP-1クライマックスのプロモーションビデオもこれに映った。
オリジナルのマヨナカテレビを映していた『テレビ局』は一種の時代遅れで、昔からある据え置きのテレビにしか対応できていない。一方で今夜のそれは現代風に、どんな通信機器にも対応できている。
「こら、クマ公! 誰がツマだ! ふざけてんじゃねえぞ!」
『はっはっはー! こないだは寝ぼけてテレビに落ちたバカンジもいるクマねー! 今度は足元に気を付けるクマよ! P-1じゃ転んでも誰も助けてくれないどころか、踏んづけられるからねー!』
「うっせーぜ!」
超常のテレビ会議は冒頭から言い合いになった。クマ総統のテンションは相変わらず高い。相手によっては目の色を金に変えて雰囲気も変えるが、基本は憎たらしい大会主催者のスタイルで来る。
完二がヒートアップしている間に、順平が誰にともなく聞いた。
「えっと……稲羽のペルソナ使いにはクマって謎の生き物がいて、こいつはその偽物なんだっけ?」
『こりゃ、ジュンペー! 遅刻魔のお気楽侍のくせにギリセーフだったのはホメちゃるけんども、この偉大なるクマ総統様をあんな毛玉ヤローと一緒にするんじゃないクマ!』
「誰が遅刻魔だっつの。お前こそ気安く呼び捨てしてんじゃねえよ。初対面だろうが」
総統の煽りは相手を選ばない。初対面だろうが関係なく、目についたものを煽らずにはいられない、全方位にケンカを売るのがそのやり方だ。結構当たってはいるが。
「こないだはアイギスさんの姉……って言うか前のモデルの、ラビリスのシャドウが化けていて? でもこいつはそれじゃなくて、本物のクマって子でもなくて……何かややこしいですね」
「うん、クマ君だけで何人いるのって感じよね。一人で十分うるさいのに」
混乱しかけている天田に向けて、雪子が同意した。今このヘリにはシャドウワーカー本部の非常任組五人に加えて、特別捜査隊の後期組五人が乗っている。総勢十人の大所帯だ。ワイルドのように他と一線を画す実力者こそいないものの、三つに分かれて行動しているチームの中で最も人数が多い。
数は力である。やり方次第で、彼ら十人は最大勢力として活躍できる。その力を振るうべく、ヘリは八十神高校のある場所に現れた異形の塔に向かっている途中である。
『えー、オッホン! とにかく烏合の衆ども、クマ総統プレゼンツ、クリムゾンなジェネシスタイムにヨーソロー! 世界滅亡デスマッチ、もちろん参加するデショ? あ、寄せ集めだからって気にすることないクマよ? P-1は基本タイマンバトルだから、クッサイなかみゃじゃないインスタントラーメンチームでも無問題クマ!』
「あんたの思い通りにはさせないんだから! それくらいのセリフで噛んでるくせに、生意気よ!」
りせだ。普通はクマ総統の言う通りであるのだが、対抗策があれば話は別だ。尚紀と同じそれを得た、りせのモラールは高い。
『へーん! 思い通りになんないのはそっちクマー!。取り敢えず、そんな物騒な乗り物は乗り入れ禁止クマ! 駐車場はないので、会場へは徒歩でお越しくださ~い』
クマ総統がそう言うと、機内に警報が響いた。操縦席の菊乃が計器を見ると、驚くべき反応が出ていた。
「これは……ミサイル!?」
本物のクマのペルソナ、キントキドウジはミサイルを手に持った姿をしている。まさかそれを本当に発射でもしたのか、ヘリのレーダーは機体に向かってくる飛行物体を補足した。
「回避します! 皆さん、対ショック姿勢を!」
「うわっ!」
ヘリは急旋回し、横向きの重力が乗員を襲う。何人かは姿勢が間に合わず、床を転がって壁にぶつかった。直後、ヘリが激しく振動した。直撃は免れたものの、至近距離を通過されて気流の乱れが発生したのだ。更にその直後──
「爆発……! え、花火!?」
ミサイルが自爆すると、クマ総統の顔が空中に火花で描き出された。器用にも舌を出した表情だ。爆弾ではなく、夏の夜空を彩る花火だった。本当の現実であれば、超一流の職人芸である。
「わざと外してやったと言わんばかりですね……!」
操縦桿を握る菊乃は悔し気に歯を噛み締める。ヘリに限らず航空機は大体がそうだが、飛行の為に軽量化を図って装甲など防御力を犠牲にせざるを得ない為、ミサイルが直撃すればひと溜まりもない。たとえ中身が花火でも同様だし、次は花火でない可能性もある。どうするんだとヘリがざわつく中、はっきりした声が上がった。
「おい、斉川さんよ。俺らをどっか近場に下ろしてくれ。それが済んだら離脱してくれや」
荒垣だ。少なくとも外向きには、まるで動揺していない。
「危険ですよ」
「危険はハナから買ってきている。あの総統とやらは歩いて来いっつったんだ。望み通り歩いて行ってやるさ」
目的地は塔である。上手く接近できればショートカットが可能だったはずだが、クマ総統のミサイルはそれを妨害しに来た。しかし普通に一階から歩いて攻略するなら構わない。誰がメインゲストで誰がツマかはともかく、この十人の『烏合の衆』がP-1クライマックスに参加することを認めている以上、クマ総統はそのつもりであるはずだと、荒垣は見立てていた。
「了解しました。降下地点を検索……八十神高校の校庭に着陸します」
程なくして、ヘリは塔を脇目に学校の校庭と思しき開けた地面に着陸した。止まったヘリなどいい的だが、案の定と言うか、降下に入ってからは敵からの攻撃はなかった。
「よし、行くぜ」
「ご武運を」
ペルソナ能力を持たない菊乃はここで一旦撤収だ。ここから先はペルソナ使いの仕事である。十人は各々武器を手に異界の地上に降り立った。今夜の舞台である、月を衝く塔は目の前だ。
「凄い高さ……あたしら、こんなん登るの?」
「ワン!」
かつてタルタロスと呼ばれていた巨大な塔を探索する時、特別課外活動部はまず現場リーダーが前線に出るメンバーを選定するところから始めるのが普通だった。しかしここに有里はいないし、有里の不在時に代理を務めるアイギスもいない。当時の部長で今は隊長の美鶴もいない。そうすると──
「あの、荒垣さんがリーダーっつーことでいっすか?」
順平が声を上げた。言われた荒垣は得物の鈍器を肩に担ぎつつ、振り返って後輩を訝しげに見る。
「あ? 俺かよ」
「うん、先輩しかいないです。順平じゃ不安だし」
「ゆかりッチ、一言余計……」
「僕もそれがいいと思います」
「ワン!」
順平からの指名に、ゆかりも天田もコロマルもすぐ同意する。シャドウワーカーの非常任組は常任メンバーと違って、普通の警察や軍隊のような明確な序列はない。だから誰が指揮すべきかは議論の余地があるはずだが、誰も議論などしないまま話が決まりそうな勢いだ。先ほどのヘリでの振る舞いが影響している。
「皆さんがよろしければ、僕はそれで結構です」
「うん、こっちは鳴上君いないし。お願いします」
「師匠も別行動中っすもんね。異議なしっす」
「俺から言うことは何もねえっす」
「荒垣さん、よろしくお願いします!」
そして特捜隊の後期組も同意する。あっという間に外堀を埋め尽くされた荒垣は、少しばかり顔を苦くする。今までチームを指揮したことはないし、自分がリーダーに向いているとも思っていない。町の路地裏で不良相手にケンカをしていた昔を含め、どちらかと言えば一人で戦うのが性に合っている。少なくとも本人はそう思っているが──
「しゃあねえな。分かったぜ」
この十人は元が異なるチームからの寄せ集めだ。バラバラにやっては敵を利するだけなので、リーダーはやはり必要である。もっとも荒垣の見るところでは、この中では天田にリーダーの適性がありそうだった。しかし最年少の中学生を指揮担当者に据えるのは色々問題がありそうなので、仕方ないと諦めた。
「んじゃ、まずは人質探すぜ。久慈川、頼む」
初のリーダー命令は妥当なところから開始した。
「はい、ヒミコ!」
サーチモードで召喚された巫女のペルソナにヘッドマウントディスプレイをかぶせてもらい、りせは迷宮の探査を開始する。すると割と早く結果が出た。
「見つけました。低い階層に二人います。この反応は……一条先輩と長瀬先輩かな?」
りせは八十神高校の一年先輩に当たるかの二人とは、特に親しいわけではない。しかしそれなりに人柄は分かるので、人質にされた者たちの中ではそれだろうと当たりがついた。
「二人が同じ場所にいるのですか?」
「多分ね」
直斗が尋ねると、りせは推測だが肯定した。それを聞いて直斗は考え込む。
「うし! 早速突撃だ!」
拳と掌を打ち合わせて、完二が進みだした。武器は偽物との戦いでなくしたままだが、特に問題にはしていない。戦意十分で、先陣を切るつもりでいる。しかしその襟首を掴む手があった。
「待ちな」
荒垣だ。大柄な完二より更に大きな荒垣の手は、相手が札付きの不良(本人にとっては不本意だが)だろうと構わず引き止める。
「めいめい勝手に行くんじゃねえ。全体で三列に並べ。久慈川を真ん中に置いて、お前らが前後左右を固めろ」
お前らと言っているのは、特捜隊の面々だ。
「りせちゃんを守れってことですか?」
「そうだ」
雪子が尋ねると、荒垣は頷いた。りせはこのチームで唯一の情報担当で、しかも今夜の作戦の要になり得るのだから、最優先で守らなければならない。直接戦う力を得たことはもちろん荒垣も聞いているが、それはそれである。
「えっと……はい、分かりました。みんな、お願いね」
りせは『私だって戦えます』とか何とか言わずに、リーダーの指示を受け入れた。荒垣の指示は更に続く。
「巽、お前は背後から敵が来た時に備えて殿だ。順平と岳羽も左右で殿につけ。天田とコロは前に来い」
「うっす!」
「了解っす」
そして荒垣自身は全体の先頭だ。荒垣は特別課外活動部の時代には、実力では有里とアイギスに次いで三番目と目されていた。今は真田に追い抜かれたが、この中では一番強い。だから最も危険な位置にいる。口でわざわざそう説明はしないが、初対面の者たちを含めて全員を納得させるだけの迫力があった。
「はー……何かプロって感じ。師匠といい荒垣さんといい、凄い人がいっぱい……」
「うん、そうだね」
りせの右側に立つ千枝と、左側に立つ雪子は荒垣の背中を頼もしそうに見る。
十人は異形の塔の攻略を開始した。学校の正面玄関だけは外目にも普通の学校と同じような入り口で、そこから侵入した。中はやはり一見すると学校らしき空間だった。廊下の幅はやたらと広く、そこかしこにクマ総統や出場者のポスターが貼られているのは現実と違うが。人質の反応を追っていくうちに、八十神高校の実習棟らしき空間に出た。
「こないだのグランプリの時と似ていますね」
直斗が周囲を観察しながら言う。場所の装いは3日のグランプリでの学校のダンジョンと似ている。ただ今夜の赤い霧は塔の中も覆っており、空気の色が違うことが全体的な印象に差をつけている。また、グランプリではなかった赤い水たまりらしきものが床にある。かつてのタルタロスではこうしたものは血溜まりのように見えていたが、今夜のこれは血と言うより溶岩を連想させた。
「つーか、趣味悪っ……そういやタルタロスも最初の辺りは学校っぽかったよな?」
「そうだったね。またこんなトコ探索するなんて、何回やらせる気なんだっつーの……」
順平の問いかけにゆかりが答えた。何気なく、ある重要なことを口にした。
「何回?」
「ううん、こっちの話……」
前を行くりせが振り返って尋ねたが、ゆかりは曖昧に笑った。特別課外活動部の時代の戦いについて、シャドウワーカーは特捜隊に詳しい説明をしていないのだ。ましてその戦いを『何回』行ったのかは、堂島さえ知らないことである。
「おっと、また壁だ。久慈川」
「はい。ヒミコ、バトルモード!」
荒垣に呼ばれて、戦列の中央にいたりせは前列に来た。そしてペルソナの顔を一部出した状態で召喚する。多少だが戦闘能力を持つ巫女のペルソナは見えない壁に手を当て、破る為の急所を探る。尚紀はこれを探し当てると、兎の牙から火や雷を放ったが──
「ここ!」
ヒミコは斬撃を放つ。荒事より占いの道具を繰るのに適しているだろう細い指を揃え、横薙ぎに手刀を放つと円盤が出現した。マーガレットとエリザベスのペルソナ全書にも掲載されている、ヒンズー教の主神も使う投擲武器と言うか。アイドルの歌が収録されたディスクを、武器に見立てて投げていると言うか。
──
ガラスが割れる音が中空から発せられた。情報系ペルソナの目には、紐の結び目が切れて全体が解けるイメージが見える。そしてその通りになる。元より現実ではないような幻の壁は、本当になくなる。
「よし、行くぜ」
再び荒垣が先頭に立ち、フォーメーションを組み直す。多人数のペルソナ使いたちは慎重に、だが壁の妨害を受けない分、素早く進む。警戒していた敵からの襲撃もなかった。不気味な赤い空気も、そればかり続けば慣れてくる。そうして緊張感が少しずつ緩んできた頃、人質の反応のすぐ近くまで辿り着いた。
「そこの扉の先……広さからして多分、体育館かな? 二人がいます。シャドウの反応も二つあります」
「よし。お前ら準備はいいな?」
扉を開ける前に、荒垣は振り返って全員を見回した。シャドウがいる以上、これから実戦があるはずだ。
「オッケーっす!」
「いつでもどうぞ」
最初に返事をしたのは千枝と雪子だった。口に出さない者たちも、強面な荒垣を真っ直ぐ見る。直前まで少々緩んだ空気があったが、いざとなれば特に何も言わなくても引き締まった。荒垣はほんの僅かに、余程注意しなければ分からないくらいの笑みを浮かべた。若い連中も少しは頼りになると、年寄りくさいことを密かに考える。
扉を開けると、りせが予想した通り体育館だった。現実の八十神高校では校舎と体育館の間には外の通路があるはずだが、構造は現実と同じにはなっていない。そして中身は現実と全く違っている。数えきれないほどのパイプ椅子が現代アートさながらに組み上げられ、本物の体育館の倍は高い天井まで届かんばかりだ。
そして正面奥のステージは、もはや体育館ではなくなっていた。『ESCAPADE』と書かれた赤いカーペットが床に敷かれ、壇上には十字架が二本立っていた。
「やっぱり、一条先輩と長瀬先輩!」
ロープで縛りつけられる形で磔にされているのは、りせが感知した通り一条と長瀬だった。二人とも気を失っているようで、声をかけられても動かない。
「つかこれ、ポートアイランドのクラブじゃんか! 何でこんなんなってるわけ!?」
驚いた順平が言う通り、体育館のステージはポートアイランドにあるクラブ・エスカペイドのそれになっていた。マイクスタンドや譜面台などのバンドセットが準備され、撮影機材も万端だ。おまけにステージ脇にはバーカウンターまである。もちろん演奏者やバーテンダーはいないが。
片田舎の学校に、現実にもあるクラブの設備が再現されている。これはどういう意味か。修学旅行でかのクラブを訪れた生徒の誰かが、自分たちの地元にもこんなものがあればいいのにと願いでもしたか。
「おやおや、大勢で馬鹿面下げてゾロゾロと……。何人で来ても一人ずつしかできないのに、無駄なことをしますね?」
驚いている間に、ステージの奥から一人の少年と一匹の犬が出てきた。制服姿の中学生くらいの少年で、手には槍を持っている。犬はオレンジ色のペット用の服を着ている。いずれも瞳の色は金色だ。
「うわ、いきなり僕ですか……」
「グルル……」
ゾロゾロと大勢で来た方の同じ顔の、ただし黒のスーツを着た少年、もちろん天田は嫌そうな顔をした。今夜は自分たちと同じ顔をした偽物が出てくると、ヘリで移動中に完二や直斗から聞いている。だから必要以上に驚きはしないが、気分は良くない。
「それじゃあ、P−1クライマックス本戦を始めましょうか。ルールは分かっていますね? 代表者を一人決めてください」
言いながら『天田』は手をかざした。いつもの通りコーナーポストが降ってきて、ステージに突き刺さった。念入りなことに、一条と長瀬が括りつけられた十字架もリングの範囲に入っている。『天田』を無視して二人を助けることはできない配置だ。ただリング内で待ち構えているのは『天田』一人ではない。今までなかったケースである。
「おいコラ、タイマンっつーくせに、てめえは犬連れてんじゃねえか」
完二が抗議すると、『天田』は笑った。目尻を下げて唇の端を片方だけ持ち上げた、とても黒い笑顔である。回復と光の力が得意なペルソナとは反対に。
「ああ、これですか? いいんですよ、このくらいのハンデが必要でしょう? 僕は子供なんですから」
「ワン!」
吠えたのは本物のコロマルだ。これ呼ばわりされたことに抗議しているかのようである。
「じゃあ僕がやりましょうか。僕も子供なんだから、コロマルを連れていっても文句はないだろうね?」
そして本物の天田も応じる。実のところ、天田とコロマルの戦力は一人ずつでもシャドウワーカー本部の他の隊員と比べて見劣りはしない。ペルソナ能力に年齢や体格はほとんど関係ないのだ。この二人を相手に一人で勝てる者は、そうはいない。ならば二対二の勝負にするのが、最も勝つ見込みがありそうだが──
「待ちな」
さっさと先陣を切って挑もうとする少年を、荒垣が引き止めた。すると黒い少年はますます笑みを深くした。舌なめずりくらいしそうだ。
「あれ、荒垣さんが来ます? 構いませんよ。何しろ僕と貴方は、因縁があり過ぎますからね!」
「あんのは本物で、てめえじゃねえよ」
『天田』の挑発を荒垣は相手にしない。同じ顔をしているだけの偽物は、所詮は他人の空似に等しいのだ。たとえ言うことが実は本物の本音を言い当てているのだとしても、やはり本物ではない。大人の荒垣にはその区別がつく。そして大人であるから、色々と割り切ることができる。
「久慈川、やれ」
「え……? はい!」
りせは一瞬驚いた。何をやれと言われたのか、理解できなかったわけではない。だから驚いたわけだが、すぐに気を取り直した。スポーツマンシップとか何とか、そんなことを言っている場合ではないのだ。まだ高校生ながら職業アイドルとして大人の事情というものを知っているりせも、割り切ることができる。
「ヒミコ!」
古代の神権政治家が指先を斜め上に向けると、光の矢が放たれた。矢は空中で一度見えなくなり、次の瞬間に壁に向けて落下してきた。すると銃で撃たれたガラスのような音を発して、見えない壁は割れた。ついでに四つのコーナーポストも割れた。
あっさりと策を破られた『天田』はもちろん『コロマル』も、一瞬呆気に取られてしまった。その間に荒垣はステージに上がった。天田とコロマルも続く。これでもう三対二である。
「ひ、卑怯だぞ! 子供相手に大勢で!」
「悪いな。こっちは大人なもんでな。お前らも遠慮すんな」
数の優位を更に上乗せすべく、まだ壇上に上がってこない若者たちに向けて荒垣は総攻撃を命じる。気楽に、当然のように。試合ならば初めから人数に差をつけるのはあり得ないが、戦争ならば差をつけることこそが勝負であるように。
「い、いいのかな?」
千枝はまだ戸惑っているが、雪子は笑った。
「いいんじゃない? 偽物の子、生意気だし」
陽介が見たら『やっぱり黒雪姫だ』と思わず口が滑りそうな、『天田』にも負けないとてもいい笑顔である。扇子を広げつつ、軽い調子で親友に応じる。そしてコノハナサクヤが召喚され、黒い中学生に向けて炎の弾丸が飛んで行った。容赦はない。
「リーダー様のご命令だし、しゃあねえな」
「ま、そうね。どうせシャドウだし、憎たらしいから可哀想でもないし」
順平とゆかりも続く。
「何て奴らだ! 血も涙もない!」
新たな力を手に入れたりせがいる限り、P-1の基本ルールは通用しなくなる。数の力を存分に振るえる。偽物の子供と犬は、本物の大人たちに叩きのめされた。
「うんせっと……長瀬先輩、大丈夫っすか?」
「う……ここは? 巽?」
「よいしょ……一条君、平気?」
「え……里中さん!?」
『天田』と『コロマル』が溶けて光の粒になった後、長瀬と一条は十字架から降ろされた。このある意味で象徴的な処刑道具は単なる柱ではないようで、上げられた人間の力を奪い、自力で脱出できないようにする効果がある。その為、二人は目を覚ました後もしばらく動けずにいた。
「くう……情けねえぜ」
「ホントにな……」
長瀬と一条は床に胡坐をかいて座り、肩を落とす。特に一条は落ち込み方が酷い。敵に捕まって人質にされたのみならず、好きな子(まだ現在形である)に助けられた。男として情けない限りだ。戦いに男も女もないという考えには、なかなか至れない。
「あの、皆さんちょっとよろしいでしょうか」
救出された二人が回復するのを待つ間、直斗が声を上げた。
「3日のグランプリの時と違って、偽物たちは自分が偽物であることを隠そうとしません。なぜなのか考えてみました」
そうして少女探偵は、これまでの偽物の言動を推理してみた結果を話し始めた。結論から言うと、削り合いをすること自体が敵の目的ではないかと。その根拠は──
「一条先輩と長瀬先輩はご一緒だと非常に強力なペルソナを使えます。それはラビリスとの戦いで証明されたので、敵も知っているはずです。それなのに二人を同じ場所に監禁していました。それは救出された後に、一人ずつ簡単に偽物にやられることがないようにする為だったのではないでしょうか」
「でも基本タイマンなんだろ?」
完二が疑問を呈すと、直斗は反証を挙げた。
「先ほどの天田さんとコロマルさんの偽物のように、二人がかりで来るケースもあります。思うに僕らが大勢なので、なるべく多く戦えるように二人で来たのでしょうね」
だからもし一条と長瀬が戦う場合には、二人が一緒にリングに入ることが許される可能性が高い。それくらいのルールの恣意的な運用はありそうだ。
「戦えばいいだけだから、偽物は本物の振りする必要もないってこと? でも削り合いなんかしてどうすんの?」
今度は千枝が聞いてきた。
「偽物が倒された時に出る、あの光の粒です。僕らが攻撃を受けた時にも出ています」
直斗の推理は続く。敵味方のどちらからも出るものだから、いい勝負をすればするほど多量の光の粒を集められる。そして外で戦っていた時に確認したことだが、あの粒はこの塔を目指して飛んで行ったと。今の戦いで滅んだ二人の粒も、ここから上へ向けて飛んで行ったことを、直斗は目で追って確認していた。
「その光の粒を集めて、敵は何するつもりなの?」
今度はゆかりだ。
「それはまだ分かりません。ただ、先ほどは総がかりで一方的に倒せたので、僕たちからは光の粒が出ませんでした。予定より集まる量が半減したも同然ですから、敵にとっては誤算でしょうね」
「うーん……」
ゆかりは腕を組んで考え出した。かつての戦いの舞台だった塔は、ある存在を招来する為の目印のようなものだった。この塔も同じ目的でできたのだとしたら、光の粒はその為に使われるのだろうかと。そこまで思いついたが、口には出さなかった。
「なるほど。久慈川、山岸に連絡は取れるか?」
荒垣が尋ねるが、りせは表情を暗くした。
「すみません。この学校……って言うか塔の中の霧はノイズが外よりずっと酷くて、居場所は何となく分かりますけど話はできそうもないです」
ここで直斗の推理を有里たちと共有し、偽物と戦う時の注意を促したかったのだが、それはできないわけだ。
「そうか。なら他の人質を探すぜ。有里たちも探すはずだから、そこで合流できる。偽物が出てきたら、できれば戦わずに済ます。無理なら大勢でボコる。こっちは攻撃食らっちゃいけねえから、そこは割り切れ」
これからも数の力を前面に押し出す。敵が正々堂々来るなら、こちらは卑怯なやり方で行く。荒垣はそう宣言した。そんな合理的なリーダーに、若者たちから反論は出なかった。皆が黙って頷いた。今夜会ったばかりの者の多い烏合の衆は、一つのまとまったチームになりつつある。
生き残った暴走奔馬! ケンカ上等のリアルジャンキー! 荒垣真次郎!