ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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過去の呼び声(2012/5/6)

「主の……皆月翔の孤独は、鳴上さんならば理解できるでしょう。しかし貴方は違う……」

 

 風の秘術を受けた『アイギス』は、家電売り場の床にうつ伏せに倒れた。もう立つことはできない。かつて世界を救ったペルソナ使いは実力においてはまさに最強だが、強者が常に勝つとは限らない。追いかけてくる者に不覚を取ることはある。

 

「……」

 

 対する陽介は短剣を手に持ったまま、構えを崩さない。残心を切らさず、敵の最期の言葉にも返事をしない。聞いてはいるが。

 

「あり得ないと思いますが、万が一……主が敗れるとしたら、その相手は貴方かもしれません。理解できない故に、容赦をしない……」

 

 そうして機械の乙女は形が崩れ、テレビの中をうろつく黒い泥のシャドウのようになった。もう数秒が過ぎると、金の光の粒になって塔の上方へと向かって消えた。他の偽物たちと同じ滅び方である。

 

 それを見届けてから、陽介は構えを解いた。その途端に床に膝と手をついた。深く項垂れて荒い息を吐く。まるで何十キロものランニングをしたような、或いは限度を超えた高負荷のウェイトトレーニングをしたような、猛烈な疲労感に襲われた。

 

「つ、疲れた……。よく勝てたな、俺……」

 

 クマの支援があったとはいえ、よく勝てたものだと心底思う。『アイギス』は間違いなく人生最大の強敵だった。グランプリの六連戦よりも、今日のこの一戦の方が過酷だったかもしれない。やはりワイルドは他と一線を画している。まさに鬼千匹だった。

 

 そんな陽介を余所に、同じく勝ち残ったクマは美少年の顔に憂いを浮かべた。野獣の着ぐるみはオルフェウスの炎で焼き払われて失ってしまった。しかし憂いているのは、それではない。

 

「アッキー、ジュンペー……ゴメンね、クマがダメなリーダーなばっかりに……」

 

 色狂いのクマでも男の仲間に対して情がないわけではない。むしろ普通の人間より濃いくらいだ。真田と順平はほとんど初対面なのだが、それでももはや戦友だった。その二人が戦線から脱落してしまったことに、クマは責任を感じていた。それはリーダーの重荷というものであり、悠がずっと背負ってきたものである。

 

「クマ、センセイにはなれなかったクマ……」

 

 悠は特別捜査隊を率いたあの一年間を、仲間内では犠牲を出さずに乗り越えた。それがどれだけ達成困難で稀な功績だったか、クマは初めて分かった。弟子は今になって、師の偉大さを身にしみて知った。

 

 そんな落ち込むクマを叱咤する声が届いた。

 

『こら! しょげてる場合じゃないでしょ!』

 

「え、リセチャン!?」

 

 クマは驚いて周囲を見回すが、声の主の姿はそこにない。ペルソナによる通信だと気付いた時、さらに声が届けられてきた。

 

『いい経験になったさ。あそこまで実力が拮抗した相手と戦うなど、めったにできるものじゃないからな』

 

『お先に失礼させてもらっちまったな。悪いけど、後は頼むぜ!』

 

 犠牲にしてしまった二人、真田と順平だ。二人とも大きなダメージを負って墓場送りにされたはずだが、通信越しの声は元気なものだった。それは言外に、お前はよくやったと褒めてくれているように思えた。

 

『強い偽物を三人もやっつけたのは大きいよ! 残ってる強敵は、有里さんの偽物と皆月たち……あとは足立くらいね! 大丈夫、きっと勝てるよ!』

 

「リセチャン……うん! ありがとクマ!」

 

 りせからもエールを貰って、クマの心は持ち直した。太古の湖のように美しすぎる青い瞳に光が戻り、顔には笑顔が戻った。

 

「お前はお前だよ、クマ。悠になる必要なんかねえさ」

 

 陽介は短剣を懐に戻して立ち上がり、同居人を慰めた。誰かを目指すのもいいが、その人と同じになる必要はない。と言うより、過ちや欠点まで真似てしまいかねないのだから、同じになどなってはいけない。リーダーが間違っていたら止める役割を担う者が必要であるように、同じ人間ではなく違う人間こそが必要。即ち違う視点、違う心、違う力。陽介にはそう思えた。

 

「うん……そうクマね!」

 

 クマは陽介の側を振り返り、力強く頷いた。そしてある決意を固める。それは──

 

「センセイを目指しても、センセイ止まりクマ! クマはセンセイを超える、スーパーハーレムヤローを目指すクマ!」

 

「そっちかよ!」

 

 陽介は思わず転びそうになった。らしいと言えばらしいが、こんな時にも言うかと。

 

「チエチャン、ユキチャン、リセチャン、ナオチャンは言うに及ばず! シャドウワーカーの子たちもみんなクマ! そして最後には、ナナチャンを略奪愛するクマ!」

 

「はあ……もう好きにすれば?」

 

 合計すると果たして何股になるのだろうか。陽介は数えることも馬鹿馬鹿しくなり、漫才に疲れた観客のように投げやりになった。

 

「今こそ宣言するクマ! クマはセンセイからヒトリ立ちします!」

 

 クマは右手を上に掲げ、『自立』を宣言した。スポーツの大会の開会式で選手宣誓をするように、学校の卒業式で卒業生代表として演台に立つように。契約者のカードに署名するように。

 

「あ、でもヨースケんちにイソーローは続けるクマよ? そこまでのヒトリ立ちじゃありません。そこんとこ、ヨロシク」

 

「よろしくじゃねえよ! もう俺んちも卒業しろ! 大飯食らいが!」

 

 なお、陽介はまともに取り合わなかったが、クマが目に映る女たち全てを自分のものにする未来を手に入れる方法は、ないこともない。皆月が築こうとしている『他人の存在しない世界』、つまりは新たな世界を生み出す権利または権能を奪えば、クマが望む世界も作り出せる。もちろん奪うことが可能ならの話だが。

 

 ただし奪うことに成功して本当に『モテモテハーレム』な世界を築けたとしても、変なところで義理堅いクマはハーレムの罪深さに耐えられず、結局は一人に絞ってしまうかもしれないが。

 

 

 一方、クマを激励したりせたちはと言うと──

 

「ふう……」

 

 りせはサーチモードで召喚したヒミコを消し、額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。まるで歌やダンスのハードな練習をした後のようなアイドルを、順平が気遣った。

 

「りせちー、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫です。これくらいできないと!」

 

 そうは言うものの、この場所から接続するのはかなり骨の折れる作業だった。特に情報系の力を持たない相手だと、自分の声はともかく他人の声を届けるのは相当に難しい。クマは専門外ながらそちらの力もある為に真田と順平の声も届けられたが、そうでなければ無理だろう。

 

 彼ら戦線から脱落した者たちは、クマ総統が墓場と呼ぶこの空間で何かできることがないかと探った。りせが落ちてきてからは、塞がれた出口や窓を、見えない壁のように破壊して外に出れないかと試してみたのだが、上手くいかなかった。結局のところ、りせの能力を通じて自分たちの無事と応援の声を届けるくらいしかできなかった。

 

 もっともそれだけでも、決して無意味ではない。

 

「はは、りせちーの応援があったら、若人はみんな元気百倍だな!」

 

「年寄りくさいこと言ってやがんな。そろそろヒゲが板についてきたか?」

 

「勘弁してくださいよ。俺っち、まだ十代ですって……」

 

 珍しい荒垣の冗談に、順平はしょんぼりとした顔をした。しかしすぐに切り替える。空気を読むのが上手い順平は、場の空気を入れ替えるのも得意だ。

 

「しっかし、墓場送りなんつーからどんな不気味なトコなのかと思ったら……俺らの寮とはなあ」

 

「ふふ、懐かしいな。まあタルタロスの地下と言うなら、あながち間違ってはいないかもだが……ん?」

 

 真田は喋りながら閃いた。巌戸台分寮は特別課外活動部の拠点であって、決してタルタロスの地下ではない。それでいながらこんな評価が思わず出てきた。改めて考えてみても、大きく外れてはいないと感じた。なぜなら寮には隠された地下室があり、そこはタルタロスの地下と言うか『裏側』に通じていたから。

 

「久慈川、ちょっと床を調べてくれないか?」

 

「え? はい……」

 

 真田の頼みに応じて、りせは再びヒミコを召喚して床に探査の目を走らせた。すると扉や窓に行った時にはなかった反応が出た。

 

 

「ここは……?」

 

「本当にあったか……」

 

 寮の床を調べてみると、その一部は床板が開く構造になっていた。開けてみたら下り階段があり、そこは見えない壁で塞がれてはおらず、普通に下りることができた。そして下りてみたら、まるで砂漠のような空間が広がっていた。

 

 黄色い海かと思えるような凪いだ砂地が、朧な地平線の彼方まで延々と広がっていた。ここは果てが目で見えないほどに広い。もちろん見かけだけで、本当はそこまで広大でない可能性もあるが、とにかくそう見えた。

 

 なお、自然の砂漠は砂丘や岩山などで多少は起伏があるのが普通だが、ここはそれが全くない、完全に平面な大地である。ついでに言うと、頭上にも何もない。昼間のように明るいのだが空も太陽もなく、ただの真っ白な天球がある。

 

 誰かさん風に言えば、『真っ平らな虚無の王国』である。長時間こんな場所にいれば、人は気が狂う。

 

「真田さん、ここは一体?」

 

「時の狭間……塔であるタルタロスの反作用として生まれた穴です」

 

 堂島が尋ねると、真田は言葉少なに答えた。

 

「反作用?」

 

「説明するのは難しいです。後で桐条か有里に聞いてください」

 

 堂島は影時間とタルタロスの存在は特殊部隊に加入した当初から聞いていたが、時の狭間については初めて聞いた。これはシャドウワーカー本部、と言うより桐条グループ全体でも知っている者はほとんどいない、言わば『秘中の秘』である。誰にどこまで話すべきか、真田はさすがに自分だけで判断してはいけないと思って話を濁した。

 

「けどここ、何もねっすね。二年……じゃなくて三年前かな? あん時は扉がいくつもあったはずっすけど」

 

 その秘密について順平が少し漏らした。かつてここを訪れたのは二年前か三年前か、どちらなのかをどうして迷うのか。普通なら明白なはずの時期の問題が曖昧になること。それこそが時の狭間とは何であるのか、そしてシャドウワーカーはかつて何をしたのか、秘密を解く鍵である。

 

 ともあれ順平の言う通りで、この砂漠には何もなかった。二年前か三年前に存在した時の狭間には七つの扉があり、その先には建物の内部のような空間があったが、ここには扉がない。まさに『何もないがある』としか言いようがない、ただの無の領域だった。

 

「事態の打開に繋がる何かがあるかもと思ったが……これでは駄目だな」

 

 かくして当ては外れた。しかしそうすると、どうして時の狭間が、正しくはそれらしき空間がここに存在するのかという疑問が湧いてくる。ただオリジナルに形だけ合わせたに過ぎないのか、それとも扉がないだけで本来の機能が実はあるのか。謎が残った。

 

 

 

 

 エントランスの戦いを終えた直後は十七人いた本物たちは、時計扉を通ると数人ずつのチームに強制的に分けられた。その組み合わせは、もちろん本物たちが相談して決めたものではない。ではランダムなのかと言うと、そうとは思えなかった。なぜなら悠は特捜隊の女性陣と組むことになったし、有里はこれだから。

 

「ねえ……この組み合わせって、何なのかしら」

 

 塔の階段を上る途中で、ゆかりがふと呟いた。この時に初めて気づいたわけではなく、分断された直後から分かっていたが、長い階段をひたすら上っているうちに、つい口に出してしまったのだ。

 

「えっと……慣れてる人同士で良かったんじゃないですか? 真田先輩と順平君は稲羽の子たちと組んで、結構苦労したみたいですし」

 

 風花の言う通りで、この組はシャドウワーカー本部、旧特別課外活動部のメンバーばかりである。

 

「うむ、まあ……気の置けない仲間であるし、バランスも良い。戦力的には我々が一番だろうな」

 

 美鶴が評価する通り、四つに分かれた本物たちの中では、この組が最も充実していると言ってよい。

 

「ええ……アイギスが心配ですが」

 

 ただし戦力ではなく人間関係で言うと、色々と考えざるを得ない組み合わせだった。有里と女三人である。特別課外活動部の時代に、正確には順平が言うところの『三年前』に有里と『特別な関係』だった者たちだ。そして今は有里の妻になった、言わばレースの勝者はいない。当の妻がこの四人組を見たら、ある疑いを抱かざるを得ないだろう。単なる偶然でこうなったとは思えない。

 

 そんな作為を感じながらもはっきり口にするのを憚りながら、因縁の四人は階段から開けた場所に出た。そこには見覚えがあった。

 

「ここは……また何とも懐かしいな」

 

 美鶴はそう言いつつ歯噛みした。ここは過去にいくつもある、忌まわしい思い出の舞台の一つである。『かつて』自分たちが殺されそうになった場所だ。

 

「月光館学園の天文台……ですね」

 

 有里たちの母校の施設で、『月見の塔』なる洒落た名前もある。『往時』のように十字架がいくつも立てられている。今夜は尚紀たちが磔にされていたこれは、ただの柱ではない。かけられた者の力を奪う特殊な器具だ。

 

「懐かしいって言うか……何でここが?」

 

 ゆかりは違和感を覚えた。確かに月光館学園の天文台ではある重大な出来事が発生したが、それは『破壊された』過去の話である。ゆかりが有里と恋仲だった頃の話だ。現在に繋がる過去には何も起きていない。だから実は何の思い出もないと言っても間違ってはいないのだが、そんな場所がどうして蘇った過去そのもののような、この塔に再現されているのか──

 

「それはもちろん、ここは僕が死んだ場所だからさ。僕らの再会にはおあつらえ向きだろう?」

 

 十字架の陰から一人の紳士が現れた。茶色のスーツを隙なく着こなし、人の好さそうな笑顔をウェーブのかかった長髪が縁取っている。その声はグランプリのエキシビションマッチを中断させた者の、通信越しのそれと同じだった。

 

「やあ桐条君、久しぶり。お父上は元気にしているかな?」

 

 眼鏡をかけた大人の男、『幾月修司』は片手を上げてにこやかに挨拶した。対する美鶴は突剣を抜いて身構えた。

 

「幾月! ……いや違うな!」

 

「はい、本物の幾月さんじゃありません! 偽物です!」

 

 多少だが情報系の能力のある美鶴には分かるし、本職の風花にはもっと分かる。この『幾月』は人間ではなく、シャドウをこねて作った偽物だ。悠たちの前にピアノを弾く『菜々子』が現れたように、ペルソナ使いでない者の偽物も作れるのだ。

 

「偽物? 本当にそうかな? と言うより、本物と偽物にどれだけの違いがあるか、君たちは分かっているのかい? 去年この町で起きた事件から、君たちは何も学んでいないのかい?」

 

 常人がテレビに入ると現れる、言わば『本物のシャドウ』と本体は不可分である。本質的には『本体と影』という区分け自体が意味をなさない。しかし今夜いくつも現れている偽物たちは、それとは明確に違う。鏡に映った同一人物ではないのだ。双子と言ってもいいが、赤の他人と言っても間違ってはいない。だから偽物の言動は本物の責任ではない。だが実は、本物の本音を言い当てている可能性はある。

 

 しかしそうした道理を気に留めない者もいる。

 

「そんなことより子供たちはどこだ?」

 

 有里だ。『幾月』の話を取り合わない。既に声に殺気が混じっている。

 

 今夜のマヨナカテレビに映っていた、誘拐された二人の子供が檻に囚われていたバルコニー風の場所はここだったはずだが、赤子の姿はない。映像ではやはりここにいた尚紀たちも実際は各々別の場所にいたように、有里家の子供たちも既に移動させられているようだった。

 

「そんなこととは酷いねえ……自分が殺した相手とは口もききたくない、というところかな?」

 

「白々しいこと言ってんじゃないわよ! あんたを殺したのは彼じゃないし、あんたこそ私たちを殺そうとしたくせに!」

 

 ゆかりが口を挟んだ。この『幾月』は本物の幾月ではないのだが、ついそうであるかのように言ってしまった。ゆかりの幾月に対する恨みは深いのだ。

 

「ああ、直接手を下したのはストレガだったね。でも彼らに頼んだのは有里君だろう? 殺人教唆は殺人と同じだよ?」

 

 そんなゆかりと違って、有里はやはり取り合わない。

 

「綾時と隆也はどこだと聞いている」

 

 人殺しの経験がある男は、もはや殺気を隠そうともしなくなっていた。過去の業は意識しているし忘れるつもりはないが、それでもやはり二の次なのだ。たとえここにいるのが本物の幾月だとしても、優先すべきことは他にある。子供たちが拉致された今、有里は完全に本気である。たとえ三人目を殺すことになろうと、仲間や後輩たちに犠牲が出ようと顧みないつもりでいる。

 

 二児の父に皆月の『父』は笑みを浮かべた。かつて本物のタルタロスの扉の前で死んだ時にも見せた、善意の道化師の笑顔である。ただし往時と違い、その瞳は金色に光った。

 

「ふふ……本当に君は興味深いね。人形と結婚したり、自分の親を殺した男や自分が殺した男の名前を子供につけたり……多くの意味で君は普通じゃない。変態編隊シャドウワーカー! かね?」

 

 毒を含んだ笑顔のまま、『幾月』は消えた。普通の偽物が滅んだ時のように、本物が銃で撃たれて爆弾で焼かれた時のように、人の形を失った。赤黒い煙を発して、その場から消滅した。有里の問いには答えないまま姿を消した。

 

「幾月氏を殺したのは、やはり貴方でしたか」

 

 すると今度は別の十字架の陰から新手が登場した。『幾月』と違って、瞳は初めから金色に光っている。それが三人現れた。

 

「では逮捕しないといけませんね」

 

 一人は『直斗』だ。推理が当たって事件の犯人を見つけて嬉しがるように、本物はまずしないニヤニヤとした笑いを美少年風の顔に貼り付けている。

 

「俺らと同じくらいの年で、人殺してるんすか? 怖いっすねえ……」

 

「リア充どころじゃねえっすね」

 

 そして『長瀬』と『一条』だ。この二人の偽物は10月の霧の日にも現れたが、別に一人につき一度しか作れないという制約はないようで、約半年ぶりに再登場した。だが──

 

「山岸、この三人だけか?」

 

 敵の編成に違和感を覚えた美鶴が尋ねた。

 

「はい、彼らだけです」

 

 隊長の問いに情報担当は即答した。風花のペルソナ能力で感じ取れる限りにおいて、ここに他の敵はいなかった。本物たちの最大戦力を擁する有里チームに対抗するにしては、敵はあまりにも小規模だ。何かの罠か、策があるのか──

 

「ともあれ倒すしかあるまい」

 

「攻撃は二人に頼みます。合体技にだけ気を付けてください」

 

 美鶴は気を取り直し、有里は簡潔に指示した。この三人を相手にするには、剛毅の二人組の合体攻撃にさえ気を付ければ、美鶴とゆかりの二人で事足りる。だから有里は役割を分担した。自分は敢えて前に出ず、風花を守りつつ罠を警戒することにした。

 

「うむ」

 

「うん!」

 

 二年前の1月まで連日死線をくぐり続けてきたシャドウワーカー本部は、連携にも慣れている。リーダーの指示をすかさず実行に移す。

 

「当たれ!」

 

 まずゆかりが腰に差した矢筒から矢を素早く取り出し、弓に番えて放った。狙いは『直斗』だ。特捜隊の戦力の程度や得意な属性などは、ゆかりも聞いている。直斗は一発の威力は高くないものの多彩な攻撃手段を持つ。もしゆかりと美鶴が各々の弱点である電撃と火炎の攻撃を受けて転ばされ、そこへ合体技の光の渦を決められると不覚を取り得る。その為、ゆかりは先手を取って矢で牽制する。

 

「アルテミシア!」

 

 次いで美鶴がペルソナを召喚し、得意の氷を『長瀬』に向けて放つ。『長瀬』は氷結属性に弱い為、決まれば一発で倒すこともできるはずだ。

 

「おおっと!」

 

 そこへ『一条』が相方を庇った。稲羽支部の戦いでは何度か実地でやった、強い属性と弱い属性が反対の二人ならではの互いを庇い合う戦法だ。

 

「足の速さは褒めてやるが、甘いぞ!」

 

 特殊部隊の隊長として部下の特性を当然把握している美鶴は、すかさず距離を詰めた。突剣を『一条』に向け、容赦なく刺し貫こうとする。『一条』が得物にしている流星錘は接近戦に弱い。そしてエビスが得意な氷は美鶴には効かない。『一条』にとって美鶴は相性の悪い相手なのである。

 

「コトシロヌシ!」

 

 そこで『長瀬』も攻勢に出た。鉄籠を持ったペルソナを召喚し、炎の弾丸を放つ。しかし美鶴は半歩動いてかわした。真田と違って美鶴は苦手な火炎の攻撃に対する見切りの技は持たないが、それでも『長瀬』の炎は遅く、しかも小さいので当たりはしない。

 

 本物の一条と長瀬はミナヅキとの戦いを経て昨年11月以前の力を取り戻したが、この二人の偽物はそうではない。ペルソナを『分割』して弱体化した状態のままだ。合体攻撃さえさせなければ、美鶴は一対二でも勝てる。

 

「スクナヒコナ!」

 

 一方『直斗』はゆかりとそのまま戦っているが、こちらも劣勢である。ゆかりが苦手な電撃を当てても一発では倒せないし、反撃で風の魔法を受けるとかなり効く。ゆかりが最も得意とするのは回復で、疾風属性による攻撃は陽介に比べればささやかだが、魔力が高いので威力は馬鹿にできない。

 

「イシス」

 

「ぐっ……!」

 

 数度の攻守の交換の末、ゆかりの放った突風で『直斗』は大きく吹き飛ばされ、十字架の一つに背中を強く打ちつけた。そのまま床にうつ伏せに倒れ込む。もう立ち上がることはできない。

 

「出直してきなさい!」

 

 それとほぼ同時に、美鶴は剛毅の二人組を倒した。まず『長瀬』に吹雪の魔法を当て、次いで『一条』の胸を突剣で刺した。部下と同じ顔をしていようと、ただの偽物と分かっているのだから当然容赦はしない。やられた二人は形をなくし、黒い泥と光の粒になった。

 

「ふ、ふふふ……お見事です。しかし貴方たちの敗北は既に決まっています。無駄な足掻きに過ぎませんよ」

 

 そして『直斗』も捨て台詞を残して、同じように滅んだ。三人の高校生の偽物たちは、本業は大学生の二人によってさほどの苦労もなく倒された。P-1クライマックス二回戦第三試合は、かなりの死闘になった先の二試合と異なり、本物の圧勝に終わった。

 

 しかしそれで安堵するわけにはいかない。

 

「……本当にあいつらだけだったか」

 

 有里は最初に分担を決めた以外は何もしなかった。どこかに伏兵が、例えば十字架の陰に皆月が潜んでいたり、床に落ちる自分たちの影からミナヅキが飛び出てきたりすれば危ないと思って警戒を続けていたが、それは杞憂だった。結局のところ、初めから姿を見せてきた三人以外に敵は現れなかった。

 

「……ええ、呆気なさすぎますね」

 

 訝しむ有里と同様に、風花も敵の意図を測りかねていた。どうして自分たち四人に、あの三人を当ててきたのか。単に残る手駒が少なくなってきたのか。足立の言う『アレ』に何かをする為に必要なものが、恐らくはペルソナの欠片が既に十分集まったのか。

 

 二回戦で初めて脱落者を出さずに済んだものの、どうにも違和感を拭えない。謎の残る勝利だった。

 

 ふと頭上を仰ぎ見ると、真円を描く赤い月が目に入った。そこを目指して伸びる塔には、まだ上の階がある。その更に上空、塔と月の間には渦を巻く黒いシャドウの群れが浮かんでいた。

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