ペルソナ4 落ち武者の神   作:三尺

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揺さぶりの策(2012/5/6)

 足立は高い塔の階段を一人で上った。その間は特に物事を考えず、ただ漫然と足を動かした。両手はポケットに入れ、やや猫背気味で。膝を上げる高さは最低限で、その動きは流れるようとも、やる気なさげとも言える。

 

「……」

 

 エントランスの時計扉を一人で通り抜けた為、足立は一人でいる。しかしもし何かの弾みでシャドウワーカーや特別捜査隊と和解して、そこまで行かずともせめて一時休戦して、皆月たちに立ち向かう共同戦線を組む取引をして誰かと、例えば悠と肩を並べて時計扉をくぐったとしても、やはりこの階段は一人で上ることになっただろう。

 

 足立には足立がやらなければならないことがあり、足立のやり方がある。そこに他人がいては、味方として有益どころかかえって害になることもある。例えば足立の気分に水を差すとか。

 

 三昧と言うべき平常心のまま階段を上りきると、初めて来た時と同じ場所に戻った。巨大な赤い月が見下ろす異形の塔の頂上だ。霧は当初よりも濃くなったようで、八十稲羽の町は今は全く見えない。そして当初はなかったものが二つある。月を覆って踊るように渦を巻くシャドウの群れと、床の中央に浮かぶ人の背丈ほどある半透明の物体だ。形は象徴化の棺桶に少し似ているが、あの禍々しい赤と黒の担架と違って青みがかった清浄な光を発しており、遠目には氷の塊のようにも見える。

 

「あれがペルソナの欠片か」

 

 敢えて声を出して、自分自身が消滅したかのような無の境地から現実に戻る。

 

 頂上には誰もいない。シャドウワーカーと特捜隊はまだ誰も辿り着いておらず、皆月もいない。もはや欠片などとはとても言えない大きさの、結晶体とでも言うべきものを、たった一人で改めて眺める。皆月の目的を達成する為にはどれだけの量が必要なのか、足立には分からない。だがもう十分集まっている気がする。

 

(揃いも揃って、すっかり敵の思惑に乗せられちゃったわけね)

 

 子供たちはともかく、大人たちまでペルソナの欠片集めに協力させられてしまったわけだ。もっとも戦いを避けることが困難なこの大会のルール上、必然の結果とも言える。ここから事態を打開するにはどうすればいいか。と言うより、誰が打開するべきか。

 

(もう僕が何とかするしかないのかなあ? そんな義理はない……と思うけど)

 

 足立は考えてみた。この一年間、自分の身に降りかかったこと、自分が行ったことを順番に。その中に、今この時に自分が行動する義理を生み出すものがないか考えてみた。罠にはめられた者たちを助ける理由がないか、自分の心の中を探してみた。

 

(誰かさんに力を貰って、山野と早紀さんを殺して、堂島さんを助けて、シャドウワーカーに入って……。鳴上君に友達認定もされたっけな?)

 

 昨年はとにかく色々なことがあったが、その中に皆月たちはいない。彼らに会ったのは今夜が初めてだ。状況からして随分以前から自分たちを監視していたのだろうが、それはこの際関係ない。つまり足立は皆月たちに何の義理もない。よって世界を滅ぼす計画に手を貸す必要はない。

 

 しかし悠たちを助けてやる義理もない。何の『契約』もしていない足立は、誰とも戦う義務はない。全ては足立の意思一つ。いかなるルールにも縛られない、自由の身だ。よって何もしないという選択肢もある。皆月とミナヅキが大暴れしたエントランスで、足立は結局何もしなかったように。

 

 誰が死のうと知ったことではないのだ。たとえ世界が滅びても足立の心は痛まない。全てはどうでもいい。しかし──

 

(いや……違うか。一人だけ、死なせちゃいけない人がいたな)

 

 虚無の心に突き刺さる唯一の痛みを思い出した。かの少年だけは死なせてはいけない。そして人は一人では生きられないとよく言われる。足立自身は賛成しかねるし、皆月ならば猛烈に悪態をつきながら否定するだろうが、やはりそれが真理であると頭では認めないこともない。つまりかの少年を生かす為には、他の人間も生かさなければならない。

 

 世界を滅ぼさせるわけにはいかない。それは即ち、足立は何もしないで傍観していることはできないということだ。事態はもはや、足立が何とかするしかないところまで来ているのだから。

 

「しょうがないなあ……」

 

 かなりの時間をかけた考察を経て、足立は結論を出した。そしていかにも気怠げにベルトに差した拳銃を抜き、片手で無造作に構えた。

 

 ──

 

 引き金を優しく引いて放たれた銃弾は、見事に結晶体の中央に命中した。射撃競技なら満点だ。しかし標的はひびが入っただけで、割れてはいない。形はまだ保たれている。

 

「締まらないなあ……。一発でカッコ良く、パリーンっていってよ」

 

 足立は苦笑いしながら銃をベルトに戻した。同じ場所を狙ってもう何発か当てれば砕けるだろうが、面倒に感じられた。射撃は得意だし多少なりとも思い入れはあるが、それを捨てて瞬きを一つした。

 

「マガツ」

 

 赤と黒、奇しくも象徴化と同じ色の魔人を召喚した。『友達認定』によって悠も同じペルソナを使えるようになっているが、マガツイザナギはやはり足立が本元である。禍津神は長柄を手に風の速さで突撃し、切先を弾痕に突き入れた。射撃同様、狙いは正確無比である。青い結晶体は音を立てて千々に砕け、文字通り欠片になって床に散らばった。

 

(これで良し。後は有里君にあのガキふん縛ってもらえば、それで終わりだね)

 

 足立の仕事はこれで終わりで、後始末は有里の仕事だ。ただしペルソナの欠片を破壊したことを皆月が知れば、怒り狂って襲ってくるだろう。もっともこの大会のルールでは、油断して首を斬り落とされでもしない限り、象徴化して墓場送りとやらになるだけだ。足立にすればどうでもいい話だが、面倒事はご免被る。さっさとこの場から離れるべきだ。そう思って踵を返した途端──

 

『今夜お集まりのレディース・アンド・ジェントルメン! いよいよ今大会最大のハードコアイベントの開始クマ!』

 

 思わず振り返ると、頂上の床の中央、砕ける前のペルソナの結晶体があった場所にテレビが現れていた。床から生えてきたのか空から降ってきたのか分からないが、とにかく当初はなかったはずの液晶の画面がいきなり現れた。映っているのはもちろんクマ総統で、顔と帽子と葉巻で画面のほとんどが埋め尽くされた、いつものアップ映像である。

 

『マイタワーの全電波をジャックしてえ、特別生中継で大サービスしちゃうクマよー! さあみんな、テレビにかじりつくクマー!』

 

 そして映像が切り替わった。映ったのは数人の男女が階段を上る様子だ。そのうち一人は因縁の、今夜自分が行動する理由にした少年だった。

 

「尚紀君! と、この金髪美人は……」

 

 一行の先頭にいる女の顔を、足立はエントランスで見ている。しかし名前は知らない。

 

 

 

 

 分断された本物たちのうち最後の四つ目のチームは人数が最も多く、六人だった。先頭を行くのはアイギスだ。言うまでもないことだが、陽介と戦った偽物と違って機械の乙女ではない。白い装甲ではなく黒いスーツを着ていて、指は硬い銃ではなく柔らかい人間の指だ。そして何より、『乙女』ではない。それどころか子持ちだ。

 

「小西さん、子供たちの反応はありませんか?」

 

「あります。でも、ここからかなり上みたいです」

 

「急ぎましょう」

 

 アイギスはグランプリの時と同じく焦っている。ただし焦りの種類が異なる。夫に裏切られ、姉と分かり合うこともできなくなった。グランプリ準決勝で通信を切られて以降、アイギスは有里と話し合うことを避けていた。それは実は、必ずしも夫に怒りを覚えたからというわけではないのだが──

 

(もう私には……子供たちだけ。綾時、隆也。どうか無事でいて……)

 

 ともあれ、母親として子供を助け出さねばならない。その点は子供の父親、つまりは夫と気持ちは同じだ。同じはずである。きっと。助け出した後の家族の関係がどうなるのかは、今考えるべきことではない。アイギスは自分にそう言い聞かせて階段を上る。荒事に不向きな白い手で薙刀を握り直すと、指や掌が痛むような気がした。

 

「ん……? 久慈川か。……そうか」

 

 上る途中で尚紀が声を上げた。かかってきた電話に応対するような言葉を、霧の漂う中空に向けて言う。

 

「どうしたんだ?」

 

「ええ、それが……」

 

 長瀬が聞くと、尚紀は説明を始めた。この塔の地下らしき場所にいるりせから通信が入って、他の三組の状況を聞けたのだと。各々階段を上った先で開けた場所に出て、現れた偽物たちと戦ったこと。そして出てきた偽物たちが誰だったのか、りせから聞いた情報を皆に伝えた。

 

「やられた人たちは、みんな無事なんだな?」

 

 今度は一条が尋ねた。

 

「ええ。小沢さんが手当てしたから、里中さんも怪我は治ったそうです。ホテルのロビーみたいな場所から出れないみたいですけど」

 

 一条は皆の無事を聞いたのだが、尚紀は特定の一人について返答した。気が利くと言うか、何と言うか。

 

「んで、里中さんの偽物は鳴上が倒したのか……」

 

 歩きながら一条は腕を組んだ。その人のシャドウのような言動をする偽物。想い人のそれを見ないで済んで良かったと言うべきか。それとも見れなかったことを残念に思うべきか。はたまた見たのが『恋敵』であることを妬むべきか。高校三年生の少年はどう悩むべきか悩んだ。

 

「まだ僕らの戦いは終わっていません」

 

 そんな一条に天田が声をかけた。この中で最年少ながら、最も落ち着きがある。表情に不安はなく、槍を持つ手に震えもない。

 

「済んだことより、今からできることを考えましょう」

 

「ああ、そうだね……」

 

 年下の中学生に窘められた一条は気を取り直した。世界を滅ぼすだの作り変えるだのの話は実感を持てないが、この戦いに自分や想い人の命がかかっていることは確かだ。もちろん実家で象徴化しているだろう、妹を始めとした家族の命もだ。組み合わせを気にして後ろ向きになっている場合ではない。

 

「ワフッ……」

 

「……」

 

 アイギスも一旦気持ちを切り替えた。そして自分の願望や執着ではなく、自分たちがこれからやるはずの戦いについて、尚紀から聞いた情報を基に考えを巡らせる。

 

(鳴上さん、花村さん、湊さん、そして私……。この組み合わせは……敵の策は孫子の競馬でしょうか?)

 

 古代中国の故事だ。相手が上等の馬を出してきたら下等の馬を出し、中等に対しては上等、下等に対しては中等の馬をそれぞれ当てることで、二勝一敗に持ち込むのだ。戦術論や戦史に詳しいアイギスは、敵と味方の組み合わせから敵の策をそう推測した。

 

 四組に分けられた本物のペルソナ使いたちのチームにランク付けをすると、有里たちが上、アイギスたちと陽介たちが中、悠たちが下だ。それに当てられる偽物たちは、それぞれ下、上、中。よってアイギスたちが戦うことになる偽物は上等なチームだ。敵が持つ中で最強の駒が来るはず。それは即ち──

 

 考えているうちに階段が終わり、六人の前に扉が現れた。学校の教室によくある引き戸の扉だが、中の空間がどれだけの広さで、どんな装いがされているかは分からない。ただし誰が出てくるかは予想がつく。

 

 開けた先は、何やらちぐはぐな印象のある部屋だった。広さは十メートル四方はあり、壁際に置かれた巨大な円筒形の装置がまず目を引く。装置の壁面は一部が開いており、中に置いてある一脚の椅子が見えた。それは普通の机や食卓の前に座る為の椅子ではない。病院で手術か検査を受ける為の治療椅子のような形状の、深くリクライニングできそうな椅子だった。

 

 そしてその他には、様々な兵器やその部品らしきものが部屋中に置かれていた。大砲のような筒状の金属の塊や、やたらと砲身の長いライフル銃らしきものなどだ。ただしよく見ればどれもグリップや取っ手がついておらず、どうやって使うのか分からないものばかりだった。腕に直接装着するとでも言うのだろうか。

 

 床には薬莢がいくつも散らばっていた。映画でよくある銃弾を連結した弾帯もあった。そして胸や頭につける為の防具らしきものも、少しあった。

 

「何だここ、格納庫? いや……」

 

 声を上げた尚紀は、この空間を何と呼ぶべきか分からなかった。一見すると兵器の格納庫のようだが、それにそぐわない物もあった。目を引く円筒形の装置が置かれているのと反対側の壁に、一台のベッドが置いてあったのだ。人が寝るには相応しくない場所なのに。

 

 そんな奇妙な部屋が何であるのか、正しくは何を模しているのか、アイギスは一見して分かった。

 

(寮の私の部屋……)

 

 ちなみに天田とコロマルは巌戸台分寮のアイギスの部屋に入ったことがないので、それであるとは分からない。当時は女性陣の部屋があった三階は、男性陣の立ち入りは禁止されていたのだ。それを無視して入ったことがあるのは、有里だけである。

 

 そんな大胆な『人物』は、ベッドに腰かけていた。

 

「あれは有里さん……の偽物か?」

 

 案の定である。中のアイギスチームに対して、敵は上の『有里』をぶつけてきた。

 

「間違いないです。今よりちょっと若いみたいです……けど、まあ……」

 

 長瀬の確認に天田が答えた。『有里』は月光館学園の制服を着ていて、顔立ちは今より少しばかり幼い。髪型もオールバックの現在と違って、長く伸びた前髪を右目が隠れるくらいまで下ろしている。高校時代、特別課外活動部のリーダーとして戦っていた頃の姿だ。右手の傍には細身の剣が立てかけられている。

 

「グルルルル……」

 

「……」

 

 コロマルが唸り声を上げ、アイギスは眉を顰めた。自宅で飼っているこの犬の鳴き声の意味が、アイギスには分かるのだ。今のは『お供はよりによってあいつらか』である。

 

「……」

 

 犬が唸った後、人間たちからしばらく言葉が出てこなかった。

 

「あの……」

 

 一条が声を出したが、誰も返事はしない。居たたまれなくなっている。まるで不良の溜まり場に一般人が迷い込んでしまったような。好きなアイドルのライブに初めて行ったら、テレビに出演する時とはまるで違って表現が際どく、見ていて恥ずかしさを感じるような。そんな場違い感を、まだ若い少年たちは覚えていた。

 

「ふふふ……」

 

 ベッドに腰かけている『有里』の周囲には三人の女がいた。左手側には『有里』と並んで座り、その腕にしがみついている女がいる。『風花』である。服装は今夜の本物が着ているスーツではなく、ベージュ色のワンピースだった。

 

 右手側に寝そべって『有里』の膝に頭を乗せているのは『美鶴』だ。服装はやはり本物と異なり、体のラインを異様に際立たせる黒の密着スーツに真っ白な毛皮のコートを合わせている。昨年12月に初めて稲羽を訪れた時の、どこの芸能人かという雰囲気を田舎町にまき散らしていた格好だ。

 

 そしてベッドに膝立ちになって、『有里』を後ろから抱きすくめているのは『ゆかり』だ。ピンク色の派手なツナギを着ている。これはマヨナカテレビではない本物の特撮ヒーロー番組に出演する時の、言わば仕事着だ。

 

 奇しくも、いや確実に何らかの意図があって、本物と偽物の有里チームはメンバーが全く同じだった。偽物の女たちは三人とも金の瞳を恍惚の形に歪ませ、一人の男にしなだれかかっている。しかもやっているのが自分だけではないことに、まるで頓着していない。一人の男を三人で共有するのが、もしくは三人とも一人の男の所有物であるのが当然で、むしろそうあることを喜んでいるような。男にとって極めて都合のいい状態を演出していた。

 

「どうして貴女たちがここにいるのです」

 

 長い沈黙の後にアイギスが声を上げた。そこに込められているのは、もちろん純粋な疑問などではない。人間の肌の下で沸き起こる怒りが、頬を青ざめさせている。目を凝らせば、体の周囲にも青白い炎が見えそうだ。周囲の少年たちは、知らず後ずさりしてしまっている。普段は勇敢な犬さえも腰が引けている。

 

「はあ? そんなの決まってるじゃない。つか、あんたも知ってるでしょ?」

 

 三人を代表した『ゆかり』の答えは、酷く挑発的だった。

 

「そう、お前が一番よく知っているはずだ。僕は一人の女に収まるような男じゃない」

 

 本物は絶対に言わないセリフを『有里』は言った。本物は妻を恐れているせいもあるが、そもそも事実と異なるから。高校二年生の時、正しくは『最初の』二年生の時の有里はやたらとモテたのは本当だが、それは昨年の悠と同じでコミュニティがあったからで、もし魔術がなければ有里はそこまで人気者にならなかった。好意を寄せてくる人が一人くらいは現れたかもしれないが、その程度だ。それを本人は知っている。

 

「あ、あの……アイギスさん。あれは有里さんじゃないですし、ゆかりさんたちも違うんですから、気にしちゃ駄目……」

 

 怯える少年たちを代表して、天田がアイギスを宥めた。言っていることは全くもって正しい。偽物の言動は本物の責任ではないので、偽物が何を言おうとそれは妄言が中傷みたいなもので、気にする必要はない。むしろこちらの混乱を誘う敵の策と見なすべきで、気にしてはいけない。それが道理なのだが、人は時にそんなものはどうでもよくなる。特に感情的になっている時は、道理など聞く耳を持つどころか火に油を注ぐ結果になる。

 

 3日のグランプリの時からそうだったが、この一連のP-1のイベントはアイギスを揺さぶってくる。ストレスをかけられ続けて張り詰めた人間の心が、とうとう爆発した。

 

「もう一秒も、その顔を見てはおれません。覚悟なさい!」

 

 アイギスは夫の顔をした者へ向けて駆け出した。薙刀を持つ手は固く握られており、猛烈に力んでいるのが傍目にも分かる。対する『有里』は右手を上げ、侍らせていた女たちを下がらせた。ベッドから下りて、立てかけていた片手剣を手に持った。その所作はアイギスとは対照的に軽やかなものだった。

 

「ふふ……馬鹿な女め! 僕に勝てると思っているのか?」

 

 P-1クライマックス二回戦第四試合が始まった。集団戦なのだが、全員がまとまって戦う形にはならない。アイギスは五人いる仲間を置き去りにしてしまった。

 

「アイギスさん! って、しょうがない!」

 

 天田は先輩の『浮気現場』を頭から追い出した。今夜は戦いに来ているのだ。気まずいシーンを見なかったことにする為に、何もせずに立ち去るわけにはいかない。

 

「指揮は僕が取ります! 皆さん、いいですね!」

 

 そしてリーダー役に名乗り出た。昨年の8月に有里宅で特別課外活動部の同窓会を開催した時、有里は天田に稲羽支部のリーダーをやってみないかと提案したことがある。それそのものは冗談だったが、有里は天田に素質があると評価していたのは事実だ。

 

「おう、頼むぜ!」

 

「ああ、君が一番いい!」

 

「凄い中学生だ。年季が違う……」

 

 三人の高校生は中学生の指揮下に入ることをすぐに了承した。尚紀が言う通り、シャドウワーカー本部と稲羽支部は年季が違う。足立と比べてさえ、くぐった修羅場の数は天田の方が上だ。

 

 

 戦争なら突出した部隊は敵に包囲されるのが普通だ。アイギスが飛び出してしまったこの状況で、偽物たちがアイギスを取り囲んだらあっという間に袋叩きにされるのが目に見えている。ならばそれを阻止する為に動くべきだ。

 

「コロマル、美鶴さんを狙って!」

 

「ワン!」

 

 コロマルが吠えると、首が三つある黒い犬のビジョンが顕現した。冥界の番犬の名を持つペルソナは、巨大な炎の弾丸を『美鶴』に向けて放った。火山弾を連想させる一撃に対して、『美鶴』は氷塊を放って対抗する。正反対の属性の魔法が激突し、部屋の空気が渦を巻く。

 

「カーラ・ネミ!」

 

 そして天田も電撃を放つ。真田のそれほどの威力はないが、馬鹿にはできない。特にこれに弱い『ゆかり』はそうだ。

 

「ふん! 生意気ね!」

 

 苦手な電撃が来ることを予期していた『ゆかり』は横へ跳躍して、頭上から落ちてくる一筋の雷をかわした。そして特撮番組で使われそうな派手な装飾が施された弓に、素早く矢を番えて放ってきた。

 

「ビクトリーアローですか」

 

 天田は誰にも聞こえないくらいの小声で応じつつ、槍を払って矢を叩き落とした。ゆかりが出演している番組は見ている。それはかつての仲間への義理だけでなく趣味でもあるが、テレビに出ていたのと同じ武器を見ても感動に震えるようなことはしない。一人ならともかく、実戦の最中でしかも初対面の相手もいる中で、さすがにそれはしない。

 

 初手の攻防の通りコロマルは『美鶴』の、天田は『ゆかり』の弱点を突ける。しかし相手もそれを分かっているから、遠距離からいきなり撃ってもそう容易くは当たらない。偽物も本物と同様の年季があり、戦い慣れている。しかも互いに手の内を知り尽くした相手なので、決定打を与えにくい。それに加えて『ゆかり』は回復が得意なので、普通にやると持久戦になる。

 

(そうするとまずいから……)

 

 ここで時間をかけていると、いずれ『有里』がアイギスを倒して天田たちの方に来る。そうなると一気に不利になる。とは言うものの、『有里』に多少なりとも対抗できるのは、この組ではやはりアイギスだけである。よって天田の勝ち筋は、『ゆかり』と『美鶴』を早めに倒して、アイギスがやられる前に全員で『有里』を包囲する形に持っていくことだ。それにはどうすればいいか?

 

「小西さん、タイミングを見て追撃を!」

 

 そう言いつつ、天田は尚紀に向けて瞬きを一つした。第二試合で陽介がクマにしたように、今夜初めて会ったばかりの相手と言葉を交わさないまま意思の疎通を図る。

 

「オッケー! シロウサギ!」

 

 尚紀も口でそう言いつつ、ペルソナも召喚して小さな灯火を放ちつつ、本命の仕事をする。

 

(どうするんだい?)

 

(敵を固めて、大技で一気に倒す方針で行きましょう。タイミングは僕が指示しますから、一条さんと長瀬さんへの中継をお願いします)

 

(了解)

 

「コロマル、行くぞ!」

 

 口で言うことと、腹の中で思うことが異なること。この場合は腹ではなく通信だが、表では何食わぬ顔で裏で策を巡らせる。腹芸は人によってはどうしてもできないが、天田は苦にしない。しかし──

 

「ふん、君の考えは読めているぞ!」

 

 突き出されてきた槍を突剣で防ぎながら、『美鶴』は金の瞳を嘲笑の形に歪めた。

 

「ゆかり!」

 

「はーい!」

 

 偽物同士とはいえ仲間内でも特に強い繋がりがあり、『三年前』は仲間割れのタッグマッチで相棒になった二人は息が合っている。言葉のほとんどない先輩の指示に後輩が応える。戦列を飛び越えて攻撃できる武器の強みを、ここで生かす。

 

「フェザーシュート!」

 

『ゆかり』は番組のキャラクターよろしく、助走もなしに自分の身長を超える高さまで跳躍し、矢を本物たちの後列に向けて放った。技の名前を叫ぶ辺りはまさに特撮ヒーローのお約束だが、威力は相応にある。

 

 天田の策は自分とコロマルが前に出て、尚紀も小技で弱点を狙いつつ、後ろにいる一条と長瀬が合体攻撃を決めることだ。それを『美鶴』は見抜いており、ならばと『ゆかり』に後列から先に狙わせた。それを防ぐ為に天田やコロマルが後列を救援に行きでもすれば、まさに『美鶴』の思う壺である。しかし──

 

「ダイコクテン!」

 

 後列の二人は互いを召喚器で同時に撃ち、福の神を召喚した。左の肩に担いだ大きな袋の口を開くと、そこから炎が生み出された。この特異なペルソナは破壊神の光の渦が最大の秘技だが、魔法も使える。一条と長瀬が各々得意とする氷と炎を、足立が使う風と雷に匹敵する威力で放つことができる。召喚の儀式は大仰なので自分たちだけでは使いにくいが、周囲に仲間が大勢いて、しかもリーダーの指示を情報担当が的確に中継してくれるこの状況なら、敵の攻撃に対応するくらいはできる。

 

 七宝袋から這い出てきた炎は蛇のようにうねり、矢を一飲みにして、そのまま『ゆかり』を襲う。ピンク色の狙撃手は空中で咄嗟に防御の姿勢を取るが、赤い蛇は当たると同時に爆発した。火炎が弱点ではない『ゆかり』は一発ではやられなかったが、かなりの深手を負った。

 

「ゆか……」

 

「ワン!」

 

 次なる炎が今度は『美鶴』を襲った。コロマルが吠えると同時にケルベロスが吠え、弱点を容赦なく突く。小さな体の犬ではあるが、だからと言って侮ってはいけない。特に魔法の威力においては、コロマルは同じく炎を操る順平よりも上である。

 

「カーラ・ネミ」

 

 そして天田は再び電撃を『ゆかり』に放つ。爆炎に包まれて片膝をついていた『ゆかり』は、今度はかわせなかった。苦手な攻撃をまともに受けて、両膝を床につく。

 

(小西さん、更に追撃してください。立ち上がるのを妨害するだけでいいですから)

 

(おう)

 

 兎のペルソナが召喚され、牙の生えた口から灯火と静電気を放つ。歴戦の偽物を倒せるほどの威力はもちろん出ないが、シャドウと同様にペルソナ使いは弱点を突かれると威力に関わらず、転んだり気絶したりする。攻撃属性が多彩な尚紀は、こういう嫌がらせができる。そして──

 

(一条さん、長瀬さん。とどめを)

 

「おう! ダイコクテン!」

 

 情報担当に中継されたリーダーの指示に応えて、福の神は小槌を振りかざした。斬るような、殴るような、刺すような独特な攻撃が、弦楽器をかき鳴らすのに似た高音を響かせて炸裂した。渦を巻く金色の破壊(プララヤ)の光は、奇しくもペルソナの欠片が飛び散る様のようだった。

 

「ああっ……!」

 

 ベッドの置かれた格納庫で、光が三重に舞った。破壊の力に巻き込まれた『ゆかり』と『美鶴』は、既に受けていたダメージも相まって滅ぼされた。

 

「ふう……ま、こんなものか」

 

 天田は構えた槍を下ろして一息ついた。本物たちの完勝である。この結果は天田の指揮が的確だったこともあるが、元々の戦力差からすれば当然とも言えた。

 

 天田とコロマル、ゆかりと美鶴の四人はいずれもシャドウワーカー本部で突出していない。実力はほぼ同等なのだ。相性は本物の側が有利。象徴化する分だけ本物が耐久力で不利なので、それで相性の差を相殺するとしても、元より本物は人数で有利だった。一条と長瀬は一対一では美鶴たちに及ばないものの、二人合わせれば彼女たち以上に強力なので引き算は適用されない。

 

 だから天田は『美鶴』に策を読まれたものの、どうということもなかった。『有里』が一緒ならまた別だが、分断されている以上、偽物たちに勝ち目は乏しい。

 

 だが天田はここで一つ、重大なミスをした。

 

「ユノ」

 

 戦いが始まってから何もしていなかった偽物が、急に動いた。『風花』である。二回戦第一試合で悠がラビリスの存在を忘れていたように、天田はこの情報担当の存在を失念していた。風花は本物も偽物も直接戦う力を持たない。尚紀やりせと違って、完全な後方支援型だ。その代わり、あの二人にはできない特殊なことができる。本人の特技として、機械やコンピューターに強いのだ。

 

「えっ……!?」

 

 最初と同じようにベッドにいるままの『風花』はペルソナを召喚し、それが指を伸ばしていた。指を向ける先は、反対側の壁に置かれた大きな円筒形の機械だ。それがレールの上を走るように動き出した。向かう先は部屋の一角。偽物の夫と本物の妻による、本気の『夫婦喧嘩』の現場だった。

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