一対一の勝負と複数人同士による集団戦は全く違う。その中でも最大の違いは、集団は仕事の分担が可能なことである。攻撃、防御、回復、指揮などの役割を各人が担い、それに集中することができる。そしてペルソナは各々個性が強い為、得意なものは人間よりも明確なことが多い。だから適材適所を実現しやすい。そしてリーダーを買って出たクマは何が得意かと言うと──
「キントキドウジ! みんなにパワーを分けてあげるクマー!」
ミサイルを掲げたペルソナが召喚され、熱を持たない炎のような光が四人の男を勢いよく包む。攻撃力を強化する補助魔法である。クマはできることが多彩で器用なタイプだが、中でも味方の能力の底上げができるのは集団戦では大きな意味がある。上手く使えば俄然優位に立てる。
一対一だと補助や回復魔法の行使は隙になりやすいが、周囲に仲間の壁があれば話は別だ。特にクマは指揮担当者として戦列の後方にいるので、なおさらやりやすい。むさ苦しい男たちの攻撃力を大幅に上昇させることに成功した。これがかかっていると、たとえ元の実力が同じでも押し勝てる。しかし──
「解除します」
『アイギス』が一声言ってペルソナを召喚すると、上昇はなかったことになった。補助魔法は味方の力を上げることと敵の力を下げることに大別される。前者はクマが、後者は真田が得意だ。そしてそれらの力の対抗策として、補助魔法を解除する術もある。『アイギス』が使ったのはその一つ、強化を無効化する術だ。
「えー! アイチャンシドイ! せっかくクマがかけたのに!」
「お前はここに遊びに来ているのか? カエサル、拳を封じろ!」
敵に文句を言うクマに、もっともなツッコミが入った。その直後、『真田』は攻撃力を下げる補助魔法をかけてきた。これをかけられていると押し負ける。
「フーンだ! そっちのアッキー、甘いクマよ!」
するとすかさずクマも解除の術の一つ、弱化を無効化する術を行使した。あっという間に戦況は振り出しに戻った。
「クマクマ、補助の掛け合いをしても無駄だ! お前は回復を優先しろ!」
「こりゃ、こっちのアッキー! リーダーのクマに何メーレーしてるクマ!」
「リーダーが間違ってたら止めるのが仲間の役目なんだよ!」
クマの抗議に順平が答えた。
「何か実感こもってますね……」
陽介は感慨深さが声に出た。思い出されるのは昨年12月、菜々子が一度死んだ時だ。あの時の悠は怒りに任せて生田目を殺そうとした。そしてそれを止めるべき陽介は、相棒を止めるどころか片棒を担ごうとした。今になって振り返ると、馬鹿なことをしたと思わざるを得ない。当時はそれ以外の道はないと思い込んでいたが、決してそんなことはなかったはずだ。たとえ菜々子が死んだままだったとしても、である。それができなかったものだから、昨年の事件では特捜隊はシャドウワーカーに敗れた。
「……」
P-1クライマックス二回戦第二試合は既に始まっているが、陽介の心には一つの引っ掛かりが残った。
何度も言うようだが、ペルソナ使いの戦いは耐性が重要である。自分の得意技で敵の弱点を突くことができれば、そして敵の得意技を自分の長所で受けることができれば、それだけで勝負はほぼ決まる。ただし集団戦だと長所も弱点も増えるため、そう単純にはいかない。
「カエサル、撃て!」
『真田』は弱化魔法以外に得意とする攻撃の柱、電撃を放った。足立と悠のマガツイザナギのそれと比べても、そうそう劣らない威力の魔法が襲ってくる。陽介はこれに弱いが、今夜の予選で見切りの技を身に付けた為、当たることはまずない。だが同じく電撃に弱いクマは見切りができない。実力で大きく勝る『真田』に弱点を突かれれば、一発で棺桶に入れられることもあり得る。もっとも人間でないクマが象徴化するかどうかは不明瞭だが。
「させん!」
電撃を無効化できる真田がクマを庇った。
「アッキー、クマの為に……!」
補助の他に回復もできるクマが早々に脱落しては、継戦能力で一気に不利になる。だから庇っているわけだが、『真田』はこうすることで真田の動きを封じることができる。ちなみにクマが補助と回復以外にもう一つ得意な氷結は『真田』に見切られる為、早々にやめさせられている。
真田がクマの前から動けずにいる間に、『アイギス』と『荒垣』は陽介と順平を襲う。まず『アイギス』が動き、金属の指先を向けてくる。よく見ればそれは筒状だった。
「アイちゃんのあれはマシンガンだ! 気を付けろ!」
「マジでロボットなんすね!」
順平が警告するのとほぼ同時に、金髪碧眼の『美少女』の指先でマズルフラッシュが煌めき、連続した銃声が霧を引き裂いた。もちろん銃弾も飛んでくる。機関銃は現実の戦場では敵兵を薙ぎ倒す主力兵器だが、ペルソナ使いの戦いではそうでもない。『アイギス』の銃は陽介が投げる飛び苦無と同程度の威力しかない。よって主な役割は牽制である。本命の攻撃は──
「カストール」
銃弾が順平と陽介の足元の床に着弾した直後、『荒垣』がギリシャ神話に登場する英雄のペルソナを召喚した。騎兵のペルソナが放つのは一発の威力がある鉄槌か、多数の敵を薙ぎ払う絨毯爆撃か──
「ヨースケ、猫だましやっちゃれ!」
ここでリーダーであるクマの指示が飛んだ。
「やってみっか! 惑わせ、テセウス!」
スパルタの王子に対抗して、アテナイの王子のペルソナが召喚された。神話の宝庫の国では英雄も数多くいる。
ジライヤと違ってテセウスは両手が剣で塞がっているため、剣の柄をカストールの目の前で打ち合わせた。カツンと鳴る音が、巨大すぎる家電売り場で商品を床に落としたように響く。グランプリの決勝では陽介はこれでラビリスを混乱させ、とどめの必殺技に繋げた。しかし──
「ふん!」
「どわっ!」
陽介の精神攻撃は外れた。騎兵のペルソナは衝撃波を放ちながら突進し、陽介を転ばせて順平へと向かった。
「ギャンブラーだねえ……」
順平は大剣を横に構えて突撃を防いだ。その口調には、賭け事にのめり込んで有り金をすってしまう人を見るような呆れの色がある。確率次第の技は外れても反撃を受けないよう、後列から仕掛けるのが常道で、余程自信がない限りは前列からやるのは危険である。
実は『荒垣』は状態異常と呼ばれる系統の術が効きやすい方だが、ここでは決まらなかった。陽介は膂力も魔力も速度も以前から大きく上がっているが、精神攻撃の成功率が低いことだけは、ペルソナが変容しても変わらなかった。持って生まれた運勢のようなものかもしれない。
そして『荒垣』自身も攻めてきた。床に手をついている陽介に向けて得物を振りかざす。何とフライパンだ。
真田と順平もそうだが、本物の荒垣はシャドウワーカー仕立ての黒いスーツを着ている。しかしこの金の瞳の『荒垣』の格好は、本業である板前としての仕事着である。そして得物は調理器具だった。包丁でないのは、本物は刃物ではなく鈍器を使うことに合わせたのか。霧を煽る唸り声を上げて、鍋底で陽介を引っぱたいてくる。本物が見たら『商売道具は大事に扱え』と本気で説教するところである。
金属音が家電売り場に響き渡った。陽介は素早く体勢を立て直し、両手の短剣で『荒垣』の打撃を防いだ。防ぐことはできたが、腕や背中が軋む。
「く……凄えパワーだ!」
ペルソナ使いが使う武器に特別な制限はない。フライパンが優れた武器であるはずはないが、ペルソナ使いにとって現実の常識は大した問題にならない。カストールが『荒垣』に与える力により、調理器具の一撃は十分な威力を発揮する。テセウスに由来する陽介の膂力は『悠』を驚かせるほど強かったが、それでも陽介が押し込まれる。しかしいつまでも押されてはいない。
「しゃっ!」
陽介が反撃を始めた。立ち上がって左右の短剣を連続して突き、払う。対する『荒垣』はフライパンの底で受けた。幅広の物体は敵の攻撃を防御することには向いている。完二がよく使う椅子などと違って小回りもきく。そうして陽介の攻撃を何発かは凌ぐが、やがて地力の差が出始める。二手や三手は防げても、四手五手になると当たり始める。しかし敵も黙ってはいない。
「メサイア、風を」
「げっ!」
『荒垣』がやられる前に『アイギス』が動いた。悠も近頃よく使う救世主のペルソナが召喚され、風の秘術を放とうとする。狙いは順平だ。予選で有里が『順平』に使ったように、順平は疾風属性の攻撃に弱い。
「ヨースケ、ジュンペーを守ってクマ!」
「おう!」
陽介はフットワークが軽い。『荒垣』から離れて順平の前まで一足飛びに跳躍する。着地した瞬間、竜巻以上の大嵐が陽介を襲った。しかしテセウスには風は効かない。それどころか威力を吸収できる。
「へっ、ありがとよ!」
耐性の不思議の最たるものが発揮され、陽介はカストールの突撃で負った傷が癒えた。これは一見すると『アイギス』の失策のように見えるが、機械の乙女は金の瞳を細めて薄く笑った。そして次の瞬間、カストールが召喚されて打撃の波動を放ってきた。
クマの弱点は真田が、順平の弱点は陽介が補い、真田と陽介は見切りの技で自分の弱点をあたかもないかのようにできる。その為、この四人は協力すれば隙のない布陣を組めるように思える。しかしそうそう上手い話はない。
「あー……こりゃちっとまずいな。真田さんと陽ちん、攻撃できねえじゃん」
数度の攻守の交換の後、順平は戦況のまずさに気付いた。真田と陽介が攻勢に出ようとすると、『真田』と『アイギス』がクマと順平の弱点を狙ってきて、攻撃を中断して仲間を庇うように誘導されてしまう。その隙に『荒垣』の攻撃が飛んでくる。敵に動かされてしまっている。
防御だけで勝てる戦いはない。このままではジリ貧だ。
「ムムム……! しょーがない! ヨースケはジュンペーほっといて、ガンガン攻めるクマ!」
「おいコラ!」
「駄目だ、アイギスの風を受ければ順平は一発で象徴化する」
クマの作戦は真田が却下した。本物がある程度傷つくと象徴化するルールは死人が出にくくなるが、言い方を変えると死ぬ前に象徴化してしまうということだ。偽物は滅ぶまで戦えるが、本物はその前に野戦病院に送られる分、実は耐久力で劣ってしまうという不利がある。『順平』は有里の秘術を受けても一発では滅ばなかったが、順平はそうは行かない。順平が脱落すると本物たちは攻撃の手札が一つ落ちることになり、更に不利になる。
「そう容易くはいかんだろうと、思ってはいたが……」
P-1クライマックス二回戦に臨む四組の本物たちのうち、このクマチームはメンバーの個々の戦力は高い方だが、チームとしては急造だ。しかも指揮経験のある者はいない。対する偽物たちは仲間同士で、アイギスは特別課外活動部の時代ではサブリーダーを務めていた。しかも元が兵器である為に、状況判断や戦術の構築、指示のタイミング、その他諸々の指揮能力は有里や悠を凌ぐ的確さだ。
唯一本物たちが有利なのは人数だけだが、クマの指揮ではそれを活用できない。かと言って、真田や陽介がリーダーを代わっても大差はないだろう。集団戦ではかえって不利だ。ならば──
「向こうの土俵に上がっていては駄目だ。こちらのペースに持ち込まんとな」
真田は昔から指揮を取ったり作戦を考えたりすることはほとんどなかったが、この状況ではそうも言っていられない。慣れない仕事だが、参謀役を買って出た。
「俺は俺の相手をする。順平はシンジを何とかしろ」
ただしいかにもと言うか何と言うか、作戦は強引なものだった。
「俺一人で荒垣さんとやるんすか!?」
「アイギスや俺とやるよりマシだろう」
強引だが一理ある。押されている勝負を覆すには賭けに出る必要もある。安全策で勝ち目がない以上は、順平にもリスクを取ってもらわねばならない。
「花村とクマクマは二人でアイギスを倒すんだ。上手く連携を取れ」
『真田』と『荒垣』相手には一対一に持ち込んで、どうにかして相手を倒す。そして最大の強敵である『アイギス』には自分たちの最大戦力と、それと元からの仲間を組み合わせて当たる。それが真田の策だ。
「こりゃ、アッキー! リーダーはクマクマよ!」
「日々精進だ! 上を目指すなら、失敗を糧にしろ!」
仕事を取られたクマは憤慨しているが、真田は当然ながら悪びれない。戦いの先輩として後輩を諭す。
真田は動きやすくなる為、スーツの上着を脱いで放り捨てた。そして両手を持ち上げてガードを固めて姿勢を低くし、自分と同じ顔をした敵に向けて突撃する。実力は互角だが象徴化のルールの分だけ不利を強いられている相手とどう戦うか、駆けながら考える。
「ふん、それでこそ俺だ!」
対する『真田』は待ってましたと言わんばかりにマントを翻し、本物の挑戦を受けて立った。金の瞳が喜びで輝く。
「で、やんのか? ヒゲ男君」
本物たちの狙いを偽物たちは分かっているはずだが、敢えて思惑に乗ってやるつもりのようで、真田たちが一対一で勝負するのを邪魔しようとはしなかった。『荒垣』は指名してきた順平に向き合う。と言うより、上から見下ろす。
「偽物でもやっぱ荒垣さんは荒垣さんだわ。威圧感、半端ねえ……」
『荒垣』は順平より背が高く、全体的に体格がいい。もう卒業したが高校の先輩でもあるので、うっかりするとごめんなさいと謝ってしまいそうになる。たとえ服装と得物に緊迫感がなくても、である。
(そういや、あん時は……)
順平はふと三年前の6月を思い出した。ポートアイランドの溜まり場で柄にもなく町の不良相手にケンカをして、荒垣に助けてもらった時だ。今にして思うと、当時の自分がいかに子供だったかよく分かる。そして本物の荒垣には、今も当時と変わらず敬意を抱いている。
「けど、俺だって負けてらんねえんすから! マジで行かせてもらうっすよ!」
順平の大剣と『荒垣』のフライパンが激突すると、『アイギス』は陽介と視線を合わせてきた。まるで銃の照準を合わせたように、金の瞳の焦点が変化したのが外から見ても分かる。
「二人なら私に勝てるとお思いですか?」
人数が多い方が強いのが普通だ。しかし矛盾するようだが、普通が通用しないことも世の中には普通にある。例えばエントランスの戦いではミナヅキ一人が圧倒的多数を翻弄したように、人数が戦力を引き算してしまうことはある。もし陽介と悠の二人で『アイギス』と戦えば高い確率で勝てるだろうが、クマだとどうか?
「アイギスさんこそ、俺ら二人に勝てると思ってんすか? 悪いこと言わねっすから、逃げた方がいいっすよ?」
陽介の物言いは、はったりが多分に含まれている。二人がかりで勝つか負けるか、やってみないと分からないというのが正直なところだ。しかしそんな普通の対シャドウ戦に臨むような気持ちは、相手の返答によって遠くに放り捨てられた。
「私たちはこの赤い霧の中でだけ、僅かな時間だけ存在できるものです」
「そっすか……」
本体から生じた本物のシャドウと、クマ総統がシャドウをこねて作った偽物は違う。顔はそっくり同じでも、本人が鏡に映った像と双子は違う。よって言葉は無用で、容赦も無用。河川敷で戦った『悠』と同様に、陽介は『アイギス』を倒すしかない。それは有象無象のシャドウを狩ることではなく、人殺しとも違う。言うなれば、介錯──
陽介は腹を括った。この勝負に必ず勝つと固く決意した。グランプリでラビリスの鏡像と対峙した時のように、ある不動心を得た。決意の効果など実力をほんの少し底上げするだけだが、その少しが無意味であるほど、二人の間に地力の差はない。
「クマ、お前は基本前に出るな。アイギスさんの雷食らったら一発だぞ」
グランプリの放送室に現れた陽介の偽物は、本物のアイギスが召喚したメサイアの雷で跡形もなく滅ぼされた。この『アイギス』が本物を凌ぐなら、クマが弱点を突かれれば良くて象徴化、悪ければ一発で死ぬ。
「ムムーン……でもヨースケ一人じゃロボアイチャンはきっついっしょ?」
ここで陽介はクマに向けて、右の目だけを瞬きした。こんなことをされると、普段のクマなら『ヨースケにウインクされても嬉しくないクマ! プリチーベイベーがいい!』とでも言うだろうが、この緊迫の勝負ではさすがにボケなかった。
(どーするクマ?)
クマは陽介の意図を察することができた。情報系の能力を用いて、声を出さずに相談を始める。この塔の霧の中でも、これくらいの近距離なら通信可能だ。
(お前はできることが色々あんだろ。例えばよ……)
作戦会議を終えると、陽介は短剣を手に駆け出した。対する『アイギス』は筒状の指先を向けてきた。陽介は跳躍して銃弾をよけることはできるが、そうすると後ろのクマに当たりかねない。集中力を高めて銃口を注視し、光が放たれた瞬間に左右の短剣を振った。速く鋭く、目の前の空間を十字に切った。
──
その動作だけで、放たれた十数発の弾丸を全て弾いて見せた。そして間合いに入り、左の短剣で『アイギス』の喉を突く。まともに入れば人間なら即死で、機械でも穴を開けられるだけの力を込めた。しかし──
(通らねえ! 物理攻撃に強いペルソナを使ってるな!)
無効化はされていないが、効果は薄い。それに気づいた瞬間、『アイギス』が反撃を始めた。銃撃が通用しないならばと、鉄の腕を振り回してきた。人間なら首の骨が折れる力を込められた薙ぎ払いを、陽介は跳躍してかわす。
「テセウス!」
魔術師のペルソナを召喚し、眼下に向けて得意の風を放つ。しかしこれも効果は薄かった。そよ風が髪とリボンを揺らす程度にしかならないような、無効化はされていない。しかし足に少し力を入れれば倒れずにいられる程度に、威力を減殺されている。零れるペルソナの欠片はごく僅かだ。
「オルフェウス」
再び『アイギス』が反撃してきた。使用者と同じ光り輝く金髪のペルソナが召喚された。ただし『アイギス』と似ているのは髪くらいで、首から下は子供が組み立てた玩具の人形のような姿だった。精巧極まる対シャドウ特別制圧兵装とは天地の差の、何とも奇妙な姿のペルソナである。それは背負った竪琴を体の前で構えるや、作り物の手で荒々しく弦を奏でた。
「うおっと!」
陽介は咄嗟に空中機動で竪琴の攻撃をかわした。楽器で殴りつけてこられたのではなく、演奏されると同時に空間に光の線がいくつも引かれたのだ。魚を捕まえる網さながらの斬撃の蜘蛛の巣を、陽介は何とかかわした。ただし完全にはかわせず、少し掠めた手足から血とペルソナの欠片が出た。
「ぬぬ! アイチャンのそのペルソナ、ほとんど全部の攻撃に強いクマ! 剣はツマヨージ、風はセンプーキ同然クマ!」
「マジかよ! ずっりいな!」
昨年12月に有里と戦った足立が抱いたのと同じ感想を、陽介も抱いた。このギリシャ神話の吟遊詩人のペルソナは、二年前の1月末、特別課外活動部の時代の最後の戦いで有里が得たもので、これこそが港区と稲羽市に存在する全てのペルソナの中で最強の仮面である。テセウスも最強の一角を占めるが、格が一つ違う。どちらもアルゴナウタイの一人であるという意味では同格だが、神話と現実は必ずしも一致しない。
(なら万能魔法か?)
陽介は考える。疾風属性以外のもう一つの攻撃の柱で攻めるか、もしくは──
「はっ!」
陽介が戦い方を考えている間に、戦車が突撃してきた。『アイギス』は威力が低い銃撃はもう使うつもりがないようで、そして薙刀や剣なども持っていないため、鉄の手足を振るってきた。空手やボクシングとは異なる独特の動きだ。右腕を体の横に向けて大きく伸ばし、そのまま走りながら叩きつけてきた。ラリアットである。
「おおっと!」
陽介は屈んでかわした。『アイギス』の鉄腕は勢い余って、山積みになったテレビを薙ぎ倒した。このジュネスの家電売り場の戯画的な巨大フロアは、そう見えるだけの偽物ではあるのだが、林立する電気製品の山は一応そこにそれとして『ある』ようだった。兵器の突撃を受ければ崩れるし壊れる。
(何つー荒っぽさ! ラビリスのシャドウみたいな感じだな、こりゃ……)
もっともあの姉の鏡像と一緒にしてはいけない。機械にしてワイルドの『アイギス』は最強のペルソナ使いであり、しかも最強のペルソナを使っているのだ。一対一で正面からやり合っては、いずれは押し切られる。ならば──
「キントキドウジ! ヨースケにパワー注入クマー!」
「おう! 助かるぜ!」
クマはこの戦いの冒頭に引き続いて、攻撃力を向上させる補助魔法を再びかけた。ちなみに真田と順平とは距離が空いてしまったので、陽介にしかかけられていない。
「無駄なことを!」
やはり冒頭に引き続いて、『アイギス』は強化を解除する術を行使した。だがこれは良くない──
「テセウス!」
ギリシャの英雄はすかさず双剣を鋭く振るった。右、左、左を突いて、更に陽介自身も短剣を振るい、『アイギス』を押し込んだ。
「くっ……! やりますね!」
オルフェウスの前では、陽介の剣や風は爪楊枝や扇風機も同然とは言いすぎである。一発の威力は本来から半減以下にはなってしまうものの、二倍や三倍の手数で攻撃してやればそれなりに通る。もちろん相手も反撃してくるから、普通はそんな都合のいいことはできない。しかし強化の解除を間に挟むと、と言うより『挟まさせると』話は別だ。使う瞬間が隙になる。
陽介が戦う前にクマに指示した作戦はこれだ。敢えて補助魔法をかけ、解除の術を誘う。つまり相手の動きを誘導する。そして誘導されなければ、それはそれでいい。
「もっかいパワーお注射!」
「仕方ありません」
クマが強化魔法を再度かけると、『アイギス』は今度は解除しようとせず、膂力と魔力が底上げされた陽介にそのまま応じる。短剣を鉄の腕で受け止め、双剣を竪琴で防ぐ。
「キントキドウジ! タフネスをドーピングするクマ!」
ミサイルを掲げたペルソナがまたも召喚され、今度は防御力強化の魔法をかけた。耐久力にやや欠ける陽介にとっては、特にありがたい。
「よっしゃあ!」
「全く!」
これも解除されない。自分たちは攻撃と補助を二人で分担することが可能で、敵は仲間がいない二対一の勝負だからこそ有効な作戦だ。かくして耐性の優位対補助の効果の構図が出来上がった。結果的に陽介は互角に近い形で戦えた。
陽介は短剣を下から切り上げ、テセウスは竜巻を巻き起こす。ここで『アイギス』はペルソナをメタトロンに変更すれば跳ね返せるが、風を吸収するテセウスにそれをやるのは悪手だ。しかも今の状況で物理攻撃に対する耐性をなくすのは危うい。隙と見なされて一気に体力を削られることもあり得る。その為、『アイギス』はフルメタルアーマーの堅牢性を持つオルフェウスからペルソナを変更しない。と言うより、できない。
できないから、時にはこんなミスもする。
「オルフェウス、火を!」
吟遊詩人が竪琴を奏でると、弦から巨大な炎が生み出された。その破壊力は火炎の魔法が得意な雪子やコロマルのそれにも勝る。神話のオルフェウスが下った冥界即ち地獄から、罪人を滅ぼす業火を借りてきたかのような、死以上の結果をもたらす災いだ。しかし唸りを上げて飛来する秘術に対して、陽介は防御の構えを取らない。
「テセウス! 無を!」
炎を受けた直後、陽介は好機到来とばかりにペルソナに命じた。召喚された剣士は交差した剣から紫色の光を生み出した。グランプリ準決勝で本物のアイギスを倒した万能魔法の、その上位に属する秘術である。オルフェウスの業火など灯火以下のこけおどしであると言わんばかりに、何の熱さも感じていないように、切り札の一つである大技をスムーズかつタイミングよく放った。
「ああっ……!」
万能魔法はペルソナの耐性によっては防げず、補助魔法の効果は乗る。強化された秘術を、秘術に対するカウンターで掛け値なしに決められ、『アイギス』は数歩後ずさった。
「く……不覚。敵情報の更新をしていませんでした」
陽介が業火をかわそうともしなかったのは、テセウスは火炎を無効化できるからだ。元のジライヤにはない、ペルソナの変容に伴う追加のボーナス耐性だ。オルフェウスは情報系の能力もあるのでテセウスの耐性は知り得たのに、それをしていなかった。戦争の道具である兵器の判断力も、常に最善手を打ち続けることはできない。痛恨のミスになった。
「……」
このダメージは回復魔法で元に戻せるが、オルフェウスにはできない。メサイアに変更すればできるが、それをやれば陽介はきっと短剣とペルソナの剣の連続攻撃で一気に畳みかけてくる。そこで万能魔法をもう一度食らえば、やられる。『アイギス』はそう判断した。今はまだ負けるには早い──
「ヨースケナイス! このままやっつけちゃうクマー!」
クマは喜んでいるが、それはさすがに見通しが甘い。『アイギス』はまだ切っていない切り札がいくつもある。
「モードチェンジ、オルギアモード開始します」
その一つを切ってきた。側頭部にあるファンが音を立てて回転し、金の瞳が輝きを増した。よくよく見れば、機械の体全体から何かが発せられ始めた。体内を巡る闘気が体の外側にまで漏れ出して光を発していると言うべきか、機械の駆動が限界まで上がって煙を発していると言うべきか。黒魔術の起源であるという、古代ギリシャの乱痴気騒ぎの名を冠した対シャドウ兵器の非常戦術が開始された。
人間になった今のアイギスがこれを使えないのは言うまでもないが、機械だった昔もワイルドを得て以降は使えなくなった。それにも関わらず、なぜかこの『アイギス』は使える。
──
「おわっ!」
マズルフラッシュが閃き、陽介は反射的に短剣で防御する。卑怯モードに入った対シャドウ兵器は再び銃撃から開始した。これまたどういうわけか威力が上がっており、陽介は銃弾を数発受けてしまった。現実のマシンガンの射撃を受けたように体に穴が開くほどではないが、それなりに痛い。豆鉄砲とは違うのだ。
陽介は『アイギス』を介錯することは、まだできない。小姑一人は鬼千匹に向かうと言う。戦いはこれからである。