ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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既視感(2012/5/6)

 特別捜査隊のメンバーの個々の戦力は一定していない。リーダーとサブリーダーの二人は他と一線を画しているが、残る六人の間でも差はある。実力だけで比べれば、りせと直斗は『千枝』と『雪子』に及ばない。しかしどうやっても敵わないほど圧倒的な差はない。二人は悠と連携して策も用いることで、それなりに戦えている。後は悠がどこかで隙を見つけて、大技を放てば一気に勝負を決することもできるのだが──

 

 りせが火炎を跳ね返した直後、糸の攻撃が悠を襲った。長く伸びた赤い糸が床を這うように接近してきて、悠の足首に絡まった。悠は眼前の『堂島』だけに集中していたつもりはなかったが、草むらに隠れる蛇のような攻撃に、直接触れられるまで気付かなかった。糸の主はラビリスだ。

 

「なっ……!?」

 

 この堂島家の仏間での戦いが始まってから、ラビリスは何もしなかった。巨大な仏壇に腰を下ろしたまま、興味なさげに骨肉の争いとキャットファイトを見ているだけだった。初めから積極的に動いていれば当然悠も応じただろうが、いつの間にか三対三の勝負のようになって、『機械の乙女』を意識の外に置いてしまっていた。悠だけでなく、直斗もりせもそうだった。結果的に、ラビリスは隠れていないにも関わらず伏兵になった。

 

「はあ……アリアドネ、引っ張ったれや」

 

 自分のペルソナに気だるげに命令すると、糸は猛烈な勢いで引かれた。アリアドネは優美な外見に似合わず、本体と同じく物理的な攻撃を得意とする為、膂力も相当ある。経験のない種類の足払いを不意打ちで仕掛けられた悠は転んでしまった。しかもそのまま数メートル引きずられた。

 

「つおりゃー!」

 

 敵のリーダーがいなくなって生まれた隙間に、すかさず『千枝』が突進してきた。向かう相手は直斗だ。スクナヒコナを召喚して炎を放つが──

 

「分かってるっつってんでしょうが!」

 

「くう……!」

 

 跳躍しつつ炎をかわし、そのまま飛び蹴りを放った。いくら苦手な攻撃でも、何度もやられればタイミングを覚える。キャッチコピー通りの竜の足技を、直斗は両手を交差させて防いだ。こうしたフルコンタクト系の戦闘は、格闘技の心得のない直斗は不得手である。防御してもペルソナの欠片が零れるくらいだ。

 

「直斗君! ヒミコ!」

 

 りせが大声を出して戦闘モードでペルソナを召喚し、光の矢を斜め上へ向けて放つ。これはフェイントを入れて不意を突く技だ。標的の『千枝』が声に反応したその瞬間を外して、一拍遅れて矢が降り注ぐはずである。しかし──

 

「甘い!」

 

 割り込んだ『堂島』が矢を警棒で弾き落とした。りせは格闘戦のセンスがある方だが、『堂島』はもっとある。初見で矢の軌道を見切ってみせた。

 

 悠が引き離された為、本物と偽物は二対三の状況になった。しかも人数の多い方が実力も上では、均衡は一気に崩れる。

 

「スクナヒコナ、切り払え!」

 

 直斗は腕の痛みを堪え、ペルソナを召喚して剣を振るわせる。果物ナイフのようなサイズでも、当たれば斬れる。しかし『千枝』は既に拳法の間合いに入っている。こうなるとペルソナより自分の体で攻撃する方が速い。

 

「発勁!」

 

「うあっ……!」

 

 双按が炸裂した。グランプリで千枝の打撃を真田が受け止めたのと違って、直斗は『千枝』の両の掌をまともに食らってしまった。全身から生み出される瞬発力が体の奥まで浸透し、直斗の背中からペルソナの欠片が弾け飛ぶ。小柄な体が浮きあがり、床に落ちる直前に赤と黒の棺桶に覆われた。一人脱落した。

 

 次いで『雪子』が動く。やはりキャッチコピーのように黒い、唇の両端を吊り上げた笑みが口元に浮かぶ。それを扇子で隠すこともなく、今度こそ好機を逃すまいと素早く攻撃に移る。

 

「はいっ!」

 

 扇子を翻すと同時に、りせに向けて一輪だけの赤い花が放たれた。それはアイドルがステージから花や帽子を投げるのと違って、まさに矢のような速さで飛翔する。着弾と同時に猛火が花開いて爆発した。赤い火の粉と共に、やはり金色の欠片が踊る。

 

「ああっ……!」

 

 りせが再び鏡の魔法で反射する間を与えない、絶妙な一撃だった。そして威力も絶妙だった。りせを殺すつもりならともかく、P-1クライマックスのルール内で倒すだけなら、視界を覆い尽くすような火の海は必要ない。過不足のない一筋の火炎で、りせは膝から崩れ落ちた。二人目が脱落した。

 

 ペルソナの欠片が舞い散る中、悠は棺桶が閉じるバタンと鳴る音を聞いたような気がした。それは見た目の変化から生じたイメージが空耳になっただけで、実際にはそんな音はしていない。だがとにかく局面が大きく動いたことは確かだ。直斗とりせは象徴化した。

 

「くっ……メサイア!」

 

 仲間たちが棺桶に入った直後、悠は立ち上がって救世主のペルソナを召喚した。放つのは切り札の一つ、万能魔法だ。白い翼の生えた男が右手を掲げるや、紫色の光がドーム状に展開して仏間を覆った。力が及ぶ範囲は広い。大技は三人の偽物全員に対して決まった。ペルソナの欠片が一気に溢れ出し、金色の洪水が渦を巻く。

 

「きゃあっ……!」

 

 偽物たちは全員が既にある程度負傷していた。『千枝』と『雪子』には、これがとどめの一撃になった。棺桶には入らず、形が崩れて溶けて消えた。『堂島』は耐久力に優れる分、まだ人の姿を保っている。しかし不意打ちのように仕掛けられた万能魔法に膝をついて、大きな隙をさらしている。ここが決め時だ。

 

「やっ!」

 

 悠は長剣を脇に溜め、滑るように踏み出して間合いに入りながら、剣を大上段に振り上げた。3月20日に道を塞ぐ大岩を叩き割った、渾身の一撃である。『堂島』は膝をついたまま警棒を顔の前で構えて防ごうとするが、悠の石割の太刀は止まらなかった。

 

 ──

 

 警棒は中ほどで切断され、ほぼ同時に『堂島』は頭を割られた。悠はグランプリでは本物の堂島を殺さぬよう剣の腹で叩いたが、偽物には容赦なく殺し技を放った。『堂島』は最後のペルソナの欠片を噴出させて、溶けて消えた。

 

 かくして二人の本物と三人の偽物が立て続けに退場した。残るは二人である。

 

「さあ、次はお前だぞ」

 

 悠は振り返り、ある意味で本命の敵であるラビリスを倒すべく長剣を構えた。先ほどは不覚を取ったが、もうあの轍は踏まない。ラビリスの実力の程度はグランプリの場外戦を見ているので、何となく分かる。油断はできないが、普通にやれば勝てるレベルだ。弱点もりせから聞いているので、負ける気はしない。しかし──

 

「ケンカの押し売りはいらんて」

 

 戦意十分な悠に対して、ラビリスの反応は何ともつれないものだった。『機械の乙女』は依然として巨大な仏壇に腰かけている。ただ床に立てていた斧は手に持っている。その巨大な武器を、何を思ったか後ろに向けて振るった。顔は悠の側を向いたまま柄を背後に向けて突き出し、石突で須弥壇を粉砕した。現実だったら罰当たりにも程がある行為に、悠は呆気に取られてしまった。

 

「ウチはあんたにゃ興味ないねん」

 

 興味ない──

 

 これは効く言葉である。特に誰からも愛された人気者にとっては、ナイフのように鋭い。悠は偽物たちを倒したらすぐさまラビリスを攻撃すれば良かったのだが、予期せぬ奇行に驚かされて足を止められたところで、追加で止められてしまった。

 

「あいつがどうしてもって言うから来たけんども、もうウチは自由や!」

 

 悠が動けずにいる間に、ラビリスが動いた。自分を殺そうとする男から逃れるべく、壊した窓ガラスから飛び降りるように、仏壇の向こうの空間へと身を躍らせた。

 

「あっ……待て!」

 

 言葉のナイフから立ち直った悠は慌てて仏壇に駆け寄ったが、もう遅かった。ラビリスの姿はない。本尊が安置されているはずの中心部を破壊された棚の向こう側は、何も見通せない暗黒だ。巨大な斧や銀の髪は見えなくなってしまった。

 

(いや……!)

 

 諦めるのは早い。悠は腹を括って仏壇に足をかけた。今となっては遠い昔のように感じる昨年の4月、ジュネスのテレビから崖へと身を躍らせたように、ラビリスを追って行こうとした。しかし──

 

『先輩! 待って!』

 

 聴覚を介さない声に引き止められた。ペルソナによる通信である。

 

「りせ!? 無事なのか?」

 

『うん、大丈夫よ。先に棺桶になっちゃった人たちも一緒! みんな怪我も治ったから!』

 

 クマ総統によれば象徴化した者は『墓場』に送られるとのことだったが、それが実際にはどういう意味なのか、悠にはまだ分からないことだった。だがりせによれば、意外と自由がきく状況にいるようだった。塔の中では通信できないはずが、しっかり通じるくらいに。

 

『そこの仏壇の穴から先に進めるみたいだけど、この塔って構造が人によって変わるみたい……逃げたラビリスを捕まえるのは多分無理よ』

 

「……そうか」

 

 悠は剣を力なく下ろし、切先が仏間の床に軽く刺さった。無念を禁じ得なかった。それは自分でやると決めたことを、できないからだけではない。ある嫌な思いが胸に去来した。

 

(コミュがなければこんなものか……)

 

 コミュニティは稲羽のほとんどの知り合いとの間にあった。逆に言うと、魔術の絆のない相手と付き合った経験はほとんどないことになる。例外は諸岡と生田目、他にはひさ乃くらいだ。あの三人は色々あって親身になってくれたが、ラビリスはそうではない。絆は言うまでもなく、勝負まで拒絶された。

 

『先輩!』

 

 決して浅くない自己嫌悪に陥りそうになっていた悠を、強い調子の声が引き止めた。りせはここにいるわけではないが、まるでいるかのように、沈み込む悠の顔を見ているように強い力の込められた声をかけてきた。

 

「何だ?」

 

『今はとにかく、自分が生き残ることを最優先に考えて! どこかできっと花村先輩たちと合流できるから、頑張って!』

 

 そんなりせに対して、悠は即答した。

 

「ああ、そうするよ」

 

 言われた言葉を自分の頭で考えることなく、決まった台本を読み上げるような、反射的な答えだった。それで通話は終わった。

 

「……」

 

 思わず発した自分の返事が嘘くさく聞こえなかったかどうか、悠は自信がなかった。言動を自在に操れる『愚者』のくせに、素っ気なさを隠すことができなかった気がした。仏壇に空いた虚空の穴、現実であれば菜々子の亡母の遺影が置かれていたはずの場所を見て思う。

 

(自分が生き残ること……か)

 

 普通なら言うまでもないことを、りせはわざわざ言ったように悠は思った。まるで自分は今夜の戦いを生き残るつもりがないことを、りせは気付いているかのように。そうだとしたら、何とも申し訳ないような気持ちになった。

 

「ゴホッ……」

 

 先へ進む為に仏壇に再び足をかけたところで、咳が出た。

 

 

 

 

 一方、墓場こと巌戸台分寮のラウンジでは二回戦第一試合の中継が終わり、テレビから映像が消えた。第二試合はすぐに始まる様子はなく、百インチを超える超大画面は沈黙している。マヨナカテレビもどきの格闘番組はコマーシャルがないようで、視聴者はただ待たされるだけだ。

 

「自分の顔した奴がペラペラ喋ったり暴れたりするのは、見ていて気分のいいもんじゃないな……」

 

 瞳は金色だがそれ以外は顔がそっくり同じの、言わば双子の言動を見せられて、堂島は気を悪くしていた。一服したいところであるが、煙草は持ってきていないので我慢するしかない。

 

 そんな刑事を余所に、少女たちは話を始めた。女三人寄ればと言うが、五人集まっても声のトーンはうるさくなかった。

 

「白鐘君も鳴上君が好きだったの?」

 

 聞いているのは結実だ。つい先ほど棺桶になって落ちてきて、生田目が『出棺』させ、自分が傷を手当てした人に尋ねる。聞き方はストレートな限りだった。

 

「……」

 

 直斗はしばらく答えなかった。ただし照れているのではない。ある意味で特捜隊の中で最も初心な少女探偵は、この手の話をすると赤面せずにはいられない。しかし今の顔色は普通である。

 

「僕が鳴上先輩たちの仲間になったのは、去年の10月です。その頃にはもう先輩は貴女と付き合っていましたから、僕が割り込む余地なんて初めからなかったですよ」

 

 言葉を選ぶ為にかなりの時間を要してやっと出てきた答えには、ある含みがあった。余地があったら割り込んだ。そう受け取ることもできる。

 

「おい、ちゃんと吐き出しゃいいんだぜ。そうでないと辛いだけだろ」

 

 その含みを感じ取った完二が口を挟んだ。ちなみに完二は直斗の次くらいに初心だが、やはり今は顔を赤くしていない。

 

「いえ……これが正直な気持ちです。本当に……」

 

 直斗は完二の側を振り返りつつ、帽子のつばに手をかけた。それを下げて視線を隠そうとして、無意識にそうしようとしていたことに途中で気付いて、帽子をそのままにして手を下ろした。今夜は何度も敵から庇ってくれた男と、視線が真っ直ぐ出会った。ちなみにミナヅキにやられた完二の右腕と背中の傷は、結実に手当てされたのでもう塞がっている。手は問題なく動くので、世界が終わらなければ直斗の為に何か作ってやることはできる。

 

「そうか」

 

「そう……」

 

 完二は口を噤み、結実もそれ以上は追及しなかった。

 

「それで……貴女たちも?」

 

 続いて特捜隊女性陣の残り三人だ。結実は既に悠と別れているので、たとえ元カレが浮気していたとしても、その相手を責める義理はもうない。だから聞き方に怒りや恨みはない。ただし駆け引きもない分、直接的な物言いになる。

 

「……」

 

 三人のうち最初に結実と目が合った千枝は、悩ましい表情になった。リーダーの元カノの問いに何と答えるべきか考えているのだが、言葉が浮かんでこない。直斗と同じ言い訳は通用しないし、『貴女には関係ない』と言える空気でもない。

 

「千枝先輩、この期に及んで嘘はなしよ」

 

 後輩にまで逃げ道を塞がれ、遂に千枝は白旗を上げた。

 

「あー! 分かった! 分かりました! あたしも鳴上君が好きでした! 認めるわよ!」

 

 先ほどテレビの中で金の瞳の『千枝』が言い放っていたように、千枝は悠に好きと言ったことはないし、誰かに相談したこともない。自分一人だけの秘めた思いだ。もっとも当の悠を始め、一条や陽介、更には足立にまで気付かれていた程度の秘密だったが。しかしここで重要なのは、気持ちを知られていたかどうかではなく──

 

「過去形なのね」

 

 今はどうかということだ。千枝の悠への思いは、陽介の早紀へのそれと同様に過去形である。

 

「私も……彼が好きだった。大好きだった。でも……」

 

 雪子は問われる前に語りだした。やはり過去形である。過去に抱いた気持ちそのものが嘘だったとまでは思わない。悠なら『それはコミュのせいで、雪子自身の気持ちじゃない』と思うだろうが。どちらにしても、もう終わった恋であることを雪子は認めている。今からやり直すことはできない。しかし──

 

「ふふ……先輩もアイドルだったんだ」

 

 りせは違う。むしろアイドルとして、悠の気持ちが分かる気がしていた。人が見る自分と、自分が考える自分の乖離。本当の自分に悩むこと。それは多くの偶像が抱くものであり、りせも抱いたから分かる。もっとも絆を束ねるワイルドと職業アイドルは似てはいるものの、同列ではないが──

 

 昨年の恋は恋愛のコミュニティの影響に違いないが、今は違う。一度別れた恋人が、相手の新たな一面を知って復縁することも世の中にはあるように。危機は時に、それが起きる前よりも繋がりを強くする。

 

「貴女は過去形じゃないのね」

 

「はい、そうです」

 

「そっか……うん、頑張ってね。大丈夫よ、彼って押しに弱いから」

 

 舞台女優はアイドルに向けて優しく微笑んだ。普通の人間は絆を教える『我』が何も言わなくても恋に落ちるように、魔術を失った悠に恋する人もいる。ラビリスは悠に興味を持たなかったし、結実も改めての恋はしないが、誰もがそうとは限らない。

 

「ふふ、やっぱりそうですよね!」

 

「全く……とんでもない甥を持ったもんだ」

 

 少女たちのやり取りを聞いていた堂島は、再び一服したくなった。やたらとモテる甥に驚くべきか。将来に不安を感じるべきか。モテたのは昔の話で、今は違うことを憐れむべきか。はたまた駄目な男に尽くしてしまうタイプなのではないかと、悠よりもりせを心配するべきか。どうでもいい悩みを煙草でごまかしたくなった。

 

「まあ、それは置いときやして……」

 

 荒垣が堂島に声をかけた。荒垣にすれば悠の有様はどこかで見たような状態であり、ため息を吐く堂島に親近感を覚えるくらいだった。その為、口調がやや気安い。

 

「今から俺らに何ができるか、考えましょうや」

 

 

 

 

 塔の地下が恋の話で盛り上がっていた頃、分断されたチームの一つはまだ階段を上っていた。そうしながら、自己紹介がまだだったことに気付いた。

 

「そう言えば、お前たちには名乗ってなかったな。俺は真田明彦だ」

 

 真田はゴールデンウィークの事件にはグランプリから参加しており、昨年12月にも稲羽を訪れているが、直接戦った千枝以外の特捜隊に名前を教えてはいなかった。先ほどエントランスに集合した時も、状況確認と事件の背景の説明で慌ただしかった為、個別に名乗る機会がなかった。だがこうして少人数に小分けされたからには、コミュニケーションを取っておくべきだと考えた。

 

「えっと、花村陽介です」

 

「クマはクマクマ!」

 

 特捜隊の二人が名乗った。今夜は家を出た時から行動を共にしている陽介とクマは、何の因果か二回戦でも同じ組になった。

 

「俺は伊織順平。シャドウワーカーのリーサルウェポンと呼んでくれたまえ!」

 

 この組は以上の四人である。悠のチームは全員が特捜隊だったが、対照的に二組目は特捜隊とシャドウワーカーが混ざる形になった。所属が違う相手については、互いにほとんど知らない間柄だ。順平に至っては、稲羽に来たのも今夜が初めてである。しかし──

 

「知ってるクマよ! ビンと缶と、ペットボトルね! ジュネスはゴミの分別も推進してるクマ!」

 

「……順平でいいです」

 

「初対面の人に失礼だっつの!」

 

「はは、いいっていいって!」

 

 クマと陽介のいつものボケとツッコミで、空気がほぐれた。実戦の最中に不謹慎と言えばその通りだが、誰も彼もが顰め面をしていても状況が良くなるわけではない。チームには明るいタイプも必要である。本物の戦争においてさえ、兵士は戦友と軽口を叩く。

 

「しっかしまあ……見事に野郎ばっかのパーティーだな。癒しがねえぜ」

 

「ムー、ジュンペー! このクマの癒しパワーが分からんクマか!? 見よ、このふさふさの毛並み!」

 

 クマは自分の頭の頂上を順平に向けて、けだものとしての美しさを誇る。もちろん順平が言っているのはそういう意味ではないが、空気を読んで漫才に付き合う。

 

「お前は癒しというより、イヤラシだしなあ……」

 

「誰が上手いコト言えっちゅーたクマ!?」

 

「はいはい、その辺で……順平さんもあんまからかわないでやってくださいよ。……当たってますけど」

 

「苦労してんだな。分かるよ、その気持ち……」

 

 どちらも魔術師のアルカナを持ち、チームではリーダーの親友という立ち位置にある二人は同病相憐れむ気持ちになった。もっとも陽介は悠の相棒であると共に特捜隊のサブリーダーという立場上、順平よりチーム内における責任が重い。事の始まりでは陽介は悠を戦いに誘った者として、特別課外活動部で言えば美鶴の立ち位置も一部兼ねている。その意味では──

 

「ところで、このメンツだと誰がリーダーになるんすか?」

 

 アイスブレイクを兼ねた漫才を一旦切り上げて順平が発したこの質問には、陽介がそれを務めるというのも一つの手だった。リーダーの不在時には、サブリーダーが代理になるのが普通だ。順平はそういう柄ではなく、真田も同じである。しかし──

 

「はーい! クマがリーダーやりまーす!」

 

 序列から順当に決めるより先に志願者が出た。着ぐるみの手を挙げて、その勢いで軽く飛び跳ねる。

 

「お前かよ!」

 

「クマはセンセイを目指すクマ!」

 

 陽介のツッコミが入ってもクマは引っ込まない。悠を目指すとは、クマにとって漫才のボケではないのだ。グランプリで『生徒会長』のナイトになった時から本気である。

 

「クマクマか……面白い。やってみろ」

 

 クマの志願を真田が承認した。子供の稚気に微笑むような、陰のない笑顔を着ぐるみに向ける。リーダーの適性をクマに見出しているわけではない。ほぼ初対面のうちにそんなものを見抜く目は、真田を含めて誰も持っていない。ただものは試しのつもりで言っているだけだ。

 

「クマクマじゃないクマ! クマはクマクマ!」

 

「分かりにくいんだよ!」

 

 クマはボケているつもりはなくても、陽介はツッコむ。かくしてリーダーに天然系を据えたチームは、気楽に笑いながら塔の階段を上る。

 

 

 やがて四人が上る階段の先に扉が現れた。扉そのものは、悠たちの時と同じで学校の教室のそれだった。ただし開けた先も教室であるとは限らない。グランプリで戦った八十神高校のダンジョンと違って、この塔は学校のイメージに対するこだわりがない。悠たちは堂島宅を戯画的に模した空間に出た。では陽介たちはどうかと言うと──

 

「おろ!? ジュネスクマ!」

 

 そこは陽介とクマの職場だった。ただし予選を戦ったフードコートではなく家電売り場である。特捜隊には馴染み深い場所だが、やはりと言うか現実のそれとはかなり違った装いになっている。

 

 生活に役立つ道具を様々取り揃えているが、どれもこれも数が異様に多く、積み方がメチャクチャである。大きな箱型の機械が何段にも積み重ねられていて、しかもこの塔の外観を真似るかのように、機種も機械の種類も違うもの同士が乱雑に積まれている。

 

 ある場所では冷蔵庫の上に洗濯機が置かれ、その上にはエアコンが縦向きに積み重ねられて、更にその上に乗る照明器具が床を照らしている。別の場所では、マッサージチェアに掃除機や電子レンジが乗っていたり、パソコンが何十台も山のように積み重ねられていたりもする。現実の店だったら目当ての商品を引き出すだけでも一苦労だ。下手をすれば雪崩が起きる。

 

 そんな家電の大群の中でも特に数が多いのは、やはりテレビである。最新型の液晶テレビはもちろん、特捜隊の拠点のスタジオでクマが出す古式ゆかしいテレビもある。それら新旧の文明の利器が、何十台も積み重ねられて林のようになっているのだ。

 

「何つーか……すげえ有様だな」

 

「む……いたぞ」

 

 順平が場所に驚いて見回す一方で、真田がここの主か何かを発見した。テレビの林の向こうに、瞳を金に輝かせた三人組がいる。一人は上半身がほぼ裸で、素肌に赤いマントを羽織っただけの男だ。もう一人は白い作務衣を着て白い和帽子をかぶった、料理人風の男である。そしてもう一人は──

 

「アイギスさん……なの?」

 

 陽介が疑問形で聞くように、二人の男に挟まれた位置に立っているのは『アイギス』だ。ただし服装は今夜やグランプリで着ていた黒い女物のスーツではなかった。白を基調とした装甲らしきもので、顔を除く全身を覆っている。足元から手の指先に至るまで全てが金属である。装甲の上に服は着ていない。ただ首に青いリボンをつけているだけだ。頭にはヘッドホンらしきものを付けているが、よく見ると耳を覆っているのはファンだった。そして薙刀は持っていなかった。

 

 この服装と言うよりまさに『兵装』と言うべき姿は、陽介に否応なしに連想させるものがあった。栄光を掴むはずだったグランプリで戦い、最後はその手をすり抜けていった『人』だ。今夜は悠が倒そうとしたが、逃げられた『人』でもある。眼前の『アイギス』はそれと非常によく似ていた。もちろん細かなデザインは異なるし使用する武器も違うはずだが、基本的な構造、または設計思想的なものの根源は同じであるはずだ。ラビリスと『同じ』機械の乙女だ。

 

「うっわ、何このデジャヴ」

 

 そして順平にとっては連想ではなく既視感をもたらすものだった。

 

「なるほど、ルールも舞台も所詮は敵の作ったものだ。奴らにばかり有利に働くに決まっているが、まさかこう来るとはな」

 

 真田は警戒度を高めた。階段を歩いていた時の緩い雰囲気はもう消え去っている。

 

「またお会いしましたね、花村さん。先日は夫の裏切りで不覚を取りましたが、今夜はそれはありません。貴方はもう私には勝てません」

 

「へっ、舐めてたらすぐ負けちまいますよ。こないだの俺じゃねえっすからね!」

 

 一方で陽介はまだ緩さが残っているように、片目を閉じた笑顔を見せた。

 

 この余裕は根拠のないものではない。グランプリ準決勝で陽介が勝てたのは有里の支援のおかげであって、実力ではアイギスが上だった。しかし今は違う。テセウスを得た今の陽介はアイギスにも、更には真田にも勝る。疲労もまだないので、普通に戦えば普通に勝てる自信があった。しかし──

 

「花村、油断するな! あれは二年前のアイギスだ。グランプリで戦った相手とは別人と思え。機械のアイギスは、有里に匹敵する最強のペルソナ使いだ!」

 

 この『アイギス』もまた前とは違っていた。

 

「ええ!?」

 

 陽介は有里が戦うところはほとんど見たことがないが、何となく想像はつく。陽介は悠や足立に追い付いたと思っているし、それは決して過大評価ではないが、足立を倒した有里と比べるとどうか。考えると冷水を頭から浴びせられたような気分になる。

 

「しかもお供は真田さんと荒垣さん。懐かしの特別課外活動部、上級生タッグと来たもんだ。俺っち、貧乏くじ引いちまった?」

 

 順平の言う通りで、P-1クライマックス二回戦第二試合は偽物たちのレベルが第一試合とは違っていた。大勢いる港区と稲羽市のペルソナ使いの中から、かなりの上位ランクばかりを集めた強豪チームである。人数は本物たちの方が有利だが、果たしてどこまで意味があるか。

 

「こりゃ! みんなビビってる場合じゃないクマよー!」

 

 陽介たちが緊張する中、一人クマだけが張り切っている。着ぐるみの腕を後ろ手に組んで胸を張る。

 

「大丈夫! クマがセンセイみたくきっちりリーダーやったるから、シモベのヤローどもは気張りんしゃーい!」

 

 特捜隊とジュネスのマスコットによる、クマ総統のような宣言が戦闘開始の合図になった。

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